第74話 誰と戦ってるかくらい先に決めろ
谷から避難民を救出した翌朝、前進拠点へ運び込まれたのは王国側の負傷者だけではなかった。昨日の砲撃で部隊から離れたヴァルディス兵が三人、魔物に追われた末に王国側へ保護されている。捕虜というより、本人たちも何が起きたのか理解できていない顔だった。
俺は尋問官じゃないので本来なら関わりたくなかったが、リリア、ロイド、タンナー、ノエルが持ち帰った情報が妙に噛み合わず、結局会議へ引っ張り込まれた。
「最初に言っとくけど、俺は軍法も外交も知らん。変な発言を公式見解にするなよ」
ユリウスから派遣された王国書記官が頷く。
「承知しています。黒田殿には、これまでの観測情報との照合だけをお願いしたい」
「その言い方で仕事が軽かった試しないんだよな……」
ロイドが机へ簡単な地図を広げた。
「昨日、俺とタンナーが見た帝国兵は、王国陣地へ真っ直ぐ来てなかった。魔物と戦いながら谷を避ける動きだった。少なくとも先頭の連中は、最初から攻撃する気だったようには見えない」
タンナーも頷く。
「それと、撤退方向がばらばらでした。統一して押してきた部隊なら、もう少し同じ方向へ動くと思います」
ノエルは別の印を付ける。
「砲撃元と思われる魔力反応と、地上部隊の位置が一致していません。昨日はむしろ、帝国兵がいる区域の近くへ砲撃が落ちています」
シェリアが腕を組んだ。
「私も見た。あれ、地上の人たちが『ここへ撃って』って誘導してるようには見えなかったよ。むしろ撃たれて驚いてた」
「エルミナは?」
「残留魔力を調べました。地上部隊が使っていた通信魔術と、長距離砲撃側の魔力署名はかなり違います。同じ国家の装備でも違う可能性はありますが、少なくとも現場部隊が直接撃っていたわけではありません」
リリアはさっきまで椅子を逆向きに跨いでいたが、話が死者へ移ると表情を変えた。
「昨日、谷の北側で見た死霊の記憶、少し拾えたよ。全部じゃないけど、『王国が先に攻める』『国境を焼く前に止めろ』って言葉を聞いてる人が何人もいた。帝国の兵士っぽい人たちも、本気でそう思ってたみたい」
俺は眉を寄せる。
「こっちは逆だ。『帝国が魔物を押しつけて攻めてくる』って話で警戒してる」
書記官が保護された帝国兵の証言書を読み上げた。
「三名とも、出撃前に『アルヴェリア王国が魔物を利用した先制攻撃を準備している』と説明された、と証言しています。ただし命令を出した上級部隊の詳細は知らされていないとのことです」
アレクシスが静かに言った。
「つまり、両方とも『相手が先にやる』と思っている?」
「それだけじゃない」
俺は地図を見る。
「最初に逃げてきた魔物は、王国へだけ来たんじゃない。帝国側へも逃げてるって話だった。誰かが真ん中で魔物を追い散らして、王国には『帝国がやった』、帝国には『王国がやった』って売ってるなら筋は通る」
ロイドが口笛を吹きかけてやめた。
「戦争そのものを売ってる奴がいるってことか」
「まだ決めるな。筋が通るだけで証拠はない。でも、撃つ相手くらい確定してから戦争しろって話だ」
アレクシスが頷く。
「なら、僕たちは地上部隊と接触しても、可能な限り話を確認します。もちろん民間人が危険なら止めますが、帝国兵だから即敵、にはしません」
『勇者。それがよい。刃を抜く理由と、振るう相手は分けて考えねばならぬ』
ルクシオンの声だけは、こういう時やけに格好いい。
「お前、BBQ鉄板やってる時と同じ剣だよな?」
『今その話をするな!!』
少しだけ空気が緩んだ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
昼過ぎ、俺は情報整理の待ち時間に現代へ戻った。今日は家ではなく、駅前の安い居酒屋へ向かう。呼び出したのは同期の佐伯圭吾。普通科の現職2等陸曹で、俺とは前期教育隊の頃からの付き合いだ。後期課程が修了して配属先が変わっても、定期的に連絡を取り合っていた。
「お前から昼間に『軽く飲むか』って来る時、ろくなことねえんだよな」
佐伯は生ビールを置き、俺の顔をじっと見た。
「風間と同じこと言うなよ。自衛官って人を疑う教育でもあったっけ?」
「お前個人への経験則だよ。で、今度は何だ。金貸せならもう帰るぞ」
「貸してくれるなら借りるけど」
「じゃ、帰るわ」
「待て待て。本題は別。仮の話な。地上部隊が『相手が先に攻めるから前へ行け』って言われて進んでる。でも相手側もまったく同じ説明受けてる。現場は何を信じる?」
佐伯が露骨に嫌そうな顔をした。
「お前の『仮の話』、最近設定が具体的すぎない?」
「創作してるんだよ、自分の科の事しかわからんからさ」
「風間にもそれ言っただろ」
「情報共有早いなあ」
「同期舐めんなって。で、一般論なら、現場は出てる命令と目の前の状況を見るしかない。ただ、目の前が説明と違いすぎたら上へ確認する。相手が民間人逃がしてるのに『皆殺しに来た敵だ』って言われても違和感は出るだろ」
「やっぱ地上は面倒だな。人が近いわ」
「お前ら特科は距離取りすぎなんだよ」
「安全第一。というか次に地上の面倒まで俺へ投げてくるなら、お前を異世界へ呼ぶからな。普通科の仕事は普通科へ返す」
「呼ぶなよ。絶対呼ぶな。お前の場合、冗談で言ったことが本当に起きそうで怖いんだよ」
「風間にも似たこと言われたわ」
「二人から言われたなら反省しろ」
「全国の特科に謝れ。あと普通科を『歩くの専門』って言った件もまだ許してない」
「根に持つなよ。歩くの得意だろお前ら。演習でもフル装備で100km行軍とかしたりするだろ?」
「おい、表出ろ」
「勤務中だろお前!」
「やめたくせにそういう時だけ服務意識出すな」
くだらない話をしながらも、頭の中では異世界の地図が消えなかった。佐伯の答えは特別な秘策ではない。人を見る。命令と現実が違えば違和感を持つ。俺たちが今やっていることも、それ以上ではない。
「佐伯よぉ」
「ん?」
「もし、全員に違う話して戦わせようとしてる奴がいたら、一番面倒だな」
「当たり前だろ。撃つ前にそいつ探せや」
「だよな」
「だから何の創作だよ」
「異世界無職砲兵もの」
「売れなさそう」
「てめえ!!」
異世界へ戻ると、リリアが新しい情報を持って待っていた。帝国側で死亡した兵士の残留思念に、「戦費」「契約」「融資」という言葉が混じっていたという。
「全部は読めない。でもね、兵士の人が『戦争が始まれば返済は後になる』『軍需契約が通った』みたいな話を上官から聞いてる」
俺は黙って地図を見た。
王国。帝国。逃げる魔物。
長距離砲撃。戦費。契約。
「……誰か一人、真ん中で全員に違う戦争売ってねえか」
ゼニスの表情が変わった。今日は契約調査官を意識したらしい黒いジャケットに細縁眼鏡、腰へ神界印の銀鎖まで下げており、朝から「悪徳金融の女幹部みたいだな」と俺が散々茶化していた格好だが、その瞬間だけは衣装の胡散臭さが消えた。
さっきまで請求書担当だった女神が、ほんの一瞬だけ神として黙る。
「黒田さん。その『契約』という言葉、もう少し調べますね」
「珍しくお前から仕事増やしたな」
「神界契約が関わっているなら、私の管轄です」
「じゃあ俺は管轄外だな。帰っていい?」
「もちろん、一緒に来てください」
「なんでだよぉぉぉぉぉ!!せっかくサボれると思ったのにィィィ!!」
【神界・追加ご請求】
・戦時情報照合・因果監査費 金貨180枚
・現代側短時間帰還処理費 金貨20枚
・緊急再召喚処理費 金貨20枚
・敵性契約兆候予備調査費 金貨140枚
・限定戦闘即レベ利用料 金貨60枚
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今回加算 金貨420枚
今回加算・日本円換算 2,100,000円相当
前回繰越残高 金貨45,854枚
前回繰越残高・日本円換算 229,270,000円相当
合計残高 金貨46,274枚
合計残高・日本円換算 231,370,000円相当
※帝国軍地上部隊の敵性判定は一律確定していません。
※敵性契約兆候について神界側の追加監査へ移行します。
「二百十万円。調べものだけで? 俺、今日は敵を殴っても大砲撃ってもねえぞ」
「世界間契約兆候の照合です! むしろ今回の情報は重要ですし、佐伯さんと飲みに帰った費用まで含まれています!」
「じゃあ佐伯とのビール代を会議費で落とせ。普通科経験者への聞き取り調査だぞ。領収書ならまだ財布に――」
「昼酒を国家安全保障会議みたいに言うなぁぁぁぁぁぁ!! 落ちるわけないでしょうが!」
俺は鼻をほじりながら、ゼニスの肩をぽんと叩いた。
「まあ怒るな。今日はお前も真面目に働いた。握手して和解しよう」
「……珍しいですね。あなたからそういう――」
差し出された右手を握った瞬間、俺はさっきから掌の中へ温存していたものを、そっとゼニスの鼻先へ持っていった。
「ほいっとな」
「…………」
ゼニスの顔から神々しさが消えた。
「くっっっっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! にぎりっぺぇぇぇぇぇぇ!? このシリアスの余韻で何握ってんだお前ぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「いや、世界間契約の臭いを調べるって言うから、まず身近な臭いから」
「契約兆候と屁を同列に扱うなぁぁぁぁぁぁ!! 殺す! 今日という今日は神罰落とすぅぅぅぅぅ!!」
「神罰も有料?」
「お前への神罰だけ今すぐ無料にしてやるわぁぁぁぁぁぁぁ!!」




