第68話 即レベ切ったら俺ただのおっさんじゃねえか
旧鉱山迷宮の入口は、国境野営地から徒歩で半日ほどの山裾にあった。崩れかけた石造りの坑道口から冷たい風が流れ出し、外の乾いた土臭さとは違う、湿った岩と鉄錆のような匂いが鼻につく。周囲には王国兵が簡易の警戒線を張っているが、中へ入るのは俺たち冒険者組だけだ。
【|即日レベルアップシステム《インスタント・レベリング》 訓練指定一時停止】
【黒田陸 LEVEL 4】
表示を見てから、俺は自分の腰を叩いた。
「……もう帰っていい?」
「入口でそれ言います?」
アレクシスが呆れた顔をする。
「いや、冷静に考えろ。勇者、シーフ、弓兵、賢者、聖剣、天才魔術師、レベル30台の弟子三人、不死魔導師。ここにレベル4の三十二歳を入れる必要あるか? 俺だけ完全に引率の保護者枠だろ。しかも一番体力ない」
「だから!鍛えるために来たんでしょうが」
ティアナが先頭へ俺を押し出してくる。
「押すな押すな。落ちたら労災請求するぞ」
「無職に労災あるの?」
「そこを制度で殺しにくるなよお前......」
迷宮へ入って十分もしないうちに、俺は自分がどれだけ即レベへ甘えていたか思い知らされた。最初に出たのは狼に似た四足獣、【石皮洞狼】が三体。俺が構えるより先に、アンディが一体の突進を受け流し、シェリアの矢が別個体の進路を止め、アレクシスが最後の一体をルクシオンで一閃する。
『勇者、右だ』
「お任せ下さい!」
シャキィン!
白銀の軌跡が暗い坑道を切り、魔物は岩壁へ崩れた。戦闘時間は短い。俺は一歩も前へ出ていない。
「……ねえ、俺いらなくない?」
ロイドが死骸を確認しながら笑う。
「少なくとも今のところはな。荷物持ちでもやる?」
「レベル4に荷物持たせんな。腰やったら訴えるぞ!」
シェリアが弓を肩へ戻し、俺を振り返った。
「黒田って、前に会った時はもっと変な動きしてなかった? もっとこう、突然ありえない速度で走ってさ」
「今日は有料ブースト切ってる。つまり素の俺だ」
「素、弱っ」
「二十一歳が三十二歳に言っていい言葉じゃねえぞ」
「戦場で年功序列持ち出さないでよ」
さらに進むと、分岐の先でタンナーが足を止めた。岩粉の上へ薄い擦れ跡が残り、右側だけ湿った泥が不自然に剥がれている。
「右、何か通ってます。新しいです」
ロイドがしゃがみ込み、跡を指でなぞる。
「よく見てる。ただ、一つ混ざってる。こっちの小さい跡は古い。新しい大型は左へ入って途中で戻ってるな。たぶん何か嫌うものがある」
タンナーは素直に頷いた。
「なるほど。足跡の深さだけ見てました」
「それで十分だ。最初から全部見える奴なんかいない。分からない時は分からないって止まれる方が大事」
俺は思わずロイドを見る。
「お前、ちゃんと先輩してんじゃん」
「俺を何だと思ってる?」
「宝箱見つけるとIQ下がる金好き」
「だいたい合ってるけど言い方腹立つな!」
その直後、リリアが横の石板を踏んだ。
カチッ。
全員が止まる。
「……今の何?」
「リリア、足動かすなよ」
ロイドの声が低くなる。
「え、罠?」
「たぶんな」
俺は一歩下がった。
「じゃあそのまま頼むわ」
「陸ぅぅぅ!? 助ける方向の声じゃなかったよね!?」
「下手に全員で解除して失敗するより、お前一人で受けた方が被害少ないだろ。合理的に考えろバカかお前は」
「私だけ犠牲へ入れるなぁぁぁぁ!!」
ロイドが罠を確認し、幸い飛び出したのは天井から落ちる小石と粘着性の網だけだった。リリアは網に絡まって床へ転がりいろいろ大事なところが見え隠れしたため、しばらく「死者にも尊厳はあるのよ!汚されたわ!」と抗議したが、誰も死んでいないので俺は勝利判定にした。
昼過ぎ、中層へ入ったところで敵の数が増えた。即レベは動かない。アンディたち三人が前へ出るたび、俺は後ろから地形と敵の向きを見る。正面の一体を倒しても、さらに奥の曲がり角から二体来る。真正面の強さより、どこから増えるかを先に見た方が楽だ。
「アン、前の奴追うな。右の壁際空けろ。ポン、曲がり角の床だけ滑らせろ。タン、奥の音聞け」
「了解!」
ポーレンの魔法で床が濡れ、追いかけてきた魔物の足が乱れる。アンディがそこで初めて振り返り、タンナーが奥から来る別個体を先に知らせた。派手ではないが、三人の動きが明らかに前より噛み合っている。
アレクシスが俺の横で小さく笑った。
「黒田さん、レベル4でもやること変わらないんですね」
「強くないから見るんだよ。殴り合って勝てるなら、俺だって何も考えず殴って終わらせたい。考えるのだって労働だからな」
『貴様は結論だけ必ず怠惰へ戻すのだな』
「ルクシオン、褒めるなら最後まで褒めろや」
『一言も褒めていないぞ』
夕方近く、俺の表示がようやく変わった。
【LEVEL 5】
「……上がった」
ティアナが覗き込む。
「普通に戦闘経験積めば上がるのよ。ほら、感動しなさい! お・じ・さ・ん」
「遅すぎるだろ! 半日潜って一個だぞ! 即レベなら今頃二十か三十行ってる!」
「これが普通なの!いやむしろ勇者パーティと私たちの引率で速いくらいよ!!」
「普通って効率悪いんだな……」
「人類全体へ喧嘩売るな!」
野営のため入口近くまで戻り、俺は休憩を口実に現代へ一度帰った。四畳半へ戻ると足が普通に重く、即レベで身体能力が跳ねている時には気づかなかった筋肉の張りまで主張してくる。冷蔵庫から水を一本だけ取り出すと、そのまま万年床へ横倒しになり、片肘で頭を支えて脚をだらしなく伸ばした。完全にいつもの涅槃図スタイルである。
金色の光が差し、ゼニスが今度は白いヘルメットに作業用ベストという洞窟安全管理員そのものの格好で現れた。
「……あなた、さっきまで『普通に鍛える』って少しだけ前向きな顔してませんでした?」
「してない。あれは酸欠だ。俺は今、筋肉痛という公務災害から心身を回復させてる。見ろ、この安静姿勢。仏教美術的にも満点だろ」
「涅槃をただのだらしない寝姿へ落とすな! しかも迷宮に戻るんですよ、起きてください!」
「無理。俺の太ももが本日の業務終了を宣言した」
ぶっ。
自分でも驚くほど気の抜けた音が布団の上で鳴った。ゼニスの顔が止まり、俺は何事もなかったように水を飲む。
「……今、屁こきましたよね?また」
「生体反応。レベル4でも5でも腸は元気ってことだな。朗報じゃん」
「私を生命監視装置みたいに納得させるなぁぁぁぁぁぁ!! くせぇんだよ!! 窓開けろぉぉぉぉ!!」
(……これ毎日やれば、基礎は上がるんだろうなあ)
そこまでは理解できる。だが身体を起こして明日も同じことをする自分を想像した瞬間、答えはもう出ていた。
(毎日は嫌だわ)
理解と実行は別問題だった。
【神界・追加ご請求】
・現代側短時間帰還処理費 金貨20枚
・即レベ抑制継続監督費 金貨15枚
・地下迷宮生命監視費 金貨10枚
─────────────────
今回加算 金貨45枚
今回加算・日本円換算 225,000円相当
前回繰越残高 金貨35,884枚
前回繰越残高・日本円換算 179,420,000円相当
合計残高 金貨35,929枚
合計残高・日本円換算 179,645,000円相当
※通常成長に神界追加課金はありません。
※黒田陸は本日LEVEL 4→5へ通常成長しました。
「二十二万五千円払って、一レベル上がった。これジムだったらトレーナーに殴り込み行く金額だぞ」
「帰還費と監督費です! レベル購入費ではありませんし、通常成長そのものには課金していません!」
「じゃあ俺が勝手に育った横で、お前が二十二万五千円取っただけ?」
「言い方ぁぁぁぁぁぁ!! 安全監視したでしょうが!」
「頼んでない安全が一番高えんだよ」
「昨日、自分から緊急解除を付けろって――ああもう、この男ぉぉぉぉぉ!!」




