第62話 死んだ魔物なら死人に聞け
防空戦の翌日、王国軍が回収した飛行魔獣の死骸が郊外の検分場へ並べられていた。全部を持ち込んだわけではない。比較的損傷の少ない三体だけだが、それでも翼を広げれば小屋一つ分くらいの幅がある。近づくと焦げた羽毛と土、それから独特の獣臭が混ざり、朝飯を食った直後に来る場所ではなかった。
「俺、こういう検分って専門外なんだけど。昨日から専門外の仕事が順調に増えてない?」
俺が鼻を押さえると、ティアナが横から死骸の翼を指した。
「それでも傷の違いくらい見えるでしょ。昨日の戦闘で付いた傷だけじゃない。こっち、古い火傷みたいになってる」
ノエルも片眼鏡型の魔導具を通して確認している。
「魔力の焼損痕があります。ただし王国側で一般的な術式とは反応が違う。少なくとも昨日こちらが使った迎撃魔法とは一致しません」
「じゃあ東で何か食らった。その結果こっちへ逃げた。ここまでは昨日までの話と同じか」
少し離れた場所で、リリアが腕を組んで死骸を見下ろしていた。昨日大砲で飛ばされたことをまだ根に持っているらしく、朝から俺を見るたびに頬を膨らませている。
「陸。私に何か言うことない?」
「昨日はお疲れーっした」
「違う! もっとあるでしょ! 『大砲で撃ち出してごめんなさい、二度としません』とか『本当はお前のことをもっと大切にしてあげたい』とか!」
「二度と、の部分は特に約束できないから嘘つきたくない、俺正直者だからさ」
「そこで誠実さ出すなよなぁぁぁぁぁ!!」
アレクシスが苦笑し、ルクシオンが低い声で呟いた。
『黒田の誠実さは使う場所がことごとく間違っているな』
「褒め言葉として受け取っとく」
『断じて違う』
俺は死骸へ視線を戻した。外傷だけでは、追われていたこと以上は分からない。誰が、何のために、どこから追ったか。その辺りを考えていると、リリアがさっきまでの怒った顔を少しだけ引っ込め真剣な顔をした。
「……これ、残ってるかもしれない」
「何が?」
「記憶。正確には、死ぬ前の強い感情とか、最後に見たものの欠片。全部読めるわけじゃないし、言葉として聞こえるとも限らないけど、死に近いところの痕跡なら私の方が得意」
普段のリリアなら「死人のことなら死人にお任せ!」くらいの勢いで言いそうなものだが、声は妙に落ち着いていた。俺は少しだけ姿勢を正す。
「できるなら頼む。ただし無理に深く入るなよ。昨日の戦闘で死んだ奴ならともかく、こいつらが東で何見たか分からんからな」
「うん。こういうのはね、生きてる人が想像するより引っ張られる時があるから。大丈夫、慣れてるよー」
リリアは一体の頭部へ手を置いた。白い指先から黒紫の光が薄く広がり、死骸の周囲だけ空気が冷える。すぐに何かが起きたわけではない。十秒、二十秒と沈黙が続き、やがて彼女の眉が寄った。
「……怖い」
ティアナが一歩近づく。
「リリア――?」
「私じゃない。この子。ずっと怖がってる。後ろから、光。何度も。音が遅れて来る。群れが散る。痛い。熱い。西へ行けって……違うね、自分で西へ逃げたんだ。人間を襲えって感じじゃない。とにかく、あそこから離れたいみたい」
リリアの声に混じる言葉は途切れ途切れだが、内容ははっきりしていた。俺はノエルと目を合わせる。
「光のあとに音か。昨日までの証言と同じだな」
「はい。ただ、飛行魔獣まで同じ現象から逃げているとなると範囲が広くなりますね」
リリアがもう一体へ手を移した。今度は長くかからなかった。
「こっちも似てる。でも……何か線みたいなのがある。光が来る前、空に細い魔力の道ができて、それを避けようとしてる。誰かに直接操られた感じじゃない。追い立てられて、逃げる方向を限定されたみたい」
「誘導か――」
アレクシスが静かに言った。
「魔物を殺すだけでは解決しませんね。昨日、僕たちが止めた群れも、元を辿れば被害側だった可能性がある」
「だからって俺たちに突っ込んできたら止めるしかないけどな。被害者だから何してもいい、にはならん。ただ、原因を放置して逃げてくる奴だけ叩き続けるのは馬鹿らしいわ」
『黒田にしては随分まともな結論だ』
「聖剣、お前最近俺への当たり強くねえか?」
『貴様が勇者を日本の食文化で汚染する未来が見えるから警戒している』
「まだ何もしてねえだろ、なんだその予言は」
なぜかアレクシスが一瞬だけ視線を逸らした。
「……黒田さん、ファミチキ、あるんですか?」
「食いつくの早えな」
『おい勇者ァァァァァ!!』
張り詰めかけた空気が少しだけ戻った。リリアも魔術を解き、いつもの調子で肩を回す。
「ふぅ。はい、死人のお仕事終わり! どうだった陸? 私すごく役に立ったでしょ。昨日は空、今日は死者の記憶、夜は寝なくていいから見張りもできる。こんなに尽くして便利な女、お嫁さんにしない理由ある?ないよねー!!」
俺は鼻をほじりながら考えるふりをした。
「一個あるな」
「えー、なになに?」
「『死んだ後もずっと一緒』が重いんだわ」
「えー、そこが一番お得なのに。普通の結婚って死ぬまででしょ? 私なら死んだ後も継続サービスだよ!」
「婚姻契約の自動更新が死後まで付いてんじゃねえか。てめえの解約条件どうなってんだよ」
「解約しないでよおおおっ!」
ティアナが本気で嫌そうな顔をする。
「それ、プロポーズじゃなくて死後拘束契約じゃない。ゼニスの契約より怖くない?」
「待ってください。なぜそこで私の契約が比較対象になるんですか!」
「どっちも逃げても追ってきそうだから」
「私と一緒にするなぁぁぁぁぁぁ!!」
検分結果は王城へ送られた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
同じ頃、俺たちの知らない東の都市では、別の書類が静かに回っていた。
ヴァルディス魔導帝国。軍需商会の会議室。黒い手袋をした男が、魔導砲部品と魔石供給の見積書へ目を通している。その向かいで、金融神リボルヴはいつもの穏やかな笑みを崩さなかった。
「不足分につきましては、こちらで信用枠を拡張できます。今すぐ全額をご用意いただく必要はありません」
「しかし戦費は膨らむではないか。返済はどうするのだ」
「戦争が終わった後に考えればよろしいのです。勝てば領土と税収が増える。負ける前提で融資を受ける方はいませんから」
その言葉は優しく聞こえた。だからこそ、質が悪かった。
そんな話を何も知らない俺は、検分が終わった瞬間に現代へ戻り、四畳半の布団へ横になっていた。ゼニスが後から現れる。
「黒田さん。今日の報告書、王国側へ説明が必要です」
「リリアの仕事だからリリアに書かせとけ。俺は死者の気持ちまで代筆できん」
「あなたの所見も必要です」
「『東が怪しい。以上』」
「三文字増やせば報告書になるわけねえだろおおがあああああっ!」
「じゃあ『とても東が怪しい』でいこう」
「形容詞の問題じゃなぁぁぁぁぁいっ!!」
俺は布団をかぶった。数秒後、ぶっ、と小さく音がした。
「……」
「……自然現象だよ?」
「昨日までの真面目な空気を返せぇぇぇぇぇぇっ!!」
「俺の腸に言え。知らん、寝るわ」
......ぷっ。
【神界・追加ご請求】
・東方異常個体検分立会費 金貨15枚
・死霊情報因果照合費 金貨15枚
・王国情報共有神性秘匿費 金貨10枚
・現代側帰還処理費 金貨10枚
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今回加算 金貨50枚
今回加算・日本円換算 250,000円相当
前回繰越残高 金貨35,619枚
前回繰越残高・日本円換算 178,095,000円相当
合計残高 金貨35,669枚
合計残高・日本円換算 178,345,000円相当
※リリア・モルグの残留思念読取は本人固有能力。
※敵性誘導主体は現時点で未確定。
「二十五万円……昨日の七百七十万見た後だと安く見えるな」
「感覚が壊れていますよ」
「分かってる。だから寝て初期化する」
「借金は初期化されません」
「最後に一番嫌なこと言うなよなぁぁぁぁぁぁっ!!」




