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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#19 今さらダンジョンに潜るのかよ(正式名称:基礎戦闘能力向上及び地下迷宮資源回収訓練)

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第69話 大砲に近づかせるな。俺が逃げられない

 迷宮二日目の朝、俺たちは地下へ潜る前に一度だけ地上へ集められた。旧鉱山前には、昨日までなかった長い砲身が一門、朝日に鈍く光っている。


 FH-70 155mmりゅう弾砲だ。


 見慣れた形が異世界の岩山を背負っているだけで、脳が妙な混乱を起こす。俺は反射的に砲の周囲を眺め、次にゼニスを見た。今日は濃緑の軍務監督官風ジャケットに細身のパンツ、艶のある黒髪を高めにまとめ、なぜか胸元だけ妙にきっちり開いている。戦場へ色気を持ち込む意味が一ミリも分からない。


「……おい。俺、頼んでないぞ。それと何だその軍服コスプレ。砲より先にお前が目立ってどうする」

「コスプレではありません。共同訓練の監督業務に適した装いです。……それに、こういう制服姿、少しくらい気になりません?」


 ゼニスが一歩寄って、わざと胸元の襟を直した。俺はそこを一切見ず、FH-70の方へ顔を戻す。


「金、王国持ち?」

「そこ!? 今、私がかなり分かりやすく振ったでしょう!?」

「色気より請求先だ。俺の性欲より財布の防御が優先される程度には借金が重い」

「二億近く借金作った本人が格好つけて言うなぁぁぁぁぁ!!」


 ゼニスは頬を引きつらせながらバインダーを叩いた。


「今回は王国側の要請です。昨日のダンジョン報告を受け、エドガーさんから『長距離火力を運用する際、接近してくる敵へどう役割分担するか確認したい』と申請がありました。訓練用の短時間再構築費はアルヴェリア王国の防衛予算で処理されます」

「……全部?」

「訓練用再構築費については、です。あなた個人の帰還費や神界監督費まで王国へ押しつけないでください」

「ちっ。まあいい。朝日に照らされたFH-70がこんなに美しく見えたの初めてだわ」

「請求先で兵器の美醜を判断しないでください」


 砲の少し後ろには、防護用として89式とMINIMIがまとめられていた。その端に一本だけ、見覚えのある長い銃が混じっている。


「……待て。ハチキュウは分かる。ミニミもまあ分かる。なんでロクヨンまでいんだよ」

「64式7.62mm小銃ですか? 予備装備として適合判定が通りました」

「異世界の鉱山前で、自衛隊の倉庫の奥みたいな気分にさせんな。俺の基準はこっちだ」


 俺は89式の方を軽く持ち上げて戻した。ティアナが二つを見比べる。


「どっちも銃なんでしょ。そんなに違うの?」

「長くなる。今聞くと訓練始まる前に日が暮れる。あと、知ってる装備と慣れてる装備は別だ。そこを『全部同じでしょ』で済ませるとろくなことにならん」

「急にまともね」

「俺は兵器と金の話だけはまともなんだよ」

「生活もまともになってください!」


 エドガーが腕を組んで待っていた。横にはノエルとドーガン。勇者パーティ、三馬鹿、ティアナ、リリアまで揃っており、人数だけなら小さな討伐隊が作れそうだった。


「黒田。昨日、お前たちが迷宮内で複数方向からの敵へ対処したと聞いた。今後、帝国軍との衝突が起きた場合、砲兵だけで近距離の敵まで全て処理するのは無理がある」

「そりゃそうだ。大砲があるからって、目の前まで来た奴へ全部大砲でどうにかしようとするな。火力には火力の仕事があるし、近くを見る奴には近くを見る仕事がある。何でも一個の兵器で解決しようとすると、最後に現場が死ぬ」


 エドガーは頷いた。


「だから今日は、誰が何を見るかだけ確認する。細かな砲術ではなく、周囲との連携だ」

「それならいい。俺も現役時代の細かい手順を講師みたいに教える気はないし、そもそも世界が違う。ただ一個だけ言っとく。敵がここまで近づいた時に、砲の周り全員で『どうするどうする』って相談始めるのはやめろ。俺が逃げられなくなる」


 エドガーが眉を寄せた。


「最後の理由で台無しだな」

「でも大事だぞ。生存性って言葉を難しく言うから忘れる。要するに死にたくない、逃げたい、壊されたくない。それを先に考えとけって話だ」


 アレクシスがルクシオンの柄へ手を置いた。


「前に出る敵は僕とアンディで止めます。ロイドとタンナーが近づく方向を先に見て、シェリアは抜けた相手を遠くから止める。ポーレンとティアナは魔法で隙間を埋める。エルミナは結界と負傷者対応。こんな感じでしょうか」

「いいんじゃねえか。俺よりちゃんと仕事の話してる」

『勇者は日頃から訓練しているからな』

「ルクシオン、今の遠回しに俺刺しただろ」

『遠回しではない』


 エルミナは話を聞きながらも、視線がFH-70から一秒たりとも離れていなかった。


「黒田さん。訓練終了後に、あの後部だけでも構造を確認してよろしいですか?」

「駄目だ」

「触りません。観察だけです」

「お前の『観察だけ』は信用ならん。前にハチキュウ見た時も目が分解図作ってたもん」

「知的好奇心は研究者の生命です」

「俺の借金も生命に関わってんだよ。王国持ちの訓練品に余計な破損判定つけるなよ」


 ティアナがため息をつく。


「エルミナ。諦めなさい。こいつ、金絡むとだけ防御力が異常に高いから」

「惜しいですね……」

「惜しむな!」


 午前中は模擬だった。ロイドとタンナーが複数の侵入経路を見つけ、シェリアとノエルが遠距離の動きを比較し、アンディとアレクシスが前で受ける。シェリアは矢を放つ前に距離と風を見ており、ノエルは魔力反応と地形を重ねている。方法は違うが、二人とも「今どこにいるか」だけでなく「次にどこへ抜けるか」を見始めていた。


「ねえ黒田。あんた、昔からこうやって周りへ『次どこ見るか』を言ってたの?」


 シェリアが弓を下げながら聞く。


「昔からってほど立派じゃねえよ。ただ、大砲の横で全員同じ方向見てても意味ないだろ。正面見てる奴がいるなら、別の奴は横を見る。空見る奴も後ろ見る奴もいる。それだけ」

「単純に言うけど、その『それだけ』を戦闘中に忘れる人、多いよ」

「忘れたら痛い目見るから覚えたんだよ」


 少しだけ声が低くなった。

 シェリアはそれ以上聞かなかった。


 昼前、ロイドが鉱山側の斜面を見て手を挙げた。


「待て。模擬じゃない。タンナー、あそこ見えるか?」

「……岩の陰。三、いや五。動いてます」


 坑道口の奥から、昨日見た【石皮洞狼《ストーンハイド・ウルフ》】より一回り大きな魔物が出てきた。さらに後ろから、甲殻をまとった【迷宮装甲蟲《ダンジョン・アーマービートル》】が二体。その足元を縫うように、小型の洞獣まで数匹が散った。訓練用の旗ではなく、本物の敵だ。


 ゼニスの表示が開く。


【即レベ抑制状態 継続】

【危険判定:中】


「解除するほどではありません。通常対応可能です」

「よし、そのまま。ここで即レベ使ったら訓練の意味なくなるからな」


 アンディが剣を抜く。


「師匠、前は任せてください!」

「お前ら今日は本当に俺より強いからな。言われなくても任せる。というか頼む。年長者を敬え!」

「急に年齢出してきた!」


 魔物が斜面を駆け下りる。アレクシスとアンディが正面で動きを止め、シェリアの矢が横へ抜けようとした一体の進路を塞ぐ。ポーレンとティアナが魔法で地面を崩し、タンナーが岩陰から回ろうとする別個体を先に見つけた。


 大型の隙間を抜ける小型群には、砲側の警備班がMINIMIと89式で対応する。連続した発射音が鉱山壁へ返り、砲へ真っすぐ来ていた群れが左右へ割れた。俺も89式を手に取るが、前へ追わない。ここで守るべきは討伐数じゃなく、FH-70とその周りの人間だ。


「大砲があるからって、敵が砲口の前で礼儀正しく待ってくれるわけじゃねえ。遠いのは遠い奴、近いのは近い奴で止めろ。全部一個の火力へ押しつけんな!」

「師匠、砲兵なのに小銃も使うんですね!」

「元自衛官だぞ俺は! あと砲兵を『大砲しか触らない生き物』みたいに言うな!」


「ロイド、左奥もう一体!」

「見えてる。シェリア、そっちに任せる!」

「了解よ!」


 エルミナの結界が砲の手前へ薄く展開され、そのさらに外側でリリアが両腕を広げた。


「私も止めるよ! 今日こそ『便利な不死嫁』の評価を――」

「リリア、右からきてるって!」

「ちょっと最後まで営業させてぇぇぇ――ぶべえええっ!?」


 甲殻蟲の突進をまともに受け、リリアが地面を無様なあられもない姿で二回転した。だがすぐに起き上がり、後ろから蟲の脚へ闇の鎖を絡ませる。


「死んでても痛いんだからぁぁぁぁぁ!! でも止めたよぉぉぉぉ!!」

「偉いぞ肉壁さん!」

「せめて名前で褒めてよぉぉぉぉぉ!!」


 数分後、最後の魔物が倒れた。FH-70は一度も撃っていない。そこにいた全員が、それぞれ自分の役割をやった結果だった。


 俺の表示がゆっくり変わる。


【LEVEL 7】

【LEVEL 8】

【LEVEL 9】


「……おお、一気に三つ上がったぞ!」


 ティアナが笑う。


「ね。普通にやれば上がるでしょう?」

「分かった。普通の努力が存在することは認める。ただし、これを毎日やるとは言ってない」

「そこまで来てまだ逃げるの!? あんたほんといい根性してるわ......」


 訓練終了後、俺はFH-70へ一度だけ手を触れた。昔と同じ鉄の冷たさはしなかった。神術で再構築されたものだから当然なのかもしれない。それでも、砲の周りをアレクシスたちが歩き、アンディが装備を片づけ、シェリアとノエルがさっきの動きを話している光景には妙な感じがした。


(昔と同じじゃない。だから、まあ……こ(・)れ(・)は(・)こ(・)れ(・)で(・)い(・)い(・)のか)


「黒 田 さ ん♡」


 エルミナが工具らしきものを手に近づいていた。


「おい何持ってんだてめぇぇぇぇぇぇ!!」

「観察補助器具です!」

「どう見ても分解用だろ! 一歩たりとして火砲に近づくなぁぁぁぁ!!」


【神界・追加ご請求】


 ・訓練指定即レベ抑制継続費      金貨15枚

 ・現地戦闘監視費           金貨20枚

 ・王国軍共同訓練神性秘匿費      金貨30枚

 ・戦闘後現代側短時間帰還費      金貨20枚

 ─────────────────

 今回加算               金貨85枚

 今回加算・日本円換算         425,000円相当

 前回繰越残高             金貨35,929枚

 前回繰越残高・日本円換算       179,645,000円相当

 合計残高               金貨36,014枚

 合計残高・日本円換算         180,070,000円相当


 ※訓練用FH-70一門の再構築・使用関連費はアルヴェリア王国防衛予算で別途精算。

 ※砲側防護用89式5.56mm小銃・5.56mm機関銃MINIMI・予備64式7.62mm小銃の公的再構築/使用費も同予算で別途精算。黒田陸個人債務への加算なし。

 ※黒田陸は通常成長によりLEVEL 9へ到達。


「王国の請求書っていいな。見てるだけで心が落ち着く。人の金で大砲が動くって、こんなに心が豊かになるんだな」


 俺が鼻をほじりながら満足していると、ゼニスが一枚だけ別の紙を俺の目の前へ差し込んだ。


「あなたの分も四十二万五千円あります」

「……お前さあ、幸せそうな人間へ現実ぶつける仕事してて楽しい?」

「その現実を作ったのはあなたです!」

「人が国費の温かさに包まれてる時くらい黙れよ、この冷血請求書女神!」

「鼻ほじりながら税金に感動する男に言われたくないわぁぁぁぁぁぁ!!」

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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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