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湿気に弱いらしい

 おびただしい数の死体で出来た山が激しく燃え上がり闇夜を照らす。

 炎をじっと見つめながら鼻を突く異臭を誤魔化すように勇者が酒瓶を傾ける。


「ユーキ何人殺られた?」


 樽を抱えて歩いてきたタルガが、勇者の隣で樽から直で酒を飲み始める。


「知らないけど村の男連中はみんな死んだって、村長の奥さんが」

「そうか」

「山向こうの村にみんなで移り住むんだって」

「そんな簡単に受け入れてもらえるのかよ…」

「どうだろう。でも頼るくらいなら知り合いはいるんじゃないか?」

「そりゃそーか。エリンとレイゼリアは?」

「怪我人に付きっきりだよ。俺がいたら魔法薬が変になるって追い出されてきた」

「魔法が効かないっていうあれか?」

「魔法使えないしよくわからないけど、戦闘が激しくなってからどんどん効かなくなってる気がする」

「使えばそりゃ増えるだろ」

「そうなの?」

「個人差は大分あるけどな。体力みたいなもんだ」

「同じ魔法使いでも魔力の差が大きいのはそういうことか…結局生まれ持った素質ありきか」

「まあ否定はしねーよ。戦場じゃ努力なんて心構えの差にしかならないしな」

「そうだね…」


 荼毘に付しながらお酒を飲んで語り合う。

 勇者とドワーフの戦士のタルガは男同士でやっぱり仲良しだったんだろうか。そういえばお酒に弱くなかったという話もほんとのことだったみたいだ。

 勇者の記憶を見るのはかなり久し振りな気がする。


「そういえばなんかお母さんに会ったんだって?」

「エリンのやつバラしたな…。サキュバスみたいな奴と酒場で会っただけだよ。相手の好みの顔に見えるんだと」

「へー…俺にはどう見えるんだろ」

「多分見えねーよ。エリンも間者対策にいろんな魔法をかけてたら顔がなかったらしいから」

「それで心配してたのか。顔の無い魔族の人をお母さんと呼んで様子が変だったって」

「でもそいつ賢者の弟子だって言ってたぜ?」

「エリンのお姉さんだっけ?」

「兄貴じゃなかったか?」

「あれ?…酒無くなった。まだあるかなぁ」

「この先砂漠だから水の代わりに酒も持ってくって言ってたぜ?」

「え…それは?」

「樽は邪魔になるからいいって」

「じゃあおかわりくれよ」

「えー…しゃーねーな」


 タルガが嫌がりつつも空の瓶いっぱいに酒を注ぐ。


「ありがとう」

「なあこれいつまで燃えんの?」

「灰になるまで…そして風に乗って世界を巡っていく」

「ドワーフにはわからない考えだな」

「神様なんていないんだ。墓穴がいらなくて楽だからだよ」

「それじゃ野焼きと変わらなくね?」

「そうかもね…でも疫病でさらに死ぬよりはいいから…」

「そうだな…故郷まで飛んで行ければいいな。種族関係無く…」

「そうだね…」

「やめだやめ!こんなのずっと見てるから暗い話になるんだ。エリンの魔法なら勝手に消えたりしねーよ」


 タルガが立ち上がり、抱えた樽で勇者を押していく。


「ちょっ…力強っ!」

「いいからあっちでつまみもらおうぜ」

「わかったよ…あれ、そういえばお母さんが好みの女性なの?」

「おいなに考えた!」

「いや、まだ何も言ってない!」

「いいや!顔に出てたぞ!」

「そんなことないってばっ!」


 そう言いつつ勇者が全速力で走り出し、タルガもすごい勢いで追いかける。

 私には勇者がマザコンという言葉を浮かべたのがわかるけど、顔に出ていたようには見えなかった。

 やっぱり二人はきっと仲良しだったんだ。

 ダーンっという大きな音で飛び起きて一瞬で勇者の記憶から現実に引き戻される。

 窓には雨が激しく打ちつけてぴかっと一瞬光ってごろごろと轟音が聞こえる。

 昨日そんな怪しい雲はなかったのに嵐みたいだ。

 ガバっと扉が開いて、タンクトップにパンツ姿のフリルさんが慌てた様子で私を見る。


「大丈夫?」

「はい。雷の音で目が覚めましたけど…あっおはようございます」

「これはご丁寧に、おはようございます…ほんとに平気そうですね。近くに落ちたみたいなので着替えて仲間達とちょっと村まで見回りしてきます。ナズナは外に出ちゃだめよ?わかった?」


 フリルさんがころころと表情を変えて、お姉さんの顔で釘を刺される。


「わかりました」

「じゃあまたあとで」

「お気をつけて」


 雨のせいか少し肌寒く、机に置いてある青いケープを羽織る。一日ずれていたらケープは乾くどころかびしょ濡れだっただろう。

 リネは雷なんて気にも止めずにぐっすり眠ったままだ。

 今度はこんこんと扉が叩かれて、はいと返事をする。


「おはようございます。レーシャです」

「おはようございます。どうぞ」


 扉が開いてレーシャさんが中へと入ってくる。


「どうかしましたか?」

「レイゼリア様が今日は穴が開けられないから帰れないと」

「穴が開けられない?」

「天気が悪いと穴を維持するのが困難になるそうです。賢者様も悪天候に気づいて明日また開いてくれるだろうと仰っていました」

「そうですか…」


 そういえば雨降りに遭遇したことがなかったけど、そんな理由があったなんて知らなかった。


「レイゼリアさんは?」

「お部屋にいらっしゃいますよ。身支度の最中ですから、朝食の用意ができましたらまたお声掛けしますので、詳しいお話はその時にレイゼリア様本人にお聞きください」

「わかりました」


 レーシャさんが部屋を出ていき、荒れた窓の向こうを眺める。

 土砂降りの雨が降り、風は時折強く吹き、ぴかっと光っては轟音が響く。

 もしかして雷を怖がってないか心配して来てくれたんだろうか。

 夢でも見ていたのかリネがすっと起き上がり、寝ぼけているのかきょろきょろと辺りを見回す。


「おはようリネ」


 私の方を見てくぅーんと鳴いてまたベッドに伏せる。

 何か楽しい夢でも見ていて残念がっているのだろうか。


「天気が悪いから今日は帰れないんだって。卵が生まれるのに間に合うといいね」


 わふっと吠えてリネも外を見つめる。

 思っていたよりもずっと同じところを見ている気がして、私もじっと空を見つめてみると稲光の瞬間に鳥のような影が浮かんだ気がした。


「もしかして何か飛んでる?」


 流石のリネにもそこまではわからなかったのか、首を傾げてしまう。

 こんこんと扉を叩く音がして、リネと一緒に扉を開ける。


「はい」

「朝食の用意が出来ましたよ」

「ありがとうございます」


 階段を降りて食堂に移動しレイゼリアさんのいるテーブルに座る。


「おはようございますレイゼリアさん」

「おはようナズナ、リネ様」


 レイゼリアさんはどこか上の空のような感じで、頻りに髪を気にしている。


「えっと…いただきます」

「どうぞ召し上がってください」


 パンと豆のスープに葉っぱのサラダで、葉っぱがちょっと辛いけど美味しい。

 リネにはほぐしたお肉の出してくれたようで、あぐあぐと美味しそうに食べている。

 レイゼリアさんはやっぱり何かを気にしている様子でそわそわしながらパンをむしっている。


「レイゼリアさん」

「何かしら?」

「天気が悪いと穴を開けられないというのはどういうことなのでしょうか?」

「空間を繋げる穴は、師匠が前に火起こしみたいなものって言ってたわ」

「火起こし?」

「ええ、雨の中やじめじめした場所では火起こしが難しいでしょ?」

「はい。火打石があっても難しいです」

「空間を繋げる穴も同じでね。天候によって空気中の魔力が不安定になると維持するのが難しいそうよ。小雨程度なら平気だろうけど、雷まで鳴っていると難しいわ。賢者様ならそれでも開けられるかもしれないけど、不安定な穴を潜らせるなんて危険なことさせないはずよ」

「なるほどです…」


 ダーンっとまた近くに雷が落ちたのか大きな音がして、ごろごろと聞こえる。

 するとレイゼリアさんの髪がくるくるうねうねにいつの間にか変わっていて、レイゼリアさんの顔が赤く染まっていく。


「見ないでぇ…」


 レイゼリアさんの顔が耳まで赤くなって、青い宝石のような瞳が潤んでいき子供のように口をきゅっと結ぶ。


「ごっごめんなさい!」


 咄嗟に顔を反らして最後のパンの一欠けを口に詰め込む。

 ああいうのを可愛いというのだろう。破壊的な威力だった。

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