爛爛(らんらん)たる瞳
恍惚と眩暈が混ざり合った異様な思考のまま外へ出た私は、ゆっくりと空と街を見渡しました。
黒い雪に覆われた真夜中の街は、まるで私一人だけのために作られた異次元の世界のようで、見慣れたはずの通学路がまったく別の街へと姿を変えてしまったかのように感じられました。
ふわりと舞い落ちる黒い雪が、私の肌に触れては冷たく消えていきます。
軒先や立ち並ぶ車の上に、黒い雪が静かに、けれど確実に降り積もっていく――。
「キィ、キィ、キィ、キャキャキャキャ……」
言葉では表しようのない、人間の笑い声とも獣の鳴き声ともつかない奇妙な音が、建物の隙間を縫うようにして聞こえてきました。
その声が届くたびに、風もないのに黒い雪の落ちる軌道がゆらりと揺らぐように見えました。いえ、それは雪そのものが音に影響されていたのか、あるいは当時の私の錯乱した精神が見せた錯覚だったのか、今となってはわかりません。
私は吸い寄せられるように、その声が聞こえる方角へと足を進めました。
不気味でありながらどこか甘やかに私を惹きつけるその声は、広眺公園から響いてきているようでした。
高橋さんは、「広眺公園」と言ってもピンとこないかもしれませんね。今から五十五年以上も前、私が中学生だった頃には確かにそこにあった公園です。
当時の南木町には娯楽施設と呼べるものがほとんどなく、子供たちや、少し手余しの十代の若者たちが集まる格好の溜まり場になっていました。街の規模のわりに敷地が広く、大きな樹木が多く植えられていたため、外からの死角も多かったのです。……つまりは、そういう場所でした。
私の家からその公園までは歩いて十分ほど。あやの家とも目と鼻の先にありました。
通学路でもあったので普段からよく前を通ってはいましたが、私自身がその広い敷地の中へ入って遊ぶようなことは、滅多にありませんでした。
声のする方へ歩を進めるにつれ、周囲を舞う黒い雪は激しさを増していきました。通り過ぎる家々の窓はことごとく光を失い、深い闇の中に沈み込んでいます。
公園に近づくにつれて声の輪郭はより鮮明になり、真夜中の異様な声の主がそこにいることを私は確信していました。
焦燥感に背中を押されるようにして、私は公園へと急ぎました。
公園の入口に足を踏み入れた瞬間、私の肌を刺したのは、夜の寒さ以上に冷ややかな異様さでした。
時計の針は深夜の一時を過ぎています。街灯の光すら届かない真っ暗闇の公園で、舞い散る黒い雪を浴びながら、子供たちがそこかしこで声を上げて遊んでいたのです。
まず私の耳に飛び込んできたのは、公園の一帯を支配する、耳障りなほど甲高い子供たちの歓声でした。人が興奮した時に上げる大声とは明らかに異なっています。まるで録音された音声を倍速で再生しているかのような、生身の人間からは出ないはずの高音とテンポ。その不気味な声が、闇の中に恐ろしい密度で響き渡っていました。
そもそも、こんな真夜中に幼い子供が外で遊んでいること自体が異常です。親はいったい何をしているのか――本来なら真っ先に抱くはずのそんな疑問すら、当時の私の頭には浮かびませんでした。
「ゆみちゃん! ぼく、ゆみちゃんのことすき!」
声のする砂場へ目を向けると、そこには幼稚園児くらいの男の子と女の子が並んで座っていました。
「あたしもたかしくんのことすき! すき! すき!」
「つきあおう」
「うん!」
二人は夜の闇の中で世界で一番幸せそうな笑顔を浮かべ、雪で濡れた土をこねて、小さなお城を作っていました。
その満面の笑みを見た瞬間、私の胸の奥で、かつてあの人と付き合うことになった頃の記憶がぐるぐると反芻し始めました。ですが、以前のような絶望的な痛みに支配されることはありませんでした。肉体からあの突起を削ぎ落としたからでしょうか。それはただ、自分の人生の中に確かにあった、愛おしい幸福の記憶として穏やかに浮かんできたのです。
私は胸を衝かれ、えも言われぬ多幸感のまま女の子に歩み寄ると、その小さな身体を思わず抱きしめていました。
「おめでとう……!」
祝福の言葉をかけながら女の子の顔を覗き込んだ私は、思わず息を呑みました。
抱きしめられた女の子の表情は、一瞬にして完全な無表に変わっていたのです。温もりも感情もない、恐ろしいほど虚無的な顔。男の子もまた、凍りついたように手を止め、虚空を見つめていました。
慌てて身体を離した私の目に飛び込んできたのは、二人の異様なほど大きく開かれた瞳孔でした。
――今にして思えば、光源もない真っ暗闇の中で、子供たちの瞳の状態など見えるはずがありません。ですが私は確信しています。あの時、子供たちの目は暗闇の中で、爛爛と妖しく輝いていたのだと。
私から離れると、二人は何事もなかったかのように再び砂場へ手を伸ばし、お城を作り始めました。
「ゆみちゃん! ぼく、ゆみちゃんのことすき!」
男の子は、先ほどとまったく同じ間と動作で、最初から言葉を繰り返したのです。




