第83話 戦争にローン組ませる神様がいるか
王都グランセルの会議室に呼ばれた時点で、俺は嫌な予感しかしなかった。
嫌な予感というのは便利な言葉だ。大抵の場合、俺に仕事が発生する前触れを指している。
長机の上にはヴァルディス魔導帝国から流れてきた軍需契約の写し、商会の荷動き、王国側が押さえた魔石取引記録が積まれていた。向かいには宰相オズワルド。隣にアレクシスとエルミナ。ゼニスは細身の黒いスーツに銀縁眼鏡、胸元へ金色の認証章まで付けている。完全に銀行の融資審査担当だった。
「お前、その格好で『融資のご利用は計画的に』とか言い出したらぶん殴るぞ」
「今日は神界側の契約監査です。服装は業務上の識別性を――」
「で、その銀縁眼鏡、いる? お前、視力悪かったっけ」
「視力補正ではなく、契約監査担当としての識別性を上げるためです。……平たく言えば雰囲気ですね」
「最後に自分で雰囲気って認めたな。そこだけ正直なのが逆に潔いわ、変態コスプレ女神」
オズワルドが咳払いをした。俺とゼニスの会話を止めるための咳払いが、最近やたら上手くなっている。
「黒田殿。問題は服装ではない。帝国の軍需契約だ。戦費、魔石購入枠、兵站維持費に加え、敗戦時の返済猶予まで含まれている。通常の貸し手なら到底飲まない条件だ」
「戦争にローン組ませて、負けても支払い待ちますよって? そりゃ親切な神様だことで」
「親切に聞こえますか?」
「聞こえねえから言ってんだよ。戦争始める前の国に『負けた後の心配までしなくていいですよ』って言う奴は、だいたい負けてもらっても困らねえ奴だ」
エルミナが契約書の端へ指を置いた。研究となると食事を忘れるタイプだが、今日は顔つきが違う。
「ここ。魔石価格が一定以上に上がった場合、追加の信用枠が自動で開くようになっています。帝国側は資源不足になればなるほど借りられる。普通なら逆ですよね」
「借金増えてる奴に限度額上げてくれるカード会社みたいなもんか」
「例えが嫌すぎますけど、近いです」
アレクシスが腕を組んだ。
「でも帝国にも事情はあります。国境の魔物被害、不作、魔石価格の上昇。全部が作られた問題ではない」
「そこがミソだろ。ゼロから嘘作るより、本当に困ってる奴へ『今なら借りられますよ』って札束見せる方が早い。戦争しろとは言ってねえ。戦争した方が得に見えるようにしてる」
自分で口にして、胃のあたりが重くなった。
砲撃なら、誰が撃ったかはまだ追える。契約は紙だ。紙一枚で兵士が飯を食えて、武器が揃って、国境へ出ていく。その紙を書いた奴は、後ろの涼しい場所に座ったままでも戦場を太らせられる。
「――リボルヴ、か」
ゼニスはすぐに肯定しなかった。書類を一枚ずつ見直し、最後に銀縁眼鏡を外した。
「神力残滓の型は一致率が高いです。ただし、リボルヴ本人が帝国へ『侵略しろ』と命令した証拠はありません。ここを混同すると、帝国の責任も、帝国が実際に抱えている事情も見えなくなります」
「分かってる。借りた方も契約書には判押してる。だから余計めんどくせえんだろ」
「……ええ。そこまで分かっているなら、会議中に鼻をほじらないでください」
「思考補助だ」
「そんな補助機能、人類に実装されてませんってええ!」
そこへミャオが分厚い帳簿を抱えて入ってきた。王宮へ猫耳の宿屋店主が普通に出入りする光景にも、もう誰も突っ込まなくなっている。
「これ商人組合から借りた記録にゃ。ここ一か月、東へ流れる保存食と飼料が増えてる。でも値段の上がり方がおかしいにゃ。買い占めだけじゃなくて、損してでも運んでる商会があるにゃよ」
「補填されてんのか」
「たぶんにゃ。普通の商人は赤字で荷車走らせないにゃ」
「ミャオ、お前ならどうする?」
「仕入れ値が上がって、売値で回収できないなら減らすにゃ。どうしても必要な物なら別だけど、それでも宿の食料を全部同じ値段で買い続けたら店が潰れるにゃよ。誰かが損を埋めてくれるなら話は変わるけど」
「その誰かが『もっと買っていい』って言ってるわけか」
「たぶんにゃ。それと陸、他人の国の借金を難しい顔で分析してるけど、自分の借金にも同じくらい慎重になってほしいにゃ」
「俺の借金は国家予算じゃねえからセーフだな」
「二億超えてる個人が言う台詞じゃないにゃぁぁぁぁ!!」
オズワルドがこめかみを押さえた。
「黒田殿。ミャオ殿の指摘を笑い話で流すな。帝国の契約を見る目だけは鋭いのに、自分が署名する文書になると急に文字を嫌うのは何故だ」
「自分のことになると読むのしんどいだろ。健康診断の結果と一緒」
「国家契約と健康診断を同列に置くな」
「でも悪い数字ほど見たくねえのは同じだぞ」
「説得力だけあるのが腹立たしい」
俺は椅子へ深く座り直した。
(戦場で弾数を数えるより、帳簿を数える方が面倒だな。しかも撃って壊せねえ)
「で、俺に何させたい。先に言っとくけど帳簿を一日眺める仕事なら帰るぞ。俺は会計士じゃない」
「帳簿そのものは専門家が見ます。黒田さんには、現場感覚で『数字と実際の動きが噛み合っていない場所』を拾ってもらいます」
「言い方変えても仕事は仕事じゃねえか」
「黒田さんが見つけた違和感を、専門家が数字に落とします」
「じゃあ俺いらなくね?」
「あなたが最初に『兵站量が変だ』と言ったんでしょう」
「過去の俺の発言で現在の俺を働かせるな。過去の俺と今の俺は別人格だ」
「借金は同一人格として継続します」
「都合いいところだけ本人確認厳しいなぁ!?」
その日の夕方、俺は現代の四畳半へ逃げ帰った。畳へ横向きに寝転がり、片肘で頭を支える。いつもの涅槃図スタイルで煙草に火を点けたところへ、銀行員姿のゼニスがそのまま現れた。
「まだ終わってません。煙草休憩を取るのは構いませんが、勝手に一日の業務を終了扱いにしないでください」
「窓口営業時間は終わった。ここが窓口じゃないならなおさら帰れ。俺の四畳半は二十四時間営業してねえ」
「あなたの生活が二十四時間だらしないだけでしょうが!」
俺は煙を天井へ吐いた。
「なあゼニス。戦争って、始める前からこんなに金掛かんの?」
「掛かります。だから国家は簡単には始められない。普通は、ですけど」
「その普通を金貸しが壊してる、と」
「可能性は高いですね」
煙草の火が指一本分ほど短くなった。
「なら調べるか。戦争そのものは興味ねえけど、俺の借金膨らませるために戦争やられてるなら話は別だ」
口にした途端、やることが増えた実感だけが先に来た。嫌ではある。それでも、国境で見た兵隊や避難民の顔まで全部「金融商品の成長材料」にされていると思うと、寝てやり過ごすには気分が悪かった。
「動機が最後まで自分の財布なんですね」
「世界平和と俺の財布が同じ方向向いてんだからいいだろ」
「結果だけはまともなのが本当に腹立ちます」
【神界・追加ご請求】
・敵対戦費契約照合費 金貨45枚
・王国軍需文書因果監査費 金貨35枚
・現代側一時帰還/再接続費 金貨30枚
─────────────────
今回加算 金貨110枚
今回加算・日本円換算 550,000円相当
前回繰越残高 金貨48,784枚
前回繰越残高・日本円換算 243,920,000円相当
合計残高 金貨48,894枚
合計残高・日本円換算 244,470,000円相当
「調査始めただけで五十五万ってなんでだよ!?」
「世界平和と財布が同じ方向なんでしょう?」
「俺の財布だけ逆走してんじゃねえかぁぁぁぁぁ!!」




