↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#03 即金蒸発 (正式名称:初期装備調達及び戦力評価任務)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/44

第5話 金はない。でも装備は要る。つまり借金だ

 翌朝。

 王都近郊の集落、その外れにある宿屋兼万屋「やどり木」の食堂で、俺は昨日買った装備一式を前にして朝飯を食っていた。


 新品の革手袋。ロープ三本。砥石二個。防水布。革ポーチ三つ。小型ランタン。それから用途不明の金属製留め具。


 そして財布の中身は――当然、金貨0枚。


「陸。確認するにゃ。今日は“買い物”に行くんじゃないにゃ。昨日買った物を、必要な物と今はいらない物に仕分けしてもらうだけにゃ」

「分かってる。俺だって金貨0枚で買い物できるほど錬金術師じゃねえよ。見るだけ。話を聞くだけ。専門家の意見を尊重する、極めて理性的な外出だ」

「昨日も“見るだけ”って言って店に入って、十二枚全部使ったにゃ」

「昨日の俺は昨日の俺だ。今日の俺まで同一人物扱いして責任を連帯させるのは乱暴だろ」

「同一人物だにゃ! 寝ただけで債務者が更新される制度はないにゃ!」


 ミャオは帳簿を片手で抱え、もう片方の指で卓上の装備を一つずつ数えた。猫耳は朝からぴんと立っている。


「昨日の報酬十二枚は全部これになった。私への返済は0枚。登録料の立替も、宿代も食費もそのまま。さらに今日の生活費まで増える。ここまでは認識してるにゃ?」

「認識はしている。もちろん納得はしてない」

「どこに納得してないにゃ」

「モグの食費だよ。あいつ本人に請求しろ。竜だぞ。山ぐらい掘れば金銀財宝が出てくるだろ」

「わらわの財宝は食料じゃ!」


 隣の卓からモグが胸を張った。銀髪の頭には小さな角が覗き、朝からすでに俺の二倍は食っている。


「ほらな。本人が資産持ってるって自白してる」

「食料を売って飯代にするのは嫌じゃ。食料が減るではないか」

「お前の理屈、俺よりひどくね?」

「陸にだけは言われたくないにゃ」


 その時、食堂の隅に金色の光が広がった。

 嫌な予感しかしない色である。


 現れたゼニスは、濃紺の軍務ジャケットに白手袋、胸には金色の監査章。脇にはいつもの金縁バインダーを抱えていた。神界の兵站監査官、とでも言いたげな格好だ。


「おい女神。なんだそのカッコは」

「おはようございます、黒田さん。現金保有、金貨0枚。前日収入、全額装備化。本日は武具商へ向かわれるそうですね」

「買わねえよ。見るだけだ。専門家の査定を受けて、装備を整理する。むしろ節約だろ」

「購入能力がない人に購買意欲だけあるのが一番危険です」

「購買意欲まで資産査定すんな。あと朝から人を事故物件みたいに読むな」

「昨日の実績を読み上げただけです。私は忠告しましたからね」

「何だその言い方。保険会社が免責事項を確認する時みてえで怖いんだけど」

「では、良識ある査定をお楽しみください」


 ゼニスは営業スマイルのまま消えた。


「......あいつ、絶対あとで何か請求する気だろ」

「その前に自分で何か増やさないようにするにゃ」


 ミャオは深々と息を吐き、昨日の装備を大きな布袋へ詰め始めた。


「とにかく行くにゃ。知り合いのゲインさんは武具商として長いにゃ。陸が“必要”って言い張ってる物を、本当に必要か見てもらうにゃ。いらない物なら売る。少しでも現金に戻して、まず生活費を確保するにゃ」

「売るのは反対だ。せっかく買った物を翌日に売るとか損失確定じゃねえか。含み損のまま持っとけば心はまだ自由だろ」

「武具を株みたいに言うなにゃ。ロープは値上がり待ちしないにゃ」

「分からんぞ。ロープ不足の世界情勢が来るかもしれんだろ?」

「ぜぇぇぇぇったい来ないにゃ!」


 ミャオに袋を背負わされ、俺は立ち上がった。

 金はない。買う気もない。今日は本当に見るだけだ。


 ――たぶん。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 集落から王都南門へ続く街道を一時間ほど歩き、俺たちは城壁沿いの商業区へ入った。

 ミャオが連れてきた武具店は、昨日俺が十二枚を溶かした店とは別の場所にあった。店先には剣や鎧だけでなく、背嚢(はいのう)、野営道具、補修材、革紐まで整然と並べられている。


「お、ミャオじゃねえか。朝から珍しいな。そっちの兄ちゃんが例の“金が入ると装備になる奴”か?」

「紹介前から悪評が届いてるじゃねえか。誰だ余計な通信網を構築したやつは」

「商人仲間は情報が早いんだよ。俺はゲイン。武具と旅道具ならだいたい扱う。で、今日は何を売りつければいい?」

「バカっ! 売りつけるなにゃ! 逆に仕分けしてほしいにゃ。昨日、この人が依頼報酬を全部使って買った物だにゃ」

「全部?」

「全部にゃ」

「十二枚?」

「十二枚にゃ」


 ゲインは俺を見た。

 俺も見返した。


「旦那、気前いいな!」

「話が分かるな、お前」

「分かり合うなにゃああああああっ!」


 第一印象は悪くない。

 ゲインは髭面の大男で、腕には古い火傷跡がある。陽気だが、卓へ並べた装備へ触れる手つきは丁寧だった。


「革手袋。悪くねえ。棘や擦り傷を考えるなら持っといていい。ロープ三本......品質は並。三本も持つかは用途次第だな。砥石二個は片方を宿へ置いとけ。防水布は使える。ポーチ三つも配置を決めるならあり。ランタンも普通だ」

「ほら見てみやがれ。全部必要じゃねえか」

「まだ終わってないにゃ」

「で、この金属の留め具は......なんで買った?」

「安かった」

「用途は?」

「将来の俺が発見する。はずだ」

「そこだけ完全にダメだな」


 ゲインは即答し、留め具を卓の端へ寄せた。


「ただしな、旦那。買った物そのものより、持ち方が悪い。ロープ三本を別々に腰へ下げて、ポーチを空いてる場所へ足して、ランタンまで外にぶら下げたら歩くたびに引っ掛かる。予備を増やして移動不能になったら意味ねえぞ」

「......そこは分かるんだけどな」

「お、認めた」

「俺も悪いところは認める。だが俺だけのせいじゃない。昨日の店が“一緒にどうです?”って順番に出してきたのも悪い。商品配置も良すぎた。あと金貨が十二枚もあった。条件が揃いすぎてた」

「最後のはただの所持金だにゃ! いや、ただのじゃないにゃ。返済に回すはずの金まで入ってたにゃああ!」


 ゲインが腹を抱えて笑う。


「いやあ、気に入った。こういう客は商売人として大事にしたい」

「大事にしなくていいにゃ! 今日は更生させに来たにゃぞ!」

「更生は無理だろ。この旦那、目がもう棚の奥の装備見てるぞ」


 ばれた。

 俺の視線の先には、革と木で組まれた背負子式のフレームがあった。背嚢の荷重を腰と肩へ分散するためのものらしい。


「......あれ、何」

「陸」

「聞いただけだ。質問は無料だろ」

「背嚢用の荷重分散フレームだ。重い物を持つなら楽になる。旦那みたいに予備を山ほど持ちたがる奴には――」

「でさ、いくら?」

「陸ぅぅぅぅぅぅ!」


 俺は両手を上げた。


「待て待て。金貨0枚だぞ。買えない。俺もそこまで現実を無視してねえ」

「現金がないなら【装備分割契約(ギア・ローン)】があるぞ」


 ゲインは笑顔で一枚の紙を出した。

 ミャオの顔が固まった。


「ゲインさん?」

「いや、普通の分割だぞ。冒険者は装備が商売道具だからな。審査はギルド登録と依頼実績。総額を何回かに分けて、次の報酬から払う方式だ」

「おい待て。その話、詳しく頼む」

「聞くなにゃ!」


 ゲインは俺の前へ、荷重分散フレーム、体に沿う細身の予備水筒、刃物を固定する革製ホルダー、野営用の薄い寝布を並べた。


「今の装備を捨てる必要はない。持ち運びを整えればいい。フレームと固定具、それから背嚢の加工。旦那が欲しがるなら薄い防刃インナーも付ける。全部合わせて金貨48枚。四回払いで一回12枚」

「一回12枚」

「そうだ。今日の支払いは0。次にギルド報酬が入った時、最初の12枚を俺へ回す」

「今日0......」


 甘美な響きだった。


 ミャオが俺と契約書の間へ体を滑り込ませる。


「ダメにゃ。今日0だからって借金が0なわけじゃないにゃ。むしろ48枚増えるにゃ。陸、昨日の自分が何したか思い出すにゃ」

「覚えてる。十二枚を全部使った。反省もしてる。反省した結果、現金で一括購入するのは危険だと学んだ。分割なら一回の負担が減るんだ」

「お前、学び方が最悪だにゃ!」

「しかも今回は専門家の推奨だぞ。昨日みたいな衝動買いじゃない。な、ゲイン?」

「商人としては強く推奨する」

「商人側の意見を中立の専門家評価みたいに使うなにゃ!」


 俺は契約書へ目を落とした。

 一回12枚。四回。

 今払う金は0。


「ねえねえ、ここに署名すればいい?」

「おいこらぁぁぁ! ちょっと待つにゃ!」


 ミャオが契約書を奪い、上から下まで読み始めた。俺はこういう細かい文字を見ると眠くなる。ミャオの尻尾が途中で一度、ぴたりと止まった。


「ゲインさん。この“報酬受領時優先振分”って何にゃ」

「踏み倒し防止だ。ギルドで依頼報酬を受け取ったら、まず一回分の12枚を俺へ。残りは本人へ渡る」

「それなら私への生活費ツケも、支払い順だけ書面にできるかにゃ? 債務自体は別口のままでいいにゃ」

「できるぞ。俺の12枚を振り分けた後、ミャオへの未払分を最大18枚まで。残りが旦那の取り分。足りなきゃそれぞれ次へ繰り越しだ」

「おい待て。なんで自然に債権者同士で俺の報酬を解体してんだ」

「今ある私への未払分、登録料の立替まで入れれば十八枚じゃ足りないくらいにゃ」

「聞きたくなかった情報を具体化すんな!」


 ゲインが契約書へ追記する。


「これで借金そのものは別々。支払いの順番だけ一枚にまとめた。金貨30枚の依頼なら、俺に12、ミャオに最大18。旦那の取り分は――」

「ゼロじゃねえか」

「なんだ、計算できるじゃないにゃ」

「できるから反対してんだよ!」

「じゃあローンは諦めるにゃ」


 ミャオが契約書を引いた。

 俺はフレームを見た。


 背中へ掛かる重さが分散される。

 ロープ三本もまとめられる。ランタンも固定できる。ポーチも整理できる。


「......いや待て。金貨30枚ぴったりの依頼を受けなきゃいい。31枚以上なら俺にも残る」

「そういう抜け道を探す速さだけ軍用犬みたいだにゃ!」

「金貨40枚なら10枚残る。50枚なら20枚。むしろ高額依頼を受ける動機になる。ミャオ、お前は俺に働いてほしいんだろ? これは労働意欲向上施策だぞ」

「装備を買うために危ない仕事を増やすの、本末転倒にゃ!」

「働かない俺が自発的に高額依頼を検討してる。奇跡だぞ。女神なら課金するレベルの奇跡だ」


 最後の一言で、ミャオが額を押さえた。

 ゲインは笑いながら羽根ペンを差し出す。


「で、どうするよ、旦那?」


 俺は署名した。


「毎度あり!」

「おい陸ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 夕方。

 俺は朝より軽く感じる背嚢を背負い、「やどり木」へ戻った。

 中身は減っていない。むしろ増えた。だが荷重分散フレームのおかげで持ちやすい。技術は素晴らしい。借金で買ったという一点を除けば。


「陸。今日の目的、覚えてるかにゃ」

「装備の仕分け」

「結果は?」

「全部使えることが専門家の確認で判明した。さらに不足していた運搬能力を補強した」

「現金0枚のまま、借金48枚増えたにゃ」

「細かいこと言うな。装備が増えたのは事実だ」

「それを問題にしてるにゃ!」


 モグが俺の背嚢を触りながら目を輝かせる。


「陸、その新しい布は寝床か?」

「そうだ。野営用の薄い寝布」

「おお! では今夜、試しに食堂で寝よう!」

「宿に帰ってきて野営すんな。普通に部屋で寝てろ」


 ミャオが帳簿へ何かを書き足す音がした。


「陸。今月、ちゃんと働くにゃ」

「分かってる。借金返すために働く」

「偉いにゃ。やっと分かったにゃ」

「働いた報酬で装備ローン返して、空いた枠で次の装備を――」

「やっぱりこいつ、何も分かってないにゃああああああっ!」


 俺は耳を塞いだ。

 金はない。借金は増えた。装備は増えた。


 昨日より状況が悪化している気もするが、背中は昨日より楽だった。

 なら今日は勝ちでいい。寝よう。



【今月のご請求】


・異世界滞在契約維持費        金貨120枚

・装備登録点数更新事務費       金貨180枚

─────────────────

今回加算               金貨300枚

日本円換算              1,500,000円相当


前回繰越残高             金貨22,000枚

合計残高               金貨22,300枚

日本円換算              111,500,000円相当



【ゲイン装備ローン・別口】


・【装備分割契約】新規契約      金貨48枚

・本日支払              金貨0枚

─────────────────

残債                 金貨48枚



【ミャオ帳簿・別口】


・宿代未払い             金貨1枚

・黒田食費              金貨1枚

・モグ食費追加分           金貨5枚

─────────────────

本日追加               金貨7枚


※神界債務・ゲイン装備ローン・ミャオ管理債務はすべて別口。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。