二人きりのお城
「やっぱり駄目じゃな」
「やっぱり向こうは嵐にでもなっているのでしょうか…」
「そうだな…城には繋がるのを考えるとレイゼリアとナズナは同じ場所にいて、仲良く嵐で足止めをくっていてるようだ」
昼食で実験室からでたついでに、中庭でもう一度空間が繋がらないか試してみたが、やはり海の向こうはきついようだ。
イー大陸内なら天気が荒れていようと関係ないが、海を挟むと途端に難しくなる。
「レイゼリアさんと連絡は取れないのですか?」
「一応水晶玉を送っておいたから巻物を開いてくれれば届くはずだが、そうならんということは想定外の嵐なんじゃろう」
「またナズナさんが無茶しないといいですが…」
アリシアがため息混じりに呟いて、空を見上げる。
「ダリアだって子供でもしっかりやっておる。それにダリアより幼いナズナにはリネがついているからきっと平気だ」
私も空を見上げると三羽の鳥が飛び去っていく。
「ダリアさんはちゃんとご自身の命を大切にしていますから心配などしていません」
「あの子は家族第一だからな」
「でもナズナさんはまだ安心出来ません…」
「大丈夫じゃ。そのために金色の紐を授けたんだからの」
「あまり気負ってなければいいですけどね」
「そうじゃな。とりあえず飯にしよう」
「かしこまりました主様」
アリシアと中庭を後にして食堂で昼食を食べる。
今日は芋のスープとパンにサラダとモムーのステーキか。アリシアももうずいぶんと手慣れて、毎日店で食べるような飯を作ってくれる。
「どうかしましたか?」
向かいに座ったアリシアが不思議そうに私を見る。
「本当に立派に育ったなと、ふとなぁ…」
「急にセクハラですか?」
「いやいやいや!竜の卵がそろそろ生まれると聞いたからかの…」
アリシアが悪戯に微笑んで水を飲む。
「セクハラは冗談ですけど、本当に普通の竜だといいですね」
「とりあえず異常はないそうだがな」
「ナズナさんは間に合いますかね?」
「一応アストルに声をかけておいたから最悪なんとかしてくれるだろう」
「それならそうとさっき言ってくださってもよかったじゃないですか」
「いや…アリシアには気にしすぎだと言ってしまった手前なぁ…」
アリシアが呆れた様子でため息をつく。
私は情けなくそれを見つめながら最後の一口を咀嚼するだけだ。
「今ヨウル大陸にいるのはナズナさんの他にアストルさんだけということですか」
「ああ、仕事が終わり次第ナズナの様子を見に行ってくれるように頼んでおいた」
「そうですか。ナズナさんもちゃんと昼食を食べれていたらいいですけど」
アリシアが席を立って空の食器を重ねてふわりと宙に浮かせて運んでいく。
最近私に内緒で魔法の練習を始めたのは、やはりナズナの影響なんだろうか。
一生懸命手伝いをしてくれるナズナに思うところでもあるんだろうか。
あとアリシアが頼ってくれないのがちょっと寂しい。
「主様、午後の予定は?」
「やっと古文書の解読を終えたからな、フィシェルが捕らえた魔物を調べようと思う。アルセルで起きた魔物の進化の件もあるからな」
「ということはしばらく地下に?」
「そうだな。リーシルを寝かせていた部屋なら何があっても平気だからな」
「わかりました。そういえば古文書の内容はなんだったのですか?」
「薬の作り方が書いていたが、ほとんど現代では再現不可能だった」
「それは残念です。では私は掃除の続きを」
「いつもすまないな」
アリシアがにこっと笑って一礼してから食堂を出ていく。
私も城の地下へと移って、台座の上に本を置いて一枚ページを捲る。
本来なら封じたものの情報が勝手に書き込まれるが、魔物はどうなっているのか。
名称不明、高さ百十、重さ不明、魔力有り、特徴は魔力によって出来た身体。
やはり大した情報は無いな。
「我は本の主にして鍵となる者、我は封印の鍵にして開く者、我は鍵を開く者にして汝を解き放つ者」
パラパラと音を出しながら勢いよく本のページが捲れていき、真っ黒な文字が溢れて台座から零れ落ち、床に落ちた文字が一つ一つ積み重なって元の形に戻っていく。
丸みを帯びた括れも関節も無い足に丸みのある胴体、そこから伸びる足と同様の両手に丸くてつるりとした頭、確かに玩具のぬいぐるみや人形のような不思議な見た目をしている。
目も耳も無いのに、まるでここがどこかを確かめるかのように肩を左右に捻りながら頭を上下させて、周囲を探るような仕草を見せる。
「さて、お前はいったい何者なのか…」
私の言葉に反応をみせてこちらに正面を向け、予備動作も無しに突然飛び掛かってきたので、右手で顔面を掴んで止める。
「やんちゃだな。オークの戦士達を喰っておいてまだ足りなかったのか」
短い手足を振り回して、健気にも私の手から逃げようとする。
そんなことは許さんが。
しかし勢い余って握り潰してしまいそうだ。
右手に魔力を込めて凍てつかせ、瞬時に霜が降りるまで冷却して魔物を台座に寝かせ、魔物の一部を採取して試験管に入れて、溶けないように台座ごと氷の檻に魔物を閉じ込めておく。
そして部屋を厳重に封じ、実験室に戻って早速検査を始めようとしたところで、引き出しから光が漏れていることに気づき、慌てて水晶玉を取り出し、声をかけてみる。
「すまない、部屋を離れていてな。まだ近くにおるか?」
「賢者様ーすか?レイーリアです」
「やはりそっちの天気は荒れてるようじゃな」
「はい。ーンダーバードの影響ー強い雷雨にーっていましー」
「ナズナも一緒か?」
「はい。今ーレーシャと部屋を離ーていてここにはいませんが、一緒ーす」
「そうか。アストルに仕事が終わり次第ナズナの元に行くように頼んである。だから無理はせぬように伝えてくれ」
「わかーました」
「そっちは何か伝えたいことはないか?」
「蜘蛛を倉庫ーーずかっています。それと冠水のー険が高く、もー時間の問題でーーナは戦うつーりです」
蜘蛛を捕まえてくれたのは何よりだが、冠水とは思っていたより面倒なことになっているようだ。
「サンダーバードは好戦的でおそらく逃げるようなことはない。手心を加えようとせず、覚悟を持って挑むように伝えてくれ」
「わかりーーーーー……」
水晶玉は光ったままなのに、音が消えてしまった。
近くに雷でも落ちたのだろう。
少しして光が消えて完全に沈黙してしまい、水晶玉を引き出しにしまう。
こちらからの声はちゃんと聞こえていたのだろうか。
試験管に入れた魔物の一部を光りにかざしながら試験管を回して、色々な角度から監察する。
真っ黒くて水々しく、鉄のような硬度は見かけには感じられない固いゼリーのような不思議な見た目で、硬質な感じはなく、ぺたぺたと貼り付くように試験管の底を転がる。
「これは難題じゃな…」
カルグレロに預けて島でじっくり調べてもらった方が良いかもしれない。
いやしかしこれからリーシルを預けることになっているし、手間は増やせないか。
とりあえず溶液を作って、魔水晶を作って、粉にしてみたりとやることが山積みだ。
生命の危機に反応するのか、魔力に反応するのか、それ以外の何かが魔物に変化を起こすのか。
解明出来れば魔物の対処への大きな一歩になるはずだ。




