第61話 飛べる奴を大砲で飛ばすな
リリアの試験飛行から半日も経たないうちに、東側の監視鐘が鳴った。最初は一つ。少し遅れて二つ、三つ。王都外縁の仮設陣地へ駆け込んできた伝令が「大型飛行魔獣、複数、西進中」と叫んだ時点で、昨日までの机上の話は全部終わった。
ノエルが遠見魔導具を東へ向け、ティアナが上空の魔力反応を拾う。モグとルヴィアはすでに人型から竜形態へ移る準備を始めており、アレクシスは聖剣ルクシオンを抜いて避難誘導の兵士たちへ混ざった。俺は戦場の真ん中へ出る気はなかったが、こういう時だけは逃げるための理由を考えている暇がない。
「数は?」
「見える範囲で十一。さらに雲の後ろに反応があります。高度がばらけています!」
「ノエル、群れ全部追うな。低い奴と人のいる方向へ寄る奴を優先。ティアナは上から落ちてくる奴を見ろ。モグとルヴィアは追い回して散らすんじゃなくて、西側へ抜かせないよう向き変えろ」
ルヴィアが竜化前の姿で扇子を勢いよく閉じた。
「黒田陸。その命令口調は気に入りませんけれど、わたくしに空でモグへ遅れを取るなと言っているのでしたら望むところですわ!」
「誰も競争しろって言ってねえ。お前ら二匹が競争始めたら飛行魔獣より被害でかいんだよ」
「陸! では先に十匹追い返した方が勝ちじゃな!」
「おいこら、話聞けデブ竜ぅぅぅぅぅ!!」
黒と紅の巨大な翼が同時に広がり、風圧で周囲の土が舞った。二匹は案の定、発進した瞬間から互いを意識している。それでも本気で市街地へ突っ込ませるような真似はせず、空中で大きく回り込んで魔獣群の外側へ出た。
その時、視界の端に神界表示が浮いた。
【特性即応 戦闘判定成立】
【|即日レベルアップシステム《インスタント・レベリング》 緊急起動】
「うっわあ始まった……。ゼニス、今日は俺まだ殴ってないぞ」
防空指揮所の横へ現れたゼニスは、昨日の航空管制員風制服へさらに耳当て付きの帽子まで追加していた。こんな時でも衣装だけは本気である。
「敵性飛行個体があなたの担当区域へ侵入し、指揮行動へ参加しています。現在レベル4……7です」
「指差し課金やめろ。俺、今のところ口しか動かしてねえ」
「口で戦況を動かしているからです!」
「じゃあしゃべるのやめる。全員各自頑張れーふれふれー」
「戦闘が始まってから責任放棄するなぁぁぁぁぁぁっ!!」
東の空が一瞬暗くなった。翼幅十メートル近い飛行魔獣が雲を抜け、その後ろから小型の群れが降りてくる。形は鳥に近いが、胴は爬虫類のように長く、翼の付け根には火傷のような黒い傷がいくつも走っていた。
「また傷がある……」
ティアナが呟く。俺も同じものを見ていた。こいつらも戦いに来た顔をしていない。後ろから何かに追われ、前にあるものを避ける余裕がなくなっている。
「アレクシス! 討ち取るより人を下げろ。今は落とした数いらん!」
「分かりました! ルクシオン、前へ出ます!」
『応! 黒田、上は任せるぞ!』
「任されても俺飛べねえぞ!」
【LEVEL 12】
【LEVEL 20】
風間の声が頭の隅へ戻った。空だけ見て地上がお留守になるのが最悪。言われてみれば、上空の派手さへ全員の目が吸われている。地上では避難列がまだ動き切っていない。
「下も見ろ! 落ちた奴、低く回った奴を避難列へ入れるな!」
王国側の警備班が、前の共同訓練から登録されていた89式5.56mm小銃とMINIMI機関銃を展開する。俺も89式を受け取り、低空へ回り込んできた小型個体を地上側から押し返した。連続した発射音が風切り音へ重なり、羽ばたきの低い二体が人のいない河原側へ逸れていく。
「空はモグとルヴィア。中間はアレクシスとティアナ。地べたへ来た奴はこっち。全部同じ奴にやらせんな!」
「昨日まで『専門外だから帰る』って言ってた人の台詞ですか!?」
「だから専門家に聞いて役割分けただろ! 俺が全部やらないために勉強したんだよ!」
「勉強の動機が最低ぃぃぃ!!」
その最中、小型個体の一匹がモグの威圧を避けてさらに急降下し、避難列の外側へ向かった。アレクシスが走るが距離がある。ティアナの術式は別の二体を止めている。ノエルが叫んだ。
「右上! あと十数秒で地上へ入ります!」
「よし、リリア!」
「はい! 今飛ぶわ!」
不死魔導師が飛行術式を起動し、黒い魔力が足元へ集まる。だが昨日見た通り、静止状態から高度を取るまでに少し間がある。十数秒。十分な時なら何でもない。だが、今はその時間も惜しい。
俺は横にあった魔導砲を見た。
エドガーと目が合った。
「……やるのか?」
「昨日の予備案だ」
「え――待って。何その確認。陸、何を――」
「リリア。急ぎだから普通に飛ぶより速い方で行くぞ」
「やっぱりそうなるの!?速い方って言い方がもう嫌! 私、自分で飛べるって! ほら今浮いた! 浮いたから大砲のほう、見ないでェェェェェ!」
「高度も時間も足りん。エドガー、いける?」
「補助出力なら」
「おいてめぇ、真面目に答えるなぁぁぁぁぁぁ!!」
俺とエドガー、それに近くの兵士二人でリリアを抱えた。本人は飛行魔法で半分浮いているので重くはないが、ものすごい勢いで手足をばたつかせる。
「ちょっと!やめて! 私、高位不死魔導師! アーク・リッチ! 人間砲弾じゃない! ねえアレクシス、助けてえええ!」
「ごめんなさい、今こっちも人の避難で手が離せません!」
『勇者! 現実から目を逸らすな! 後で絶対問題になるぞ!』
「ルクシオンだけ最後まで見届けないでぇぇぇぇぇ!!」
リリアを魔導砲の筒へ完全に詰め込むわけではなく、補助射出用の前部保持具へリリアを固定する。絵面としては相当異常である。安全かどうかを人間相手に試す気は一切ないが、本人は死亡済みで、しかも自分で飛行制御できるから安心だ。
「リリア。出たらすぐ飛行魔法へ切り替えろ。目標は右下の一体。殺すなよ、進路だけ変えろ」
「分かった! 分かったけど絶対あとで殺すからね!」
「死者からの殺害予告いただきましたー。おいエドガー、やれ」
「射出する!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ドンッ――!!
低く抑えた魔導圧が弾け、黒いローブの塊が空へ一直線に飛んだ。一瞬だけ本当に砲弾みたいな軌道を描いたが、数十メートル先でリリアの身体を黒い光が包み、急角度で軌道が変わる。
「速っ! ちょっと待ってこれ普通に飛ぶより速ぁぁぁぁぁい!! でも二度とやるなぁぁぁぁぁぁ!!」
「たーまーやー! 成功じゃん」
「成功判定が最低ぃぃぃぃぃ!!」
リリアはその勢いのまま飛行魔獣の正面へ回り込み、死霊術で黒い影を何本も広げた。殺傷する術ではなく、視界と進路を塞ぐための壁だ。大型の翼がばさりと傾き、魔獣は避難列を外れて河原側へ抜ける。
【LEVEL 33】
「黒田さん、危険度上昇。レベル33……41……49です!」
「俺のレベル上がる要素どこかあったっけ!?」
「作戦判断、敵性個体との戦闘関与、味方救援です!」
「俺リリアを大砲で飛ばしただけだぞ!」
「それを作戦判断として成立させたの自分でしょうが!」
上空ではモグとルヴィアが大型個体を挟むように飛び、炎ではなく咆哮と威圧で群れの向きを変えていた。アレクシスは地上へ降りた小型個体の爪をルクシオンで受け流し、そのまま斬り倒さず横へ弾く。ティアナの魔法が空中へ光の壁を作り、ノエルが抜けた個体の位置を次々に読み上げた。
十分ほどで、魔獣群は西へ抜けるのを諦めた。モグたちに追われ、北東側の空へ大きく迂回して消えていく。撃墜されたのは数体だけで、地上側の重傷者はいなかった。
最後にリリアがふらふら戻ってきて、着地するなり俺の胸倉を掴んだ。
「陸。私、普通に飛べるって昨日証明したよね?」
「そうだな、証明した」
「じゃあ何で今日、大砲で飛ばしたの?」
「急ぎだったから」
「それだけ!?」
「あと速かった」
「確かに速かったけどぉぉぉぉぉ!! そこ認めたら次もやられるじゃん!!」
「安心しろ。毎回はやらん。砲身とお前が傷む」
「私より砲身の心配ぃぃぃぃぃ!?」
ゼニスが端末を見下ろし、ものすごく嫌そうな顔をした。
「なお、黒田さん。今回の【即レベ】利用料が確定しました」
「今リリアに怒られてるから後にしてくんない?」
「レベル49到達分と防空戦闘監督費を含め、かなり上がっています」
「リリア、もっと怒っていいぞ。俺は今お前の愛情を受け止めることに集中する」
「請求書から逃げる盾に私を使うなぁぁぁぁぁぁ!!」
【神界・追加ご請求】
・【即日レベルアップシステム】緊急起動料 金貨300枚
・飛行脅威下急速成長利用料 金貨980枚
・高危険度因果安定化補助費 金貨180枚
・王国防空共同戦闘監督費 金貨60枚
・戦闘後再配置処理費 金貨20枚
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今回加算 金貨1,540枚
今回加算・日本円換算 7,700,000円相当
前回繰越残高 金貨34,079枚
前回繰越残高・日本円換算 170,395,000円相当
合計残高 金貨35,619枚
合計残高・日本円換算 178,095,000円相当
※最高到達レベル49。
※王都防空警備用89式5.56mm小銃・5.56mm機関銃MINIMIの再構築/公的使用費はアルヴェリア王国防衛予算で別途精算。黒田陸個人債務への加算なし。
※リリア・モルグ射出行為そのものは神界サービスではないため請求対象外。
「七百七十万円……。リリアを撃ったの無料なの?」
「そこへ食いつかないでください」
「無料なら次も――」
「次やったら死の国まで陸を引きずってくからね!!」
「それ求婚より具体的になってんぞ」
「今だけは脅迫だよぉぉぉぉぉ!!」




