第56話 訓練しろって言う奴はだいたい敵
翌朝、俺は王都東側の軍演習場にいた。来ないと言ったはずなのにいる理由は単純で、ゼニスが「欠席すると王国側との契約不履行確認が入り、追加事務費が発生する可能性があります」と、借金持ちにだけ効く最低の脅し方をしたからである。
(人質を取るなら人じゃなく財布。俺の扱いだけ妙に上手くなってやがる)
「金で人を動かす女神ってどうなの。神ってもっと信仰とか奇跡とか、そういうので人を導くもんじゃないの?」
「借金でしか動かない男が信仰を語らないでください。それと私は何度も普通にお願いしました。あなたが『朝早いから嫌』『雨降りそうだから嫌』『布団が俺を離さない』と全部断った結果です」
「最後のは布団側の意思だから俺に責任ないもんね」
「寝具へ責任転嫁するなぁぁ!」
今日は教官風のシャツに細いネクタイ、肩には資料鞄まで掛けている。俺が「鞭まで持てばいろいろと完成だな」と言った瞬間、ゼニスのこめかみに青筋が浮かんだので、それ以上はやめておいた。
(生命の危険ではないが請求項目が増える危険はあるからな)
演習場にはエドガー、ノエル、ティアナ、そしてリリアが待っていた。リリアがいる理由を聞くと、「死なないから安全管理要員に向くと思って勝手についてきた」と胸を張った。
「安全管理の概念を根本から勘違いしてるだろ。死なない奴を危険へ置くのは安全管理じゃなくて犠牲の固定化だ」
「でも標的役もできるよ! 動く標的! 当たっても平気!――痛いけど」
エドガーが真顔で首を振る。
「却下だ。訓練で人型の者を標的にする趣味はない」
「ほら、まともな軍人はそう言うんだよ。聞いたか黒田のおっさん」
ティアナに刺され、俺は目を逸らした。
「俺も実際に撃つとは言ってない。『使えそう』と思っただけだ」
「思うのもやめてくんない?」
王国の魔導砲は、俺の知る火砲とは見た目も仕組みもかなり違った。長い導管、後方の魔石機関、複数の術式板。それでも「遠くへ大きな力を届けるために、複数人で準備して観測と補給を繋ぐ」という役割で見れば理解できる部分も多い。
「これ、一発撃つたび魔石食うの?」
「当然だ。弾種と充填量で消費は変わる」
「その『内容によって変わります』って言い方、嫌いなんだよ。ゼニスの請求書と同じ匂いがする。絶対あとから高い数字出てくるやつじゃん」
「兵器とはそういうものだ」
「だーかーら、知ってるから嫌なんだよ。現役の頃も『訓練だから撃て』って言われる側と、『これ一発いくらなんだろ』って考える側が同じ頭にいたもん」
「黒田の場合、後者が強すぎるのよねぇ」
ティアナが呆れた声を出す。
午前中は観測と指揮系統の確認だった。ノエルは遠見魔術で標的を捉え、魔力反応と地形を重ねて位置を出す。俺は魔法を使わず、地面の傾き、目印、風、音の返りを見て大まかな位置を読む。精度だけならノエルの方が明確に上だ。
「黒田さん。あなたの方法、やはり誤差が大きいです。測距術式なら距離も方位も、もっと細かく出せます」
「そりゃそうだ。目と経験だけで魔法と同じ精度出したら、お前の職が危うくなるわ。俺は自分を万能天才に見せるために他人の専門を殺す趣味はない」
「意外と素直に認めますね」
「認めるよ。ただ、お前の魔法が強い魔力妨害を受けたらどうなる?」
ノエルは少し考える。
「精度が落ちます。術式が崩れれば、場合によっては観測不能になります」
「俺の目は魔力妨害じゃ止まらん。逆に夜、霧、完全な遮蔽なら俺の方が弱い。競争じゃなくて重ねろ。片方が死んだ時にもう片方が残る方が強い」
エドガーが満足そうに頷いた。
「道具が違うなら、重ねて穴を埋める。正しい理論だ」
「で、そこまで分かってるのに何で自分の魔法は練習しないの?」
ティアナが待ってましたとばかりに割り込む。
「話の流れを最悪な方向へ繋げるな。今は観測の話だろ」
「昨日レベル58まで上がったんでしょ。残ってる能力が魔法へどれくらい影響するか確認するだけ。ほら、小さい火球出してみて」
「嫌だ。未来が見える。俺がしょぼい火を出す、全員が微妙な顔する、お前が説教する。朝から予定調和の恥をかきたくない」
「いいからやりなさいって!」
「最近、十九歳から三十二歳への命令口調が自然すぎない?」
ティアナにせっつかれ、俺は仕方なく掌を出す。
「はぁ、ファイア」
ぽっ、と小さな火が灯った。風にも負けそうなサイズである。ノエルが数秒、本気で何か追加現象を待っていた。
「……ええ、それだけですか?」
「火は出た。目的達成だ」
「昨日の報告では大型魔獣の突進を素手で逸らしたと聞きましたが」
「身体能力と魔法技術は別。俺、魔法練習してないから。レベルでエンジンだけでかくなっても運転が下手なら壁に突っ込むだろ。そういうことだ」
エドガーが信じられないものを見る顔になる。
「理屈を理解しているなら、なぜ訓練しない?」
「面倒だから」
「そこまで能力がありながら?」
「能力があるから必要な時だけ何とかなる。しかも俺は退職者だ。退職した人間へ『現役同様に毎日訓練しろ』は福利厚生上おかしい」
「今ここで仕事をしている!」
「臨時だ!」
「臨時でも準備は必要だ!」
「それは正しい。百パーセント正しい。だから俺以外の全員はちゃんと訓練した方がいい。俺は例外」
「なぜ自分だけ除外する!」
「うるせええええっ!自分に甘いからだあああああああああああああああ!文句あるかぁぁぁぁぁ!!」
堂々と言うと、エドガーが一瞬言葉を失った。ティアナは額を押さえ、ノエルは小声で「論理破綻を自白して突破するタイプなんですね」と呟く。
「分かったでしょ。あいつ、理屈が分からないんじゃないの。分かった上で自分にだけ適用しないのよ」
「想像していたより厄介です」
「私なら毎日訓練付き合えるよ!」
リリアが勢いよく手を上げる。
「疲れないし、眠らないし、怪我してもだいたい戻る! 陸が訓練するまで毎朝枕元に立って起こしてあげる! どう? 嫁向き!」
「それをやった日がお前の二回目の命日だ。俺は朝弱いんだよ」
「もう死んでるから二回目も怖くない!」
「無敵の理論で朝起こそうとしてくんなぁぁぁぁ!」
昼休み、俺は現代へ戻って冷蔵庫の缶ビールへ手を伸ばした。ゼニスが横から缶を押さえる。
「まだ昼です。しかも午後も演習があります」
「休日の昼酒は文化だ。俺は無職だから毎日休日。法的にも雇用契約はない。つまり文化活動」
「今、軍演習場から逃げてきた人間が言うな! 勤務扱いを否定するくせに、さっきは福利厚生を要求していたでしょう!」
「そこは都合よく使い分ける。権利は労働者、義務は無職。これが俺の理想社会」
「最低の制度設計を堂々と提案するな!」
「じゃあ残業代出せ」
「神界契約に残業代はありません!」
「ブラックだぁぁぁぁぁぁ!!」
結局、俺は水だけ飲まされて戻った。午後、エドガーはまだ訓練論を諦めておらず、魔導砲の運用説明へ戻っても最後に必ず「だから普段の訓練が」と付け足してくる。
「お前の国の砲兵も、発射だけが仕事ではないのだな」
「当たり前だ。撃つ前後の方が長い。移動して、準備して、観測して、補給して、片づけて。だからこそ普段から――って、お前今また訓練へ誘導しようとしただろ」
「理解しているなら話は早い」
「終わってねえのかよ! こいつ軍人として真面目すぎるぅぅぅぅぅ!!」
【神界・追加ご請求】
・現代側昼間一時帰還費 金貨20枚
・王国軍演習立会監督費 金貨15枚
・契約者飲酒未遂緊急介入費 金貨10枚
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今回加算 金貨45枚
今回加算・日本円換算 225,000円相当
前回繰越残高 金貨30,159枚
前回繰越残高・日本円換算 150,795,000円相当
合計残高 金貨30,204枚
合計残高・日本円換算 151,020,000円相当
「酒飲んでないのに五万円の『飲酒未遂』って何だよ。犯罪でも未遂罪が付くもの限られてるぞ。俺の昼酒だけ神界で重犯罪扱いなの?」
「止める私の介入費です。毎回あなたが普通に仕事へ戻れば発生しません」
「神に人件費って概念あんのかよぉぉぉぉ!! しかも俺の酒止めるだけで五万円って高給取りすぎだろぉぉぉぉ!!」




