第63話 大砲じゃない。今度は炊飯器を召喚しろ
防空戦の後、俺たちは国境方面へ向かう調査隊へ合流することになった。理由は簡単で、飛行魔獣も地上の魔物も東から逃げている以上、王都で待っていても情報が増えないからだ。俺としては情報だけ届けてもらう方式を強く推したが、ユリウスから「現地判断が必要だ」と却下され、ゼニスからは「移動手当はありません」と追撃された。
「そこはせめて嘘でも『検討します』って言えよ。人を働かせる側には夢を見せる義務があるだろうが」
「借金返済のために働く人へ夢を売るのは金融神の仕事ではありません」
「取り立て屋が急に倫理語るなよなあ」
街道を二日ほど進んだところで、調査隊はまた避難民の集団と合流した。今度は百人や二百人ではない。村単位で移動してきた者が幾つも重なり、街道沿いの野営地には荷車、家畜、毛布、鍋、子供、老人がごちゃ混ぜになっている。王国軍は仮設の柵と給水所を作っていたが、飯の時間になるたび巨大な列ができていた。
そこで、懐かしい顔が三つ並んだ。
「師匠! お久しぶりですぅ!」
前衛剣士のアンディ・グレイが、無駄に爽やかな汗を光らせながら走ってくる。その後ろには丸眼鏡の魔術師ポーレン・ノックス、斥候のタンナー・ベル。勝手に俺を師匠扱いする三人組だ。
「誰が師匠だ。弟子を取ると教育という仕事が発生するから、俺は正式に全員破門したはずだぞ」
「でも師匠、破門状を出してませんよね?」
タンナーが真面目な顔で言う。
「口頭で十分だろ」
「ポーレンが『正式文書がない以上、これは試練としての一時的拒絶だ』と」
「やっぱポンが一番話をややこしくしてんじゃねえか!」
ポーレンは眼鏡を押し上げ、尊敬の眼差しを向けてきた。
「師匠が弟子へ依存させないため、あえて距離を取る教育法だと理解しています。最近は毎日、朝の基礎訓練、魔力制御、実戦想定を欠かしていません」
「違う。普通に会いたくなかっただけだ。深読みするなって」
ゼニスが横で三人の簡易能力表示を確認した。
「アンディ、レベル31。ポーレン29。タンナー30。継続訓練の成果ですね」
俺は嫌な予感がして自分を見る。
「え。俺は?」
「現在レベル3です、ね」
「……解散しよっか」
「師匠!?」
「弟子が師匠超えたんだから卒業だ。おめでとう。今後は各自、自分の人生を歩め。じゃ」
アンディが俺の前へ回り込んだ。
「待ってください! 俺たちがここまで上がれたのは師匠の教えがあったからです!」
「俺、お前らに『勝手に訓練しろ』以外ほぼ教えてねえだろ」
「その言葉の裏に、自主性を重んじる意図が!」
「ない! 全部ない! 俺が面倒だっただけだよ!」
ティアナが少し離れたところで腹を抱えて笑っている。
「いいじゃない。あんたがサボってる間に弟子の方が強くなったんだから、教育者として最高の成果じゃない」
「教育してねえのに結果だけ出るの、俺の理想じゃん。これからもその方針で行くか」
「そこで反省しないのが本当に黒田よねえ」
そんな馬鹿話をしている間にも、野営地では夕食の準備が始まっていた。大鍋を幾つも並べ、人を分け、薪を運び、水を汲み、炊き上がったものを配る。王都で一度やったから手順自体は整っているが、移動野営地では厨房も水場も固定されていない。俺はしばらく眺めてから、ため息をついた。
「これ、人増えたら回らんぞ。鍋増やすたびに火を見る奴、運ぶ奴、洗う奴まで増える。前にも言ったけど、人海戦術には限界があるしな」
ドーガンが資材車の横から顔を出した。
「お前がそういう顔をするときは――、何か心当たりがある顔だな」
「ある。陸士の頃、人手足りなくて炊事班へ回された時に使ったやつ。俺は専門じゃねえし、料理人でもない。ただ、大人数へ米と汁を回すなら、現代側に最初からそのための道具があるな」
ゼニスが嫌そうに眉を寄せる。
「――まさか、また現代装備を転送しろと?」
「といっても大砲じゃねえ。今度は炊飯器だ」
「絶対そんな家庭的な規模じゃないでしょう」
「正式には【野外炊具1号(22改)】。牽引式の野外炊事装備。米炊いて汁物作って、大人数へ飯を回すためのやつ。細かい操作は現物見りゃ思い出す。たぶん、な」
「最後の『たぶん』が怖いです!」
「大丈夫だ。砲よりは爆発しにくいし」
「比較対象を火砲にするなあ!」
俺はすぐ指を立てた。
「ただし条件がある。俺の借金では絶対に出さんぞ。これは避難民支援。王国案件なんだから国が払え。俺は一億七千万近く背負ってるんだぞ。これ以上、人道支援まで個人ローンにされたら俺が先に支援対象になる」
そこへ、ちょうどモグと食料袋の中身を巡って争っていたルヴィアが振り向いた。
「その程度の道具、必要なのでしたらわたくしが費用を持っても構いませんわよ? 避難民へ温かい食事を配るのでしょう。高貴なる古竜として、その程度は義務ですわ」
俺は即座に両手を合わせた。
「ああ、スポンサー様!!」
「その呼び方をやめなさい!!」
「いや、無理しなくていいぞ。王国が出すべき金だし。さすがのルヴィア様でも異世界転送費までは高――」
「誰に向かって『高い』と言っていますの!? わたくしの宝物庫では端数ですわよ!」
「よし乗ったああっ!」
「黒田ぁぁぁぁぁぁ!! 今わざと煽りましたわね!?」
「本人の意思だ。俺は一円も要求してないしな」
ゼニスとティアナが同時に俺を指差した。
「「要求するより悪質!!」」
最終的には、装備そのものの一時転送と公的使用分を王国が負担し、追加食材や贅沢分をルヴィアが援助する形でまとまった。俺個人の債務へ載らないと確認できた瞬間、野外炊具の金属フレームが光の中から姿を現す。
「大砲だけ軍隊じゃねえからな。撃つ奴がいても飯が来なきゃ止まるし、道が壊れりゃ進めん。こういう地味なのを『戦闘じゃないから後で』って扱うと、後で一番困る」
「珍しくいいこと言ったにゃ」
「珍しくは余計だ。あと飯作るのは俺一人じゃねえからな。そこ最重要」
見慣れた日本側の規格品が異世界の土の上に置かれる光景は、何度見ても頭がおかしい。大砲の時ほど殺伐とはしていないが、それでも俺の中の古い記憶が勝手に起き上がる。
(ああ、これだ。若い頃、眠いのに朝から米の匂い嗅いでたやつ。専門じゃなくても、一回やると妙なところだけ身体が覚えてるんだよな)
「師匠、これが伝説の兵站装備ですか……!」
ポーレンが目を輝かせる。
「伝説にするな。ただの炊事装備だっての。あとお前ら三人、レベル高いんだから薪と水運べ」
「了解です!」
「師匠の教えですね!」
「違う。単なる力仕事の押しつけだ」
リリアも横から元気よく手を挙げた。
「私は夜通し見張りと配膳できるよ! 寝なくていいし疲れにくいし、ご飯もほとんど食べない。ねえ陸、こういう時こそ私の嫁適性が光ってない?」
「確かに維持費は安いんだけどな」
「でしょ!?」
「でも死後まで契約更新されるじゃねえか」
「そこまだ気にしてるの!?」
「重要事項だろ。結婚してから『契約期間:死後永続』って小さい字で書かれてたら消費者センター案件だぞ」
「愛をクーリングオフしないでよぉぉぉぉぉ!!」
【神界・追加ご請求】
・現代側短時間帰還処理費 金貨20枚
・王国負担装備転送契約立会費 金貨15枚
・異世界側公的利用登録事務費 金貨10枚
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今回加算 金貨45枚
今回加算・日本円換算 225,000円相当
前回繰越残高 金貨35,669枚
前回繰越残高・日本円換算 178,345,000円相当
合計残高 金貨35,714枚
合計残高・日本円換算 178,570,000円相当
※野外炊具1号(22改)の転送・使用主体費用はアルヴェリア王国負担。
※追加食材援助分はルヴィア・ヴァーミリオン負担。
※上記費用は黒田陸個人の神界債務へ加算していません。
「……他人宛ての請求書って、なんでこんなに美しく見えるんだろうな」
「黒田さんの分も二十二万五千円増えていますよ」
「今いい気分だったのに現実戻すなぁぁぁぁぁぁ!!」




