第85話 兵站の量が戦争の規模と合ってねえ
帝国軍の動きそのものより、俺が気になっていたのは、その後ろだった。
国境へ出ている兵の数。魔導兵器の数。運び込まれる魔石。飼料。保存食。予備の革帯や金具。ノエルが遠見で拾った荷列の頻度と、ロイドが商人から聞いてきた荷車の台数を並べると、どうにも釣り合わない。
「多すぎるな......」
地図の上で荷車の印を指で追う。砲兵にいた頃も、撃つ話だけしていれば済んだわけじゃない。弾は勝手に砲の横へ生えないし、飯も燃料も交換部品も、補給として誰かが後ろから運んでくる。前に出ている数より、後ろで何が減っているかを見る癖は、辞めても抜けなかった。
俺が言うと、エドガーが眉を寄せた。
「兵が多いのではなく、補給が?」
「両方見る。兵だけ増やして飯がなきゃ止まるし、飯だけ増やして兵がいなきゃ腐る。今の帝国は、前にいる奴らより後ろの荷物の方がやけに元気だ」
「予備を厚くしている可能性は?」
「ある。だから変だとしか言ってない。ただ、予備ってのは安心のために持つもんだ。買えば買うほど借金が増えて、さらに次の信用枠が開く仕組みなら、その『安心』自体が誰かの商品になる」
エドガーは黙って地図を見た。現役の軍人だからこそ、補給を削れとは軽く言わない。俺も同じだった。足りないより余る方がいい。ただ、余らせ続ける金を誰が出しているかは別の話だ。
王国軍の簡易指揮所には、ノエル、エドガー、ロイド、タンナー、リリアまで集まっていた。ゼニスは灰色の作戦幕僚風ジャケットに地図板を抱えている。また似合っているのが俺をイラつかせた。
「お前、今日は何屋だよ一体」
「戦費調査と兵站監査を兼ねた作戦幕僚風です」
「今、自分で『作戦幕僚風』って言ったよな。そこまで寄せるなら正式に軍属女神にでもなればぁ?」
「私は神界側の監査担当です。越権はしません。格好だけ寄せても指揮権は持ちません」
「コスプレは攻めるのに、権限だけコンプラ守るんだな、アホか」
「誰がアホですかぁぁぁ!」
ノエルが地図へ印を増やした。
「昨日から今日にかけて、東側の魔力輸送反応が二割ほど増えています。ただ、前線の魔導砲反応は増えていません」
「貯めてるか、別の場所へ回してるか」
「そう見えます」
ロイドが革袋から紙片を出した。
「商人筋だと、帝国側は『国境封鎖が長引く前に買えるだけ買え』って空気らしい。値段が上がってるのに、買い手は引かない」
「普通なら高くなったら減らす。減らさなくていい理由がある」
「信用枠か」
「だろうな」
ミャオから預かってきた商人組合の控えも広げた。軍の帳簿と宿屋の帳簿では規模が違うが、「何がいつ足りなくなったか」を見る目は同じだ。塩、乾燥肉、油、飼料。戦闘の派手さとは無縁の品ほど、嘘をつきにくい。
「ミャオが『油だけ値段の割に動きすぎ』って印付けてた。宿屋の猫に軍の経済分析させる状況もどうかと思うけど」
「商人の目は軍人と違う。使える情報なら使うべきだ」
「エドガー、お前ほんと真面目だな。俺なら報酬発生するか先に聞く」
「だからお前の生活は改善しないのだ」
「戦場の話してる時に生活指導入れるなよ」
タンナーは自分のメモを見直してから、遠慮がちに口を挟んだ。
「師匠。帝国兵の話も変です。捕虜になった奴ら、アルヴェリアが先に侵攻準備してるって本気で信じてます」
「誰から聞いたんだ?」
「上から、としか――」
リリアが壁にもたれていた背を起こした。
「死んだ人から拾える残り物も似た感じ。『王国が来るから守れ』って思ってた兵が多いよ。少なくとも、みんな喜んで攻めに来たわけじゃない」
「死人の証言は裁判じゃ使いづらそうだな」
「でも三百年生きてる死人の経験値は高いよ?」
「死んでるのに生きてるって言うなよ。話がややこしなるわ」
俺は地図を見たまま煙草を探し、当然ここが王国軍の指揮所なので持っていないことを思い出した。
(兵隊が何を信じてるかと、国が何を買ってるかが同じ方向向いてる。誰かが不安を燃料にしてるな)
「帝国は全面侵攻する気じゃないかもしれん」
エドガーがこちらを見る。
「根拠は?」
「断定はしねえ。けど、本気で一気に攻め切る軍なら、前線の動きと補給の出方がもっと揃う。今は『いつでも戦えるように買わされ続けてる』感じが強い。長引けば長引くほど物が売れる奴には都合いい」
「戦わない準備にも金は掛かる、か」
「そういうこと。怖がらせ続ければ、撃たなくても金は動く。弾が飛ばない日にも儲かるなら、戦争寸前が一番長く続いてほしい奴だって出る」
リリアが腕を組んだ。
「死人を増やさなくても儲かるならまだマシ、って言いたいけど、その寸前状態を長引かせたらいつか誰か撃つよね」
「昨日までそれやってた。誤射一発で全部始まる。だから嫌なんだよ」
自分で言ってから、国境で見た兵の顔を思い出した。撃つ側も撃たれる側も、たいていは大きな企みなんて知らない。だからこそ、後ろで数字を動かしている奴の方が厄介なのだ。
「……帳簿だけ見てても腹落ちしねえ。荷物がどこで増えて、どこへ分かれてるか一回現地で見るぞ」
俺がそう言うと、エドガーだけでなくゼニスまで一瞬黙った。
「何だよ」
「黒田さんが自分から現地確認を提案したので、聞き間違いかと」
「俺だって必要なら動くわ。必要じゃない時に動きたくないだけだ」
「その判定が極端なんですよ!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
昼過ぎ、俺たちは王国側の補給中継所まで出た。前線よりかなり後ろだが、街道には荷車が途切れず、乾燥肉、油、飼料、魔石箱が別々の列で積み替えられている。遠くの警戒陣地にはFH-70の長い砲身が見え、街道警護班には王国防衛名義で再構築された89式とMINIMIが回されていた。
「帳簿より分かりやすいな。人が増えれば護衛が増える。護衛が増えればそいつらの飯と交代要員も増える。戦ってなくても、前線があるだけで後ろが太る」
ノエルが北東へ続く別街道を指した。
「黒田さん。帝国側で確認した荷列の一部、こちらではなく北東へ分岐しています。量も昨日より増えています」
「アルヴェリア相手だけの準備じゃねえってことか」
「可能性は高いです」
そこへ街道の先で警笛が鳴った。森際から小型魔獣の群れが飛び出し、荷車の馬が一斉に暴れかける。こちらを狙って来たというより、何かから逃げて街道へ雪崩れ込んだ動きだった。
「また東から逃げてんのかよ。俺、帳簿見に来ただけなんだけど!」
「黒田さんは後ろ! 警護班で対応できます!」
「分かってる。今日は俺が撃ったらまた請求増える。公費の人たち頑張って!」
「言い方ぁ!」
警護班の89式とMINIMIが乾いた音を重ね、アレクシスとアンディが荷車へ近い個体だけを前で止める。タンナーは街道脇へ回って群れの抜け道を確認し、ティアナが人のいない側へ誘導する。数分で魔獣は北西へ抜け、荷車の列も止まらずに済んだ。
俺は散った土と、再び動き始めた荷車を見た。
「ほらな。今の数分だけでも警護を厚くする理由が増えた。護衛が増えりゃ飯が増える。武器も交代要員も要る。『まだ戦争してない』のに、金だけは毎日ちゃんと減っていく」
エドガーが北東の街道へ目を向ける。
「そして帝国は、その備えを二方向へしている可能性がある」
「だな。ヴァルディスが俺らだけ見てると思ったら、数字が合わん理由も出てくる」
ゼニスが端末へ記録しながら言った。
「ちなみに今の89式とMINIMIの公的使用費は王国防衛予算です」
「それ先に言え。今日一番安心した」
「魔物より請求先で顔色変えるのやめてください!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
夕方、俺は現代へ戻った。今日は一人で飲む気になれず、佐伯へ連絡したら、たまたま秋葉まで合流した。
駅前の安い居酒屋。俺は生中、佐伯はハイボール、秋葉は最初から焼酎だった。
「で、黒田。久々に呼び出した理由が『飯の量と兵隊の数が合わん時どう思う』って何だ」
「ただの雑談だわ」
「お前の雑談、最近ずっと軍隊が絡むよなあ」
「パチンコ屋の新台入替の話だよ。客の数より景品多かったら変だろ」
「その例え、なんなんだよ」
佐伯が笑いながら枝豆をつまんだ。
「普通に考えりゃ、何か起こると思って余分に抱えてるか、抱えさせられてるかじゃねえの。現場は『上がそう言ってるから』で動くしな」
秋葉はグラスを置き、俺をじっと見た。
「誰が言ってるかより、誰が得するか見ろ。昔のお前ならそう言ったろ?」
「昔の俺、賢かったんだな。今の俺にもその頭ちょっと分けてほしいわ」
「頭は今も同じだ。腐ったのは生活と習慣だ。そこを他人事みたいに分けてるんじゃねえぞ」
「先輩、せっかく褒めるなら最後まで気持ちよく褒めてくれない?」
「はっ、最初から褒めてないがな」
俺は笑って誤魔化したが、秋葉の言葉は残った。
誰が命令したか。誰が怖がらせたか。その先で、誰が金を取るのか。
店を出る頃には、頭の中で答えが一つに寄り始めていた。
【神界・追加ご請求】
・敵国兵站情報因果照合費 金貨35枚
・死者残留情報安全監査費 金貨25枚
・現代側参考接続/帰還処理費 金貨60枚
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今回加算 金貨120枚
今回加算・日本円換算 600,000円相当
前回繰越残高 金貨49,034枚
前回繰越残高・日本円換算 245,170,000円相当
合計残高 金貨49,154枚
合計残高・日本円換算 245,770,000円相当
※補給路警護用89式5.56mm小銃・5.56mm機関銃MINIMIの再構築/公的使用費はアルヴェリア王国防衛予算で別途精算。黒田陸個人債務への加算なし。
「俺の個人的な飲み会まで調査費に入ってんの?」
「飲食代そのものは入ってません」
「じゃあ経費で落ちたと思っていい?」
「思わないでください」
「領収書あるぞ」
「出しても出ねぇわぁぁぁぁぁぁ!!」




