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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#21 取り立て屋も取り立てられる(正式名称:神界契約維持査定及び債務管理対応)

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第76話 また同じ夢見てんじゃねえよ

 その夜、俺は嫌々ながら二度目の夢境(ドリーム・フィールド)へ入った。


 場所は、どこともつかない灰色の広場だった。地面は固いのに土でもコンクリートでもなく、遠くを見ても景色が続いていない。そこへゼニスが白衣姿で立ち、耳には神界通信機らしい細い器具、手にはいつもの金縁バインダーを抱えている。白衣の下はワンサイズ無理に小さくして、タイトないでたちであり、無駄に豊満なボディラインを強調していた。


「……今日は女医きどりか?」

「因果接続技師です。精密確認なので、清潔感と識別性を重視しましたよ、どうです?」

「白衣の下が妙にタイトなのは識別性に関係あんの?」

「そこに気づいたなら、少しくらい褒めくださっても――」

「なんかポケット深そうだな。煙草いっぱい入りそう」

「またそこぉぉぉぉぉ!? 女神の身体より収納力しか見てないのかよ、この無職ぅぅぅぅ!!」


 ゼニスが叫んだ瞬間、広場の向こうに八つの人影が滲んだ。相馬。橋本。大庭。田所。栗原。西尾。森谷。そして、ひなた。


 輪郭が安定するにつれ、妙なものまで一緒に浮かんだ。実物を持ち込んだわけではない。ゼニス曰く、各自が「自分の勤務や訓練を思い出す時に自然と結びつく装備」を因果認識像として夢境へ重ねているらしい。


 俺や相馬たちの側には89式の輪郭が多い。その端に、古い記憶へ引っ張られた64式らしい長い影まで混じっている。そして、ひなたの手元だけ形が違った。


「……それ、ニーマルだろ」

「はい。20式です。今はこっちに触れる機会も増えてます」

「俺に渡すなよ。名前と見た目を知ってるのと、身体で分かるのは別だからな。元自衛官なら新しい小銃も全部同じように使える、とか雑なこと言うなよ」


 ひなたが少し目を丸くして、それから笑った。


「珍しく、すごくまともなこと言いますね」

「お前、元上官に対する敬意どこ置いてきた?」

「装備について知ったふりしないところは、昔からでした」


 相馬が俺の横で頷く。


「陸曹、今のは望月が正しいです」

「夢の中まで部下が敵なんだけど」


 端に浮いた64式の影へ目をやる。


「……お前もまだ出てくんのかよ」

「陸曹、銃に話しかけ始めました?」

「思い出の整理だ。ほっとけ」


 見慣れた顔が八人も並ぶと、懐かしいより先に居心地が悪くなった。戦場で会う異世界の連中なら「仕事だから」で雑に扱えるが、こいつらは俺がまだ制服を着ていた頃の失敗も癖も知っている。夢だから帰れ、と言って全員まとめて消せるなら、今すぐそうしたい。


「……陸曹?」


 最初に口を開いたのは相馬だった。周囲を見回し、それから俺を見て、眉間へ深い皺を寄せる。


「またですか。前に全員で同じもの見た時も、陸曹は最後まで『夢だから寝ろ』で押し切りましたよねえ」

「今回も同じでいい。寝ろ。ただの夢だ。明日起きて仕事ある奴は、こんなところで残業してる場合じゃねえぞ」

「夢の中で勤務管理されても困るんですけど。しかも陸曹に言われると説得力が……」

「夢なんだから細部の矛盾は気にすんな。記憶も適当、俺も適当、お前らは解散。はい!これで全員幸せだ」

「最後だけ陸曹が幸せになる説明じゃないですか」


 大庭が自分の頬をつねった。


「痛ぇ。何だこの夢、無駄にリアルだなあ」

「俺も前に見ましたよね?」と栗原が言う。

「全員で同じ夢見るって何なんですか」と森谷。

「集団疲労じゃね?」

「陸曹が一番疲労と無縁そうですけど」

「西尾、余計なこと言うな」


 田所は周囲を一周見回してから、いかにも嫌そうな顔をした。

「陸曹、これってまた砲班まとめて何かに巻き込まれてません?」

「心配すんな、夢だっつってんだろ」

「夢の中でも責任逃れするんですか」

「現実で責任取ったら疲れるからな」

「そこ堂々と言わないでくださいよ」


 栗原は別方向へ首を伸ばした。

「ところで陸曹、前にこの変な夢で食った異世界の飯、今回は出ないんですか? あれだけは妙に記憶残ってるんですけど」

「お前は全員で同じ夢を見てる異常事態より飯が先なのか。しかも俺が作る前提で聞くな」

「陸曹が作るなら食いますよ。昔も炊事へ回された時、文句言いながら量だけはきっちり出してたじゃないですか」

「作らねえ。俺は夢の中まで炊事当番やるほど勤勉じゃない」

「ほら、その言い方も昔と同じだ。なんか懐かしい」と相馬が笑う。「面倒そうに言うわりに、誰かが本当に困ると最後は動くところまで含めて」

「勝手に美化すんなって。俺は昔から『寝ればだいたい解決する』派だ」

「それも言ってましたよ。しかも翌朝、結局自分で確認しに来るまでがセットでした」

「……記憶力のいい部下はこれだから。退職後まで面倒だな」


 記憶力のいい奴は嫌いだ。面倒なことなど忘れてしまえばいいのに。

 ――その中で、ひなただけが笑っていなかった。


 ショートカットの髪。健康的な顔立ち。俺の記憶より輪郭は大人びているが、真正面から人を見る目は変わっていない。二十一歳になった今も、俺の記憶にある「一番若い後輩」の印象がどこか残っていた。


「陸さん。みんなには夢で通してますけど、私には前と同じ説明をするんですか。あの黒金の欠片、起きた後も手元に残ってました。触った感触も消えてません」

「何だよ、急に刑務官か医官みたいな喋り方しやがって。夢の中の小道具が妙にリアルだった、それでいいじゃねえか」

「よくないです。私はあれを現実で持っています。だから聞いてます。これ、本当に夢ですか」


 俺は答えを返さなかった。前にあいつが現実へ持ち帰った黒金の欠片。そのことを知っているのは、ここでは俺とゼニスだけだ。


「夢だって。寝てろ」

「……また逃げるんですね」

 「また逃げる」と正面から言われると、舌打ちで流すには少しだけ効いた。ひなたは昔から、こっちが面倒だから閉めようとした話の戸口へ平然と足を差し込んでくる。

 

 その返事を探すより先に、横から白銀の長髪が勢いよく視界へ突っ込んできた。

「みなさぁぁぁん!!はじめましてぇぇぇぇぇぇ!! 死んで三百年以上! 今日も元気に死んでます! 不死魔導士(アーク・リッチ)のリリア・モルグでーす!」

「お前、何でいるんだ!?」

「監査対象の関係者だから!」


 リリアは異常なほど白い肌に、灰白から白銀の長髪。暗赤色の瞳の下には濃い隈があり、立っているだけなら入院中の病室から抜け出してきた美少女にしか見えない。実際には病室どころか墓場をとうに通過済みだが。


「ちなみに陸のお嫁さん候補です!」

「候補に入れた覚えねえぞ」

「正妻が駄目なら愛人でもいいよ!」

「旧部下の前で何の営業してんだ。てめぇぇぇ!!」


 大庭は借金表示とリリアを交互に見てから、妙にしみじみした顔で俺の肩へ手を置いた。


「陸曹」

「何だよ」

「俺らが知らない間に、ずいぶん遠くまで行きましたね」

「しみじみ言うな。死人に求婚されてるだけだ」

「それ十分遠くありません?」


 橋本が空中に浮いた神界表示を見つけた。


【神界債務残高 金貨46,514枚】

【日本円換算 232,570,000円相当】


「……陸曹。借金二億っすか?」

「見るな」

「よく見たら二億三千万超えてますよ」

「細かく読むなって」

「退職後、何やらかしたんです?」

「異世界で生きてたらこうなっただけだ」

「普通、生きるだけで二億借金しませんよね」

「うるせえ。俺だって好きで借りたんじゃねえ」


 リリアが胸を張った。


「でも私なら維持費安いよ! もう死んでるから医療費も老後もいらない!」

「その営業、今日だけで二回目だからやめろ」


 ひなたは周囲の騒ぎが落ち着くのを待ち、俺の前まで来た。


「陸さん。ちゃんと生きてるんですね」

「見りゃ分かるだろ」

「連絡しても返事しないし、訓練にも来ないし、家に行っても寝てるか酒臭いし、それで急にこんな……意味の分からないところにいるから、分からないです」

「忙しかったんだよ」

「今、無職ですよね」

「異世界では忙しい無職という新しい職業なんだ」

「そんな職業ありません」


 相変わらず真っ直ぐだ。ゼニスが通信器へ指を当てた。


「接続安定。現代側八名の因果線に大きな破損なし。ただし、望月ひなたさんだけ過去接続の残留値が他の方より高いです」

「数字で言うなよ」

「監査ですから」


 ひなたの目が、わずかに細くなった。俺はその視線から逃げるように、鼻をほじった。


「はい、確認終わり。みんな起きろ。明日も仕事だろ」

「陸曹は?」

「寝る」

「でしょうね」


 接続が薄れていく。最後まで残ったひなたが、消える直前に言った。


「陸さん。今度、ちゃんと話してください」

「気が向いたらな」

「それ、絶対向かないやつですよね!......本当に、仕方のない人です」


 光が消えた。


 現代側では、その数分後。相馬からグループへメッセージが飛んだ。


『また変な夢見た奴、挙手!』


 橋本。大庭。栗原。森谷。次々に既読がついた。俺のスマホにも通知が来たので、短く返した。


『寝てろ』


 すぐに相馬から返ってきた。


『お前もいたよな?』


 既読をつけたまま放置した。

 数分して、個別にひなたからもメッセージが来た。


『陸さん。前に持ち帰った黒金の欠片、まだ手元にあります』

『さっきの場所で感じたものと同じです』

『やっぱり、夢じゃないですよね?』


 俺は画面をしばらく見た。返事は打たなかった。


「はぁ、既読スルーですか」


 横からゼニスが覗き込んでくる。


「うるせえ。返したら話が長くなるだろうが」

「返さなくても、もう長くなってますよ」

「だったら今さら一通増やしても誤差だろ」

「あんた、その理屈で借金も増やしてきたんでしょうがぁぁぁぁぁ!!」


【神界・追加ご請求】


 ・夢境(ドリーム・フィールド)再接続費 金貨260枚

 ・現代側八名因果保護費        金貨120枚

 ・残留値精密計測費          金貨40枚

 ─────────────────

 今回加算               金貨420枚

 今回加算・日本円換算         2,100,000円相当

 前回繰越残高             金貨46,514枚

 前回繰越残高・日本円換算       232,570,000円相当

 合計残高               金貨46,934枚

 合計残高・日本円換算         234,670,000円相当


 ※夢境内に表示された64式・89式・20式は因果認識像であり実物転送ではありません。追加装備費は発生せず、既存の夢境監査費に包含。


「八人寝かせるだけで二百十万円取るって、悪徳睡眠商法にも程があるだろ!」

「因果保護が一番高いんです! 普通に寝かせる方が安全なんです!」

「じゃあ俺も寝たら割引しろよ!」

「あなたは起きて仕事しろやぁぁぁぁぁ!!」


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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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