↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#22 後輩を温泉旅行に呼ぶ契約じゃねえ(正式名称:世界間接続監査及び現代側立会対応)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
80/127

第79話 元部下を異世界まで呼ぶな

 翌日の昼過ぎ。

 俺は日本の四畳半で、右肘を畳につき、手のひらへ頭を乗せた涅槃図(ねはんず)スタイルのままテレビを眺めていた。床には競馬新聞、空き缶、吸い殻。壁際のカップ麺容器の陰では、同居人のゴキブリが今日も元気に暮らしている。


「黒田さん。起きてください。立会人への正式説明に行きます。今日だけは『寝てた』『忘れた』『馬が走ってた』を理由に遅刻できませんよ」

「俺はいま深い瞑想中だ。馬がどう脚を溜めて、どこで前へ出るかを見ながら人生の配分を考えてる。こういうのは仕事より大事だ」

「競馬中継を見ながら人生設計した結果が、床の外れ馬券と空き缶と、あなたの借金です」

「失敗から学ぶ教材を捨ててないだけだ。教育熱心と言え」

「あなたの場合、学ぶ前に次の馬券を買うのをやめてください。教材も借金も毎週増えてます」


 ゼニスは紺色の制帽に、白い手袋、濃紺のジャケットとスカート。胸元には神界印の徽章、手にはパスポートらしき小冊子まで持っていた。艶のある黒髪をきっちりまとめた姿は、本当に国境審査官みたいに見える。


「……今度は入国審査官プレイか?」

「プレイではありません! 世界間通行管理の正装です!」

「その白手袋で身体検査とかするの?」

「必要ならしますけれど」


 ゼニスが一歩近づき、わざと俺の顎へ白手袋の指を添えた。


「ねえ、どうです? 少しくらい緊張しました?」

「手袋、ゴキブリ触ったら捨てる?」

「…………」

「そこに一匹いるぞ、あと俺、風呂も入ってない」

「ぎゃああああああああっ!! 何でこのタイミングで現実を突きつけるんですかぁぁぁぁぁ!!」


 ゼニスが壁際まで飛び退いたので、俺はテレビを見たまま尻を少し浮かせ、空いた右手で後ろの空気を握った。最近はこの動作だけで警戒されるようになったので、今日はなるべく自然にやる。


「ゼニス。ほら、落ち着け。世界間通行前の友好の握手だ」

「……何で右手を握り込んでるんです?」

「人の善意を疑うな。さっきゴキブリで驚かせた詫びだよ。神と人間、ここは水に流そうぜ」

「絶対に嫌です。その握った手、前にも見ました。いま何を握ったんですか」

「未来だ」

「屁でしょうが!!」

「正解。嗅覚テストな」

「手を開くなぁぁぁぁぁぁぁ!! こっちへその汚物を持ってくんなこのクソ無職ぅぅぅぅぅぅ!!」


 俺がにぎりっぺ(・・・・・・)を鼻先へ寄せる前に、ゼニスは白手袋の両手で俺の右手首を押し返した。神にも学習能力はあるらしい。そこで玄関の呼び鈴が鳴った。ぴんぽーん。俺とゼニスが同時に止まる。


「陸さーん。いますか?」


 ひなたの声だった。


「帰れ」

「まだ入ってませんよ!」

「心で言った」


 玄関を開けると、ひなたが紙袋を抱えて立っていた。今日は非番らしく制服ではなく、動きやすい黒のパンツに薄手のジャケット。短い髪と健康的な顔立ちは、異世界の派手な連中ばかり見た後だと飾り気がなく、その普通さの方がかえって落ち着かなかった。


「陸さん、また連絡返さないから。保存できる物だけ置いていこうと思って……」


 そこで、ひなたの視線が俺の背後へ移った。制帽、白手袋、光輪つきの絶世の美女。普通なら悲鳴を上げるところだろう。ひなたは数秒固まった後、小さく息を飲んだ。


「……あ、夢の人だ」


 ゼニスの目が細くなった。


「やはり記憶が残っていますね」

「ゼニス、今日はやめろ。こいつは飯置いて帰るだけだ」

「陸さん。説明してください」

「説明すると長くなる」

「全部、聞きます」

「断る!」

「じゃあ帰りません」

「この部屋に長居したら肺やられるぞ」

「換気しますから」


 ひなたは半ば強引に部屋に入ると、窓を開け始めた。俺もさすがに無理に帰らせることはできなかった。


「人の家で勝手に環境改善すんなよ、お前」

「改善しないと人の家じゃなくなりますもん!」


 ゼニスが咳払いをした。


「望月ひなたさん。正式に説明します。あなたには世界間接続の監査上、一日だけ異世界側へ同行していただきたい。危険区域には入りません。保護を付与し、必ず現代へ戻します。また、拒否してもあなたにも黒田さんにも不利益はありません」


 ひなたは俺を見た。


「陸さん、ずっとそこへ行ってたんですよね。連絡が途切れてた時も、訓練に来なかった時も」

「行ってたというより、呼ばれたら飛ばされて、帰ったら寝てただけだ。好きで異世界勤務してるみたいに言うなよ」

「じゃあ、あの夢も黒金の欠片も、本当にこの四畳半と繋がってたんですね」

「……まあな。だから見なかったことにして帰る選択肢も、まだあるぞ?」


 ひなたは俺とゼニスを見比べ、数秒考えてからはっきり頷いた。


「私、行きます。ここまで分かっていて、また『夢でした』で終わらせる方が嫌です」

「行かなくていいんだって。現役の人間が休日に異世界監査まで受ける必要ねえだろ。休みは休むためにある」

「それを陸さんが言うのは少し腹立ちますけど、決めるのは私です。危険区域に行かない、必ず戻れる、断っても不利益なしまで説明されましたし」

「俺の側の問題もある。お前が来たら、ミャオだのモグだのリリアだの、一人ずつ『これは何ですか』って説明する人間が増えるんだわ」

「結局、あなたが面倒だから止めてるんですか!?」

「面倒は重要な判断材料だぞ。事故の半分は『説明が増えた』から始まる」

「そんな安全標語聞いたことありません!......本当に、仕方のない人なんですから――」


 光が広がった。次に目を開けた時、俺たちがいたのは「やどり木」の食堂だった。ミャオが皿を持ったまま固まり、モグが口いっぱいの肉を噛むのを止め、リリアが椅子から立ち上がる。少し遅れてルヴィアまで入ってきた。


「あー、この人が、陸の後輩さんかにゃ?」

「へえ。陸の昔を知ってる人?」

「陸、こいつ食い物持っておるぞ!」

「おーっほっほっほっほっ!! 現代世界よりのお客様ですのね! 歓迎の宴を――」

「

お前ら待て。全員一気に来るな」


 ひなたは完全に固まっていた。猫耳の宿屋女将。子供の姿をした古竜。白銀髪で顔色の悪すぎる死人。深紅の縦巻きロールに角まで生えた金持ち古竜。


「……陸さん」

「何だ」

「どういう生活してるんですか」

「俺が一番聞きたい」


 ミャオが皿を置き、ひなたの前へ回った。猫耳を少し伏せ、いかにも宿の女将らしく丁寧に頭を下げる。

「ミャオにゃ。陸がこっちで寝床なくさずに済んでるのは、だいたいミャオのおかげにゃ!」

「おい、自己評価高くない?」

「事実にゃ。陸一人で住ませたら部屋腐るにゃ」

「日本ではまだ腐ってねえ」

「さっき見ましたけど、かなり危なかったですよ」とひなた。

「後輩が異世界まで来て大家側につくなよ!」


 そこへ淡い桜色の髪を揺らしてティアナまで顔を出した。

「騒がしいと思ったら……その人が黒田の後輩?」

「望月ひなたです。陸さんがお世話になってます」

「いや、世話してるのはこっちだけどね」とティアナ。

「そこ、即訂正すんなよ!」


 ひなたとティアナが同時に俺を見て指をさし合った。


「昔の陸さんを知ってる人」

「今の黒田を知ってる人」


 二人がほとんど同時に言い、俺は嫌な予感しかしなかった。


「お前ら、その組み合わせで情報交換すんなよ。俺の社会的信用が両世界から挟撃される」

「最初からそんなもの残ってると思ってるのかしら?」とティアナ。

「うっわ、辛辣ぅ!」


 リリアがひなたの両手を握った。


「ねえねえ! 昔の陸ってモテた!? 彼女いた!? あと働いてたの!?」

「最後だけ確認の方向性おかしくねえか!」


 ミャオが真顔になった。


「ええっ、陸、働いてた時期あるのかにゃ?」

「お前まで何だその反応!」


 ひなたが困ったように笑う。


「陸さん、昔は普通に働いてましたよ。むしろ、現場ではちゃんとしてました、しすぎてるくらいに」


 食堂が静まり返った。モグが肉を飲み込んだ。


「絶対嘘じゃろ、そんなもの」

「デブ竜にまで否定されたぁぁぁぁぁぁ!!」


 ルヴィアは扇子を広げ、ひなたを上から下まで見て満足そうに頷いた。

「現代世界からのお客様なら、歓迎の席は最低でも七品、いえ十品必要ですわね。寝具も最上級へ替えなさい。費用はわたくしが――」

「ルヴィア、止まれ」と俺。

「まあ。遠慮なさらなくても」

「違う。お前が歓迎すると宿が改装工事から始まる」

「あらあら。当然ではなくて?」

「一泊するだけだぞ!」


 ミャオが頭を抱えた。

「お願いだから壁に金箔貼ろうとしないでにゃぁぁぁぁ!!」


 ひなたが小声で俺へ聞いた。

「陸さん、本当に何してこの人たちと知り合ったんですか」

「俺にも説明できねえ。気づいたら借金と竜と死人が増えてた」

「それ、一番説明が必要なやつですってば」


【神界・追加ご請求】


 ・現代側第三者一日限定転送費     金貨650枚

 ・世界間身体・因果保護費       金貨200枚

 ・立会監査開始処理費         金貨100枚

 ─────────────────

 今回加算               金貨950枚

 今回加算・日本円換算         4,750,000円相当

 前回繰越残高             金貨47,174枚

 前回繰越残高・日本円換算       235,870,000円相当

 合計残高               金貨48,124枚

 合計残高・日本円換算         240,620,000円相当


「四百七十五万円!? ひなた、今から帰れ! 滞在時間短くしたら日割りになるだろ!」

「なりません!」

「陸さん、私をホテル料金みたいに扱わないでください!」

「二人まとめて俺を責めるなよぉぉぉぉぉ!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。