すーっと心が冷たくなった
土砂降りの雨で視界は悪く、時折吹く突風がフード越しに顔面に雨粒を叩きつける。
雲に近づいてきたからか雷の音が地響きのように私の身体を震わせ、空から走った光が鉄塊の一つに落ち、光が鉄塊から鉄塊へ走って光の輪が一瞬だけ輝き、すぐに目的が達せられ、ダーンっと激しい衝撃が耳を貫いてキーンと頭に響く。
「すごい音だったね…リネは耳大丈夫だった?」
リネがわふっと返事をくれるから聞こえなくなったりはしてないみたいでよかった。
鳥よりは竜の方が上そうだけど、リネが吠えたら逃げてくれたりしないだろうか。
失敗したら居座られて結局戦うことになりそうだし、追い返さなきゃいけなくなった時に取っておこう。
「避雷針になるのはわかったから戻ろう」
リネが旋回しながらゆっくりと宿舎の裏側に着地してくれる。
「ありがとうリネ。早く身体を拭こうね」
裏口から厨房に入って、調理台の下に置かれたタオルでリネの身体を翼の先までしっかりと拭いてから、青いケープを脱いで自分の身体も拭いていくけど膝下と前髪以外は湿っている程度で済んでよかった。
青いケープを扉を開けて外に腕を伸ばして水気を絞り、ケープを延ばして上下に振って水滴を払って羽織る。
「よし、レーシャさんとレイゼリアさんのところにタオルを返しに行こうか」
わふっとリネが吠えてくれるけど詳しい部屋の場所を知らないんだった。
「ごめんリネ…客室の場所知らないんだった…。案内してくれる?」
わふっと吠えて歩き出すリネの案内で食堂を出て廊下を進み、リネが角部屋の前で立ち止まり、私は迷わず扉を叩いて声をかけてみる。
「ナズナです。レイゼリアさん、レーシャさん、いらっしゃいますか?」
「はーい」
扉の向こうからレーシャさんの声がして、ゆっくりと扉が開く。
「怪我がないようで何よりです。どうぞ中へ」
「ありがとうございます」
部屋の中に入るとベッドの上で頭から毛布を被って顔だけ出したレイゼリアさんが恥ずかしそうに目を逸らす。
「レイゼリアさん大丈夫ですか?」
「平気…恥ずかしいだけだから…」
「そうですか」
「こちらにどうぞ。ヒライシンは成功しましたか?」
レーシャさんが椅子を出してくれてありがたく座らせてもらってリネに両手を伸ばすと、リネが子犬大に縮みながら膝の上に飛び乗って来てくれて、優しくなでなでしてあげる。
「避雷針は成功でした。冠水の危険が高まったらリネと二人で空に出ます」
「そうですか…」
「ヒライシン?空に出る?レーシャまさかさっきのサンダーバードの話?」
「はい。冠水してしまったら畑への被害は甚大です。レイゼリア様でも雲の中では戦えないですから…」
「戦士の魔法で雲まで飛ぶことは出来るようになった。でも雷を防ぐのは難しいわね…」
「避けれる人いるんでしょうか…」
「いるんですか?レイゼリア様?」
「本気の師匠なら出来そう…」
「確かに…」
「エリュ様が?簡単に防げそうな気はしますけど…」
また近くに雷が落ちたのかダーンっと音が響き、ふとレイゼリアさんの髪を治せるのではないかと思い立つ。
「そういえばレイゼリアさん、思いついたことがあるんですけど試してみてもいいですか?」
「私?何を試すの?」
「うーん、とりあえず失礼します」
リネをレイゼリアさんに手渡し、腕輪と金色の紐を外して手袋を脱いで椅子に置いてレイゼリアさんのベッドに腰掛けてブーツを脱いでベッドに上がってレイゼリアさんの後ろに立つ。
「ナズナ様?」
「ナズナ何するの?」
とりあえず邪魔な毛布をひっぺがす。
「ちょっと!?」
慌てるレイゼリアさんのうねうねくるくるの髪に両手の指を差し込んで、優しく髪を梳かしていくと思った通りに髪が元通りに真っ直ぐになっていく。
「すごいです!髪が治ってますよ!レイゼリア様!」
「え?」
レーシャさんがエプロンから手鏡を取り出してレイゼリアさんに手渡す。
「すごい…どうして…」
レイゼリアさん困惑した顔で鏡越しに私を見る。
私は手を止めずにレイゼリアさんに答える。
「湿気のせいで髪が変になるわけじゃないようでしたので、空気中にあるという魔力のせいかもと思って…もしそうなら私の魔力が効くんじゃないかなって」
「なるほど…」
「穴が開けられないほどに魔力が暴れたりしているんでしょうか」
「さあ…そこまでは…」
「終わりました」
レイゼリアさんの髪を真っ直ぐしっとりさらさらの柔らかな髪に戻し終えて、とりあえずベッドの縁に腰掛けてブーツを履く。
「ナズナ…本当にありがとう。でも駄目みたい…」
ブーツを履いてからレイゼリアさんの方に振り返ると、もうすでに毛先がくるくると曲がり始めていた。
「結局天気が落ち着かないとすぐにおかしくなってしまうみたいですね…」
「もうどうしようもないことが知れただけよかったわ…」
「そうですか…」
リネがアンっと吠えてレイゼリアさんの太ももから下りて、尻尾を縦に振りながら私のケープの裾を引く。誰かが呼んでいる時の合図だ。
「誰かが呼んでいるみたいです。呼んでいるのは私達の誰か?」
リネがベッドから飛び下りながら狼大に身体を変えて、レーシャさんのスカートを前足で触る。
「レーシャさんを誰かが呼んでいます。兵士のみなさんなら部屋まで来れると思うので部屋に来れない人は…パトリアさんでは?」
リネがわふっと吠える。正解だったみたいだ。
「ナズナ様も一緒に来ていただいてもいいですか?もし浸水だと大変なので」
「わかりました。そういえば鍵は?」
「フリルさんに頼まれて預かったままです。兵士のみなさんは外にいて、呼ばれてもわからないので。まあ私も雨の音で今も声は聞こえませんが…。とりあえずいってきますレイゼリア様」
「ええ。気をつけて」
「リネはレイゼリアさんといてあげて」
わふっと吠えてリネがベッドに上がり、レイゼリアさんの後ろから回り込んで伏せて、レイゼリアさんの脇から顔を出し、レイゼリアさんがリネの頭を撫でるのを見届けて部屋を出ると、微かに声が聞こえる。
「これは雨のせいでなかなか聞こえないですね…」
「そうですね…」
足早に階段に向かうと声がどんどん大きくなって、階段を下りてすぐにかじりつくように鉄格子にしがみつくパトリアさんの顔が見える。
「遅いわよ!来てくれるっていったじゃない!」
「雨音と雷の音で廊下にいないと声が聞こえないんです。それで何のご用でしょうか?」
「トイレよ!もう限界!」
「わかりました」
レーシャさんが階段の横の壁にかけられていた鎖のついた板状の手枷を取ってから牢の鍵を開けて中に入ると、パトリアさんが腕を組んでレーシャさんを睨む。
「いやよ!そんなのいいでしょ!早く出しなさい!」
「駄目です。ちゃんとつけていただかないと」
パトリアが腕を振り上げた瞬間に私がレーシャさんの前に盾を出現させると、パトリアの右の平手打ちが盾に当たる。
「やめてください」
「ガキは黙ってなさい!」
あぁ何か私の奥が冷たくなっていくのを感じる。
「レーシャさんに手をあげるなんてどうかしてます…よく考えたらあなたって不敬罪ですよね?レイゼリアさんを騙そうとして、その上レイゼリアさんの侍女に攻撃をした。レイゼリアさんがあなたを疑っていても優しくしてくれていたのがわからないんですか?その場で護衛に斬られていてもおかしくなかったのに!レイゼリアさんを侮辱するな!」
「ナズナ様…」
「レーシャさんに謝ってください!」
青ざめたパトリアが震えながら腕を組んで深く頭を下げる。
「手を上げて…申し訳ありませんでした…」
「はい。着けますね」
「お願いします…」
パトリアがしおらしくなったので盾を消すと大人しく両腕を差し出し、レーシャさんがパトリアに手枷をつけて鎖を引いて牢の外に連れ出す。
そして牢を出たパトリアが怯えた表情で私を見下ろし、唇を震わせながら動かす。
「怒鳴りつけてごめんなさい…頭が冷えました…」
「いえ、私こそかっとなってごめんなさい…」
「さあ、いきましょう」
「はい」
重たい空気を感じながら私は階段を一段一段上がってレーシャさんのあとについてトイレに向かった。




