蜘蛛は出てくるだろうか
「…それで力比べをしてたのね。どうだったナズナ?」
合流したレイゼリアさんとレーシャさんと護衛二人と丘の上のロドリア家の屋敷に向かって歩いていく。
リネはかわいそうだけど駐屯所でお留守番をしている。
「いいのよ。正直に言ってくれて?弱かったでしょ?」
「レイゼリア様!?」
護衛の兵士さんの一人が声をあげる。
「残念だけど事実よ。私もきっとナズナに勝てない。それだけ魔法使いは貴重だからね。魔法使いに囲まれていて、みんなが魔力を持った魔族の人逹の住むイー大陸で暮らしているナズナにはあまり馴染みないと思うけど。あなたもナズナと力比べしてみる?」
「いえ…失礼しましたナズナ様。ご無礼をお許しください」
「いえ、気にしないでください」
器用に歩きながら頭を下げる護衛の兵士さんの頭を上げさせて、ほどなくして丘の上の屋敷にたどり着き、護衛の兵士さんがノッカーを鳴らすと少しふくよかな男性が青ざめた顔で出てくる。
「ひひひひっ姫様!?ど、どうしてこちらへ…」
「遺体の回収と蜘蛛の駆除が済んだので一応報告を」
「まさか兄さんが…」
「レドス?お客様?」
奥から女性の声がしてレドスと呼ばれた男性が振り返ると、扉が大きく開いて女性が顔を出す。
「レイゼリア様!?」
「ごきげんようパトリア夫人。お医者様の検死が終わったら、遺体の確認のために改めて連絡します。私達はこれから洞窟を確認してきますので」
「かしこまりました…どうかお気をつけて…」
パトリアさんが震えた声で話しながら深く頭を下げると、レドスさんも慌てて頭を下げる。
そんな二人を一瞥してレイゼリアさんが踵を返し、屋敷をあとにして丘を下る。
「レイゼリアさん」
「ん?どうしたのナズナ」
「あのお二人と何かあったんですか?」
「いえ別に。ただ怪しくてね」
「怪しい?」
「当主の不在を隠そうとしたり、勝手に当主を名乗ったりね。ナズナもおかしな動きに気がついたら教えて?」
「わかりました」
「さて、駐屯所によって今度は洞窟よ」
「はい」
駐屯所によってリネを連れて、今度はレーシャさんがお留守番をするみたいだ。
「お茶とお菓子をご用意してお待ちしていますね」
「お願いね」
「ナズナ様もお気をつけて」
「はい。いってきます」
そうして森に入って洞窟の入口まで真っ直ぐに進んでいき、すぐに洞窟が見えてくる。
「今度は私も入るからね。あなた逹」
「しかしレイゼリア様、中では魔法が…」
「あなた逹もナズナも魔石の探し方も知らないんだから諦めて。流石に管理者が不在だからお父様も承諾しているから大丈夫」
「かしこまりました」
「リネ、もしもの時はレイゼリアさんを乗せて洞窟の外に」
そう言ってリネの背を撫でると鼻先をぐりぐりと押しつけてくる。
「ごめんね。私はくわえて、兵士さん達はしがみついてもらって、みんなで逃げよう」
「そうよ。リネ様を困らせちゃ駄目よナズナ?」
レイゼリアさんが私とリネの頭を撫でながら優しく微笑む。
「ごめんなさい…」
「そうですよ」
「頼りにしていますよナズナ様」
「ありがとうございます」
兵士さん達にも励まされて気を改めて角灯を点けて洞窟の中に踏み入る。
リネを先頭に私、レイゼリアさん、松明を持った護衛の二人の並びで慎重にゆっくりと歩いていく。
洞窟内は相変わらず生き物の気配を感じられず、宝石なようなものが灯りを反射することもなく、真っ暗だ。
「止まってくれる?」
レイゼリアさんの一声でみんなが足を止めると、レイゼリアさんが洞窟の壁に手を伸ばして触れる。
「まだ魔石はちゃんとあるようね」
自分の身体に魔力を流して確かめたりしてるんだろうか。
でもそうしたら魔力を使ってしまうし、また別の方法かもしれない。
「ちょうどそこにつるはしがあるから少し掘ってみましょうか」
「音を立てて平気ですか?」
「平気じゃなかったら採掘出来ないから確めないと」
「では力仕事は我々が」
護衛の一人が落ちているつるはしを拾い上げる。
「いいえ。背の高いお二人が見張りの方がいいと思うので、リネと三人でお願いしてもいいですか?」
「一理ありますね…」
「隊長達もナズナ様も天井を這ってきた蜘蛛に襲われたと言っていましたね」
「わかりました。ナズナ様お願いします」
「はい」
角灯を置いてつるはしを受け取り、中段に構えてレイゼリアさんを見る。
「ここの辺りを掘ってみて」
「わかりました」
全身に魔力を回し、レイゼリアさんが指差した辺りを狙ってつるはしを大きく振りかぶり、よく狙って振り下ろす。
カンっと音が鳴ってつるはしが岩壁に刺さり、亀裂が走って当たった場所の下の方が崩れ落ちて、瓦礫のようになると、レイゼリアさんが瓦礫の中から二つの塊を拾う。
「これが魔石の原石」
つるつるとした断面をしている以外は特に特徴の無い普通の石に見える。
「普通の石に見えるけど、こうすると…」
レイゼリアさんが右手の一つを私の角灯に近づけると、石に点々と赤い光が点く。
「角灯の火で魔力が赤く染まったの」
そういえば環境で魔力の色が変わると言っていた。
「地面の中にあったなら、黄色とか茶色とかになるんじゃないんですか?」
「ええ、その通り。だからこっちもそろそろ変わると思う」
レイゼリアさんが左手に持っていた石に点々と茶色の光が点く。
「空気に触れると変わるみたいでね。鉱夫の方々は職人技で大きな塊になるように採掘してくれているそうよ」
「そうなんですね。流石です…。リネ、気配は感じる?」
リネが首を横に振る。
「ひとまず寄ってきてる感じはないみたいね。奥に進みましょう」
「わかりました」
「かしこまりました」
つるはしを立て掛け角灯を左手に持ち、またリネを先頭に洞窟を奥へとしばらく歩き続け、天井の穴に梯子のかけられた蜘蛛との遭遇現場に着く。
「この上の先に巣が…」
「確認しに行きますか?」
「いいえ、でも少しここで待っててみましょうか」
「わかりました」
「かしこまりました」
「ナズナ様、少しの間見張りを任せてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
護衛の二人がいそいそと何かをしている間、洞窟の暗闇に注意を向け、天井にも注意を向けて、蜘蛛が襲ってこないか神経を尖らせていると、ぽこぽこぼこぼこと音が聞こえてきて、音が止むとほんのり甘い香りが漂ってくる。
「ありがとうございました。飲み物を淹れたので少し休んでいてください」
「君の分もちゃんとあるよ。熱くしてないから安心して」
「ナズナおいで」
私が困るのを初めからわかっていたのかレイゼリアさんがすぐに声をかけてくる。
「ありがとうございます。では休憩をいただきます。リネ少しゆっくりしよう」
「はい」
「ゆっくりなさってください」
護衛の二人にエスコートされてレイゼリアさんの隣に座らされて湯気の立つカップを渡され、私の横に伏せたリネの前に白いものが張られたお皿置いてくれると、少しだけ離れて見張りを始める。
「乾燥させた乳を水で溶いた物よ。蜂蜜を入れてくれたみたいだから美味しいはずよ?」
「いただきます」
水で溶いたと言っていた通り、そのままの物よりは味が薄いけど、温かくて甘くて乳の香りもちゃんとあって美味しい。
リネも飲んでいるから大丈夫そうだ。
「美味しいです」
「それは良かった」
真っ赤に光る板の上に乗せられたポットの注ぎ口から出る湯気が角灯の灯りで微かに浮かび上がって、真っ直ぐ天井に流れていくの、ついぼーっと眺めながらカップに口をつける。
ちらりと横目に見たレイゼリアさんが同じようにぼーっと一点を見続けているのに気がついて、なぜか少し嬉しくなった。




