知らない一匹
いつの間にか眠ってしまった男性を横にして寝かせてあげて、刀を握って全身に魔力を回す。
青い光は見当たらないけど不思議と何かがいるという確信がある。
「リネ?」
返事はない。代わりに黒く鋭い槍が暗闇から伸びてきて、私はそれを右に避けつつ右手の刀を振り上げて下から斬り上げる。
しかしキンという金属音とともに弾かれ、さらに二本の黒い鎌が振り上げられたその奥に黒い六つの目が見えた。
私は瞬時に出し直した盾を蜘蛛に噛ませ、跳び上がって頭に向かって逆手に構えた刀を突き立てる。
しかし刀は地面に深く突き刺さり、何か生暖かいものがぶつけられる。
咄嗟に私も距離を取ろうとしたのに跳べずに強く引っ張られ、角灯が覆われてしまって暗くて周りも見えず、四つの鉄塊を旋回させて周囲を守り、身体を確認する。
ねばねばと貼りつき伸縮する粘液はまさしく蜘蛛の糸のよう。
角灯にまとわりついてもなんともない様子から熱にも強そうだ。
そして魔法じゃないから私の魔力も意味がなく、もがくほどにからめとられていく。
とりあえず両手を自由にするために刀を右脇の間に出してそのまま落としてみるけど、ねばねばが絡みついて斬れずに伸びて粘液に刀身がからめとられたまま柄だけが地面から叩く。
「くっ…かかってこい!ざーこっ!」
追撃が無いのが気になり声をあげる。
警戒して膠着状態ならいいけど、男性の方に行かれていたらまずい。
「ど…どーしたざこ!怖くて近づけないの?かかってこい!こないなら、こっちからいってやる!」
さらに鉄塊達を高速回転させて速度を上げる。
ブンブンと重たい風切り音を鳴らして私を中心に四つの鉄塊が乱回転しながら徐々に蜘蛛を探して円を広げていく。
「シシーシシシッガチッガチッガチッ」
蛇が威嚇するような音に、顎を鳴らす音がし始める。
声と鉄塊のどちらが効果的なのかはよくわからないけど、とりあえず注意は引けているだろうか。
「こい!ざーこっ!いくじなし!あほ!ばか!まぬけーっ!」
突然、天井から火の玉が降ってきて地面に落ちる。
「火は聞いてない…」
オオーーンとリネの遠吠えが聞こえる。
「かかれぇー!」
「節を狙え!」
雄叫びとともに火の玉がいくつも降ってきて、ガシャガシャと音を立てて地面に落ちる。
キン、カン、カキンと剣戟の音が聞こえてきて鉄塊を消すと、何かが近づいてきて、匂いでリネだと気がつくと、ベロンベロンと全身舐め回される。
「リネ、舐めるのはあとで…ん?手が動く」
竜の唾液すごい。
ベタベタはするけど両手も動くし、足もやっと地面から離れた。
「ありがとうリネ、動けるようになった」
「ご無事ですか!」
私の鞄を預かってくれた駐屯所にいた女性の兵士さんだ。
そして四人の兵士さん達が剣を片手に果敢に蜘蛛を攻め立てる。
「ありがとうございました。別の蜘蛛がいるとは思わなくて」
「討伐完了です!」
「端に隊長さんがいるはずです!」
「わかりました!」
私の掛け声に男性の兵士達が元気に答える。
「あと、丸いやつの側に遺体があります」
「大丈夫です。簡易的ですが梯子を掛けてきたので」
「そうですか」
急にどっと疲れがきて、眠たくなってくる。
魔力を回しっぱなしだったからだろうか。
「蜘蛛は大丈夫でしたか?」
「リネ様のおかげでなんとか。それよりもこの数をお一人で?」
「一応は…」
兵士さん達の松明で少し明るくなった空間に蜘蛛の死骸達が浮かび上がる。
数はよくわからないし、数える気にもならない。
私が疲れを感じている間に兵士さん達が遺体を布で包んで運び出していく。
遺体を背負って梯子を登っていってみなさんとても力強い。
「私とリネがやらないといけないのに手伝っていただいて申し訳りません」
「じつは手紙に書いてあったんです」
「手紙…レイゼリアさんから預かった?」
「私の小さな友人を助けてあげて、ついつい一人で頑張り過ぎるから…と」
「レイゼリアさんがそんなことを…」
嬉しいような恥ずかしいような、それでいて少し悲しいような、不思議な気持ちになる。
「とりあえず一先ず外に出ましょう」
「わかりました。でも遺体を先に…まだ蜘蛛が潜んでいるかもしれません」
「かしこまりました」
女性が遺体を袋に入れてリネの背に乗せていき、リネが飛び上がって穴の奥に消えるとすぐに遺体を下ろして戻ってきてを三度繰り返して私の前に伏せる。
乗れと言っているんだろうか。鉄塊を足場にすれば上がれるけど大人しく甘えておこうと思って股がる。
「申し訳ございません!」
男性の兵士さんが一人駆け寄ってくる。
「なんでしょうか?」
「端に並べて寝かせてある蜘蛛達はいかがいたしますか?」
「ごめんなさい…忘れてました。賢者様に出来れば捕獲するようにと魔法薬を持たされていまして…」
「ではお運びいたしますか?」
「はい。出来ればリネが引きやすいように縛ることとかできますか?」
「任せてください!おい!縄で蜘蛛を縛るぞー!」
兵士さん達が手際良く縄で蜘蛛を縛ってくれ、それをリネが縄を引いて穴の奥に運んでいってくれると、また兵士さんが一人駆け寄って来てくれる。
「これで全部穴の上に運び終わりました。あとは下ろして荷車に積んで洞窟を抜けるだけです」
「ありがとうございます。みんなで戻りましょう」
改めてリネの背に乗せてもらって横穴を進んでいって元の洞窟に降り、荷車に遺体と蜘蛛を乗せてリネが引き、隊長さんは簡易な担架に乗せて運び、洞窟の外へ警戒しながら戻っていく。
幸い蜘蛛に出くわさずに洞窟の外にみんなで脱出し、ようやく肩の荷が下りたような気がしてしゃがんでしまう。
「ナズナ様!大丈夫ですか?」
見られていたのか女性の兵士さんが駆け寄ってきてくれ、私に背を向けてしゃがむ。
「どうぞ」
「そんな…疲れているのはみんな同じですから」
膝に手を突いて立ち上がろうとするけど、力が入らず立ち上がれない。
「いいから早く来なさい」
「はい…」
急に怒ったように低い声で言われて驚きつつ両手を肩に伸ばすとしっかり手首を掴まれて引き上げられながら背負われ、お尻に手が回されておんぶされて運ばれていく。
「ありがとうございます…」
「気にしないで。ねぇ本当は何歳なの?」
元の優しい声色に戻った声で質問が投げかけられる。
「因みに何歳だと思っていたのか聞いてもいいですか?」
「そうね…最初は同じ十七くらいか少し下かなって思ったけど、見た目相応なんじゃないかって」
「正解です…」
「やっぱり?」
「最近紐をいただいたばかりで…まだまだ修行不足だったみたいでごめんなさい」
「そんなことはない。私達が四人がかりで一匹倒すような相手をナズナ様は一人であんなにたくさん…疲れてもしょうがないよ」
「様も別にいらないですよ?」
「なれないとだめよ?」
「はい…明日、もう一度確認に入ろうと思います」
「かしこまりました。私達はレイゼリア様に連絡を送ります」
「はい…お願い…」
まずい、鎧が固くて冷たくて眠たくなるような感じじゃないはずなのに、なんだか意識が…。
やっぱり体力落ちてたのかな…。
帰ったらまた素振りしないと。
「ナズナ様?」
返事が出来ない…。
報告とかいろいろあるからまだ落ちるわけには…。
「おやすみなさいナズナ…ありがとう」
そんなことを言われたら気が緩んで、私が一瞬で眠りの世界に飛んでいき、まずいと思って飛び起きた時には既に遅く、もうそこはどこかの部屋のベッドの上で、窓の外では小鳥が囀ずっている。
あぁやってしまった…。
せめて次の日であってください。お願いします。




