達成感とかは全くない
木板の張られた天井に木の板の壁、少しだけ色のくすんだ使い古されたシーツと毛布。
隣には狼大のリネがすやすやと眠っていて、窓の外にある一本の木がきらきらと輝いて見える。
「おはようございますナズナ様」
扉から茶髪のショートカットの女性が入ってきて、笑顔を向けてくれる。
私をおぶってくれた女性の兵士さんの声だ。
「おぶってくださった…」
「そういえば名乗ってなかった。フリル、フリルよ」
「おはようございますフリルさん。あの、どれくらい寝てたんでしょうか?」
「一晩です」
「何日も経ってるとかじゃなくてよかったです」
「よく寝込むの?」
「そう…かもしれません」
「レイゼリア様が心配なさるわけですね」
「あはは…」
情けなくて笑って誤魔化す。
「朝食をお持ちしても?」
「ありがとうございます。お願いします」
「待ってて」
「はい」
リネの背を撫でてとりあえず待っていると、すぐにフリルさんがパンとスープを持って戻ってきてくれて、ベッドの上で盆をテーブル代わりにするのか、太ももに盆を乗せられる。
「どうぞ」
「いただきます」
きょとんとした顔をされた気がするけど気にせず温かいうちにスープをいただく。
芋のスープだろうか。優しい甘みで美味しい。
パンも少し固いけどスープとよく合って美味しい。
リネには起きたら干し肉をあげよう。
「ごちそうさまでした」
「ごち?…歩けますか?」
「はい」
「隊長に顔を見せてあげてください」
「わかりました」
上着をと思って部屋の中を見渡すと、机の上に私が腰に着けていた物が置いてあるけど、青いケープは見当たらない。
そういえば女性に着せてあげたんだった。
「何か無くなってましたか?」
フリルさんが困り顔で呟く。
「いえ、シャツとパンツじゃあれかと思ったんですけど、ケープを貸してあげたのを思い出して」
「洗濯をして干してあるので安心してください」
「では…このままで…」
「子供らしくていいじゃないですか」
「そうですか?失礼にならないなら、まあ…」
手袋はそのままに脱がしてくれていたブーツを履いてベッドから立ち上がると、フリルさんが私の手を見ている気がする。
「一応そのままにしておいたけど、どうして大きさの合ってない手袋を?」
「あー…魔力が漏れてて、魔法道具や魔法のかかった物に素手で触ると壊してしまうんです。それを防ぐために職人用の手袋をいつもしています。あっ…もしかして私を背負ったせいで何か壊れてしまいましたか?」
フリルさんが少し迷ってから口を開く。
「私の私物とかじゃないけど実は、子供だし熱とかあったらいけないと思って体温を確かめる魔法道具を使ったらなんか動かなくなっちゃって…」
「ごめんなさい…弁償します!」
「いいのいいの。とりあえず案内します」
「でも…」
手を引かれて、リネを置いて部屋を出て廊下を歩いていく。
「ここは駐屯所の宿舎で、今いる二階が女性寮、下りた一階が男性寮です」
階段を下りた先はなんだかがらりと匂いが変わり、なんだか汗臭いというかむさ苦しいというか男って感じの匂いがする。
「臭かった?」
「いえ、でも匂いががらっと変わって不思議です」
「男女の比率がね…ここです。カッタス隊長、ナズナ様をお連れしました」
「入ってくれ」
「どうぞ」
フリルさんに促されて部屋に入ると、ベッドの上で上体を起こして私を見る茶髪の男性の姿があった。
「昨日ぶりだね。私はこの隊の隊長のカッタスだ。まずは助けてくれて、ありがとう。他のみんなもまだ身体を動かせないようだが意識はあります」
「生存者がいてよかったです」
「そうだな。生きているのが不思議だ。今後の予定などは?」
「えっ…もう一度洞窟の中を調べようかと」
「そうなるでしょうね…。しかしあの洞窟は王家の所有物ということになっていて、緊急時以外は管理者の同行が必要になるのですが、その管理者は身元不明の遺体の中に」
「そうだったんですね」
「私はこのとおりなので、暫定的にフリルを同行させていただいてもよろしいですか?」
「はい。大丈夫です」
「ありがとうございます。こちらからは以上です。ナズナ様は何かお聞きしたいことは?」
「青い目の蜘蛛とは別の黒い目の蜘蛛に襲われたのですが、何かご存知でしょうか?」
「そいつはネバネバを吐き出しましたか?」
「はい、青い目の蜘蛛より固くてネバネバの吐き出しました」
「そいつはイトハキグモ。大型化するのは稀ですがそこらじゅうにいる普通の蜘蛛です」
「そいつを倒せるみなさんがやられたのは、やはり不意討ちと数のせいで?」
「頭の痛い話だがその通り。それと私達は君が思っているよりは強くない」
「そんなことはないのでは?」
「フリルと力比べすればすぐにわかる。一方的で申し訳ないが、そろそろ休ませてもらいます」
カッタスさんがぷるぷると震えて上体を倒す。
普通に話しているように見えていたけど、かなり無理をしていたのかもしれない。
「隊長、あとは任せてゆっくり休んでいてください」
「あぁ女の子同士あとは仲良くやっといてくれ…」
「りょーかいです。いきましょう」
「失礼します」
寝かせてあげるためにも足早に部屋を離れて、二階に上がって眠っていた部屋に戻ると、扉を開けた瞬間にリネが顔を上げてベッドから飛び降りて駆け寄って来てくれる。
「おはようリネ」
顔をわしゃわしゃと撫で回してあげると、尻尾をぶんぶん左右に振る。
「外に出ましょう。そろそろみんなが戻ってくるはずなので」
「みんな?」
「残りのみんなは狩りに出ていまして、首尾よくいっていればリネちゃんにお肉を食べさせてあげれますから」
「だってリネ。一緒に行こ?」
リネが身体を縮めて子犬になるので、拾ってしっかりと抱いてフリルさんのあとについていく。
外に出ると、最初にリネと穴から抜けた先だったようで、訓練なども出来るようになのか結構広く整地されていて走りやすそうな感じの地面になっている。
「遅いですね…あっきました!」
フリルさんの視線の先から四人の兵士さんが歩いてくきて、こちらに気がついたのか一人が手を振ってくる。
「すみません!捕れたのはこれだけです!」
兵士さんの一人が頭が二つ分ほどある鳥を掲げる。
「村の人達の言う通り、全然見つからなかった…」
「大きなリネ様には少し足りないかもしれませんがどうぞ」
「よかったねリネ」
アンっと吠えるリネのために四人がかりで羽根を一瞬でむしりとってくれて、お皿代わりに木の板に乗せてくれ、リネをその前に下ろしてあげると、可愛く尻尾を左右に振りながら勢いよく食らいつく。
兵士さん達はそんなリネの様子をかわいいと口々に呟きながら眺め、昼と夜の分を探すぞとまた森に向かっていってしまった。
「ナズナ様には目もくれないで…帰ってきたら文句言っておいてあげますから」
「子犬姿のリネはかわいいですからしょうがないですよ。レイゼリアさんも夢中でした」
「あのレイゼリア様が?可愛いのは認めますけど、私は犬より猫派なので。それと大きい姿を見ていると怒ったら丸呑みされそうで…」
「リネはお利口さんですから悪い人にしかそんなことしませんよ?」
「子供の時に狼に噛まれてから苦手で…」
「それはしょうがないですね…」
ぽかぽか陽気の中でお尻をふりふり尻尾をぶんぶんしながら鳥にかじりつくリネの姿は、私には愛らしく、フリルさんには猟奇的に見えているのかもしれない。
とりあえずリネが食べ終わったらもう一度洞窟の中を確認しないと。
角灯の替えの油とかあるだろうか。いくらなんだろう。




