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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#21 取り立て屋も取り立てられる(正式名称:神界契約維持査定及び債務管理対応)

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第77話 死人でも未来くらいある

 夢の世界から次の朝。やどり木の裏庭で、俺は煙草を一本くわえながら、ゼニスの話を聞いていた。今日は濃紺のロングジャケットに細い金の飾り紐、黒髪はハーフアップ。いつもの金融屋より儀礼寄りで、葬儀屋と役所を同じ窓口へ押し込んだような格好に見える。


「何だその服。俺の契約を葬るから喪服か?」

「契約保全担当の正装です。縁起でもないこと言わないでください」

「お前が持ってくる書類、大体縁起悪いじゃねえか」

「否定しづらい言い方やめてください」


 ゼニスは手元の書類を閉じ、いつもの請求説明より慎重な口調へ変えた。


「銭神様から、選択肢が提示されました。あなたとの接続規模を縮小する。即レベ、物資転送、現代帰還、強制召喚――すべてを段階的に減らして、神界側の負担を落とす案です」

「マジか、すげえいいじゃん」

「即答しないでください」

「俺が使わなきゃ金も増えねえ。お前も上から怒られない。俺も働かなくていい。三方よしだろ」

「三方目は誰になるんです?」

「世間様」

「てきとーすぎぃ!!」


 俺は煙を吐き、壁へ背中を預けた。


「最悪、契約ごと切ればいいだろ。俺一人いなくなりゃ済む話なら、その方が安い」


 俺が煙を吐き終える前に、リリアの声が割って入った。


「それ、簡単に言わないでよね」


 リリアの声が、いつもよりずっと低かった。振り返ると、白銀の長髪を朝風に揺らして立っている。異常に白い肌、細すぎる手足、暗赤色の瞳。普段なら「今日も元気に死んでまーす!」と朝から叫ぶ女が、今日は笑っていない。


「契約を切るって、陸が思ってるほど『はい終わり』じゃないんでしょ?」

「可能性の話だ」

「知ってるよ。だから言ってるの。死んだら戻らないものって、あるから」


 リリアは自分の細い手首を見た。


「私は残った。喋れるし、笑えるし、ご飯も味は分かる。痛いし、泣けるし、陸に大砲で飛ばされたら死んでても痛い。でも、これが普通じゃないのも知ってる。私みたいに残れる方が例外なの」

「……大砲の件は今いらんだろ」

「いる。痛かったんだもん!」


 大砲の痛みを持ち出したところだけは、いつものリリアらしかった。けれど次に続いた言葉には、普段の嫁営業も大声も混じらなかった。


「陸は、生きてる側が自分を消す話を、死人の前で軽くしないでよ。こっちは三百年分、戻らなかった人たちを見てきてるんだから」


 リリアはそこで一度笑おうとして、失敗した。


「私さ、死んでから『明日』って言葉を使えるようになるまで結構かかったんだよ。どうせ死んでるし、明日も同じだって思ってた時期もあった。でも今は、明日になったらまたご飯食べるとか、モグに取られるとか、陸に雑に使われるとか、そういうくだらない予定がある。だから、生きてる人が自分から予定を全部消すみたいに言うの、嫌い」

「最後の二つ、予定に入れなくていいだろ」

「そこは改善要求常に出しますぅ!」


 いつもなら「死人が説教すんな」で逃げるところだが、今日は言葉が続かなかった。吸いかけの煙草だけが短くなり、灰が指先近くまで伸びている。ゼニスも横から割り込まず、リリアがこちらを見ている時間をそのまま残した。


「私も……契約を維持したいのは借金だけが理由ではありません。あなたが消えれば処理が軽くなる、と数字だけ見れば言える場面はあります。でも現場側の人間関係も、戦場も、もう契約一件で切り離せる状態ではない。そこまで広げた責任は、あなたにも私にもあります」

「お前まで真面目な話すんな。胃が痛くなってくるわ」

「胃が痛む程度には聞いてください」


 裏口からミャオが出てきた。帳簿は持っていない。代わりに、朝の洗い物で濡れた手を前掛けで拭いている。


「陸。先に言っとくけど、ツケを残して勝手に消えるのは絶対駄目にゃ。宿代も食費も帳簿に残るし、誰が払うのかでまた揉める。……でも、それだけじゃないにゃ」

「最初に金の話したせいで後半の信用が薄いぞ」

「陸がそういう人間だから、現実的な話から始めただけにゃ。部屋を急に空けられても困るし、モグが『陸の飯』って厨房へ突っ込んでくるのを止める人も減る。毎回面倒事ばっかり持ち込むけど、昨日までいた人が理由も言わず消える方が、宿を預かる側はもっと困るにゃ。だから『俺一人なら安い』で勝手に話を終わらせるのはなしにゃよ?」


 モグも裏口から顔を出した。口いっぱいにパンを詰めている。


「陸ぅ、わらわを置いて、いなくなるのか?」

「まだいなくならねえよ」

「ならよい。昼、肉焼いてくれ」

「感情の余韻を飯で潰すな、デブ竜!」

「余韻は食えぬ」

「名言みたいに言うなって」


 ミャオがため息をついた。

「でも、モグのおかげで陸も変に沈みすぎないにゃ」

「俺が沈んでる前提やめろ」

「鼻ほじりながら強がっても説得力ないにゃ」


 見れば、いつの間にか俺の右手人差し指は鼻へ入っていた。


「これは精神安定行為だ」

「きったないにゃ、最低のセルフケアにゃ」


 さらにルヴィアまで庭へ来た。


「事情は聞きましたわ! 金銭が原因なら、わたくしが――」

「古竜よ、それは駄目じゃよ」


 いつの間にか、銭神が縁側に座っていた。銭神の手には大きな”銭”と書かれた湯飲み。毎回出現が大家より自然で怖い。


「ルヴィアちゃんのお金で払える部分と、払えん部分があるんよ。世界を跨いで人を通すのは、金貨を右から左へ動かすだけじゃ済まん。黒田さん本人の因果を誰かへ丸ごと譲ることも、簡単にはできん」

「……じゃあ俺が消える案も簡単じゃないってこと?」

「最初からそう言ってるでしょうが!」


「それとね、リリアちゃんの言うことは大体合っとる。生き物の因果は、帳面の数字みたいに消して書き直せば元通り、とはいかん。死者が残ることもあるし、残らんことの方がずっと多い。黒田さんが今ここにおる状態も、奇跡を積み重ねて保ってる部分がある」

「俺、聞けば聞くほど高級な不良品みたいになってない?」

「不良品ではないよ。ただ、容易には返品できん商品と言えるじゃろうね」

「はは、商品扱いはするんだな」


 銭神は湯飲みを口へ運びズズーとすすると、リリアへ目を向けた。

「三百年も残って、それでも明日の話ができるのは大したもんじゃ。死者だから未来がない、なんてどこにも書いてないからね」


 目を丸くしたリリアは、次の瞬間には照れを隠すように口角を上げた。

「じゃあ未来の予定に陸との結婚入れていい?」

「落ち着いたらすぐ俺との結婚の話になるのなんでぇぇぇ!!」


 ゼニスがついに叫んだ。


「黒田さん、あなたはいつも『俺一人切れば安い』とか『俺だけなら』とか、勝手に最低価格の商品みたいに自分を扱いますけどね! 契約者を一人外すだけで全部解決するなら、私はとっくにやってます! できないから頭抱えてるんですよ!」

「お前、俺を切りたかったの?」

「そこだけ拾うなぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺は耳をほじった。


「分かった分かった。勝手に切るな。切るならまず俺に言え」

「許可を求めてるんじゃありません!」

「じゃあ、まだ切らなくていい」


 リリアが俺を見る。


「ほんと?」

「少なくとも今日じゃねえ。明日は知らんがな」

「じゃあ明日も確認するね!」

「また仕事増やすなよ」


 リリアはそこで、ようやくいつもの笑顔になった。


「じゃあさ、契約残ってるうちに婚姻契約も追加しよ! 死んだ後まで安心の永久保証!」

「ほら一瞬で台無し。死後予約は保留だ」

「保留ってことは審査中!?」

「前向きに解釈すんなっての!」


 ゼニスが額を押さえた。


「あなたたち、なんで三十秒も真面目な空気を維持できないんですかぁぁぁぁぁ!!」


【神界・追加ご請求】


 ・契約縮小案再査定費         金貨40枚

 ・接続維持保留処理費         金貨40枚

 ─────────────────

 今回加算               金貨80枚

 今回加算・日本円換算         400,000円相当

 前回繰越残高             金貨46,934枚

 前回繰越残高・日本円換算       234,670,000円相当

 合計残高               金貨47,014枚

 合計残高・日本円換算         235,070,000円相当


「何で『切らない』だけで四十万円取られるんだよ!」

「維持する方にも処理があるんです!」

「じゃあ俺の人生、存在してるだけでサブスクじゃねえかぁぁぁぁぁ!!」


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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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