第58話 向こうから撃ってきやがった
地竜騒ぎの翌日、王国魔導砲兵の前進観測陣地へ着いた時には、俺のレベルは昨日の78から大きく落ちていた。ゼニスが端末を確認しながら「現在レベル7ですね」と事務的に告げると、俺はしばらく何も言わず自分の手を見た。
「一晩で78から7。これ普通に詐欺商売だろうが。昨日の一千二百四十万円、九割くらい返してくれてもよくねえか?」
「あなた、帰宅後に酒を飲んで、煙草を吸って、半ケツで寝ただけでしょう。維持する努力を一切していません」
「休養も訓練のうちだ。睡眠は身体づくりの基本だろ」
「酒飲んで畳へ転がり、尻を掻きながら寝落ちする行為を『身体づくり』へ再分類しないでください」
「細かい女だな、もてねぇぞお前」
「生活が粗すぎる男に言われたくありません!」
女神ゼニスは今日は珍しく地味な黒いスーツ姿で、昨日までのコスプレ感は薄い。エドガーとノエルは東側の山地を見渡せる位置で観測準備を進め、リリアも同行していた。彼女は遠方で何かあった場合、生者より先に危険域へ入れるという理由で呼ばれている。
「昨日のような戦闘は予定していない。今日は観測だけ行う」
エドガーが地図から顔を上げる。
「その台詞、昨日の朝に聞きたかったなあ。『今日は安全』って言った日に限って何か出るんだよ。俺の人生、安心という言葉がネタの前振りになってる」
「私も昨日はそう思った。今日は周囲の地下反応も確認済みだ」
「じゃあ空から来るってことだな」
「おい、縁起でもないことを言うな」
リリアが笑う。
「空から何か来たら私が先に見てくるよ! 死なないし!」
「今日は肉壁営業しなくていい。観測だけなら普通に立ってろ」
「えー、私の長所なのに」
「長所の使いどころを選べ」
午前中は本当に何も起きなかった。ノエルが遠方の魔力反応を探り、俺は山の稜線、谷の開け方、音が返りそうな地形を眺める。砲撃らしき現象があるとして、どの方向からなら見え、どこで反響するのか。断定できる材料はまだ少ない。
「魔力反応は薄いです。少なくとも、こちらから確認できる範囲に大規模な術式が組まれた形跡はないですね」
「見た目も変化なし。じゃあ帰るか。何もないという確認も立な観測結果だ」
「まだ昼前だぞ?」
エドガーが即座に止める。
「お前、もう俺の扱い覚えたな。国家軍人の学習能力を無職対策へ使うの、国益的にどうなんだ」
「お前を帰さないことも現在の任務に含まれてるからな」
「勝手に任務内容へ俺を追加するなよ」
そこでノエルの表情が変わった。
「待ってください。東に大きい魔力反応――いや、これは固定されたものではない。何かがこちらへ移動しています!!」
俺も東を見る。空に何か見えたわけではない。ただ、遠い山の向こうが一瞬だけ白く光った。次の瞬間には、考えるより先に口が動いていた。
「全員、伏せろぉぉ!!」
言葉とほとんど同時に、ゴォォォォォ――!! と空そのものを引き裂くような音が来る。観測陣地の前方が白く染まり、ズガァァァァァァンッ――!! 地面が持ち上がった。爆発の圧が胸と腹をまとめて叩き、砂と小石が雨のように降る。杭が折れ、簡易机が横倒しになり、数秒遅れて濃い土煙がこちらへ流れ込んできた。
耳鳴りの中で立ち上がる。煙草も金も、昨日の請求も頭から消えていた。着弾地点、味方位置、負傷者、次が来るか。それだけを見る。
【特性即応 敵性攻撃判定成立】
【|即日レベルアップシステム《インスタント・レベリング》 緊急起動】
「レベル7……12……18」
ゼニスの声が聞こえる。
「料金は後だな。今は数字だけ読め」
自分でも驚くほど低い声が出た。ゼニスは一瞬だけ黙り、「分かりました」と返す。
「リリア、前方確認だ。生きてる奴を優先して探せ。無理に敵を追うなよ?」
いつもなら「肉壁行け!!」と呼ぶところだったが、今日は名前が先に出た。リリアも冗談を返さず頷く。
「任せて。私が先に行ってくるよーっ!」
黒いローブが土煙の中へ消える。俺は倒れた兵士二人のところへ走り、土塁の陰へ引きずった。身体がさらに軽くなる。
【LEVEL 26】
【LEVEL 34】
「陸! 前に三人いる! 一人、脚が動かない。もう一人は意識ある!」
土煙の向こうからリリアの声が飛ぶ。
「ノエル、次の反応はどうだ?」
「待って……東、同じ方向です! また魔力が集束しています!」
「エドガー、撃ち返すなよ――」
「まだ敵方の位置が取れていないから無理だ!」
「全員、今の着弾点から距離を取れ。観測器材は捨てていい、人を先に動かすぞ」
エドガーは一瞬だけ俺を見たが、すぐ砲列へ向き直った。
「全員退避! 器材放棄! 負傷者を優先しろっ!」
命令が飛ぶ。俺は最初の穴を見る。抉れた地面、飛び散った石の向き、土煙の流れ。細かな数字はまだいらない。ただ、同じ場所へ留まるのが最悪だということだけは分かる。
「二射目、来ます!」
【LEVEL 41】
【LEVEL 49】
【LEVEL 57】
砲列から遅れていた兵士が一人、足を取られて転ぶ。俺は向きを変えた。
「黒田、いけるか?」
「大丈夫だ、わかってる!」
兵士を肩へ担ぎ、走る。普段の俺なら絶対に出ない速度で土を蹴った。背後からまた空が唸る。ゴォォォォォォ――!!
「伏せろ!」
二射目が落ちた。ドォォォォォンッ――!! 今度は陣地の外側、さっきまで器材が置かれていた場所が吹き飛び、木片と土が高く舞い上がる。衝撃で身体が地面へ押しつけられたが、致命的な距離ではない。土煙が晴れるまで、誰もすぐには喋らなかった。
リリアが負傷兵の肩を支えて戻ってくる。黒いローブは土まみれだが、いつもの大げさな悲鳴はない。
「三人とも連れてきたよ。一人は脚が折れてるかも。でも息はあるから――」
「助かった。救護へ回せ!」
「うん」
短いやり取りの後、リリアはすぐ次の負傷者を探しに戻った。(普段あれだけうるさい奴が黙って動くと、逆にこっちの方が落ち着かない。まあ、今はそれでいい)
エドガーが立ち上がり、最初の着弾跡を見る。
「……狙われたのか?」
「一発目だけなら偶然で片づけられる。二発目まで同じ方向から来て、こっちが退いた場所へ近い。少なくとも試し撃ちを適当にばら撒いてる感じじゃない」
「発射元は分かるか?」
「正確な場所は分からん。俺は神様じゃねえからな。ただ、同じ東側から来た。避難民が言ってた光と音にも似てる」
ノエルが魔導具を握ったまま顔を上げる。
「私たちを観測していた可能性は?」
「ある。でも今の段階で『ある』を『確定』へ決めつけるなよ。証拠が足りない。相手がこっちを見ているとしても、どうやって見てるかも分からんのだ」
「......撃ち返せないのが歯痒いな」
エドガーが拳を握る。
「砲兵なら我慢しろ。届くから撃つ、撃たれたから撃つ、で始めたら永遠に終わらん。撃たない判断も火力運用だ。まず相手を見つける。誰が撃ったか分からんまま国境へ一発返したら、それこそ向こうへ開戦理由をプレゼントすることになる」
俺は東を見た。遠い山の向こうは、もう何事もなかったように静かだった。
「試射じゃねえな。向こうも、こっちを見てるようだ」
その日の観測は中止になった。負傷者を後送し、王国側が陣地を移す準備へ入ったところで、俺は一度だけ現代へ戻る。四畳半の窓を少し開け、煙草へ火を点けた。
ゼニスが現れたが、今日は「煙草代が」とも「帰還費が」とも言わなかった。一本の半分ほどまで吸ったところで、彼女が静かに聞く。
「黒田さん、戻りますか?」
灰を落とす。
「……ああ。まだ終わってねえ」
「分かりました」
(酒飲んで寝たい。パチンコでも打って全部忘れたい。でも、今それやったら次に撃たれた時、寝覚めが悪い。そのほうが後々、面倒に巻き込まれるに決まってるんだ)
煙草を灰皿へ押しつける。短い光が部屋を満たした。
【神界・追加ご請求】
・【即日レベルアップシステム】緊急起動料 金貨300枚
・敵性長距離攻撃下急速成長利用料 金貨760枚
・高危険度因果安定化補助費 金貨180枚
・戦闘後現代側短時間帰還費 金貨20枚
・緊急再召喚処理費 金貨20枚
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今回加算 金貨1,280枚
今回加算・日本円換算 6,400,000円相当
前回繰越残高 金貨32,684枚
前回繰越残高・日本円換算 163,420,000円相当
合計残高 金貨33,964枚
合計残高・日本円換算 169,820,000円相当
※最高到達レベル57。
※敵性長距離攻撃の発射主体は現時点で未確定。
※本件請求について、ゼニスは戦闘終了まで口頭告知を保留しました。
「……六百四十万か。高えな。昨日の一千二百四十万より安いって一瞬思った自分が一番怖い。感覚が完全に壊れてきてる」
「はい。ですが、今は請求の話を優先しなくていいです」
「帰ったら酒飲む。煙草も吸う。今日はパチンコ行く気力まで残らんと思う」
「全部終わってからにしてください」
「分かってるよ。だから戻るっつってるだろ?」




