雷雨が長引きそう
「ごめんなさい…兵士達の前にこんな髪で出られないの!」
レイゼリアさんが両手でボウルを持って一気にスープを飲み干して、サラダを掻き込み、食べかけのパンを持って席を立ち、食堂から出ていこうとする。
「レイゼリアさん!?」
「ナズナ様、申し訳ありませんが先に失礼します。私達は食堂を出て左奥の突き当たりの客室にいますので」
「わかりました」
「では…レイゼリア様お待ちください!」
早足で食堂を出るレイゼリアさんをレーシャさんが慌てて走って追いかける。
「とりあえず私も食べちゃうから少し待っててね」
リネに一声かけて、スープの豆を掬って食べきってから残りのスープを飲み干す。
「ごちそうさまでした」
空の食器を重ねて、青いケープのフード被ってから両手で食器を持って厨房で桶に食器を入れて裏口の前に立ち、扉を開けてもらおうとついてきてくれたリネに振り返ると、口にする前に扉を開けてくれる。
「ありがとうリネ。ちょっと待っててね」
頭の上に水平に出した盾を傘代わりに井戸まで走って盾を消してフードを取る。
屋根があってよかった。出し直した盾を足場にバケツを井戸に落として縄を引いて水を汲む間にも雷鳴が轟く。
レックスさんに勇者もいるし、実は滑車の知識も向こうからきた誰かが持ち込んだりしたんだろうか。おかげで重たくても魔力を使うほどではない。
盾から下りて桶に水を注いで食器を手荒いしてから布を忘れたことに気がつき、濡れた食器を重ねて桶の水を捨ててまた食器を入れてフードを被って桶をしっかり持ち、また盾を傘代わりに走って戻ると、足音でわかったのかリネが丁度いいところで扉を開けてすぐに中に入れてくれ、台に桶を置いておいてリネの顔をわしゃわしゃする。
「ありがとうリネ。濡れずにすんだよ」
リネはわふっと返事をして鼻先をぐりぐり押しつける。
「ナズナ様こちらにいらしたんですね」
レーシャさんが厨房に入ってきて、台の上の桶を見る。
「もしかして洗ってくれたんですか?」
「はい。拭くものが無くてそのままにしてしまいましたけど…」
「ありがとうございます。濡れたりしませんでしたか?」
レーシャさんがエプロンから布を取り出して食器を拭いて台の上に並べていく。
「盾を傘代わりにしたので、あと井戸に屋根があったおかげで手以外は大丈夫でした。レイゼリアさんは大丈夫ですか?」
「ご機嫌はちょっと斜めですが体調には問題ありません。雷の日は昔からなぜか髪がうねるんですよ。雨の日はなんともないのに不思議です」
レーシャさんが食器を棚にしまい終えてにこっと笑う。
「湿気のせいとかじゃないんですか?」
「はい。浴場でもあんなことにならないんですよ?」
「それは確かに不思議ですね」
足音と話し声が聞こえてきて、フリルさんが厨房に顔を出す。
「お二人ともお揃いで…朝食を作ってくださったんですか?」
「簡単なものですが、どうぞみなさんで召し上がってください。怪我人のみなさんのお食事は後程、お医者様がお作りするはずですから」
「ありがとうございます」
「外の様子はどうでしたか?」
「油断は出来ないけど今のところは大丈夫そうでした。村の方々は水瓶を外に出して喜んでいましたよ。朝食のあとは私たちは念のために倉庫から土嚢を運んでおく予定です」
私はどうしよう。
きっと手伝いは断られるし、外に出て行く当てもない。
「ナズナ様は牢に食事を運ぶのを手伝っていただいてもいいですか?」
私の様子を察したのか、レーシャさんがそう提案してくれる。
「わかりました」
「そういうことでしたら…」
レーシャさんが食器にスープとサラダを盛り付け、パンを皿に乗せて四角いトレーに二つに食事を並べる間にフリルさんが鍵を私に手渡してくれる。
「お預かりします」
「ナズナ様、一つ運んでいただいてもよろしいでしょうか」
「はい」
トレーの一つを持ってレーシャさんの後についていき、階段を下りて地下牢に向かう。
天井の魔晶灯が通路を照らしているけど牢の中は暗く、雨のせいかじめじめとしている。
「だれ…」
一番手前の右の牢にパトリアさんの姿が暗がりから浮かび上がる。
「朝食をお持ちしました」
「リネ背中借りるね」
リネの背にトレーを乗せて、牢の鍵を開けて鉄格子の扉を開けるとレーシャさんが中に入ってトレーを置いて外に出たところで扉を閉めて鍵をかけなおす。
「幸い女性の兵士の方もいますから、トイレの際はお声掛けください」
「…わかったわ」
リネの背のトレーをレーシャさんが持ち、今度は一番奥の左の牢の前に立つ。
奥にいるのかレドスさんの姿は見えないけど、とりあえず鍵を開ける。
「雷ですか…」
鍵が開いたところで声がして、レドスさんが奥から姿を見せる。
私の耳には音が聞こえていないけど、レドスさんには聞こえているのか、それとも匂いがするんだろうか。
「はい。外は土砂降りで雷がなってます」
「朝食をお持ちしましたのでどうぞ」
「ありがとうございます。あの…雲の中に鳥を見ませんでしたか?」
レーシャさんがトレーを置いて外に出ようとしたところでレドスさんが言う。
「もしも鳥がいたら雷雨が長くなるので気をつけてください」
「見ました。部屋でレーシャさんを待っている時に、雲が光った時に鳥みたいな影を」
「サンダーバードです。数年に一度この辺りに飛んでくる」
「サンダーバード?」
「アルセルでは危険な大型の鳥として有名です。雷を起こして獲物を捕まえたり、雷の大きさで競ったりする厄介な暴れん坊で、普段は北の山脈にいるのでここまで来るのは珍しいですが、繁殖期で番を探して飛んできたのかもしれません」
「追い返すべきでしょうか?」
「冠水の危険があればそうかもしれません」
倒すのは難しくても追い返すくらいなら出来るだろうか。
でもあの雷が魔法によるものじゃなかったら私もリネも丸焦げだ。
「しかし雲にまでは流石のレイゼリア様も魔法が届きませんので待つしかないですね。まずは兵士のみなさんに村へ注意喚起に行ってもらいましょう」
「ご忠告ありがとうございました」
「いえ…冠水したらここも危ないですから…」
トレーを持ってレドスさんが奥に消え、とりあえず鍵をかけなおし階段に向かう。
「何を話していたの…」
鉄格子を掴んで、中から不安げな顔でパトリアさんが話す。
「教えて、お願い…」
レーシャさんが迷っているようなので、代わりに答えることにした。
「外の天気の話です。サンダーバードが近くに来ているせいで、土砂降りの雨と雷が…お屋敷に何か役立つものはありませんか?」
「いえ…残念ながら。丘の上で冠水の心配もなかったものですから」
「そうですか。もしも浸水してくるようなことがあればすぐに知らせてください」
「ええ…もちろん…」
階段を上がってすぐに牢の鍵をレーシャさんに渡す。
「まさか行く気ですか?」
レーシャさんは流石の察しの良さだ。
「行く気ですけど、いきなり探そうとは思ってないです。まずは盾が避雷針になるかを確認してこようかと」
「ヒライシン?」
「あー…雷受けられるのか試したことがないので、試そうかと」
「魔法ではないんですよ!?もしも砕けたりしたら…」
「それはちょっと怖いですけど大丈夫です。リネ…危ないけど一緒に飛んでくれる?」
わふっと凛々しく吠えたリネの頭を撫でてあげる。
「ありがとう…では少し出てきます。フリルさんにもし私のことを聞かれたら言いつけを破ってごめんなさいと…」
「言いませんよ。だからちゃんと無事に帰って来てください。裏口にタオルを置いておきますから」
そう言ってレーシャさんが私とリネの頭を撫でてくれる。
「ありがとうございます。リネ行こう」
フードを深く被って入口の扉から外に出て、リネの背に乗って空に向かって飛び出し、四つの鉄塊を私とリネの頭上で追従させる。




