第82話 土産まで転送費取るのかよ
翌朝。俺は額のたんこぶを触りながら、温泉宿の玄関でひなたの帰還準備を眺めていた。隣ではアレクシスも同じように額を冷やしている。
「黒田さん。昨日の件、僕だけ勇者パーティ内で反省文みたいな口頭説明させられたんですけど」
「勇者だからな。社会的責任が重いんだ、しょうがねえだろ」
「主犯のあなたが他人事みたいに言わないでください!」
『しかも今朝になってもファミチキの約束を忘れておらん!』とルクシオン。
「約束は守る男だからな、俺は!」
「そこだけ律儀になるなぁぁぁぁぁ!!」
女湯騒動の件は事故部分だけなら完全に無罪だったはずなのに、事故前の会話が悪すぎた。世の中、日頃の行いというやつは本当に侮れない。俺は反省していないが、次は聖剣のいないところで話そうとは思った。
「何も学んでない顔してますね」とゼニス。
「顔で読むな」
「あなたの場合、学習している時の方が珍しいので分かります」
そのまま、ひなたの荷物へ目を向けた。
「一日で何で荷物増えてんだよ」
「私じゃないですよ」
ひなたの足元には袋が四つあった。一つはミャオ。
「保存できるパンと干し肉と、少しだけお茶にゃ。陸の様子を見に行く時、自分でも食べるにゃよ」
「俺への差し入れ前提か?」
「陸は放っておくとカップ麺になるってわかったにゃ」
二つ目はルヴィア。
「こちらは王都最高級の焼菓子、紅茶、宝石細工、それと金貨を少々――」
「待て、金貨は置いてけ。現代で換金ルート説明する方が面倒だ」
「たかが金貨ですわよ?はした金でしょう?」
「お前の『たかが』は世間の『事件』なんだよ」
ルヴィアは不満そうだったが、最後にはしぶしぶ納得して金貨はあきらめた。
三つ目はリリア。
「ひなた! 陸の昔の写真あったら今度持ってきて!」
「何で土産袋に変な手紙入れてんだ」
「嫁候補として資料が必要だからね!」
「個人情報保護!」
四つ目はモグ。
「これはわらわの昼飯じゃ」
「何で帰る人の荷物にお前の飯入れてんだよ」
「ひなたには会う前から美味しいものをいただいたでな。お返しじゃ」
「お前がまさか人に飯をくれてやるなんてな、成長したなお前」
モグが固まった。
「……ほめても陸にはやらんぞ?」
「いや金くれよ」
「金なぞないわぁぁぁぁぁぁ!!」
ゼニスは今日は白い手袋に細縁眼鏡、黒のパンツスーツ。神界通関検査官という設定らしく、荷物へ一つずつ光を当てている。
「食品、問題なし。宝石、持ち込み非推奨。金貨、現代側経済への影響を避けるため不可。リリアさんの手紙、内容は……」
「こらぁぁ女神!! 読むなぁぁぁぁ!!」
「検疫です!正当な権利なんです!!」
「恋文に検疫なんぞあるかあああ! お前はどこの刑務官だぁぁぁぁ!」
「死霊術式が仕込まれてないか見るんです!」
「お前、私を何だと思ってるの!?」
「アーク・リッチです」
「正解!ちっ、ばれたか............」
二人がやかましい。そしてリリアは一体何を持ち帰らそうとしているんだ......。
ひなたは荷物を増やした張本人たちを順番に見ながら笑っていた。異世界へ着いた時は肩に力が入っていたが、いまはミャオへ礼を言い、モグの昼飯をもらい、リリアの手紙を受け取る余裕まである。
「陸さん。こっちでミャオさんたちに飯を食べさせてもらって、ゼニスさんに引っぱり回されて、文句を言いながらも一応生活してるのは分かりました。思ってたよりは安心しました」
「褒められてる気が一切しねえ。俺は保護動物か」
「放っておくと食事も部屋も危ないって、現代と異世界の両方から証言が揃ってましたから。保護対象に近いかもしれません」
「お前までミャオ側へ行くな。せめて元部下らしく上官を立てろ」
「もう上官じゃないですよね! 今の陸さんを立てるとそのまま寝そうなので嫌です」
「ひなた、成長したな。言うことが辛くなったわお前」
ひなたが荷物を抱え直して転送陣へ足を入れたところで、リリアが急に手を上げた。さっきまで土産話で騒いでいた顔から笑いが消えている。
「ひなた、ちょっと待って」
白銀の髪を揺らしながらひなたへ近づき、触れないぎりぎりのところへ指を伸ばした。
「魂じゃない。呪いでもない。でも、何かついてる」
ゼニスの琥珀色の目が鋭くなる。
「どこです?」
「ひなた本人じゃなくて……外側。世界と世界の間を通った跡みたいな。前から少しあったけど、今は分かる」
ゼニスが神界タブレットを開いた。
【|BOUNDARY TRACE:微弱反応】
「黒田さん。以前の黒金片と似た系統のものです。ただし物質ではありませんね。世界境界に触れた残留因果……現時点では害性反応なし」
「なしなら帰せ。現代側に長く置く方が嫌だ」
ゼニスが俺を見た。ここで料金の話を挟む気にはならなかった。
「保護を二重にします。帰還後も短時間監視します。残留値が上がったら即座にこちらで止めます」
「頼む。金の話は戻してからでいい」
「……はい。そうします」
ゼニスは短く頷き、すぐ通関検査官の顔へ戻って操作を続けた。
「追加費用が――」
「今だけは黙れ」
「……はい」
光がひなたを包んだ。
「陸さん。また」
「おう」
ひなたは転送陣の中央まで進んだあと、言い残したことを思い出したように戻り、俺の袖をつまんだ。
「次に変なことが起きた時、一人で勝手に消えないでくださいね。昔みたいに、何も言わずにいなくなるのは嫌です」
「……善処する」
「だから、それじゃ信用できません」
「じゃあ努力目標」
「もっと信用できなくなりました」
文句を言いながらも、ひなたの口元は最後には緩んだ。
「連絡、一本くらいは返してください」
「スタンプでもいい?」
「既読スルーより百倍いいです」
「要求水準低くなったな」
「誰のせいですか、本当に仕方のない人なんだから......」
姿が消える。現代へ戻ったことが確認されるまで、誰も騒がなかった。数秒後。
「帰還完了。身体状態正常。残留因果は微弱のまま、拡大なし」
帰還完了の表示を見て、ようやく奥歯に入っていた力が抜けた。ゼニスも眼鏡を外し、目元を指で押さえながら椅子へ寄りかかる。
「……よかった」
「お前も心配してたの?」
「当たり前でしょう。私が通行許可を出したんです。戻せなかったら査定どころの話ではありません」
「そこは『人として心配した』って言っとけよ」
「私は女神です!」
「細けぇなあ相変わらず。もてねぇぞそんなんじゃ」
「あなたが雑すぎるんですって!」
帰還後の監視まで問題なしと出たところで、ようやく監査は一区切りになった。その日の夕方、俺も日本の四畳半へ戻った。四畳半の畳へ寝転がり、ひなたが置いていった保存食の袋から菓子を一つ取り出す。缶ビールも開けた。右肘をつき、いつもの涅槃図スタイルへ落ち着く。
「ふわぁぁ......やっぱ自宅が一番だわ!」
ぶっ。ぷす~。自然に屁が出た。誰もいない部屋なら問題ない。
「――最低ですね」
げっ、いた。ゼニスが背後に立っていた。黒髪を下ろし、まだ通関検査官の黒パンツスーツ姿。細縁眼鏡の奥から、俺を冷たく見下ろしている。
「何だよ。帰還後の余韻くらい味わわせろ」
「余韻を放屁で締めた人が言います?」
「自宅で屁して何が悪いんだよ」
「私がいます!」
「勝手に来たのそっちだろ!」
「そういう問題じゃ――」
ゼニスの神界タブレットが鳴った。彼女の顔から怒りが消える。
「……黒田さん」
「今度は何だ」
表示された文字を見て、ゼニスが低い声で言った。
「ヴァルディス魔導帝国の軍需契約。神界系融資との接続痕跡が正式に検出されました」
缶ビールを口へ運ぶ手が止まった。
「リボルヴか?」
「まだ断定できません。ただ、通常の国家融資ではありません。戦争が長引くほど契約価値が上がる構造になっています」
「……戦争に金貸して、長引いた方が儲かるって?」
「可能性としては」
俺は数秒考えた。それから布団を引き寄せた。
「まあいいや、明日な」
「今です!」
「今日は温泉でボコられて後輩送って屁こいた。十分働いたぞ」
「最後の一個は労働じゃないでしょ!」
「酒飲んだから業務終了、はい」
「契約痕跡が出たって言ってるでしょうがぁぁぁぁぁぁ!!」
ゼニスの絶叫を聞きながら、俺は布団を頭までかぶった。本当に働きたくない。だが、戦争そのものへ利息をつけて売っている奴がいるなら、さすがに寝たふりだけでは終わらなそうだった。
【神界・追加ご請求】
・現代側第三者帰還処理費 金貨180枚
・境界残留因果二重保護費 金貨120枚
・帰還後短時間監視費 金貨60枚
・軍需契約神界系統緊急照合費 金貨120枚
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今回加算 金貨480枚
今回加算・日本円換算 2,400,000円相当
前回繰越残高 金貨48,304枚
前回繰越残高・日本円換算 241,520,000円相当
合計残高 金貨48,784枚
合計残高・日本円換算 243,920,000円相当
「二百四十万……」
「必要経費です!」
「ひなた帰しただけで軽自動車買えるんですけど?」
「人間を車両価格で比較するなぁぁぁぁぁぁ!!」




