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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#18 野外風呂くらい平和に入らせろ(正式名称:国境避難民給食・衛生支援及び野営拠点整備任務)

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第66話 競馬場行く前に戦争始めんな

 翌朝、風呂と炊き出しで少しだけ空気の良くなった野営地へ、東側から斥候が戻ってきた。先頭はタンナー、その少し後ろをリリアが飛行魔法でゆっくり降りてくる。昨日までなら「大砲で帰ってくれば速いぞ」と言うところだが、本人の視線が怖かったので黙っておいた。


「師匠、東へ二日ほど進んだ街道沿いで帝国軍の移動を確認しました。小規模な警戒隊ではありません。補給車列、魔導兵、砲兵らしき部隊も含まれています」


 タンナーが地図へ複数の印を付ける。リリアもいつもの軽い調子を少し抑えた。


「死霊の方でも似た情報が拾えたよ。国境近くで死んだ旅人が、東から兵士と大きな魔導具がどんどん来るのを見てる。ただね、変なのよ。『戦争が始まる』って怖がってる記憶はあるのに、兵士たち自身も何か急かされてる感じがする」

「命令が急だったってことか?」

「たぶん。はっきりした言葉までは残ってない」


 ノエルが地図を覗き込み、エドガーが顎へ手を当てる。


「昨日までの飛行魔獣、長距離砲撃。それに帝国軍の動員が同じ時期に重なったな」

「重なったからって全部同じ奴の仕業とは限らん。そこは分けて考えろ」


 俺はそう言いながらも、胃の辺りが重くなるのを感じていた。嫌な材料だけが順番に揃っていく。こういう時は大抵、最後に「では黒田殿にも前線へ」と続く。


 案の定、王都からの伝令が到着した。


「王太子ユリウス殿下より、国境警戒体制を第二段階へ移行。勇者アレクシス殿には前線救援部隊への合流要請。エドガー殿以下、魔導砲兵部隊は配置準備。黒田陸殿には――」

「ねえ、俺の名前が出る前に帰っていい?」

「最後まで聞いてください!」

「聞いたら成立する契約とかあるだろ。俺は知ってる。世の中にはクーリングオフできない罠がいっぱいあるんだ」


 アレクシスが苦笑しながら前へ出た。


「黒田さん、僕は行きます。ただ、今回は命令だけで突っ込むつもりはありません。目的、救援対象、撤退条件、指揮系統を確認してから動きます」


 俺は思わず目を細めた。


「……お前、本当に育ったな。ちょっと前なら『僕、勇者ですから!』で走ってっただろ」

「誰かさんから、全部一人で背負うなって散々言われましたからね」

『そして報酬額も確認するようになった』

「ルクシオン、その話は今いいでしょうが!」

「いや大事だ。危険手当は聞いとけ。あと食費別な」

『黒田は黙れい!!』


 アンディが拳を握る。


「師匠! 俺たちも行きます。訓練の成果を見せる時です!」

「お前ら三人、レベルで俺超えたんだから俺の出番なくない? 勇者、聖剣、Lv30台の弟子三人、王国砲兵、天才魔術師、不死魔導師、古竜二匹。これだけ揃って無職一人追加する意味あるかね?」


 ティアナが腕を組む。


「その中で一番、戦場全体見て逃げ道と砲撃の話できるの誰よ?」

「エドガーじゃん」

「異世界側の常識外の相手が出た時は?」

「アレクシスって勇者だよね」

「現代兵器や神術絡んだら?」

「ゼニス」

「全部人へ押しつける気!?」

「適材適所って昨日から言ってるだろ!」


 ゼニスがため息をついた。今日はもう戦時事務官のような黒い制服で、金縁のバインダーを抱えている。


「黒田さん。あなたへは前線突撃を求めていません。現地の観測、情報整理、必要時の支援判断です」

「その『必要時』が毎回一千万円級なんだよ。俺にとって敵より怖い単語になってんだわ」

「だから今回は、勝手に現代装備を増やさず、まず既存戦力で動きます。ただ、王国防衛名義で既に登録済みの89式やMINIMI、それから比較訓練用のFH-70については、必要時に公費へ切り替えられるよう申請だけ進めています」

「そこ大事。俺の名前で申請すんなよ。国家防衛を三十二歳無職のリボ払いにするな」

「最初から王国名義です!」

「よし分かった。話は全部聞いた。では俺は一度現代へ戻って心を整える」

「どこへ行く気です?」

「競馬場だ」

「そこは心を整える場所ではないでしょうが!」

「昨日パチンコとスロットで負けたから、競馬で取り返せば収支は戻る。損失の分散だ!」

「それを世間では傷口を広げると言います!」


 俺はすでに現代帰還の光へ半身を突っ込んでいた。


「いいかゼニス。よく聞け。昨日の負けを昨日のままにすると『損失』だ。でも今日勝てば『途中経過』になる。会計は締め日が大事なんだよ」

「金融用語っぽく言えば正しく聞こえると思うなぁぁぁぁぁぁ!!」


 なんだかんだ現代へ戻る。時計を見る。競馬場へ向かうにはぎりぎり間に合う。俺はジャージの上着を引っかけ、財布を確認し、玄関へ向かった。


 そこでスマートフォンが鳴った。風間からだった。


『お前、昨日聞いてきた飛ぶやつの話、マジで創作だよな?』

「うわ、めんどくせ……既読つけない方がいいな」


 画面を伏せ、靴を履く。


 もう一度光った。

 今度はひなたからのメッセージだった。


『陸さん、最近また連絡遅いですけど大丈夫ですか。秋葉曹長も気にしてました。ちゃんと食べてます?』


 少しだけ指が止まる。


(ちゃんと食ってるって。むしろ異世界で白飯炊いてる。言えるわけねえけどさ)


『生きてる』


 それだけ返して玄関を開けた。

 次の瞬間、目の前にゼニスが立っていた。


「早かったな。まだ馬券買ってないぞ」

「戻りますよ」

「いや待て。せめて一レースだけ。ここまで靴履いた。準備費用が発生してるんだ」

「異世界側で追加報告です。帝国軍前方で大規模魔力反応。長距離砲撃準備の可能性があります」


 ふざけた言葉が喉で止まった。


「場所はどこだ――?」

「ノエルが確認中です」

「戻すなら、早くしろ」


 ゼニスが一瞬だけ目を細め、そのまま転送を開始した。


 異世界へ戻ると、野営地の空気は変わっていた。ノエルが東を見たまま魔導具を握り、エドガーは砲兵へ移動準備を命じている。アレクシスはすでにルクシオンを背負い直し、三馬鹿も装備を整えていた。


「師匠、競馬はどうしたんです?」


 アンディが聞く。


「中止だ。戦争の方が先に発走しやがったわ」

「発走って言い方やめてくださいよ」


 タンナーが真顔で返した。

 リリアが俺の横へ来る。


「陸。東から嫌な感じするよ。死者が増える前の空気っていうか……うまく言えないけど」

「縁起でもねえ。でも覚えとくわ」


 遠く、東の空が一度だけ白く光った。

 音はまだ来ない。

 俺は反射的に時間を数えかけ、途中でやめた。距離を断定する材料が足りない。


「エドガー。全員、今日から『撃たれたら撃ち返す』は禁止だ。誰が撃ったか分かるまで、勝手に戦争始めんなよ」

「承知した」

「アレクシス。前へ出るなら人を守る方優先。敵軍見えたからって一人で突っ込むな」

「分かっています」

「三馬鹿はタンナーの言うこと聞け。アンは走りすぎるな。ポンは俺の失敗を高等戦術扱いするな」

「さ、三バカ!?今言います!?」

「今だから言うんだよ」


 少し遅れて、腹へ響くような低い音が届いた。


 ドォォォン……。


 誰も笑わなかった。


「……来るぞ」


【神界・追加ご請求】


 ・現代側私的帰還処理費        金貨20枚

 ・緊急再召喚処理費          金貨20枚

 ・国境戦時情報照合費         金貨15枚

 ─────────────────

 今回加算               金貨55枚

 今回加算・日本円換算         275,000円相当

 前回繰越残高             金貨35,754枚

 前回繰越残高・日本円換算       178,770,000円相当

 合計残高               金貨35,809枚

 合計残高・日本円換算         179,045,000円相当


 ※競馬投票は未実施。

 ※ヴァルディス魔導帝国軍の長距離攻撃主体は現時点で未確定。


「……二十七万五千円」

「はい」

「馬券一枚も買ってないのに?」

「帰還と再召喚はしましたので」

「今日の俺、ギャンブル負けてないのに金だけ減ってんじゃねえか」

「そこを基準に生きるのやめてください」


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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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