第96話 施設科に俺の部屋を見せるんじゃねえ
翌朝九時過ぎ。
玄関を開けた俺は、三秒で閉めようとした。
「おい黒田。久しぶりに人の顔見て、その反応はないだろ」
「槙野。今日は外で話そう。天気いいし、健康的だ。近所に公園もあるぜ?」
「お前が健康を理由に外へ出たがる時点で、中を見られたくないだけだろ」
ドアの隙間へ、迷彩柄の靴ではなく普通のスニーカーが入った。
槙野拓真は、俺より少し背が高く、短く刈った黒髪に日焼けの残る三十代の男だった。私服は地味なポロシャツと作業ズボンなのに、立ち方だけで身体を使う仕事をしているのが分かる。手の甲には細かな古傷があり、俺の部屋へ入る前から眉間へ嫌な皺を寄せていた。
「依頼内容は聞いた。異世界だの女神だのは正直まだ半分も信じてないが、斜面崩壊と孤立集落なら話は聞く。で、図面はどこだ?」
「俺の頭の中」
「写真」
「ない」
「地質情報」
「ゼニスってやつが持ってる」
「じゃあまず中で整理するぞ」
「だから外でいい――」
背後から、ひなたの声がした。
「はぁ......陸さん。前より悪化してません、これ?」
振り向くと、望月ひなたが買い物袋を片手に立っていた。黒髪を実用的にまとめ、休日らしい薄いシャツとパンツ姿。二十一歳らしい若さはあるが、俺の部屋を見た時だけ現役自衛官の点検みたいな目になるのはやめてほしい。
「お前まで何で来た」
「槙野さんから連絡が来たんです。陸さんが“専門家へ相談する”なんて珍しいから、何かあったのかと思って」
「珍しい扱いすんな。俺だってお前と同じ社会人経験あるんだぞ」
「今は無職ですよね?」
「肩書きで人間性を判断するなよ!」
槙野が俺の脇から部屋を覗いた。
空き缶。
脱いだジャージ。
畳へ積んだ攻略本。
灰皿。
洗濯物。
何に使うつもりか忘れたロープ。
そして、そのロープの上をゴキブリが一匹横切った。
槙野は黙った。
「......まずこの部屋の啓開(※)からだな」
「俺んちを災害現場扱いすんな!」
ひなたが玄関で口元を押さえた。
「いや、陸さん。今回は槙野さんに一票です。前に来た時より通路が狭くなってます。これ、夜中に地震来たら普通に転びますよ」
「配置を最適化した結果だ。必要な物を手の届く範囲へ集積してる」
「ビールの空き缶が必要物資なんですか?」
「過去の補給実績を積み上げてるんだ」
「ごみは捨ててください!」
槙野が攻略本の山を足先で避け、窓を開けた。
「お前、現役の頃は返納前の装具とか妙に細かく見てただろ。何で自分の部屋だけ崩壊してんだ?」
「装備は返すからな。部屋は俺のだ。所有権があると人間は堕落できる」
「権利の使い方が間違ってるな」
そこで金色の光が広がった。
ゼニスが白い防護つなぎに薄いマスク、靴には使い捨てのカバーまでつけて現れた。完全に感染区域へ入る人の格好である。
「おい。何だその防護服」
「現代生活環境調査用です」
「俺の部屋に生物災害判定つけるなよ!」
「今日もゴキブリが挨拶してきましたけど!?」
「先住民だよ。......あいつ家賃払ってないけど」
「今すぐ、追い出せぇぇぇぇぇ!」
さらに続けて白青の光。レグリアまで現れた。
監査制服に白手袋、小型制帽。昨日まで俺を煽り倒していた女神は、部屋を一周見渡したあと、珍しく一言も出さなかった。
「......」
「何だよ。監査しろよ。ほら、お前の得意分野だろ」
レグリアは端末を閉じた。
「これは神界管轄外です、以上!」
「あっ、逃げた!」
ゼニスが指を差す。
「規則を盾に逃げましたね!? あなた昨日まで何でも減点してたでしょうが!」
「だって神界世界間規約に“債務者の四畳半が汚すぎる場合”なんて条文ありませんしぃ!」
「作れよ。お前規則好きだろ」
「嫌ですぅ♡」
「クソガキ、戻ってんじゃねえか!」
騒ぎが一段落したところで、槙野が机の上のスペースを強引に空け、ゼニスから投影された崩落地形を眺めた。
「なるほどな。ここ、谷側へ全部落ちてる。向こうの林に避難者がいるなら、無理に直線で道を戻すより、一段上へ逃がすルートを先に作った方がいい。水がまだ動いてるなら、下を固める前に排水も考えないと二次崩落が怖い」
俺は横から地形を見る。
「やっぱりそうなるか。俺、正面の崩れだけ見てたわ」
「お前は砲兵だろ。こういうのまで知った顔でやったら、それこそ危ない。専門外なら聞けばいい」
「だから呼んだんだよ。俺はな、知らんことを全部知ってるふりするほど働き者じゃない」
「理由は気に入らんが、判断は正しいな」
ひなたが少しだけ笑った。
「陸さん、昔もそうでしたよね。分からない機械系は田所さんにすぐ振るし、数字が細かいと橋本さんに投げるし」
「適材適所だ。班長が全部やったら部下が育たん」
「面倒だから投げてた時もありましたよね」
「結果として育ったなら教育だろ」
「都合よく美談にしないでください」
槙野が笑いながら、崩落地点へ必要な確認項目を紙へ書き出していく。
斜面の状態。
排水。
足場。
孤立者の位置。
重い物を動かす前に確認する範囲。
俺はその横で煙草へ火を点けようとしたが、ひなたに無言で窓の外を指された。
「......はいはい。外で吸いますよーっと」
「なんか、珍しく素直ですね」
「今ここで説教始まる方が時間食うからな」
レグリアが小型印を出した。
バンッ。
【要改善】
「はあ!?!?何がだよ!」
「健康管理♡」
「もう、お前だけ異世界帰れ!」
結局、その日の昼には現地へ戻ることになった。
槙野は最後まで俺の部屋を災害現場扱いし、ひなたはゴミ袋を三つ置いていった。
俺はその袋を見ながら思う。
(異世界の街道を直す相談しただけなのに、なんで俺の生活道路まで啓開される話になってんだ)
専門家を呼ぶ時は、見せる現場を選ぶべきだった。
【神界・追加ご請求】
・現代側専門家接続調整費 金貨120枚
・世界間地形資料共有費 金貨100枚
・現代側監査立会費 金貨130枚
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今回加算 金貨350枚
今回加算・日本円換算 1,750,000円相当
前回繰越残高 金貨9,850枚
合計残高 金貨10,200枚
合計残高・日本円換算 51,000,000円相当
※黒田陸自室清掃費は未計上。本人負担。
「自室清掃費が未計上なら、掃除しなければ追加請求は発生しない。よし、現状維持だな」
「陸さん、その結論だけは今すぐ撤回してください」
「黒田。施設科でも、お前の四畳半は担当区域外だ。あれは自助努力で何とかしろ」
「槙野まで見捨てんなよ! 異世界の崩落現場は助けるくせに!」
「異世界の街道は二次災害が怖い。お前の部屋は一次災害がずっと継続中だ」
「誰の部屋が恒常災害区域だコラァァァァァ!!」
啓開※道路や通路の障害物を取り除き、最低限の通行ルートを切り開くこと




