第80話 昔の俺を証言すんな
ひなたの監査聴取は、やどり木の朝食後に始まった。
ゼニスは白いブラウスに細身の黒いスカート、黒髪をハーフアップにして、机の横へ神界タブレットと万年筆を並べている。昨日の入国審査官から、今日は完全に有能な秘書兼速記官だった。
「望月さん。黒田さんの現役時代について、分かる範囲で構いません。生活態度、勤務時の癖、責任感、危険時の判断――」
「ゼニスさ」
「何です?」
「昔の俺を掘ると追加料金取るぞ?」
「誰が誰にですか!?」
「俺の個人情報利用料だ」
「今まで自分の情報を神界へ散々使わせておいて急に権利意識出すなぁぁぁぁ!!」
俺は食堂の端で鼻をほじった。ひなたは俺をちらっと見てから答える。
「陸さんは……少なくとも私が同じ部隊にいた頃は、今みたいじゃなかったです」
「今みたいって何だ」
「朝から鼻ほじって、人が話してる横で寝ようとして、宿代をツケにしてる感じです」
「ぐ......かなり具体的だな」
ミャオが身を乗り出した。
「部屋、掃除してたにゃ?」
「してました。少なくとも共同で使う場所はかなり細かかったです」
「ええっ陸がにゃ!?」
「俺だって掃除くらいするわ!」
「日本の部屋はどうなってるのよ?」
「うるさい。今関係ない。話を戻してくれ」
話が気になるのか、ティアナまで入ってきた。淡い桜色の髪を肩甲骨あたりまで伸ばした十九歳の魔術師は、朝から実用的なローブ姿で、青紫の瞳を疑うように細めている。
「ねえ、その人、本当に黒田の話してる? 同姓同名の別人とかじゃなくて?」
「お前ら俺を何だと思ってんだよ」
「努力しないのに非常時だけ異常に強くなって、普段は魔法の練習から逃げて、酒と煙草と博打の話だけ妙に詳しい三十二歳のおっさん」
「人物紹介が悪意の塊でしかねぇわ」
「事実でしょ!」
ひなたが少し笑った。
「でも、面倒くさがりなのは昔からでした。口では嫌だって言うんですけど、後片付けとか返却前の確認とか、そういうところは人に任せきりにしなかったです」
ひなたは少し考えてから続けた。
「訓練が終わって皆が早く戻りたい時でも、自分が気になったところは最後にもう一回見てました。若い隊員が失敗しても、必要なことは言うけど、ずっと怒鳴り続ける人でもなかったです。私が分からないこと聞いた時も、面倒そうな顔はしてましたけど、結局最後には丁寧にわかるまで説明してくれました。あと、自分が触り慣れてない装備を『だいたい同じだろ』で済ませる人でもなかったです」
「面倒そうな顔まで証言に入れんなよなあ」
「そこも事実ですから」
ティアナが腕を組んだ。
「じゃあ、今の『教えるの面倒だから見て覚えろ』は当時より劣化してるってこと? 夢の中で20式を見た時だけ妙に慎重だったのは昔の癖なんだ」
「言葉は似てますけど、昔は最後に確認してくれましたね」
「黒田。完全に劣化してるじゃんアンタ」
「人を食品みたいに賞味期限っぽく言うなよ!でもほら見ろ。俺は昔から立派だったんだぞ」
「今やってないから言われてるんです!」
「過去の実績で食っていくのも人生だぞ」
「黒田さん、まだ三十二ですよね!?」
ルヴィアが扇子を開いた。
「つまり、適切な投資をすれば昔の勤勉な陸へ戻せるのではなくて?」
「ルヴィア、こいつにそれ以上金をかけるなにゃ。治らない壊れた機械みたいなもんにゃ」
「人を中古兵器みたいな査定しないでくれない!?」
モグは俺の皿からソーセージを一本取った。
「昔の陸は飯、作ってくれたのか?」
「たまに。大人数分を作る時、手伝ってましたね」
「やはり陸は飯係だな」
「おいモグ、違うっつってんだろ!」
エルミナまで横から興味津々で聞いてきた。
「現代世界にいた頃、黒田さんは魔法を使わずどうやって距離を測っていたんです?」
「魔法なんかねえよ」
「では全部技術だけで?」
「だからそうだ」
「……分解できませんか、その技術」
「人間の頭蓋骨開けようとすんな!」
ゼニスが速記しながら肩を震わせている。
「黒田さん。想定以上に有益な証言ですね。『元来、共同体内での責任行動は可能』『専門領域では継続行動実績あり』『現在の怠惰は後天的要素が大きい』……」
「書くな。消せ」
「嫌です」
「それ残ったら今後『昔できたから今もできます』って仕事増えるだろ!」
「できるのにやらない証拠が取れましたね」
「ひなたぁぁぁぁぁぁ!! 何てことしてくれたぁぁぁぁぁ!!」
ひなたが珍しく楽しそうに笑った。
「だって本当のことですから」
ひなたが昔の部隊でしていたように笑うと、こっちも「余計なこと言うな」で強く切りづらい。これ以上座っていれば、次は何を証言されるか分かったものではなかったので、俺は煙草を口実に椅子から逃げた。
「煙草吸ってくるわ」
「裏庭にいくにゃ?」とミャオ。
「日本戻る」
「は?」
「十分で戻る」
「客置いて世界跨いで逃げるなにゃぁぁぁぁぁ!!」
転送費を無視して現代へ戻り、四畳半で一本だけ吸ってやった。畳へ寝転がった瞬間、ゼニスが現れた。
「はい、戻りますよー」
「十分って言っただろ。まだ六分しかたってねぇ」
「あなたを信用して四分待ったら、二時間、次は一日になります」
「信頼関係って大事だぞ?」
「どの口が言うんですかぁぁぁぁぁ!!」
結局、七分で異世界へ戻された。食堂では、ひなたとミャオが並んで帳簿を見ていた。
「陸さん、宿代までツケなんですか。異世界へ来たら少しくらい生活が変わってると思ってたんですけど」
「変わってるぞ。日本円じゃなく金貨でツケてる。異世界経済に適応した結果だ」
「通貨を変えただけで払ってない事実は同じにゃ。しかも飯代も別に増えてるにゃよ」
「言い方が悪い。俺が泊まって食うことで宿の需要を維持してやってんだ」
「未払い客が需要を偉そうに名乗るなにゃ!!」
ミャオはひなたへ帳簿を見せながら、今度は現代側の生活まで確認し始めた。
「日本の陸も、ご飯を抜いて酒だけで済ませたりするにゃ? こっちだと朝飯を抜こうとするから、厨房で見つけたら先に座らせてるにゃ」
「します。面倒になるとカップ麺かコンビニで済ませますし、保存できる物を置いていかないと本当に何もない日があります」
「煙草代なくして、灰皿の長い吸い殻を拾ってもう一回吸う?」
「……やります。止めても『まだ二口いける』って」
「両世界で同じにゃ。じゃあ食事と煙草と金銭管理は、場所が変わっても本人へ任せたら駄目ってことにゃ」
「待て待て待て! 国境を越えて生活態度の答え合わせすんな! しかも二人で保護者会みたいに結論出すなってば!」
ゼニスが神界タブレットへ追記した。
「興味深いですね。現代側、異世界側ともに『食事管理は第三者介入が必要』『居住環境は放置すると悪化』『金銭管理は本人へ任せない方が良い』で一致しました」
「俺の生活能力を国際共同調査みたいにまとめるな!」
「世界間共同調査です」
「規模を上げるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ひなたがミャオへ小さく笑う。
「でも、こっちではちゃんと食べさせてもらってるみたいで少し安心しました」
「食べさせてるにゃ。払ってないけど」
「最後の一言いらねえわ!」
ティアナがひなたへ小声で言った。
「ねえ。昔から言い訳こんな長かった?」
「長かったです。でも昔は最後にちゃんと動いてましたよ」
ティアナはすぐには返さず、ひなたの話と俺の顔を見比べた。
「じゃあ、完全に別人ってわけじゃないのね。危ない時だけ急にちゃんとするのも、昔から?」
「はい。普段は面倒そうでも、本当に危ない時は声が変わりました」
「……そこは今も同じなんだ」
ひなたがティアナを見る。
「今もですか?」
「悔しいけどね。魔法は下手だし、努力もしないし、普段は本当に最低だけど、誰かが死にそうな時だけはふざけなくなる」
「おい聞こえてんぞ。褒めてた前半どこ行った」
「最後まで聞けば褒めてるでしょうが!」
「九割罵倒じゃねえか」
ひなたは張っていた口元をようやく緩めた。
「そうですか。そこは変わってないんですね。やっぱり......仕方のない人です」
ひなたが納得した顔をすると、こっちは急に居場所が悪くなったので、聞こえないふりをして空の皿へ視線を落とした。
【神界・追加ご請求】
・現代側短時間私的帰還処理費 金貨20枚
・監査中再転送処理費 金貨20枚
・証言記録・因果照合費 金貨30枚
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今回加算 金貨70枚
今回加算・日本円換算 350,000円相当
前回繰越残高 金貨48,124枚
前回繰越残高・日本円換算 240,620,000円相当
合計残高 金貨48,194枚
合計残高・日本円換算 240,970,000円相当
「煙草一本吸いに帰って二十万円?相変わらずぼったくりバーみたいな神様営業だな」
「だから裏庭で吸えって言ったにゃ!」
「日本の煙草の方が故郷の味するんだよ」
「ヤニに郷愁持つなにゃぁぁぁぁぁぁ!!」




