結構慣れてきてたんだろうか
リネの食事が終わり小休止を挟んだところで洞窟に向かおうと思ったところ、さっき出ていったばかりの兵士達が戻ってくる。
「どうしたんでしょうか」
「獲物が見つからなかったにしても早いですね」
「洞窟に行こうと思っていたんですが、森で何か?」
「おーい!どうしたのー?」
「村の人達が入っていたので邪魔にならないように出てきました!」
「さっきは先に入っていた私達に譲ってくれていたようなので」
「なるほど…」
「しばらく森に入らない方がいいですかね?」
「そうですね。動物の少ない森ですし、譲り合いですね」
「わかりました」
森に用があるわけじゃないけど、変な軋轢を生んでも困るしその土地の決まりに従うべきだろう。
でもこれからどうしよう。
「じゃあ揃ったところで力比べします?」
フリルさんが不敵な笑みを浮かべてどこかに走り出し、樽を転がしながら戻ってくる。
「さあみんな!賢者の杖様と力比べよ!」
フリルさんが笑顔でそう言うと、兵士さん達の視線が私に集まる。
「いえ…賢者の杖じゃないですよ?お世話になっていますけど…」
「そうなの?」
「わけありなもので…エリュさんの弟子ですけど魔法使いではありません」
「そんなこと言ってましたね。でもこれからの戦いに必要なんです」
急に真面目な顔をしてフリルさんが呟く。
なんだか断りにくい。
フリルさんが左手で樽の縁を掴んで、右肘を樽に突く。
「こうしてお互いに右手を握って、こうやって相手の手の甲を樽につけたら勝ち。肘は浮かせちゃ駄目」
そう言ってフリルさんが右手を内側に倒す。
腕相撲とかアームレスリングという言葉が脳裏を過る。
「フリル、これがないと」
兵士さんがいつの間にか木箱を持ってきて樽の横に置いてくれる。
「さあどうぞ」
笑顔で手を差し出され、とりあえずその手を取ると木箱の上に立たされる。
「えっと…そんなにみなさんやる気なんですか?」
「正直…気になります。疑っているわけではありませんが、その小さな身体のどこにあの数の蜘蛛と一人で戦い、剣を振ること出来る力があるのか」
木箱を持ってきてくれた兵士さんも真剣な顔で私を見る。
「さあ、ナズナ様」
フリルさんが手を握って開いて私に視線を送るので、仕方なく私も肘を突いてフリルさんの手を握る。
すると兵士さんがフリルさんと私の握った手の上に手を乗せる。
「私が手を離したら開始の合図です」
「わかりました」
「うん」
「では…はじめっ!」
手が離れた瞬間に、右腕に全神経を注ぎ込む。
しかし、案の定フリルさんの腕は巨木のようにびくともせず、私の力などものともしないで一瞬で決着がつく。
だんっと音を立てて容赦なく樽に手の甲が叩きつけられ、普通に痛くて歯を食い縛ってこらえる。
「っ!」
「ごっごめん!?」
フリルさんが慌てて手を離してから両手で労るように私の右手を優しく取る。
「どうして本気を出さなかったの?」
フリルさんが困り顔で少し赤くなった私の手の甲を見つめながら呟く。
「本気でしたよ?」
「フリル、ナズナ様、これは?」
「その目は嘘をついてないみたいですね。蜘蛛と戦った時と同じように…仕事をする時の力を使ってください」
鈍感な私はようやく魔力を使ってほしいのだと察したけど、私が刀を軽々振り回せることと魔力による身体強化は関係がない。
でも今言ったらややこしくなるだろうか。
「わかりました」
魔力を右腕だけじゃなく、しっかりふんばれるように全身に回し、張り巡らせていき、わかりやすいように髪にも流しておくと、フリルさんの顔が露骨に驚いた表情に変わり、回りの兵士さん達の顔も引きつっていく。
なんだか怖がられているような気がして嫌な感じがしてくる。髪の色を変えたのは余計だったかもしれない。
「あなたは魔族だったんですか?」
「いいえ。魔力がたくさんあるだけです」
「その髪は…」
「わかりやすいかなって思って…今戻します…」
髪を元に戻したところで奇異の目が治まるはずもなく、変わらず嫌な感じが続く。
私の気持ちに気がついたのか、リネが子犬大から狼大になって私の足にぴったりとくっついてくれて、そっと手を置いてリネの背を撫でる。
「それは何がどうなって?」
木箱を持ってきてくれた兵士さんが呟く。
「魔力を髪に流すと魔力の色に染まるみたいです。詳しくはわからないですけど…やめておきますか?」
固まったままのフリルさんに声をかけると、はっとなって自分の頬を両手で叩く。
「いやっごめん!今度こそ勝負!」
フリルさんが右手を構えて、深呼吸をする。
私もとりあえず肘を突いてフリルさんの手を握ると、また兵士さんが手を乗せる。
「…はじめっ!」
さっきと同じように、手が離れた瞬間に右腕に全神経を注ぎ込む。
しかし巨木のようにびくともしなかったフリルさんの手が、重たい扉を開くように加速しながら倒れていいき、フリルさんの手の甲が樽に触れる。
「勝った…」
「これは…」
「痛たたぁ…」
「それが蜘蛛と戦えた理由」
コーネルさんと手合わせした時のように力が拮抗するか、結局押し負けるかと思っていて、自分でも勝てたのが不思議で驚いてしまって言葉がでない。
「はっ…ごめんなさい」
慌てて手を離して引っ込めるとフリルさんが震え始める。
「フリルさん?」
「あっははははは!流石は賢者の杖に連なる者ですね」
フリルさんが元の笑顔を私に向けてくれる。
「もしかして前に見られてました?」
「中庭にレーシャさんを連れて飛んできたときにね。ほら、次は誰?」
俺だ俺がと言い合いながら、兵士さん達がフリルさんの後ろに並び始め、フリルさんが審判をしてくれていた兵士さんと代わると、一人目が肘を突いて私に手を伸ばす。
「マダルです!一勝負お願いします!」
「ナズナです…よろしくお願いします」
大きな手が私の手を包んでしまってうまく握れないでいると、親指を握らせてくれて、フリルさんが手を乗せる。
「じゃあ、はじめっ!」
先に攻められたら終わると思い、手が離れた瞬間に一気に押し込む。
「くぅ…!これが魔力っ!」
四十五度くらい傾いたところで重く硬くなり、負荷を感じながらも樽に押し込む。
「ぬうううわあああああっ!」
樽に手の甲が触れたマダルさんがまるで魔法が解けたみたいに崩れ落ちて右腕を押さえて悶える。
「カッツと言います。手加減はしませんよ」
「そうですか…」
怪力のように扱われても困るんだけどなぁ…。
「ふぐうぅぅぅぅ……うっ腕が…」
一番大きかったらしいマダルさんのあとは苦戦することなく、カッツさんが腕を抱えて丸まって地面に転がり、エイリッヒさんは腕を押さえながらのたうち回り、最後のクロタさんは膝を突いて苦悶の顔で天を仰ぐ。
「フリルさんこれでよかったんでしょうか…」
「完璧ですよ。今のままじゃ王家の方々や家族や国民達を守るには力不足だと痛感したでしょう。これでも私含めてみんな城勤めに選ばれた勇士なんですよ?」
「魔力の有無でここまで変わるものなんですね。私も驚いています…」
私に力比べで負けて大人の男性が悶えているなんて光景は最初で最後かもしれないけど、一切嬉しくない。困惑としか言いようがない変な気分になってくる。
リネが私の足に身体を擦りつけて無意識に逸れた視線の先に人だかりと穴があり、消えた穴の前にいた見知った顔と目が合う。
綺麗で柔らかな長い金髪に、澄んだ青い瞳の凛とした綺麗な女性。
それがレイゼリアさんだと気がついた瞬間に、目の前の光景があまりにも謎に感じて恥ずかしくて私の顔が勝手に熱くなっていく。




