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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#23 戦争に融資すんな (正式名称:ヴァルディス軍事動員及び戦費契約異常調査)

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第84話 勇者だからって無料残業すると思うなよ

 翌朝、やどり木の食堂へ降りると、アレクシスが一枚の召集文書を前に固まっていた。

 朝飯は冷めかけている。聖剣ルクシオンは椅子の横へ立てかけられ、ロイドとシェリア、エルミナまで揃っていた。本来なら勇者パーティの方が場の中心なのだろうが、全員の視線だけは俺へ集まっている。


「何だよ、その紙。見せる前に言っとくけど、召集だの出動だの書いてあるなら九割方ろくな仕事じゃねえぞ」

「その偏見込みで聞きます。黒田さん、これをどう思います?」

「まだ一行も読んでねえけど、嫌な仕事だと思う」

「そこはせめて読んでから嫌がってください」

「召集って書いてある。俺の中ではもうアウト」


 アレクシスが文書を差し出した。王国からの前線協力要請。帝国軍の動きに備え、勇者として国境近くへ出てほしいらしい。


「報酬は?」

「そこですか?」

「そこだろ。仕事だぞ」

「王国危機への協力と……名誉ある役目、と」

「金額は」

「書いてません」

「治療費」

「ありません」

「期間」

「情勢が安定するまで」

「撤退条件」

「……ありません」


 俺は文書を机へ戻した。

「行くな、以上」

「即答ですね!?」

「こんなもん仕事じゃねえ。『いつまでか分かりません、危なくても帰れる条件ありません、金は後で考えます』って言われて出勤する奴は勇者じゃなくて便利屋だろ」


 ルクシオンが低く唸った。

『黒田。貴様の言い方には大いに問題があるが、条件確認そのものは間違っていない。アレクシス、お前は王国を守る意思と、無条件に使い潰されることを混同するな』

「ルクシオンまで黒田さん側!?」

『誰がこやつ側だ! 我は常識側だ!!』


 ロイドはもう文書の裏まで見ている。

「俺も条件は詰めた方がいいと思う。勇者様一人ならともかく、俺たち四人分の装備損耗と補給もある。タダ働きで武器壊したら誰が直すんだよ」

「ほら、シーフは話が早い」

「黒田と意見が合うのは少し嫌だけどな」

「なんでだよ!」

「金の話をしてる時のお前、目が生き生きしすぎる」


 シェリアがパンをちぎりながら肩をすくめた。

「私は行くこと自体はいいよ。国境で人が死ぬのを遠くから見てる趣味はないし。でも撤退条件くらい欲しい。『勇者だから最後まで』って言われたら、本当に最後まで残らされそう」

「私も解析役で同行できます。ただし、帝国側が契約魔術を使っているなら調査時間が必要です。戦闘だけ命じられても困ります」とエルミナ。


 アレクシスはしばらく黙ってから、俺へ目を向けた。

「黒田さん。昔の僕なら、そのまま行ってたと思います」

「今は?」

「報酬と目的と撤退条件を確認してから行きます」

「成長したな」

『汚染だ!!』

「ルクシオン!?」

『王道勇者だった男が、朝食の席で手当と撤退条件を確認している! 必要なことではある! 必要なことではあるが、発生源が黒田なのが我慢ならん!!』


 俺は鼻で笑った。

「じゃあ仕上げだな。前払いもあるか聞いとけ」

「そこまでしないとですか!?」

「前線行ってから『予算ありません』って言われたらどうすんだ。あと休日はどーなってるかとか」

「戦争前ですよ?」

「戦争前だから休むんだよ。疲れてから休んでも遅ぇ」


 アレクシスは返事を急がず、紙を見直した。以前なら「王国のためですから」で終わっていた男が、今は仲間の欄まで指で追っている。


「僕一人なら、無茶でも引き受けていたかもしれません。でもロイドたちまで一緒に来る以上、僕が勝手に『勇者だから』で決めるのは違いますね」

「やっと気づいたか。勇者様が格好つけてタダ働きすると、隣の奴までタダ働きになる。そういう善意は本人だけで完結してねえんだよ」


 ロイドが俺を横目で見た。

「たまに普通のこと言うよな、お前」

「たまにじゃねえ。俺は常時まともだ」

「その台詞を借金二億超えの無職が言ってる」

「資産状況と人格を結びつけるのは偏見だぞ」

 シェリアが笑った。

「人格の方にも別件が山ほどあるから大丈夫」

「何が大丈夫なんだよ」


 話しているうちに、アレクシスの視線が俺の手元へ落ちた。俺は何も持っていない。

「……黒田さん」

「何だよ」

「ファミチキは?」

「今日はねえよ」

「僕、条件交渉するんですよね」

「仕事の報酬を俺に請求すんな」

『勇者ァァァァァァ!! 交渉術の使い先が違う!!』


 そこへゼニスが現れた。今日は黒いタイトスカートに白いブラウス、その上から紺のベスト。保険会社か人事担当みたいな格好で、胸元に小さな名札まで付いている。


「勇者パーティの契約条件確認、神界側でも支援できます」

「何その人事部みたいな服。労務条件の話だからって、わざわざベストまで着る必要ある?」

「当事者に安心感を与えるための業務上の演出です。私自身が楽しんでいるわけではありません」

「言い訳まで人事部っぽくなってるぞ。もうコスプレへの没入だろ、それ」


 ゼニスは俺を無視してアレクシスへ向き直った。

「報酬、期間、危険手当、負傷時の補償、撤退条件。この五点は最低限確認してください。勇者という称号は、契約条項を省略していい理由にはなりません」

「ほらな」

「黒田さんは黙ってください。あなたの場合、条件確認のあと仕事そのものから逃げます」

「俺は条件が悪いから逃げてるだけだ。報酬高くて、危なくなくて、すぐ終わって、寝ながらできるなら考える」

「それは『条件がいい仕事』ではなく『ほぼ仕事ではない何か』です! 普通の好条件でもあなたは逃げるでしょう!」

「そこまで俺を理解してるなら話早いじゃん」

「理解が深まるほど腹が立つんですよ!!」


 午後、王宮側と交渉した結果、アレクシスたちには前線協力の正式な期間、補給、負傷時の治療、撤退判断の権限が明記された。報酬も出る。王国側も渋ったというより、誰も勇者がそこまで確認してくると思っていなかったらしい。


「聞けば出る条件を、聞かずに捨ててたってことか」

「言い方は悪いですけど……そうなりますね」

「世の中、大声で要求した奴が全部得するとは言わん。ただ、黙ってる奴へ勝手に手当を追加してくれるほど親切でもねえよ」

 ゼニスが横から口を挟む。

「黒田さんの場合、要求の半分は酒代と帰宅許可ですけどね」

「要求する自由はあるだろ」

「却下する自由もあります」

「神界、自由の使い方が一方的なんだよな!」


 アレクシスは文書を受け取ると、張っていた口元をようやく緩めた。


「黒田さん。ありがとうございます」

「礼は現金でいいぞ」

「感謝を返してください」

「じゃあファミチキ二個で」

『結局そこへ戻るのかぁぁぁぁぁ!!』


 夕方、俺だけ現代へ戻った。コンビニの前まで来てから、ポケットの小銭を数える。

(勇者に条件交渉させた俺が、ファミチキ代を自腹で持つの何か違くね?)

 結局一個だけ買い、自分で食った。


【神界・追加ご請求】


 ・勇者契約条件保全照合費       金貨40枚

 ・危険役務条件神界監督費       金貨45枚

 ・現代側帰還/再召喚処理費      金貨55枚

 ─────────────────

 今回加算               金貨140枚

 今回加算・日本円換算         700,000円相当

 前回繰越残高             金貨48,894枚

 前回繰越残高・日本円換算       244,470,000円相当

 合計残高               金貨49,034枚

 合計残高・日本円換算         245,170,000円相当


「ファミチキ一個食った日に七十万増えてんだけど」

「ファミチキ代は請求に含まれてません」

「そこだけ良心的に言われても借金増えてるだろうがぁぁぁ!!」

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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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