急に始めちゃうんですね
判、判判判、署名、判、却下、却下却下、もう少し装飾は控えめで、判判判判、署名署名署名、魔石は黄色に変更してほしい、兵士達への薬代は判、武器の新調は却下、見張り台の新築の支援は許可。
こんこんと扉を叩く音がして手を止めて、書類の山を整える。
「どうぞ」
「失礼します」
レーシャが静かに扉を開けて中に入ってくる。
「レイゼリア様、カッタス隊長から報せが届きました」
「ほんと!?」
机から立ち上がって身を乗り出してレーシャから書簡を受け取り、すぐに中身を確かめる。
報告書には隊員達の無事と、他の被害者の全滅かつ身元確認が不可能で、高位の医師か王宮魔法使いの派遣又は調査のために王都への一時移送を求める旨が書かれていた。
そしてナズナが疲れて眠ってしまったけど熱もなく穏やかな寝顔だということと、仮死状態の六匹の青い目の蜘蛛を地下倉庫にしまってあること、最後に代筆はフリル·ロールが担当したと書いてある。
「皆様はご無事で?」
「ええ…ナズナが間に合ったみたい」
「それはなによりですね」
「まだまだ油断出来ないけどね…」
ロドリア家の怪しい動きに、数十年もの感覚を開けて突然大量に蜘蛛が出現した謎も残っている。
そして王家の洞窟は所有物で、外部の調査機関は軽々に呼べない。
賢者の杖が呼べるのは中立で背後に黒い関係がない特別な機関だからで、他にそんなところはない。
魔法ギルドも学術ギルドも各国の息のかかった間者だらけだ。
でも救出に成功して捕獲もしたなら蜘蛛の数は減ったはずだし、お父様に今度こそ許可がもらえるだろうか。
「レーシャ、お父様は今はどちらにいるかわかる?」
「そうですね…王妃様のところとか?」
「そうかも…いきましょう」
「ではお供しますね」
お父様は毎朝と毎日ではないけど昼食の前にお母様の元へ顔を出す。
お昼前の今頃は謁見の間よりも可能性がある。
そしてお母様の部屋に入るとレーシャの予想した通りにベッドで眠るお母様を寂しげに見つめるお父様の姿があった。
「今日は眠ったままですか?」
「レイゼリアか…今朝は起きていたんだがな」
私もそっと隣に歩いていって、お母様の柔らかな寝顔を覗く。
「カッタス達は無事だったそうですよ」
「そうか。それはなにより」
「身元不明の遺体の調査に人手を送るか、王都で預かってほしいそうです。視察も出来ていないのでお医者様を連れて、もう一度行ってきてもいいですか?」
「はぁ…駄目だと言いたいところだが、そういえばナズナが来ているんだったな。仕方がない、許可しよう…」
「ありがとうございます」
「せっかくなら一緒に昼食をどうだ?」
「はい、ぜひ。そうだ、せっかくならお兄様も呼びませんか?」
「そうだな。また来るよ」
お父様がお母様の手にそっと口づけをし私達は静かに部屋を出て食堂に向かい、お兄様を待っていると、お兄様が杖を突かずに自分の足だけでしっかりと歩いて席に座る。
「お父様、レイゼリア、待たせてしまって申し訳ありません」
「いいや、気にせんでくれ。順調に良くなっているようでよかった」
「はい、もう杖が無くても大丈夫なんですね」
「ああ、もう走れるよ」
「そうか。それではいただこうか」
「はい」
お父様とお兄様はステーキを、私には魚の包み焼きを作ってくれたようで、今日も美味しい。
でも会話もなく、なんだかだんだん居心地が怪しくなってくる。
もしやお父様は武器の件を今話すつもりなんだろうか。
「レイアルト、剣のことは聞いたか?」
「はい。刃こぼれが酷く、少し細くなってしまうと。亀の姿の魔物でも平気だったのに、角ありには一切効かなかった」
「賢者の杖の方に言われたのです。ガンゼツの武器のことを買い被り過ぎだと、確かに私達は過信していたと思うんです」
「しかしガンゼツほど魔法に強い武器は無い」
「確かにそうですが、五百年も前の物で魔物の生まれる前に作られた、魔物ではなくあくまで魔族を想定して作られた物です」
「普通の武器よりも効果があるのは確かだが、残念ながらそれだけのようだ…」
「それは…」
お兄様の顔が曇り、手が止まる。
でも実際にガンゼツの剣を使ったお兄様自身がナズナと同じようにその事実を誰よりも痛感しているはずだ。
「魔物に対抗するための武器が必要だと思うんです。ガンゼツの武器以外の」
「そんなの物があればみんな既に手にしているだろう。しかしそれが出来ないからみんなガンゼツの武器を求めているんじゃないのか?」
「どうだろうな。魔物の被害が顕著になったのはここ数十年だが、ガンゼツの武器はそれ以前から各国が探し回っている」
「迷宮攻略のためか、戦争の備えか…幸い今の魔王は穏健派のようですけど、私達と違って長く生きる種族にはまだ人間を恨んでいる方も多いとは聞きますね…」
話しがそれてしまった。
「あの騎兵の魔物が変化した鎧の魔物にフィシェルさんが放って傷をつけた魔法と、私を狙って放たれ妹弟子のナズナを穿った魔法…」
お父様とお兄様が不思議そうに私の声に耳を傾ける。
もう二人のお皿は空っぽだ。
「どちらも限界まで圧縮された高密度の塊を矢として、ほとんど目に見えぬほどに高速で撃ち出した物でした」
「まさか…その矢を作ると?」
「はい」
「仮に矢がうまく作れたとして、肝心の弓はどうするんだレイゼリア。そのような速度を出せる弓の弦が兵士達に引けるとは思えん」
「そうですね…お父様のように魔力で身体を強化出来る人じゃないとそんなものは…」
「だから一緒に考えて欲しいんです。魔物に対抗するための武器を」
「レイゼリアの言う通りだ…角ありが出る度に賢者の杖を呼ぶわけにはいかない」
「そうだな。しかし弓か…。レイアルト、弓に自信は?」
「無いですよ。いつか勇者の刀をと剣一筋でしたので…。レイゼリア、その矢を剣には出来ないのか?」
「私の魔法ではないのでそこまでは…。しかし矢尻やナイフなど試作していけば、剣も作れるかもしれません」
「ふむ…」
お父様が食堂の扉を見て、すっと立ち上がる。
「すまないお前達、そろそろ時間のようだ。レイアルト、レイゼリア、また三人で良く話し合おう」
「はいお父様」
「ええ、もちろんです」
微笑み、小さく頷いてお父様が食堂を後にする。
「レイゼリアが武器のことを考えてたなんてな」
お兄様がお茶を飲みながら呟く。
「この目であんなものを見たら考えますよ。師匠の本気も初めて見ましたし、今ならお兄様が勇者の武器にこだわっていた気持ちも少しわかります」
「魔法は効かず武器もとなればな。すがりたくもなるよ。俺にも魔力がもっとあればと考えることも多い。魔法も使えず、身体を強化することも出来ない」
お兄様の言葉に、ふとフィシェルさんの光る姿を思い出す。
あれは自身の魔力ではなく、私が渡した魔石の魔力で身体に強化をかけていた。
「出来るかも…」
「何か思いついたのか?」
「はい!帰って来たら大忙しです!
私は急いで口を拭いて席を立つ。
「どこか行くのか?」
「ブルーム地方に洞窟の視察です」
「蜘蛛は片付いたのか」
「はい。お医者様を連れてちょっと行ってきます」
「そうか。気を付けて」
「ありがとうございます。それではお先に失礼します」
私はすぐに死体の確認が出来る医師を手配して洞窟を歩くことを考えてパンツスタイルに着替え、レーシャ、護衛二人と、お医者様とその助手を連れて、中庭からナズナとリネ様を送った駐屯所に穴を繋いでくぐり抜けた。
くぐり抜けた先で最初に目にしたのは、片腕を抑えて悶える兵士達と戸惑い困惑した表情で兵士達を見つめるナズナの姿だった。
そしてナズナが私に気がついた瞬間、耳が赤くなるのを私は見逃さなかった。




