第60話 死人に紐つけて飛ばせば偵察できるだろ
翌朝。王国砲兵の臨時観測所へ集まった面々を前に、俺は風間から聞いた話をできるだけ短く説明した。空の脅威を早めに見つける。追う役、地上を逃がす役、止める役を分ける。一人で全部抱えない。当たり前といえば当たり前だが、昨日まで王国側は「飛行魔獣が来たら見つけた者が鐘を鳴らし、その場の魔術師が迎撃する」という土地ごとの対応が中心だったらしい。
「つまり、ノエルは遠くを見る。ティアナが魔力反応を見る。モグとルヴィアは空。エドガーは地上側。俺は後ろで口だけ出す。ふ、完璧だな」
ティアナが即座に眉を吊り上げた。
「あんたね、最後だけ仕事減らしてるじゃない。そこまで役割を並べたなら、あんたもちゃんと担当持ちなさいよ!」
「持ってるだろ。総合的な助言及び現場から離れた位置での精神的支援というな」
「それを世間ではただの見物人って言うのよ!」
「違う。見物は無料だ。俺の場合しゃべると請求が来るからな」
ゼニスが横で端末を構えた。
「そこだけ被害者みたいな顔をしないでください。あなたの助言が実際に戦力として扱われているから費用が発生するんです」
「俺の口に電気メーター付けんな。黙ってた方が安いなら今日から無言キャラになるぞ」
「五分で耐えられなくなりますよ。あなた、文句だけは呼吸より多いでしょうが」
そこへ王国側の増援が到着した。先頭にいたのは金髪の青年――勇者アレクシス・レイフォード、その腰には自我ある聖剣ルクシオン。以前より少し旅装が擦れていたが、本人は相変わらず爽やかで、俺を見るなり深く息を吐いた。
「おお黒田さん。王都から『飛行魔獣への共同対処』と聞いて来ました。念のため確認しますけど、今回も報酬額は先に確認しました?」
「お前……育ったなあ」
『褒めるのでない。明らかに貴様の悪影響だ』
腰の聖剣から低い声が響く。俺は感心してアレクシスの肩を叩いた。
「いいか勇者。命張る仕事で条件確認するのは悪じゃない。タダ働きを美徳にすると、そのうち『勇者なんだから当然』で国境から魔王城まで徒歩で行かされるハメになるぞ?」
「そこまで黒田さんみたいになる気はありません! ただ、以前みたいに何でも一人で引き受けるのは違うって分かっただけです」
『その部分だけは我も否定せぬ。問題は、最近こやつが「経費になりますか」と最初に聞くようになったことだ』
「だいぶ成長じゃん」
『汚染だろうが!!』
話が逸れたところで、ノエルが空の観測範囲を示す板を広げた。問題は、山の向こう側や雲の上へ一時的に上がって直接見る手段が足りないことだった。モグとルヴィアを出せば早いが、古竜二匹を毎回偵察へ回すのも過剰だし、あいつらは見つけた瞬間に競争を始める可能性が高い。
「誰か軽くて、高いところへ上げても死ににくくて、見つかっても帰って来られる奴いない?」
全員の視線が、なぜか同時にリリアへ向いた。
「え。ちょっと待って。なんで今みんな私を見るの?」
俺は白銀髪の不死魔導師を上から下まで見た。体格は細い。食事をほぼ必要としないから荷物も少ない。何より死亡済みなので、落下事故に対する心理的ハードルが生者より低い。
「リリア。いいか腰に紐つけるぞーはい手を挙げてー」
「ええっ!?!? 会話が三段くらい飛んだよ!? 何の紐なのそれ!? そういうプレイ!?」
「地上と繋いどけば回収できるだろ。幽霊みたいなもんなんだから、風船みたいに浮いて上から見てこい。ほら、祭りで子供が持ってるやつ。飛んでっても紐があれば安心」
「私は風船じゃないし、幽霊『みたいなもん』で雑に分類しないで! 私、アーク・リッチだよ! 三百年以上生き……死んでるけど、ちゃんと高位魔術師なの!」
俺はエドガーへ振り向いた。
「飛ばないなら魔導砲で上へ撃ち出せるよな?」
「なぜそうなる」
「初速があれば一気に高度取れるだろ。本人死なないし、途中から姿勢直せば――」
「待って待って待って! 陸、今すごく嫌な方向へ専門知識と悪知恵が合流してる!」
アレクシスも慌てて割って入る。
「黒田さん、それは偵察じゃなくて人間砲弾です! いや人間じゃないですけど、そういう問題じゃない! あーなんかよくわからなくなってきた!!」
『勇者よ、そこは最後まで人として扱ってやれ』
「聖剣だけが優しいの、どうかしてるわ!」
ティアナが額を押さえながら、リリアへ視線を向けた。
「というか、あんた飛行魔法くらい使えないの? 死霊術と空間系が得意なら、浮遊くらい普通にありそうだけど」
リリアがぴたりと止まった。
「…………使えるよ?」
「はあああっ~!?」
「だから、普通に飛べるよ? ちょっと魔力使うけど、私、高位魔術師だし。こうやって」
黒いローブの裾がふわりと持ち上がり、リリアの身体が地面から一メートルほど浮いた。風もないのに白銀の髪が揺れ、そのまま彼女はゆっくり俺の頭上まで上昇する。
「いや、普通に飛べますからぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 最初に聞いてよぉぉぉぉぉ!! なんで紐と大砲を先に検討するわけ!?」
しばらく沈黙が落ちた。俺は手に持っていた紐を見て、浮いているリリアを見る。
「なんだ。飛べんじゃん。先に言えよ」
「言う前に紐持って来たの陸でしょぉぉぉぉぉ!!」
「じゃあ大砲案は緊急時の予備ってことにしとこう」
「消して! 今すぐその案を頭から消して!!抹消して!!!!」
エドガーが真面目な顔で腕を組んだ。
「理論上、魔導砲の出力を抑えて射出補助に使うこと自体は――」
「おいてめぇ、エドガーも検討し始めるなぁぁぁぁぁぁ!!」
ノエルが無表情で記録板へ何か書き込む。
「緊急高高度到達手段、一案として保留、っと」
「ノエルぅぅぅぅぅ!!」
俺は浮いているリリアを指差した。
「ほら。飛べるならとっとと東側の稜線まで行って、変な群れがいないか見てこい。危ないと思ったら戻れ。無理に突っ込む必要はないぞ」
リリアは頬を膨らませたまま少し高度を下げる。
「……ちゃんと心配してくれるじゃん。ねえ陸、やっぱり私お嫁さん向きじゃない? 空も飛べるし死なないし、夜中の見張りもできる。愛人枠でもいいんだよ? 後飛ばされるのは嫌だけど、別に夜なら縛られても......」
「今、飛んでる状態で言われると死神にロープで縛られて連れてかれる勧誘にしか聞こえん」と俺は鼻を小指でほじりながら答えた。
「死んだ後もずっと一緒にいられるのに!」
「ほら怖えじゃねえかよ」
『求婚の言葉に死後の拘束期間を含めるな』
ルクシオンのツッコミに全員が頷いた。
試験飛行はその後一時間ほど続き、リリアは普通に役目を果たした。ノエルの遠見では見えにくい雲の上を確認し、飛行魔獣らしき影が東寄りへ集まっていることを報告する。戻ってきた時には本人が一番得意げだった。
「どう? ちゃんと飛べたし偵察もできた! 大砲いらなかったでしょ!」
「今日のところはな」
「『今日のところ』って言うなあああ!」
(ただ、上がるまでに少し時間がかかる。急ぎなら……いや、考えるのはやめよう。考えると本当にやりそうだ。いや、やるわ)
【神界・追加ご請求】
・王国防空連携調整事務費 金貨20枚
・飛行偵察神性秘匿監督費 金貨15枚
・勇者パーティ共同契約照合費 金貨20枚
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今回加算 金貨55枚
今回加算・日本円換算 275,000円相当
前回繰越残高 金貨34,024枚
前回繰越残高・日本円換算 170,120,000円相当
合計残高 金貨34,079枚
合計残高・日本円換算 170,395,000円相当
※リリア・モルグ本人の飛行魔法は神界有料機能ではありません。
※魔導砲による不死者射出案は現時点で未実施です。
「未実施って書くな。実施予定みたいになるだろ」
「黒田さんが『予備案』として残したからです」
「じゃあ削除申請」
「事務処理費が発生します」
「残しとけ」
「陸ぅぅぅぅぅぅぅ!!」




