意外と高く飛べる
「ナズナ様?どうかしましたか?おーい」
「はい!」
「大丈夫ですか?」
レーシャさんがさんが私の顔を不思議そうに覗き込む。
「大丈夫です…厨房に運べばいいですか?」
「厨房に裏口があって、外に出てすぐ井戸があるのでそちらまでお願いしてもいいですか?」
「はい」
浮かせた盾を盆代わりに厨房を抜けて奥の扉を開けると、レーシャさんの言う通り外に繋がっていて、すぐ近くに屋根の設けられた井戸があり、そこまで空の食器を運ぶと、レーシャさんが厨房から空の桶を持ってきて、そこに水を汲んでいく。
「こちらで水洗いしましょう」
「はい」
盾から桶に食器を入れていくと、レーシャさんが手際よくレーシャさんが洗っていく。
「本当は何があったのですか?」
視線は桶に向けられたまま手を動かしながらレーシャさんが言うので、私の最後の一つを桶に入れて濯ぎ洗いしながら答える。
「大したことじゃないんです。レーシャさんが盾に乗って空を飛べそうって言ってくれたじゃないですか?」
「言いましたけど、固まるほど変でしたか?」
「いいえ。むしろなんで今まで気づかなかったんだろうって思って…よく足場にしたり、掴まってぶら下がったりはしてたのに」
「うまくできたら、リネ様と追いかけっこしたり逆に乗せてあげられるかもしれませんよ?」
「確かに…今度試してみます!」
「今試してみたらいいですよ」
レーシャさんが洗い終わった食器を綺麗な布で拭いて重ねていき、私は重ねられた食器をまた盾に乗せる。
「今ですか?」
「ナズナ様のおかげで早く終わりましたから、それに夕食の仕込みにはまだ早いので」
「そうですか?」
「はい。なので食器を運んでしまいましょう」
「わかりました」
二人で一度厨房に戻り、棚に届きそうになくてレーシャさんが食器をしまい終えるのを待つ。
「ふふふ、熱い視線ですね」
「あっいや!」
「冗談です。人目につかないように一応裏でやった方がいいですかね?」
食器をしまい終えたので盾を消すと、笑いを堪えながらレーシャさんが私の頭に手を乗せる。
「…そうかも?」
「ではまたこっちですね」
そして二人でまた井戸のある裏手に出て、早速盾を出して上に立つ。
「おおー…乗る分にはなんともなさそうですね」
「レーシャさんも乗りますか?」
「流石に狭くないですか?」
「そうですね…」
レーシャさんの大きな胸に視線が移るけど、私の身長は胸の高さよりずっと下だから関係ないか。
「では進んでみます」
「ゆっくりですよ?ゆっくり」
「はい…」
速度を出したら落ちるのは明白なのでそーっとかたつむりのように前に進み出して徐々に早くしてみるけど、走る速度以上は立った状態だと振り落とされそうになって、あまり戦いには向かない気がする。
「思ったより遅いですね」
「あれ以上は立っていられなさそうで、練習しないとですね」
「座ってはいけないんですか?」
「立ってた方が戦いにいかせるかなって」
レーシャさんが驚き、少し寂しそうな顔をした気がする。
「ナズナ様、私も試してみてもいいですか?」
「もちろんです」
私は盾から降りて、レーシャさんの足元に盾を出し直し、レーシャさんが両足を乗せたところで声をかける。
「浮かせますね」
「はい…おおー」
「じゃあ井戸の方にゆっくり動かします」
「…おおー不思議ですね!」
レーシャさんが楽しそうに両手を横に広げて笑い、なんだか嬉しく感じるとともに、レーシャさんが寂しそうな顔をした理由がわかったような気がして、ぐるっと旋回させてレーシャさんを私の前まで運ぶと、レーシャさんが盾から飛び降りて、翻ったスカートを慌てて押さえる。
「おっと!」
「レーシャさん一緒に乗ってみてもいいですか?」
「もちろんですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫です!こうすれば…」
私は四つの横向きの長方形が並列にくっついている盾を二つに分けて、横にくっつけて横長にし、その上に股がって、しっかりと両手で角に掴まる。
「レーシャさんも後ろに」
「乗馬みたいですね」
スカートを押さえながらレーシャさんも後ろに股がり、私の後頭部に胸を押しつけながら覆い被さるように私に掴まる。
「じゃあ、動きますね…」
「いいですよ…」
ゆっくりと浮かんで、ゆっくりと前に進み始めて徐々に速度を上げていく。
「いい感じですね」
「はい。しっかり掴まっててくださいね」
走る速度を超えてさらに加速しながら木造の駐屯所を上から見下ろすほどに高く飛ぶ。
「わぁ…」
レーシャさんが怖がるどころか穏やかな声を漏らして笑顔を浮かべる。
もう速度はリネほどじゃないけど、それこそ馬の走るくらいの速さは出ているだろうか。
リネの背に乗っている時には感じることのない人を乗せている緊張感と、自分で好きなように空を飛ぶ高揚感。
「レーシャさん」
「どうしましたか?」
「楽しいですね!」
振り返って素直な気持ちを伝えると、レーシャさんも満面の笑みで答えてくれる。
「私もです」
「じゃあもっといきましょう!」
「もっと?はわぁっ!?」
前を向いて、さらに加速しながら空を飛ぶ。
後頭部を通り越して頭の上にレーシャの大きな胸が乗っかり、さらにぎゅっと抱き締められる。
向かい風に長い前髪を暴れるけどレーシャさんとくっついているおかげか、ケープが無くてもそんなに寒くない。
「村も丘の上のお屋敷も見えます…」
「ほんとですね。流石に洞窟はわからないけど」
「綺麗ですね…ふあっくしゅ!」
「寒かったですか?」
速度をゆっくりと落として空中で静止する。
「ナズナ様の髪がくすぐったくて」
「ごめんなさい。縛っておけばよかったですかね?」
「そうかもしれませんね…それにしてもずいぶん高く飛ばせるんですね」
「そういえばそうですね。私から一定以上は離れられないはずなんですけど、乗ってるから関係ないんでしょうか?」
「私にはさっぱり…あそこにいるのはレイゼリア様?」
レーシャさんが見つめる先に、確かにレイゼリアさんらしき人が手を振っている。
「降りてみましょう」
ゆっくりと降下しながら駐屯所の前の広場に向かって飛んでいくとやっぱりレイゼリアさんだったようで、声をかけてくれる。
「おーい!ずいぶん楽しそうなことしてるわねー!」
レイゼリアさんの腕には子犬姿のリネが抱かれている。
「レイゼリア様!確認は済んだのですかー!」
「無事にねー!」
狙いをつけてゆっくりと速度を落としていき、我ながら綺麗にレイゼリアさんの前に着地する。
「二人とも…四人ともお疲れ様です」
「ありがとうナズナ」
レイゼリアさんの後ろの護衛の二人も会釈で返事をくれる。
私はレーシャさんの足が地面に着いているのを確認して盾を消す。
「リネ様がいなくても空が飛べるなんて知らなかった」
「はい…盲点でした。レーシャさんに言われて始めて飛んでみたんです」
「そうなの?」
「はい。宙に浮く盾に食器を乗せるのを見て、ナズナ様も空を飛べるのではと」
「そしてあんなに高く飛べたと…」
「はい。今度追いかけっこしたり一緒に飛んだりしようね」
そう言ってリネの頭を撫でるとアンっと答える。
「もちろんレイゼリアさんも」
私の言葉にレイゼリアさんが驚いた顔をしてから、柔らかな笑みを浮かべる。
「うん。約束よ?」
「はい!」
「親交を深めているところ…大変心苦しいのですが…」
「レイゼリア様…そろそろお時間です…」
すごく苦しそうな顔で護衛の二人がレイゼリアさんに声をかける。
「村長と会う約束をしていてね」
レイゼリアさんがリネを渡してくれて、受け取ってそっと抱く。
「レーシャも来てくれる?」
「かしこまりました」
「帰ってきて夕食になったら呼ぶから、ナズナはリネ様と部屋で休んでいて」
「わかりました。みなさんまたあとで」
「ええ」
「はい。また後ほど」
正直もう少し遊びたかったけど、私は大人しく宿舎に戻ることにした。
そういえばフリルさんや他の兵士さん達はどうしたんだろう。




