第57話 訓練なのに即レベ課金すんな
演習二日目。ノエルと俺は朝から、互いの観測方法の違いを比べていた。遠方の丘へ置かれた標的に対し、ノエルは遠見と測距術式で現在位置を細かく出す。俺はそこまで正確な数字を出せない代わりに、地面の起伏、移動経路、障害物の位置から「次にどこへ動きそうか」を読む。
「私は『今いる場所』を精密に測る。黒田さんは『次に行きそうな場所』を先回りして読む。役割が違うわけですね」
「そういうこと。現在位置を外せば予測もクソもないし、動く相手へ現在位置だけ撃っても遅れる。両方ある方が楽だ」
「説明はまともなのに生活態度が残念みたいですね」
「仕事の評価に部屋のゴミ量を持ち込まないでくれない?」
その横ではリリアが演習場の端に立ち、胸へ大きな板を掛けていた。板には本人の手書きで『撃たないでね!』と書いてある。
「お前、なんで来た」
「昨日標的役を却下されたから、安全確認係! 危ない場所があったら私が先に行く。死なないからね!」
「その板は?」
「誤射防止で!」
「お前が一番訓練場を不安にさせてるんだよ」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
午前の実射が始まった。王国魔導砲が低い唸りを上げ、術式板の光が一気に集束する。ドォンッ――!! 音というより圧力の塊が胸を押し、少し遅れて遠方の斜面が爆ぜた。土と石が扇状に跳ね上がり、落ちてくるまでの数秒だけ周囲の兵士が静かになる。
「……ちゃんと大砲だな。音と振動が腹に来るところまで含めて、嫌な懐かしさがある」
「褒め言葉として受け取っておこう」
エドガーが少し笑った。
数発目までは完全に訓練だったので、俺は念のためゼニスへ確認した。今日は演習監督官を意識した腕章姿で、すでに端末を開いている。
「今、即レベ動いてないよな? 訓練で料金まで取られたら、俺は訓練を違法行為とみなすぞ」
「模擬標的では【即応】の実戦判定は成立していません。ただし演習立会費は別です」
「俺が安心する前に追加料金差し込む才能だけ神域だわお前」
その直後だった。
地面の下から、演習場全体を揺らすような低い音が響いた。ゴゴゴゴゴゴ……と振動が靴底から脚へ登り、標的丘の土が細かく崩れ始める。最初は地鳴りかと思ったが、ノエルの顔色が変わった。
「地下に大きな魔力反応! さっきまで眠っていた個体が、こちらへ上がってきます!」
「射撃で起こしたか?」
エドガーが即座に砲列へ向き直る。
「全砲、射撃停止! 人員退避! 魔石機関を安全状態へ!」
次の瞬間、標的丘の手前が内側から膨れ、ズガァァンッ――!! という爆音とともに土砂が吹き上がった。現れたのは全長十数メートル、背中を岩のような鱗で覆い、頭部の左右から湾曲した角を伸ばした巨大な地竜だった。
【砲殻地竜】
怒り狂った地竜が砲列を見た瞬間、リリアが板を投げ捨てて前へ走った。
「待ってました実戦! こういう時こそ死なない私が――」
「リリア、正面行くな!」
「え、陸が心配して――」
ドゴォンッ!!
地竜の尾が横薙ぎに振られ、リリアの身体が紙切れみたいに飛んだ。演習場脇の土手へ突っ込み、黒いローブだけがひらひら落ちる。
「……言い終わるまで待ってくれない敵って失礼だよねぇぇぇぇぇ!!」
「生きてるな。よし」
「その確認もうちょっと愛情込めてぇぇぇぇ!!」
俺はゼニスを見る。
「これ訓練だよな? 野生動物が勝手に乱入しただけで、俺は被害者だよな?」
「今この瞬間から実戦です!」
【特性即応 戦闘判定成立】
【|即日レベルアップシステム《インスタント・レベリング》 緊急起動】
「勝手に区分変更すんなぁぁぁぁ!! 敵に同意書を書かせろ!」
「現在レベル4……6……9です」
「実況すんな! 数字が上がるたび財布が痙攣してんだよ!」
崩れた穴から地竜だけでなく、怯えた小型魔獣まで何体か這い出してきた。砲側では退避途中の兵がまだ器材をまとめている。大型ばかり見ていれば、そっちへ小さいのが抜ける。
共同訓練用の防護装備置場に、89式と見慣れた箱型の機関銃が並んでいた。5.56mm機関銃MINIMI。俺は思わず眉をしかめる。
「お前まで異世界来てたのかよ……」
「黒田さん、感傷に浸っている場合ではありません!」
「感傷じゃねえ。『訓練に来ただけなのに何で装備が増えてんだ』って現実逃避だ!」
砲側警備へ回っていた王国兵と役割を分け、小型魔獣が退避人員へ寄るのを止める。ガガガガガガッとMINIMIの連続した発射音が岩場へ反響し、ティアナが耳を押さえた。
「大砲の横で、なんで近くからまでこんなうるさいのよ!」
「俺に言うな! 大砲守る側にも仕事があるんだよ!」
「じゃああんたが働きなさいよ!」
「今まさに働いてるだろうが! 歴史的瞬間だぞ、もっと敬え!」
小型群が砲列から外れたのを確認し、俺は視線を地竜へ戻した。あいつだけは小銃や機関銃でどうにかする相手じゃない。
地竜の前脚が地面を叩くたびに石が跳ねる。エドガーが砲列を散らし、ノエルが遠見を切って近距離観測へ切り替えた。
「黒田さん、左へ来ます!」
「いや、二歩目で右へ振る。左の地面が柔らかい。あの重さなら沈む方を嫌う!」
地竜は一度左へ寄り、すぐ右へ頭を振った。ノエルが息を呑む。
「……読んだ?」
「当てずっぽうだ。外れた時に責任取られたくないから予測とは言わん」
「責任回避だけ一貫してますねえ!」
ゼニスの声が速くなる。
「レベル12……17……23。対象危険度上昇、成長速度が加速しています」
「またか! 俺の人生だけ、高速レベル上げ動画みたいな速度で進むな!」
「29……35」
地竜が尾を振り、砲側で固定具を外していた兵士二人が逃げ遅れる。俺は反射的に走った。
【LEVEL 43】
十数メートルの距離が数歩で消えた。兵士二人の襟と装具を掴み、そのまま地面を蹴る。直後、さっきまで三人がいた場所へ巨大な尾が叩きつけられた。ドゴォォンッ――!! 土が爆ぜ、拳大の石が雨のように降ってくる。
「現在レベル51……58……61」
エドガーが俺を見た。
「お前、本当に人間か?」
「金払って一時的に人間やめてるだけだ! 説明してる俺も意味分かんねえが!」
土手から復帰したリリアが「私も仲間だねー!」と叫ぶ。
「お前は三百年前から死んでるだけだろ!」
地竜がこちらを向く。俺は掌を上げ、今度こそ少しくらい威力が出るだろうと期待した。
「ファイア!」
ぽっ。
小さな火が生まれ、地竜の鼻先へ届く前に消えた。ノエルが本気で困った顔をする。
「……今のは何を?」
「威嚇してみた」
「お前嘘つけぇぇぇぇぇ!! 普通に届いてないだけでしょうが!」
ティアナが後方から怒鳴る。
「レベル上がっても魔法技術は上がらねえんだよ! エンジンだけ高級車でも運転手が俺なんだからしょうがねえだろ!」
「言い訳が前と同じなんだよ!だから訓練しろぉぉぉぉぉ!!」
地竜が咆哮する。ここで笑っている場合ではなくなった。俺は地形、砲列、退避方向、地竜の足、ノエルが出した現在位置を見る。余計な言葉が落ちる。
「エドガー。正面から止めるな。右へ誘導する。左脚に古傷がある。全力で曲がる時、右へ体重を逃がすはずだ」
「根拠は十分か」
「十分じゃない。だからノエルとティアナで補う。ノエル、今いる場所じゃなく動いた後を追え。ティアナ、右側の地面だけ崩して進路を作れ。リリアは砲列から離れた位置で囮、ただし正面で受けるな」
「えっ、私だけ指示が雑じゃない?」
「死なない強みを生かせ。文句は生きてる奴の避難が終わってから聞く」
リリアの顔から一瞬だけ笑いが消えた。
「了解。じゃあ、ちゃんと引っ張る」
地竜が動く。リリアの死霊が側面から気を引き、ティアナの魔法が地面を抉る。巨体が嫌がって反対へ寄った瞬間、ノエルの声が飛ぶ。
「次位置、取りました!」
「砲列、射撃準備!」
エドガーの命令が響く。
一瞬だけ周囲の音が遠のいた。地竜の咆哮も兵士の足音も消えたわけではない。ただ必要なものだけが前へ出て、その他が後ろへ下がる。地竜が踏み込む。俺はその先を見る。
「――弾着、今。」
ドォォォォォンッ――!!
魔導砲の光が地面を叩き、空気の壁が演習場を駆け抜けた。地竜の横腹へ土砂と衝撃がまともに入り、十数メートルの巨体が数メートル横へ滑る。石が遅れて落ち、土煙の向こうで巨大な尾が一度だけ地面を叩いた。それきり動かなくなる。
数秒、誰も喋らなかった。やがてゼニスが端末へ目を落とす。
「戦闘判定終了。最高到達レベル78です」
「……高くね? 俺、朝はレベル4だったぞ。半日で人生何十年分成長してんだよ」
「強敵でしたので」
エドガーはまだ地竜を見ながら言う。
「今のお前なら、近接であれと戦えたのではないか?」
「嫌だよ。砲があるのに何で殴り合うんだ。俺は遠くから状況見て文句言う方が向いてる。近接戦闘は若い奴と勇者に任せろ」
「そこだけは徹底しているな」
「あと俺、直接倒してないから即レベ料金安くならない? 討伐者はエドガー。俺は見て喋っただけ。これは観戦だ」
ゼニスが満面の営業スマイルを浮かべる。
「救助、敵性個体との近接接触、観測、誘導、戦闘指示。すべて記録されています。立派な戦闘参加です」
「訓練に来ただけなのに!」
「途中から実戦です」
「だからその自動アップデートやめろやこのクソ課金女神がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
【神界・追加ご請求】
・【即日レベルアップシステム】緊急起動料 金貨300枚
・高危険度戦闘時急速成長利用料 金貨1,860枚
・高位個体因果安定化補助費 金貨240枚
・王国砲兵共同戦闘監督費 金貨60枚
・現代側戦闘後帰還処理費 金貨20枚
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今回加算 金貨2,480枚
今回加算・日本円換算 12,400,000円相当
前回繰越残高 金貨30,204枚
前回繰越残高・日本円換算 151,020,000円相当
合計残高 金貨32,684枚
合計残高・日本円換算 163,420,000円相当
※最高到達レベル78。訓練不足により継続維持されません。
※訓練中に発生した実戦は訓練料金へ含まれません。
※共同訓練用89式5.56mm小銃・5.56mm機関銃MINIMI等の再構築/公的使用費はアルヴェリア王国訓練・防衛予算で別途精算。黒田陸個人債務への加算なし。
「一千二百四十万円……。訓練に来て、勝手に敵が出て、助けたらこの請求。これもう金融事故だろ」
「はい、訓練中に実戦が発生しましたので」
「『はい』じゃねえ! 訓練は金を失うって科学的に証明されたじゃねえかぁぁぁぁぁぁ!!」
「違う! その結論だけは絶対違うぅぅぅぅぅ!!」
ティアナが絶叫する横で、土だらけのリリアが俺の袖を引いた。
「ねえ陸。今日の私、二回吹っ飛んで、囮して、ちゃんと指示も聞いたよ? これだけ尽くす女、嫁にした方が得じゃない? 愛人でもいいよ。死後の面倒まで見てあげるし!」
「一千二百四十万の請求直後に結婚営業すんな。今は女より債務が怖い」
「じゃあ死んで借金から解放された後でも――」
「俺を死後プランへ誘導するなぁぁぁぁぁぁ!!」




