第71話 昨日ダンジョン、今日戦争って勤務表おかしいだろ
翌朝。野営地へ呼び戻された俺を待っていたゼニスは、防災指揮所の職員みたいな紺色の作業服に反射ベスト、その上からなぜか女神の光輪だけは堂々と背負っていた。災害現場仕様なのか神界仕様なのか、もう本人にもよく分かっていない気がする。
「朝から工事現場の美人監督みたいになってんな。ヘルメットは?」
「砲撃下の緊急対応を想定した業務服です! あと『美人』だけ切り取れば普通に褒められるでしょうに、どうして必ず余計なものを足すんですかね!」
「褒めると調子乗って次の衣装が派手になるだろ。予算削減に協力してんだよ」
「私の服を神界財政再建の対象にするなぁぁぁぁぁぁ!!」
【黒田陸 LEVEL 9】
俺は神界表示を三回見直した。
「あれ……昨日、六十三まで行ったよな?」
「はい」
「三日間普通に鍛えて十三まで上げたよな?」
「はい」
「で、寝たら九?」
「酒を飲み、夜食を食べ、布団でほぼ動かず八時間以上寝ましたので」
俺は表示を閉じた。
「俺......ダンジョン引退します」
ティアナが水筒を机へ置く音がやけに大きかった。
「どうしてそうなるのよ! 十三まで上がった分が全部消えたわけじゃないでしょ。最初は四だったのが九になってるんだから、ちゃんと土台は上がってるじゃない!」
「三日働いて五だぞ。費用対効果悪すぎる。俺の人生を時給換算したら泣けてくる」
「無職が時給を語るな!」
国境前進拠点では、昨日のダンジョン組がそのまま朝の報告会へ集められていた。アンディたち三人は疲労を見せながらも平時レベル30台を維持しており、アレクシスの勇者パーティも装備点検を終えている。俺だけジャージの襟が曲がっていた。
エドガーが地図へ視線を落とす。
「昨夜から東側の魔力集積が増えた。帝国軍前方でも複数部隊が移動している。昨日のように何も起きない可能性もあるが――」
ノエルが突然顔を上げた。
「光です――!」
東の空が白く瞬いた。全員の身体が止まる。
俺は昨日までの筋肉痛もダンジョン引退宣言も忘れ、外へ出た。空は晴れている。遠い山の向こうだけが一度白くなり、しばらくして低い轟音が地面を伝ってきた。
ドォォォォン……。
「ノエル、次の反応は?」
「あります。複数……一つではありません!」
「エドガー、人下げろ。砲だけ守ろうとするな。昨日やった順番でいい。まず人、その次に装備。敵が近づいてきたらアレクシスたちが止める」
アレクシスがルクシオンを抜いた。
「了解です。ロイド、タンナー、周囲を警戒!」
「もう見てるよ」
ロイドとタンナーが別方向へ走る。シェリアは高い岩場へ移り、ノエルと視界の分担を始めた。エルミナとティアナは負傷者を受け入れるための結界を張り、アンディとポーレンが王国兵を散開させる。
昨日ダンジョン前でやったことと、ほとんど同じだった。
(……まさか本当に翌日に使うとは思わなかったけどな)
空を裂く音が来る。
「伏せろ!」
ゴォォォォォォ――!!
着弾は前進拠点の外側だった。ズガァァァァァンッ――!! 土と石が柱のように吹き上がり、少し遅れて圧が胸を殴る。杭が折れ、天幕の一部がめくれ、砂埃が一気に流れ込んだ。
【特性即応 敵性攻撃判定成立】
【|即日レベルアップシステム《インスタント・レベリング》 緊急起動】
【LEVEL 9→16】
「昨日止めたのに今日もう動いてんじゃねえか!」
「訓練指定は終了しています! 本物の敵性攻撃です!」
「分かってるけど請求書の足音が聞こえる!」
ゼニスの絶叫へ返す余裕はそこまでだった。タンナーが戻ってくる。
「師匠! 南東の斜面、魔物が出ています。昨日の迷宮個体じゃありません。東から逃げてきた群れです!」
ロイドも続く。
「その後ろに人影がある。帝国兵かどうかまではまだ分からん!」
「砲撃に追われて魔物までこっちへ流れてんのかよ。アレクシス、魔物は殺し切らなくていい。人の列へ行かせるな。アンも前。ポンは道狭めろ!」
「了解!」
アレクシスとアンディが斜面へ走る。シェリアの矢が群れの先頭を横へ逸らし、ポーレンの魔法が地面を盛り上げる。昨日の訓練では「砲へ近づけない」だったが、今日はその向こうに避難兵までいる。目的が増えても、見る方向を分ける考え方は同じだった。
リリアが俺の横へ飛んできた。
「陸! 私、南東見てくる。死霊の反応もあるから、帝国兵が混じってるなら分かるかも!」
「行け。ただし砲弾飛んでるから上がりすぎるな」
「分かってる! 今日は普通に飛ぶからね! 大砲に詰めないでよ!」
「急ぎじゃなきゃ詰めねえよ」
「急ぎでも詰めるなぁぁぁぁ――」
二射目が来た。
白い閃光。空を裂く音。リリアが振り向いた直後、斜面の少し先が爆ぜた。
ドガァァァァンッ――!!
「リリア!」
黒いローブが土煙の中へ消えた。俺の腹が冷える。
数秒後。
「もう!いっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
土の山から白い手が出た。
「死んでても痛いんだってええええ!! あー髪に土入った! 最悪! あと陸、今ちょっと心配した顔した!?」
「生存確認終わり。南東頼むわ」
「ええっ、切り替え早すぎるぅぅぅぅ!!」
だがリリアはすぐ飛んだ。普段はやかましいくせに、仕事はする。そこが余計に雑に使いやすい。
戦闘は一時間ほどで一度収まった。魔物群はアレクシスたちが人のいない方向へ押し流し、王国砲兵へ直接接近した個体はなかった。遠くに見えた人影も、そのまま東へ引いたらしい。
エドガーが息を吐く。
「昨日の訓練がなければ、もう少し混乱していたな」
「……まあな」
ティアナがすかさずこちらを見る。
「今、訓練必要だったって認めた?」
「昨日やっといて正解だったとは言った。でも今日も訓練するとは言ってない。似てるようで全然違う」
「そこまで必死に逃げ道作るの!?」
「働かないためなら俺は努力を惜しまん」
「その努力を訓練へ少しは回せぇぇぇぇぇぇ!!」
戦闘後、安全確認が終わってから現代へ戻ると、俺は煙草一本だけ吸って万年床へ倒れ込んだ。昨日の筋肉痛へ今日の疲労まで上書きされ、片肘で頭を支える余裕すらなく、ほぼ崩れた涅槃図である。
(ダンジョンの翌日に戦争って、勤務表作った奴頭おかしいだろ――)
金色の光と一緒に、ゼニスが請求書を持って現れる。俺は無言で布団を頭まで被った。
「見えない。俺には何も見えない。みえませーん!請求書も女神も世界情勢も、本日の受付は終了しました!!」
「布団を行政窓口みたいに閉庁させないでください。はやく顔を出してください」
ぶっ。ぷすー。
布団の中で短い音と長い音がした。ゼニスが沈黙する。
「……今のは?」
「閉庁のチャイムかなー?」
「屁で業務終了を告げるなぁぁぁぁぁぁ!! しかも布団の中で密閉するなぁぁぁぁぁ!! 窓!」
【神界・追加ご請求】
・即レベ緊急起動料 金貨300枚
・敵性長距離攻撃下急速成長利用料 金貨760枚
・高危険度因果安定化補助費 金貨180枚
・戦闘監督・避難支援処理費 金貨80枚
・現代側戦闘後帰還費 金貨20枚
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今回加算 金貨1,340枚
今回加算・日本円換算 6,700,000円相当
前回繰越残高 金貨37,774枚
前回繰越残高・日本円換算 188,870,000円相当
合計残高 金貨39,114枚
合計残高・日本円換算 195,570,000円相当
※本日の最高到達LEVEL 58。
※訓練用FH-70一門は王国側緊急防衛契約へ切替済み。装備関連費は王国負担。
※砲側警戒へ継続配備された89式5.56mm小銃・5.56mm機関銃MINIMIの公的使用費も王国防衛予算で別途精算。
「六百七十万円……。昨日八百八十万……」
「はい」
「二日で一千五百五十万円」
「計算は合っています」
「ダンジョンでレア拾った俺より、神界の方がレアドロップしてんじゃねえかぁぁぁぁぁ!!」




