第三話
しかし、今の時点でトリーから俺への信用がどうなっているのかすら分からない。とりあえず、着替えも終えられたようだし食堂へ向かって家族の話を聞いてみよう。なにか手がかりがあるはず。
が、その前に……鏡で自分の顔を確認してみよう。少なくとも、前世のような幸薄顔じゃありませんように。
「トリー、鏡持ってないか」
「はい。ちょっとお待ちくださいッス」
トリーが手鏡を持ってくると、俺は即座に鏡を覗き込んだ。
跳ねた青髪に少しつり上がった目。おお、これは中々の美少年じゃあないか。これなら外面に関しては安心だ。見た目からして年齢は十五くらいだろうか。うーん、ガキだな。
「そんなに自分の顔好きなんッスか?」
小声で何か聞こえたが、俺は聞き流すことにした。
鏡をトリーに返し、食堂へと向かう。
廊下には見慣れない絵画や調度品が並んでいた。いかにも金持ちの家、といった内装だ。前世では職場と安アパートを往復する毎日だった俺にとって、こういう光景は少しばかり新鮮だった。
食堂には既に俺とトリー以外の使用人たちが集まっており、厳かな空気が漂っていた。
その右側に座るのは、上等そうなドレスを身に纏った女性。おそらく母親だろう。
美人だ。凛とした雰囲気に鋭い視線。威圧感もあって冷たい印象を与える。こいつの父親はいい女性を捕まえたな。俺もこんな綺麗な女性とお付き合い出来たら……
おっと、危ない危ない。今は俺の母親なんだから無理だ。悔しい!父親は不在だったようで、左側の席には空間が空いていた。
トリーに促されるまま席に着くと、すぐに使用人たちによって料理が運ばれてくる。
パンや野菜、肉料理など、どれも彩り豊かで美味しそうだ。高級レストランのコース料理みたいでなんだかワクワクする。
しかし、手を伸ばすべきか悩んでいると、ふと母親との目が合う。
「リュート、最近はどう?」
リュート……俺のことか。前世と同じような名前で大変助かった。
「特に問題はない……です。」
これでいいのか?母には敬語を使うべきだよな?
「あら、珍しい。素直に答えてくれるだなんて」
「え?」
「いつもはだんまりか、暴言を吐いてくるのに。」
ま、マジかーーー!!母親にまでこんなことしていたのかコイツは!!どうしてこんな風に育ってしまったんだ!?
いや、待て。落ち着け。今の俺は、その問題児本人である。
とにかく、冷静になるんだ。どうやらこの身体、想像以上に厄介なものを引き継いでしまったらしい。
「す、すみません?」
とりあえず謝罪してみた。すると、母親はわずかに目を見開いた。周囲の使用人たちも、互いに顔を見合わせている。食堂に流れていた静かな空気が、別の意味で張り詰めてしまった。
「あら。あなた、本当にどうしたの?」
「いえ、その……」
「熱でもあるのかしら」
母親の視線が俺の顔をじっと観察する。心配されているというより、見慣れない生き物を確認されている気分だった。
「まぁいいわ。食事を始めましょう。」
母親はそう言うと、ゆっくりと紅茶に手をつけた。
……危なかった。まさか一度謝るだけでこんなに怪しまれるとは。元のリュートはどんだけ性悪だったんだ。
俺は気まずさを誤魔化すように、目の前の料理へと視線を落とす。
見るからに美味そうだ。よし、とりあえず今は食事に集中しよう。腹が減ってはなんとやら、だ。
ナイフとフォークを手に取り、肉料理へと手を伸ばす。
……うーん、どうやって食べるんだこれ。
前世では箸があれば大抵のものは食べられたが、ここは日本じゃない。ナイフとフォークだって使えないわけではないが、こんなに上品な食卓で、正しい作法を知らないまま食べ始めるのは少々気が引ける。
ちらりと母親の様子を伺ってみると、優雅な手つきで食事を進めていた。なるほど、ああやって食うんだな。
見よう見まねで肉を切り、口に運ぶ。
うまい。
すっごくうまい。
「うんまぁ……」
思わず顔が綻んでしまった。毎日このような食事が出てくるのか?しかも朝食に?最高じゃないか!異世界生活、案外悪くないな!!
ふと辺りを見渡すと、母親の手がぴたりと止まっていた。
その後ろに控えていたトリーも、なぜかぽかんと口を開けている。
俺、そんなに変な食べ方をしたか?
慌てて口元を拭う。ソースはついていない。なんなんだ。
「えっと……何か顔についてますか?」
「いえ、その、あなたのそんな表情を見たことなくって……しかも「うまい」だなんて。いつもは文句か、ほとんど手をつけないのに。やはり病気か何かにかかっているのかしら」
は、はぁ!?こんなうまい料理に文句をつけていたのか!?味音痴すぎるだろう!勿体ない!!
俺は名残惜しくも最後の一口を飲み込み、食事を終えた。
母親も食器を置くと、こちらに視線を向けた。
「そういえばリュート。学園の入学手続きは済ませてあるわよね?」
「……え?」
学園だと?
「もうすぐ入学の時期でしょう?まさか、忘れていたわけではないわよね」
「あ、ああ、もちろんです。」
危ない。危うく墓穴を掘るところだった。
そもそも俺、この世界の学園について何も知らないんだが!?
「ならいいわ。入学してから恥をかかないよう、少しは身なりや振る舞いにも気を配りなさい」
「はい」
「……今日はなんだか素直ね。良い知らせを待っているわ。」
そう言うと母は去っていった。名前も苗字も分からなかったが、きっとあとから情報が出てくるだろう。
俺は頭の中の姉貴の記憶を探った。
姉貴が話していた小説では、聖女が転生したのが高校一年になる頃だったはず。
そして俺は今十五歳で、日本で言う中学三年生くらいだろう。
もしかしたら今はまだ、物語が始まる前なのかもしれない。
聖女が現れるまで、あと一年。
つまり、トリーが悲劇的な結末を迎える未来も、まだ変えられるかもしれない。
よし、俺の任務は、まずこの世界について調べること。そして、トリーとの関係を少しずつ変えていくこと。
せっかく手に入れた二度目の人生だ。今度こそ、目の前で誰かが死ぬのはごめんだ。
オッケー、おおかたやるべき事は理解できた。まずはこの世界に関連する文献などがないか探してみよう。貴族の住む所って大抵図書室があるものだろう。
俺はトリーに手招きをした。
「トリー」
「はい、なんでしょう?」
「図書室に行きたいのだが、場所を忘れてしまってな」
うーん、白々しすぎたか?
「……今、なんて?」
「え、だから、図書室に──」
「ご主人ちゃんが!?」
目を大きく開いてびっくりしている。なぜだ。もしかして前のリュートは本すら読まなかったやつなのか。
「ご主人ちゃんが……本を……?明日は槍が降るんスかねぇ……?」
また小声でぶつぶつ言っているが、俺の予想が的中したということか。
「何か問題が?」
「あ、いえ!ささっ、行きましょ、ご主人ちゃん。」
「ああ。」
そう言って、俺はトリーと共に図書室へと足を運んだ。




