第59話 空の敵まで俺に聞くな
東から飛んできた二発の長距離魔導砲撃を受けた翌朝、王城の小会議室には昨日より人が増えていた。国境方面からの報告書が机いっぱいに積まれ、ノエルが地図へ魔力反応を書き込み、エドガーは腕を組んだまま東側の山地を睨んでいる。俺としては、昨日あれだけ働いたのだから今日は「原因不明につき自宅待機」が妥当だと思っていたが、国家というものは無職の休養日を尊重してくれないらしい。
「まず確認しますよ。昨日の二射以降、同じ規模の砲撃はありません。ただし東部街道の複数地点で、上空を西へ抜ける大型飛行魔獣が確認されています」
ノエルが地図の北東へ印を三つ付けた。俺は椅子へ深く沈み込み、昨日の煙草の残り香がする上着の襟を引っ張る。
「それ、俺じゃなくて空に詳しい奴へ聞けよ。昨日までは砲撃だったから一応しゃべったけど、飛んでくる奴まで『元自衛官だから全部分かるだろ』でまとめるのひどすぎるぞ。俺は元特科だ。空飛ぶもん全部撃ち落とす万能おじさんじゃねえぞ」
「誰も万能とは言っていない。ただ、何を警戒すべきか意見が欲しいのだ」
「エドガー、それを万能扱いって言うんだよ。俺に戦車の整備も潜水艦の操縦も聞く気か? 元自衛官って職歴欄一行で全兵科まとめんな。マグロの刺身が売ってるコンビニ店員に『小売だからマグロ解体できるだろ』って言うのと同じだぞ」
ティアナが向かいの椅子で呆れた顔をした。
「例えはよく分からないけど、要するに逃げたいだけでしょ、どーせ」
「八割それなー。残り二割は本当に専門外なんよ。俺が知ったかして変なこと言うより、知ってる奴へ聞いた方が早い」
そこで横からリリアが勢いよく手を挙げた。白銀の髪が揺れ、黒いローブの袖がノエルの地図へ落ちかける。
「はいはいはい! 空なら私も行けるよ! 死霊を飛ばして見てもいいし、私自身が上から見てもいいし、最悪撃ち落とされても死なない! ほら陸、また私の便利さが証明されちゃったね。ここまで尽くす女、そろそろ嫁候補に昇格してもいいんじゃない?」
「死人を嫁にすると生命保険の受取人欄がややこしそうだから保留だわ」
「そこ!? もっとこう、愛とか相性とか聞くとこじゃない?!」
「維持費と書類の方が大事だろ。結婚って生活なんだぞ」
「なんで無職で借金一億六千万超えてる男が結婚生活を現実的に語るのよ!」
ティアナのツッコミに、ゼニスまで深く頷いた。今日は航空管制員を意識したらしい濃紺の制服に、胸元へ金色の翼章まで付いている。見た目だけなら凛々しいが、俺を見る目は完全に債権回収業者だった。
「黒田さん。専門外と言うのであれば、現代側の専門知識を持つ知人へ一般論として確認する方法はいかがですか? ただし当然、接触のための帰還処理費は発生します」
「ほーら来たよ。相談するだけで課金。知り合いに電話しても金取るとか、お前んとこの神界は携帯会社よりえげつねえな」
「世界を跨ぐ帰還処理と携帯料金を一緒にしないでください! それと電話だけで済ませればいいのに、あなた今『久しぶりに飲むか』って顔しましたよね?」
「顔から予定読むな。怖いんだよお前」
(まあ、――風間なら変な質問しても深掘りしすぎない。たぶん。酒を奢らされる可能性は高いけど、神界へ払うより人間へ払う方がまだ腹は立たないか......)
その日の夕方。俺は現代へ戻り、現役時代に同期として仲の良かった高射特科の風間蒼士と駅前の安い居酒屋で向かい合っていた。こっちは無職、向こうは現役自衛官だ。
テーブルには枝豆、焼き鳥、冷奴、それから生ビールが二つ。異世界で国家規模の防空相談を受けていた人間の食卓としては、ずいぶん庶民的だった。
「でよ、お前から飲もうって言い出す時は大体ろくな話じゃない。借金か、女か、ギャンブルか。それとも全部か?」
風間は最初の一杯を半分ほど飲み、俺の顔をじっと見る。
「お前、失礼な奴だな。旧友との親睦という可能性を最初から捨てるなよ。まあ借金はあるがな。女が取り立てに来る。ギャンブルは先週負けた」
「結局、全部じゃねえか」
「細かいことはいい。仮にだぞ。でかい鳥とか、翼のある魔物みたいなのが複数、高いところから飛んできて、人のいる場所へ寄ってくるとする」
「魔物だって?……お前、何やってんの?」
「創作小説の相談だ」
「ええ、ものぐさで作戦報告書もまともに書きそうにないお前が?」
「最近、脳内で連載してるんだわ」
「無職が現実逃避の規模まででかくなっただけだろ」
風間は胡散臭そうに眉を寄せたが、それ以上は追及せず箸で枝豆をつまんだ。
「まあ一般論だぞ。空から来る相手を一人で全部見るなって話になるだろ。見つける奴、追う奴、地上の人間を逃がす奴、止める奴。全部一か所で抱えたらどこか抜ける。あと空だけ見て地上がお留守になるのも最悪だ。そのための普通科、野特だろ? 空、地上、後ろの避難。三つとも同時に動いてると思った方がいい」
「早めに見つけて、役割分けて、逃げ道作ってから止める、と」
「そんな当たり前の話だ。お前が何を想定してるか知らんけど、装備名や細かい運用聞くなら答えねえぞ。そもそも俺が今ここで酔って話せる内容じゃない」
「安心しろ。俺も酔ってて覚えられん」
「それはそれで聞く意味ねえだろが」
俺は焼き鳥を一本取り、少し考えた。異世界側にはノエルの観測、ティアナの魔法、モグとルヴィアの飛行能力、エドガーの地上火力がある。足りないのは、それらを別々に使わず、誰が何を担当するか先に決めることだ。
「ありがとな。だいたい分かった。今日は俺が払うわ」
「珍しいな。パチンコでも勝ったか?」
「負けた」
「じゃあ何で払える?」
「未来の俺が何とかする」
「おいおい。その思想で借金作ったんじゃないのか?」
「過去の俺の話を今の俺へ持ち込むな。世代が違う」
「お前はお前。同一人物だろうが!」
店を出たところでゼニスが路地の陰から現れた。今日は現代側で目立たないよう光輪を消しているが、制服だけはそのままだ。
「黒田さん。必要な情報は得られましたか?」
「得た。あと生ビール二杯と焼き鳥。これは情報収集費で経費に――」
「なりません」
「即答すんなよ。接待交際費という便利な概念が世の中にはあるだろ」
「相手へ相談を持ちかけたあなたが自分で二杯飲んだ分まで、なぜ神界が負担するんですか!」
「俺が機嫌よく聞かないと情報が頭に入らん。精神安定費だ」
「酒を精神安定剤扱いするなぁぁぁぁぁぁっ!!」
異世界へ戻る直前、風間からメッセージが来た。
『また変なこと首突っ込んでないだろうな?』
俺は少し迷い、『してない』とだけ返した。
(嘘ではない。俺から首を突っ込んだんじゃない。向こうが首根っこ掴んで引きずり込んでる。そこは重要だ)
【神界・追加ご請求】
・現代側情報収集帰還処理費 金貨20枚
・世界間専門知識因果照合費 金貨20枚
・現代側滞在延長処理費 金貨10枚
・再召喚処理費 金貨10枚
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今回加算 金貨60枚
今回加算・日本円換算 300,000円相当
前回繰越残高 金貨33,964枚
前回繰越残高・日本円換算 169,820,000円相当
合計残高 金貨34,024枚
合計残高・日本円換算 170,120,000円相当
※居酒屋飲食代は神界経費対象外。
※風間蒼士への相談内容は一般的な概念確認に限定。
「三十万円払って、結論が『役割分担しろ』って高すぎねえ?」
「あなたが帰還して居酒屋まで行ったからです」
「じゃあ次から風間を異世界へ呼べ」
「もっと高くなります!」
「何しても高えじゃねえかこのクソ課金女神がぁぁぁぁぁぁっ!!」




