第67話 戦争前にダンジョン潜る奴いる?
前夜、東の空が白く光り、遅れて腹へ響く低い轟音まで届いた時点では、俺も「いよいよ来たか」と覚悟した。ところが、その後は何も飛んでこなかった。ノエルの観測でも大規模な魔力集積は断続的に続いているが、直接攻撃はなく、ヴァルディス側も部隊を動かしながら何かを待っているらしい。
翌朝。国境野営地の会議用天幕で、俺はその報告を聞いて一つだけ結論を出した。
「じゃあ今日は休みだな。敵も撃ってこない、王国側も撃たない、俺も撃たない。三者合意で休戦成立だ。はい、お疲れさん。昼まで寝るわー」
「誰も合意してません!!」
ゼニスが冷たく切った。今日は洞窟探索の監督官を気取ったらしく、白いシャツの上へ身体の線に妙に沿う革ベスト、膝丈のブーツ、腰には用途不明の小袋までぶら下げている。手元だけはいつもの金縁バインダーなので、冒険者というより請求書を配りに来たコスプレ受付嬢にしか見えなかった。
「……お前、朝っぱらから何だその格好。今度は洞窟コンパニオンか? 胸張っても報酬は増えねえぞ」
「誰がコンパニオンですか! 今回の業務に合わせた探索監督用装備です。それに……たまには少しくらい『似合っている』とかないんです?」
ゼニスがわざとらしく髪を払ってこちらを見る。俺は鼻をほじりながら腰の小袋だけを眺めた。
「そのポーチ、煙草二箱くらい入りそうで便利そうだわ」
「見るところそこぉぉぉぉぉ!? ちょっとくらい女として見なさいよこのヤニカス無職ぅぅぅぅ!!」
「朝から神様に色気で契約取られたら消費者庁案件だろ。ほら、仕事の話しろ」
「誘惑すらクレーム処理される私の立場ぁぁぁぁぁぁ!!」
ゼニスは顔を真っ赤にしてバインダーを開いた。
「黒田さん! むしろ今のうちに準備します! 昨夜までの戦闘記録と現在値を確認してください!」
目の前に神界表示が開く。
【黒田陸 現在LEVEL 4】
「……昨日まで俺、結構強かったよな?」
「強かったです。ただし、その後は炊き出し、入浴拒否、パチンコ、パチスロ、競馬未遂、酒、睡眠です。継続鍛錬に該当する項目が一つもありません」
「風呂は拒否しただけで悪事みたいに並べるな。むしろコンプラを守った善行だぞ」
「善行で筋力は上がりません!」
その横でアンディが遠慮がちに手を挙げた。ポーレンとタンナーも妙に背筋を伸ばしている。
「師匠。俺、今朝の確認でレベル32でした!」
「僕は30です。昨日少し上がりました!」
「僕も31です!」
三人とも俺より七倍以上高い。
俺は一度表示を閉じ、もう一度開いた。数字は変わらなかった。
「ゼニスさぁ、これ故障だろ。弟子が師匠を追い越すにしたって、普通はもっと時間とか積み重ねとか、段階踏むだろ?」
「あなたが訓練しないだけです。三人は毎朝走って、剣、魔法、索敵を続けていますから!」
ティアナが腕を組み、いかにも待ってましたという顔で追撃する。
「だーかーらー、ずっと言ってるでしょ。あんたの【即応】は非常時に強いだけ。平時の土台を上げないと、戦闘が始まるたび毎回ゼロに近いところから金燃やして登ることになるのよ。しかも魔法技術は相変わらず底辺。ここまで分かりやすい教材になってる本人が、なんで一番理解してないのよ?」
「理解はしてる。理解したうえで、継続という単語が嫌いなんだよ。毎日やるって、毎日働くってことだぞ。俺はそこに思想的な抵抗がある!」
「怠惰を思想に昇華するなあああっ!」
そこへ天幕の入口から声がした。
「だったら、ちょうどいい話があるぞ。毎日じゃなくて、二日か三日で済むやつがな」
黒髪の細身の男がひょいと顔を出し、その後ろから長身の褐色肌の弓兵、青黒い長髪の眼鏡女が続く。さらに白銀鎧のアレクシスが、少し申し訳なさそうな顔で入ってきた。
「黒田さん。紹介は……要りませんよね。東側の護送任務に出ていたロイド、シェリア、エルミナも戻りました」
「久しぶり。で、報酬はいくら?」
ロイド・クロウは挨拶より先にそれを言った。
俺は立ち上がって握手した。
「やっぱお前とは話が合うわあ」
「再会の第一声が報酬確認で意気投合しないでください!」
アレクシスが頭を抱える。腰の聖剣ルクシオンまで低い声を響かせた。
『勇者よ。諦めろ。この二人は金銭の匂いを嗅ぐと同じ方向を見る』
「聖剣にまで生態把握されてんぞ、ロイド」
「お前もだろ!」
シェリアが肩をすくめた。
「相変わらずだね、黒田。こっちは帝国側へ近づく街道の護衛で走り回ってたのに、本人はレベル4で酒臭いってどういうこと?」
「役割分担だ。お前らが鍛える。俺が休む。組織ってのは全員が同じことしても効率悪いからな」
「その理屈、自分だけ楽な部署へ固定されてない?」
「適性を尊重してるんだ俺は」
エルミナだけは俺のレベルなど興味がないらしく、机に置かれた地図へ顔を寄せた。
「それより、この付近に旧鉱山迷宮があるそうですね。王国軍の古い記録では地下魔力が比較的安定していて、鉱石型魔物と晶核系の魔物が多い。訓練にも資源回収にも向いているのでは?」
「話が早いな」
ロイドが地図の一点を指で叩いた。
「俺が聞いた話だと、中層以降で【蒼晶魔核】が出る。普通品でも高いが、純度の高い奴なら一個でかなりする。ついでに罠と索敵の訓練にもなるぜ」
「ねえねえ……かなりって、どのくらい?」
ティアナが俺を見る。
「アンタ今、目の色変わったわよ」
「訓練そのものには興味ない。でもレアドロップは別だ。金になる訓練なら労働じゃなくて投資と言える!」
「言えないわよ!」
俺はゼニスへ向き直った。
「ただし条件がある。今回【即応】と即レベを止めろ。あれ動いてたら、俺が普通に鍛えて上がったのか、金払って上がったのか分からん。基礎値を見たいんだろ?」
ゼニスが少し考え、バインダーを開く。
「契約上、【|即日レベルアップシステム《インスタント・レベリング》】の戦闘時急速成長支援を、訓練指定区域内に限って一時停止することは可能です。【即応】の危険感知まで完全消去はできませんが、急速成長判定を抑制します」
「よし。それで行こう。あと無料な」
「停止監督費がかかります」
「はぁ!?止めるだけでも金取るの!?」
「あなたの契約状態を監視しながら非常時だけ解除可能にするので、むしろ手間が増えます」
「電源切るだけだろ! コンセント抜いとけよ!」
「人間の因果機能を家電扱いするなぁぁぁぁぁぁ!!」
リリアがそこで勢いよく手を挙げた。
「はいはーい! 私もダンジョン向いてるよ! 寝なくていい、毒だいたい効かない、罠踏んでも死なない、暗いところ平気、死霊も呼べる。こう考えると、お嫁さん性能だけじゃなく冒険者性能も高すぎない?あ、でも浄化魔法とかだけはNGでーっす!!」
「罠踏んでも死なない、のところ採用!!」
「そこだけえ!?」
「ロイド。解除面倒な罠あったらリリアに聞け」
「おいおい、それシーフの職能を不死者で踏み倒す気か」
「言葉悪いぞ。効率化と言え」
「私を業務改善ツールにするなぁぁぁぁぁ!!」
結局、出発は一時間後に決まった。俺は準備時間を利用して一度現代へ戻り、冷蔵庫から水とコンビニおにぎりを掴む。煙草も一本だけ吸った。競馬新聞が目に入ったが、今はレアドロップの方が期待値が高そうなので閉じる。
(ダンジョンで一発当てて借金減らす。ギャンブルより健全じゃねえか)
自分で考えておいて、普段ソシャゲでもレアガチャが全く引けない俺は、少しだけ嫌な予感がした。
【神界・追加ご請求】
・現代側短時間帰還処理費 金貨20枚
・訓練指定即レベ抑制設定費 金貨20枚
・緊急解除監視設定費 金貨15枚
・地下迷宮因果監督費 金貨20枚
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今回加算 金貨75枚
今回加算・日本円換算 375,000円相当
前回繰越残高 金貨35,809枚
前回繰越残高・日本円換算 179,045,000円相当
合計残高 金貨35,884枚
合計残高・日本円換算 179,420,000円相当
※訓練指定区域内では即レベ急速成長を抑制します。
※生命危機判定時はゼニス権限で緊急解除可能です。
「三十七万五千円払って弱くなる設定入れたの? 俺、自分からデバフ買ったの?」
「正確には、急速成長を止めて通常成長を確認するための監督設定です。あなたが『即レベ切れ』って自分で頼んだでしょう!」
「いや、止めろとは言った。でも止めるだけで金取るとは聞いてねえ。スイッチをOFFにするだけだろ。むしろ電気代浮く側じゃねえの?」
「神界機能を家電の待機電力で語るなぁぁぁぁぁぁ!! 監視も緊急解除も因果管理も全部動いてるんですよぉぉぉぉ!!」
「じゃあ監視だけ寝かせろ。俺も寝るから全員休める。優しい世界だ」
「ダンジョン行くって決まった直後に全員を休業させるなぁぁぁぁぁぁぁ!!」




