私の仕事は元々退治と捕獲
長い梯子を登りきった先の戸をレドスさんがゆっくりと開いて頭だけ出して周囲を探る。
「大丈夫そうです」
そう言って戸の向こうに上がり、後ろの私に手を差し出してくれて、大きな手で引っ張り上げてくれる。
「ありがとうございます」
「いえ…さあ兵士の方も」
そうして全員上がり終えると、レドスさんが蓋のような戸を閉じて近くにあった絨毯を上に被せる。
倉庫、いや何もない狭い物置部屋のような窓の無い部屋で、角灯の明かりがなかったら多分何も見えない。
そんなことを思ったそばから、ふっと角灯の火が消えてしまう。油が切れたのだろうか。
「大丈夫です。隣の部屋には明かりがあるので…」
レドスさんがそう言うと、きぃっと扉の開く音がして光が差し込み、まるで誘われるように部屋を出る。
「こんなにどうやって…蜘蛛を売ったお金で?」
レイゼリアさんが近くのコインを手に取り、かざしたり叩いたりして本物だと呟く。
部屋に並べられた棚を埋め尽くす、まさしく金銀財宝というべき光景が天井の魔晶灯に照らし出され、卑しい輝きを放つ。
「レイゼリアさん、全部本物なんですか?」
「それはわからないけど…異常なのは確かよ。領主でもないのにこんなに金品を集められるのは…」
「ここは隠し部屋で、表向きの倉庫はこちらです」
レドスさんが壁に手を置いてぐっと押すと壁の一部がひっくり返るみたいに縦に回転してレドスさんの姿が消える。
「ちょっと!」
たまらずレイゼリアさんが声をあげると壁の向こうから甲高い悲鳴が聞こえ、私は慌てて頭の上のリネを抱えて壁に突っ込んで部屋を出る。
転がり出た先もまるで宝物庫で、大きな宝石の指輪や首飾りが目に入るけど今はまず悲鳴がなんだったのかが重要だ。
「子供!?」
女性の震える声がして、踞る夫人の姿を見つける。
床には何か袋が落ちていて、夫人の目の前には固まるレドスさんの姿がある。
「その人はレドスさんです。今まで魔法で姿を変えられていたそうです」
「こんな豚が?」
「奥様…姫様にすべてを話しましょう。きっと力になってくれます」
「それは内容次第よ」
護衛の二人を伴ってレイゼリアさんも壁から姿を現すと、夫人は観念したのかゆっくりと立ち上がって私達をじっと見回す。
「あなたいったい…」
「賢者の杖に連なる者です」
「賢者の杖…。私はただっ…レドスと二人で遠くで静かに暮らそうと…」
「失礼します」
袋の中には宝石や指輪や首飾りが入っていて、海の無いアルセルでは貴重そうな真珠のものもあり、レイゼリアさんにも見せる。
「パトリア夫人、この扉の向こうのことは?」
「いいえ…」
「蜘蛛のことは?」
「知っていました…だからバレたら殺されると思ってレドスに当主のふりをさせて、時間を稼ごうと…」
「奥様!?ご存知だったんですか!?」
「商人と話しているの耳にしたのよ。数が増やせないかと話してた…そして増やしすぎたんでしょう?」
「はい…奥様の言う通りです」
「詳しくは王都で話を聞く、それまで二人とも大人しくしてなさい。二人を縛って駐屯所に戻りましょう」
「はい…」
二人は大人しく縄で両手を縛られ、屋敷はレイゼリアさんの魔法で厳重に施錠されて結界を施された。
二人は駐屯所の地下牢に入れられて、なんだか不完全燃焼のまま私の仕事は終わり、駐屯所の食堂の角のテーブルにレイゼリアさんと座っていた。
「どうぞ。リネ様にはこちらを」
テーブルの上には様々な焼き菓子とお茶の入ったカップとポットが並べられ、甘く芳醇な香りが漂い、床に伏せるリネの前には不思議な渦巻き状に盛りつけられた薄茶色のペースト状の食べ物が置かれる。
「ありがとうレーシャ。いただきます、あってる?」
レイゼリアさんが両手を合わせてにこっと微笑む。
「あってます。レーシャさんいただきます」
楕円形の物を取って食べてみるとふわっと柑橘の香りが抜けて美味しい。
「美味しいです」
「お褒めにあずかり光栄ですナズナ様。リネ様もお口に合ったようでなによりです」
リネは口の周りをべとべとにしながらぺろぺろあぐあぐ夢中で食べている。
「リネのはどんなお菓子なんですか?」
「実はお菓子じゃないんですよ」
「そうなの?」
優雅にお茶から楽しんでいたレイゼリアさんも知らなかったみたいだ。
「焼いた骨の髄を集めて、塩やお出汁で味を整えてクリーム状にしたものです」
「それはそれは…よかったねリネ」
わふっと一鳴きしてリネはまたすぐ食事に戻る。
「護衛の皆様のお食事の仕込みで外した骨をもったいないと思って作ってみたんですが、こんなに喜んでくださるとは思っていませんでした」
「普段は骨ごと噛み砕いて食べているので、骨がなくて食べやすくて止まらないのかもしれません」
「そうでしたか」
「そうだナズナ、明日のお昼前に穴を開けてくれるように賢者様に連絡しておいたわ」
「ありがとうございます」
一日くらい遊びたかったけどレイゼリアさんはまだまだ忙しいだろうから仕方ない。
「いつでも遊びにきていいからそんな顔をしないの」
「えっばふぁ!」
口を開けた瞬間にレイゼリアさんがお菓子を口に捩じ込んでくる。
「さっきのナズナより子供らしいナズナの方がずっといい。だから後は任せて、ね?」
とりあえず頷いて、ナッツ入りのクッキーをよく噛んで飲み込み、お茶を飲む。
さっきの私ってなんだろう。
「それと卵がそろそろ生まれそうだとか」
「卵…竜の?」
「そういえばヘゼルさんとグーデルさんに卵を預けるために会いに行ってたんだっけ?」
「はい」
「どんな竜なんですか?」
「確か羽の生えた蛇みたいな竜です」
「ほんとにいろんな竜がいるんですね…」
レーシャさんが感慨深げにリネを見つめながら呟く。
「知能のムラもすごいし不思議よね」
「そうですね」
お菓子の最後の一つを食べ終えて、新たに注がれたお茶も飲み終える。
「ごちそうさまでした」
「この後は村人を呼んで遺体の確認かぁ」
「私は…」
「ナズナとリネ様は念のために部屋で待機していて」
「わかりました」
念のためとはなんだろう。
「ごめんなさい。やっぱりリネ様は手伝ってもらってもいいかしら」
「確かに匂いで何かわかるかもしれませんね。リネ、レイゼリアさんのお手伝いお願いしてもいい?」
伏せて休んでいたリネが起き上がって元気にわふっと吠える。
「ありがとうございますリネ様。レイゼリア様をよろしくお願いしますね」
レーシャさんがリネの口を布で綺麗に拭いてくれる。
「レーシャさんはレイゼリアさんとご一緒されないんですか?」
「はい。夕食の用意などがありますので、代わりに離れて見ている護衛のお二人がレイゼリア様のお供をしてくださいます。それにリネ様もご一緒ですからきっと大丈夫ですね」
「レーシャさん、お邪魔じゃなければお手伝いしてもいいですか?」
「お邪魔だなんて。でもお部屋でお休みしていなくて大丈夫ですか?」
「部屋で一人でじっとしているよりは…」
「じゃあナズナはレーシャのお手伝いよろしくね」
「はい!」
「じゃあちょっとお医者様と話して兵士に村人を集めてもらってくる」
レイゼリアさんが席を立ち、私がリネに目配せするとお利口なリネはレイゼリアさんの後をついていく。
「ではまずは食器を洗いましょう」
「はい」
私は盾を水平に出して、その上に空の食器をすべて乗せる。
「ナズナ様、すごくいけないことをしている気がするんですけど…」
「みんなこんなことでは怒らないから平気ですよ」
「みんな?でも確かに便利そうな…ナズナ様なら上に乗ってお空も飛べそうですね」
レーシャさんのその言葉が雷のように私の中を駆け巡る。
その手があったじゃんと…。




