第6話 レベル4の元自衛官、「口だけのおっさん」扱いされる
ゲインの装備ローンを組んだ翌日。
王都南区の冒険者ギルドは、昼前から酒と汗と革の匂いで満ちていた。
依頼掲示板の前には十数人の冒険者が集まり、受付では報酬袋の重さを確かめる音がする。俺はその喧騒の端で、新しい荷重分散フレーム付きの背嚢を椅子代わりにして座っていた。
「黒田。床へ荷物を広げるな。受付前の通路を、お前一人の補給集積所にするつもりか」
「広げてねえよ。昨日、専門家の指導を受けて整理したばかりだ。見ろ、この固定。ロープは外側、ランタンは側面、ポーチは用途別。昨日より三割ぐらい文明人になった」
「借金も増えたと聞いたぞ」
「誰だよ。なんで俺の負債だけ共有速度が異常なんだ」
「ミャオが朝一番で来た。“金貨30枚以下の依頼だと陸の取り分が消えるので、安い仕事を選ばせないでほしい”とな」
「債権者がギルドへ業務連絡入れてるじゃねえか! 俺の労働選択の自由はどこいってんだよ!?」
低い声で言ったのは、このギルドの責任者ガロンだ。初老の元冒険者で、白髪混じりの髭と、現役時代の傷が残る太い腕を持つ。
ガロンは俺の抗議を無視し、依頼票を一枚ずつめくった。
「で、今日は何がいい。昨日までのお前なら“歩かない、戦わない、報告書なし”と言うところだろうが」
「人間は成長する。今日は金貨31枚以上。できれば40枚。歩行二時間以内、戦闘なし、報告書なし、昼飯付き、できれば昼寝も頼む」
「条件の先頭に金額が追加されただけだな」
「借金は人を成長させるんだよ。俺はいま、労働者として一段上へ行こうとしてるところだ」
「装備ローンを返すためにな」
「理由を限定するな。借金が原因でも成長は成長だ。そこまで値引きすんな」
ガロンが依頼票を一枚、俺の額へ押しつける。
王都東側の旧採石場。その周辺で荷馬車を襲う魔物が増えているらしい。討伐というほど大袈裟ではないが、放置すれば街道が止まる。報酬は金貨30枚。
「30枚じゃねえか。却下」
「昨日までなら飛びついていた額だぞ」
「昨日の俺にはローンがなかった。今の俺が受けると、ゲイン12、ミャオ最大18、俺0。働いて手取り0は労働じゃない。刑罰だ」
「ミャオへのツケはお前が食って寝て増やしたものだ。ゲインへの12枚もお前が署名した」
「俺も悪い。そこは認める。だが、金貨30枚という絶妙に俺の取り分が0になる報酬設定にも悪意を感じる。あと契約書を用意したゲイン。止め切れなかったミャオ。昨日の俺。全員で責任を分担しようじゃないか。それで世界平和が訪れる」
「責任分散の中に本人が一人しかいないぞ」
「公平だろ」
ガロンは目頭を押さえた。
「報酬を上げる条件はある。最近の旧採石場周辺は報告が食い違っている。小型の獣型魔物しか見ていない者もいれば、荷馬車をひっくり返す大型個体を見た者もいる。別のパーティと合同で調査し、群れの規模まで確認できれば追加10枚。最大40枚だ」
「よし。急に仕事への興味が湧いてきたわ」
「ある意味分かりやすいな、お前」
ガロンは受付脇の測定板を顎で示した。
「その前に登録値を更新しておけ。前回の記録から日が空いている。お前は数値の落ち方が妙だからな」
「昨日、装備背負って王都往復したぞ。あれで鍛錬扱いにならねえの?」
「買い物を訓練実績に入れるな。いいから手を置け」
渋々、黒い石板へ掌を乗せる。薄い光が指の間を走り、表面へ数字が浮いた。
【LEVEL:4】
「げげ......また下がってんじゃん。俺のレベル、賞味期限短すぎだろ。せめて一週間ぐらい品質保証しろよ」
その瞬間、測定板の横に金色の光が広がった。
「あーあ、来ると思った。こういう数字が出ると絶対来ると思った」
現れたゼニスは、濃紺のトラックジャケットに細身のパンツ、首には金色のホイッスル。片手には金縁の測定用タブレットを持ち、どう見ても体力測定の鬼教官だった。頭上の光輪さえなければ、朝から走らされそうな格好である。
「黒田さん。戦力査定に異常値を検出しました。前回戦闘時の最高到達値と比較して、見事なまでに落ちています」
「そんなに褒めなくてもいいぜ。照れるだろが」
「褒めていません。【即日レベルアップシステム・通称“即レベ”】の事前起動も可能です。旧採石場へ向かわれるのでしたら、安全のため推奨します」
「有料?」
「当然です」
「じゃあ却下」
「即答ですね」
「金払ってレベル上げて、その高いレベルを見たギルドから危険な仕事を回されたら二重損だろ。低評価なら仕事も軽い。俺は今の4を大事に育てたい」
「育てた結果ではなく、放置した結果です」
ゼニスはタブレットを一度操作し、俺の顔を見た。
「それと黒田さん。わざと“弱い人”として扱われる方が楽だと思っていますね?」
「さーてね、何のことやら」
「評価が低ければ期待されない。期待されなければ責任も増えない。非常にあなたらしい逃げ方です」
「査定官が性格まで査定すんな。追加料金取りそうで嫌だ」
「今回は無料で言って差し上げます。必要になった時だけ即レベへ課金して泣くのは、未来の黒田さんですから」
「未来の俺に任せる。今日の俺は金がない」
ゼニスは深いため息をつき、金色の光と一緒に消えた。
「相変わらず妙な女神だな」
「取り立て担当だからな。レベルより財布を見てる」
正論めいた何かをガロンに言われた気がしたので、聞かなかったことにした。
俺が依頼票を裏返し、追加10枚を確実に取る条件を読んでいると、背後から若い男の笑い声が聞こえた。
「なんだ、その荷物。討伐に行くのか、引っ越しでもするのか?」
振り返ると、二十歳そこそこの若い冒険者が三人の仲間を連れて立っていた。先頭の男は赤茶の髪を短く切り、胸当てには使い込まれた傷が走っている。腰の長剣には手入れが行き届いていて、少なくとも道具を雑に扱う奴ではなさそうだった。
「そいつはジークフリードだ。最近、昇級が早い若手だな」
ガロンが紹介すると、本人は軽く顎を上げ、俺の背嚢を上から下まで眺めた。
「黒田ってのはあんたか。噂は聞いてる。でかい竜をどうにかしたって話もあるけど、実際は餌を投げただけなんだろ?」
「餌じゃねえ。戦闘糧食だ。あと結果だけ見れば討伐より平和的に解決してる。俺は平和主義者なんでね」
「へえ。口は回るんだな。じゃあ実際、戦えるのか? そこまで荷物を持つ理由も実力で見せられるのか」
「いやあ、できれば戦いたくない。今日は追加報酬10枚のために現地へ行くだけだ。戦わず確認して40枚なら、それが一番いい」
「金の話しかしてないな。戦えないから逃げ道を用意してるように見えるぞ」
周りの若い冒険者が小さく笑う。
俺は別に腹も立たなかった。評価が低いのは楽だ。期待されない。難しい仕事が回ってこない。失敗しても“まああいつだし”で済む。
「そうそう。戦えない。弱い。役立たず。重い荷物を背負って歩くだけの男。よし、その認識で今後もよろしくねー」
「そこまで自分から評価を下げる奴、初めて見たぞ......普通は一つぐらい見栄を張るだろ」
「褒められて仕事増えるより百倍いいからな。昇級、名声、責任、全部いらん。報酬だけくれ」
ジークフリードの口元から笑いが消えた。
「そういうの、俺は嫌いだな。冒険者なら強くなりたいと思うだろ。仲間を守れるように鍛えて、もっと上を目指す。それが普通じゃないのか」
「知らねえよ。お前の普通を俺に配給すんな。強くなったら強い奴向けの仕事が来る。危ない。疲れる。装備が減る。治療費がかかる。責任まで増える。だったら食って寝られる程度を稼いで、あとは鼻くそほじってる方が合理的だろが」
「......竜の件が本当なら、あんた、もっと上へ行けるんじゃないのか?」
「行けたとしても行く義務はねえ。期待すんな。俺は期待された瞬間に帰りたくなる」
ジークフリードは眉間へ皺を寄せる。
「じゃあ、その荷物はなんなんだ。弱いなら身軽に逃げた方がいいだろ」
「逃げるために持ってんだよ。縄があれば下りられる。水があれば一日延びる。火が起こせれば夜を越せる。薬があれば歩ける。刃物が一本折れても次がある。逃げるってのは足が速いだけじゃ成立しねえ。生きて帰るまでが逃走だ」
「理屈は分かった。でも、それで本当に背負えなくなったらどうする。予備ごと動けなくなるぞ」
「邪魔になったら捨てる。持つ意味がなくなった時点で、装備は装備じゃなく重りだ」
「予備を買っておいて、いざとなったら捨てるのか? それじゃ金を捨てるのと同じだろ」
「命より高い装備はねえよ。必要な時までは持つ。邪魔になったら捨てる。そこだけは普通だ」
ジークフリードの仲間の一人、細身の弓使いが吹き出した。
「リーダー、理屈だけは通ってるぞ」
「理屈だけって何だよ。全部通ってるわ!」
「本人のやる気以外はな」
ガロンまで口を挟みやがった。
「ちょうどいい。旧採石場の調査はジークフリードたちも受ける予定だ。お前ら合同で行け」
「嫌だ。なんで俺が綺麗なお姉ちゃんでもない知らない若者と朝から歩かなきゃいけねえんだよ。だったら一人で昼から行きたい」
「合同調査を完了すれば、お前の報酬は追加込みで金貨40枚だぞ」
「よし。出発時刻と集合場所を確認しよう。仕事は段取りが大事だからな」
「こいつ切り替え早っ!」
ジークフリードが思わず突っ込んだ。
ガロンは腕を組み、俺たちを交互に見る。
「最近の旧採石場は情報が足りん。単独で好き勝手やるより、互いの動きを見た方がいい。ジークフリード、お前には慎重さが足りん。黒田、お前には――」
「金が足りない」
「やる気だ」
「そっちはもっと足りないな」
結局、明朝、王都東門集合で話が決まった。
俺は契約書へ嫌々名前を書き、席を立つ。
「黒田、集合は朝6時だ。遅刻するなよ」
「朝6時とか人間の起きる時間じゃねえだろ......」
「遅刻したら追加報酬なしだからな!」
俺は振り返った。
「起きる! 俺は明日、必ず目覚ましを三つかける!」
「金が絡むと急に健康的だな」
「生活がかかってんだよ! あと12枚はゲインに食われるんだぞ!」
若い冒険者たちの笑い声を背中に受けながら、俺はギルドを出た。
昨日まで仕事は敵だった。
今日は仕事の向こう側に、辛うじて金貨10枚が見える。
借金というのは恐ろしい。
働きたくない人間すら、朝6時に起こそうとしてくる。
【今月のご請求】
・依頼契約情報同期手数料 金貨90枚
・戦力査定システム照合費 金貨160枚
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今回加算 金貨250枚
日本円換算 1,250,000円相当
前回繰越残高 金貨22,300枚
合計残高 金貨22,550枚
日本円換算 112,750,000円相当
※ゲイン装備ローン・ミャオ管理債務は神界債務とは別口。




