第73話 勇者は前、死人はもっと前
長距離砲撃が始まって三日目。帝国側の動きは、単なる威嚇とは言えなくなっていた。前方には複数の部隊が入り、砲撃の合間を縫うように魔物と兵士の姿が増えている。王国側も増援を寄せているため、どちらかが一度大きく踏み込めば、そのまま国家間戦争へ転がり落ちる距離だった。
俺としては転がり落ちる前に全員で帰宅する案を推したかったが、国境の向こうに置き去りの民間人がいると分かった時点で、その案は消えた。ゼニスも今日は白地に赤い帯を入れた救護班風の上着を着ていたが、普段なら真っ先に「またコスプレか」と突っ込むところを、俺は一度見ただけで地図へ視線を戻した。
ゼニスも何も言わない。人を助ける前だけは、こいつも料金や衣装で遊ばない。
「黒田。東側の集落から避難してきた一団が谷筋で止まっている。帝国側の部隊と魔物に挟まれて動けない」
エドガーが地図を指す。
「砲撃支援を入れるにも、位置が近すぎる。ノエルの観測だけでは死角が残るぞ」
「だから人を入れて見る。撃てないなら撃たない。それだけだ」
俺は周囲を見回した。
「アレクシス。避難民側へ行け。アンも一緒。正面から強い奴が来たら止めろ。ただし追うな。助けるのが仕事だ」
「分かりました」
「ロイド、タンナー。左右の抜け道見ろ。帝国兵が来ても、いきなり敵扱いすんな。まず何してるか確認」
「了解」
「シェリアは高い場所。ノエルと情報合わせろ。エルミナとティアナは負傷者と結界。ポンは二人の補助」
ポーレンが感動した顔で頷く。
「師匠、ついに我々へ実戦指揮を……!」
「感動すんなって。仕事振り分けて俺の負担減らしてるだけだ」
「やはり合理の極致……!さすが師匠、もはや神!!」
「だから俺を勝手に高尚にするな!!」
最後にリリアを見る。
本人はすでに嫌そうな顔をしていた。
「言っとくけど、『もっと前』は禁止だからね。前回それ言われた気がするし、陸が私を見る時の目もう分かるから」
「じゃあ一番前でいいか」
「言い換えただけぇぇぇぇぇぇ!!」
「死霊の反応見られるの、お前だけだ。避難民の先に死人が多い場所があったら教えろ。そこに何かいる可能性高いからな」
リリアは口を尖らせたが、すぐ真顔になった。
「分かった。死んでる人が増える前に見つけるよ」
「頼むわ」
一瞬、リリアが目を丸くした。
「……今、普通に名前で頼んでくれてもよかったんだけど」
「うるさい、とっとと行け」
「そこ照れるところじゃないでしょぉぉぉ!!」
リリアが飛び、アレクシスたちも谷へ入る。モグとルヴィアは上空から大きく回り込み、飛行魔獣が寄れば追い払う役だ。地上、空、観測、救護。前にダンジョンで分けた役割が、規模だけ大きくなって使われている。
そして後ろには砲側防護が残る。89式とMINIMIを持った警戒班が、谷の脇道から出てくる小型魔獣を砲列へ寄せない。FH-70が一門あるから戦場が勝手に安全になるわけじゃない。撃つ奴、見る奴、近くを守る奴。その全部が噛み合って、ようやく遠くへ火力を出せる。
「黒田、砲側はこっちで持つ!」
アンディの声が飛んできた。
「頼む。大砲守るために大砲の横へ全員集まるなよ。そっちが働いてくれるほど、俺は後ろで偉そうにできる!」
「最後だけ最低です師匠!」
しばらくしてロイドから連絡が入った。
『黒田。右側に帝国兵。十数人。こっちへ撃ってない。むしろ魔物と戦ってる』
「近づくな。位置だけ見ろ」
シェリアからも声が来る。
『谷の奥、避難民見えた。二十人くらい。アレクシスたちが入る』
ノエルが地図へ印を重ねる。
「帝国側の魔力砲台らしき反応はさらに奥です。ただ、集落跡と近い。今撃つのは危険です」
「なら撃たない」
エドガーが頷く。
「了解した」
そこへリリアの声が割り込んだ。
『陸! 谷の北側、死霊の反応多い! でも変。戦争の死人って感じじゃない。魔物にやられた人と、何か爆発に巻き込まれた人が混ざってる!』
「場所送れ。あとそこから離れろ」
『え、なんで?』
「なんかな、嫌な感じする」
言い終わる前に、東側が白く光った。
「リリア、下がれ!」
『もう下がってる! 私だって学習するもん!』
数秒後、谷の向こう側へ大きな着弾。ドォォォォォンッ――!! 斜面の一部が崩れ、土煙が上がる。避難民のいる場所からは外れているが、帝国側の兵も巻き込まれたように見えた。
「……味方ごと撃った?」
エドガーが低く呟く。
「分からん。誤差かもしれない。わざとかもしれない。今決めれん」
俺は谷を見る。砲撃後、帝国兵の一部が混乱している。その隙に大型魔物が避難民側へ向きを変えた。
「アレクシス!」
『見えてます!』
白銀の光が谷を走る。アレクシスとルクシオンが大型個体の正面へ入り、アンディが避難民を後ろへ下げる。シェリアの矢が魔物の足元へ刺さり、進路が狭まった。
俺の【即応】がまた上がる。
【LEVEL 22】
【LEVEL 39】
【LEVEL 61】
昨日ほどではない。それでも身体は十分軽い。
「エドガー。王国魔導砲とFH-70、使える状態だけ維持。ノエル、谷の北側をもう一回見ろ。民間人と帝国兵が外れた場所ができたら言え」
「分かりました!」
数分が長い。魔物が動くたび、味方も動く。撃てる瞬間より、撃てない瞬間の方が多い。
やがてノエルが叫んだ。
「北側の大型個体二体、谷奥へ離れました! 避難民はアレクシスたちが西へ移動中。帝国兵も反対側へ下がっています!」
俺の視界から余計なものが落ちる。
地形。魔物の動き。味方の位置。
避難民の退路。
砲声も叫び声も消えたわけじゃない。ただ必要な情報だけが前へ出てくる。
「エドガー。やるぞ」
「了解」
遠くで王国魔導砲が低く唸る。少し遅れて、FH-70の発射音が重なった。細かな手順も数字もここでは要らない。俺は着弾する場所だけを見る。
「――弾着、今。」
ドォォォォォンッ――!!
谷奥が爆ぜた。土と岩が跳ね上がり、大型魔物二体の進路が完全に止まる。直撃させることより、避難民から離れた場所へ押さえ込むことが目的だった。アレクシスたちはその隙に最後の人間を谷から出す。
数秒後、ルクシオンの声が通信へ入った。
『避難完了だ』
俺はようやく息を吐いた。
「じゃあ状況、終わり。俺帰るわ」
ティアナが振り向く。
「はあ?切り替え早っ!」
「人助かった。目的達成。これ以上働く理由ある?ないよね、うん、ない!」
「戦況整理とか! 事後処理とかいろいろあるでしょ!」
「エドガーに任せる」
「報告は?!」
「ノエルに任せる」
「自分の請求書!」
「ゼニスに――それは任せたくねえ!」
安全確認後、俺は現代へ戻って煙草を一本吸った。手がわずかに震えていることに火を点けてから気づく。別に怖くなかったと言えば嘘になる。昔から、撃つ時より撃たない判断の方が嫌いだった。正解が見えないまま時間だけ過ぎるからだ。
ふー、煙を吐く。
(でもまあ、今日は全員帰れたしな。それでいい)
そんな落ち着きもそこそこに、その数分後には、ゼニスの請求額で別の意味の震えが追加された。
【神界・追加ご請求】
・即レベ高危険度戦闘起動料 金貨300枚
・複合戦闘急速成長利用料 金貨1,760枚
・長距離砲撃下因果安定化補助費 金貨260枚
・広域戦場監督・救援支援費 金貨140枚
・現代側戦闘後帰還費 金貨20枚
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今回加算 金貨2,480枚
今回加算・日本円換算 12,400,000円相当
前回繰越残高 金貨43,374枚
前回繰越残高・日本円換算 216,870,000円相当
合計残高 金貨45,854枚
合計残高・日本円換算 229,270,000円相当
※王国側FH-70一時運用費及び王国魔導砲兵運用費は国家防衛予算で別途精算。
※砲側防護用89式5.56mm小銃・5.56mm機関銃MINIMIの公的使用費も同予算で別途精算。黒田陸個人債務への加算なし。
※避難民救援完了。友軍側死亡者なし。
「(絶句)一千二百四十万円……。俺、今日かなりいい仕事したよな? 避難民助けた、味方も死なせてない、余計な砲撃もさせてない。ここまで揃ったら善行ポイントくらい付くだろ」
「仕事としては文句ありません。ですが因果精算費と即レベ利用料は別です」
「そこを人情で何とかするのが神様じゃねえの? 奇跡の一つくらい起こしてみせろよ」
「奇跡を起こすたびに経費が発生する仕組みを一番知ってるのあなたでしょうが!」
「じゃあ知らん。今日は酒飲んで屁ぇこいて寝る。明日の俺に引き継ぐ」
「明日のあなたも同一債務者です!」
「俺の善行ポイントどこ行ったんだよぉぉぉぉぉ!! 人助けした男に一千二百四十万請求する神界の方が悪党だろぉぉぉぉ!!」
「助けたことと有料機能を使ったことを同じ財布で相殺するなぁぁぁぁぁぁ!!」




