第55話 砲兵同士を会わせるな
翌朝、王城の会議室へ入ると、軍人が二人待っていた。一人は三十九歳前後の大柄な男で、濃紺の軍装を寸分の乱れもなく着込み、机には分厚い資料束を並べている。もう一人は二十四歳くらいの細身の青年で、片眼鏡のような魔導具を首から下げ、地図へ細かな記号を書き込んでいた。
(今すぐ帰りたい。あの資料束の厚みだけで分かる。今日は長くなるわぁ)
「王国魔導砲兵大隊、エドガー・レオンハルトだ。国王陛下より、東方異常事案について共同調査を命じられている」
「観測魔術士、ノエル・リッターです。昨日までの証言と魔力記録はこちらで整理しました」
俺は扉へ手をかけたまま、最低限の礼儀だけ返した。
「黒田陸。無職。こっちの世界で言う元砲兵だ。自己紹介も終わったし、皆さん朝からお疲れ様でした。では俺はこれで、ばいなら」
「待て。自己紹介を退室手続きに使う奴があるかあ!」
エドガーの低い声が飛んでくる。
「初対面の礼儀は果たした。俺は王国軍でも役人でもない。つまり、この先は皆さんの職務であって俺の職務ではない。ここまで論理的に帰れる無職、なかなかいないぞ?」
「国王命令で共同調査になっている」
「俺は国王の部下じゃない」
「承知している。その上で協力要請だ」
「じゃあ断る自由もあるな。はい、嫌です。断った。解散!!」
「話を聞け!」
横でゼニスが額を押さえた。今日は軍務監査官を意識したような濃紺のジャケットと細身のパンツ姿で、書類板まで抱えている。そのさらに後ろでは、なぜかリリアが「軍の会議初めて!うっきうき」と椅子をくるくる回して遊んでいた。
「黒田さん。最低限、説明だけは聞いてください。説明を聞く前から拒否しても、王国側の再説明と再召集で事務費が増える可能性があります」
「てめぇ、その脅し方ずるいぞ。説明を聞く→質問される→答える→『詳しいですね、じゃあ現場も』になる→責任が生える。だから説明前に帰るのが一番安全なんだよ。これは三十二年間の人生で得た危機管理だ」
「責任回避だけ異常に体系化するなぁ!」
リリアが手を上げた。
「じゃあ陸が帰るなら私が残るよ! 私、砲撃の着弾地点に置いても死なないし、観測員として便利じゃない?」
俺は一瞬考えた。
「確かに。着弾確認用の人型標識――」
「考えるな!」
ゼニスとノエルの声が重なった。
「陸! そこは『危ないからやめろ』って言うところじゃないの!?」
「でも死なないんだろ?」
「死なないけど痛い! 女心まで不死身じゃない!」
「注文多い死人だな」
「誰がメンヘラ死人よぉぉぉ!!」
「いってねぇだろ、自爆すんな」
結局、俺は一度現代へ逃げた。四畳半で煙草へ火を点け、「砲兵同士の話は絶対長い」と独り言を言っていたら、十分も経たずゼニスに再召喚される。
「せめて一本吸い終わって余韻に浸るまで待て。途中で戻されると煙草さんに失礼だろ」
「吸い終わっています! 今あなたが惜しんでいるのは余韻ではなく仕事へ戻りたくない時間です!」
「それを余韻と言うんだよ」
「言いません!」
戻った会議室では、エドガーが本当に同じ姿勢で待っていた。軍人の忍耐力が怖い。俺は仕方なく椅子へ座り、資料を一枚だけ手に取る。
「で、何を見る。先に言っとくけど、俺の国の火砲と同じ前提で話すなよ。魔法で飛ばす大砲なんて俺は知らん」
「その差を見たい。東方から異常振動、閃光、魔物流入が発生している。王国側の既知の魔導砲射程外から攻撃が行われている可能性もある。まず我々の運用を見てもらい、お前の知る火砲運用と比較したい」
「比較して、敵性攻撃だったら対処する。そこまでは分かる。ただし大砲は砲身だけ置いて仕事するわけじゃねえぞ。弾、魔石、整備、人、観測、通信、輸送。撃つ回数増やしたら後ろが先に死ぬ。『威力が強いからたくさん撃とう』で済むなら兵站なんか誰も苦労しねえ」
エドガーの眉が少し上がる。
「同感だ。我々も砲一門の瞬間火力より、継続射撃できる体制を重視している。魔石は専用車列で運び、予備を一か所へ集めすぎない。整備も砲側と専任で役割を分けている」
「観測員が切れた時は?」
「近距離なら砲側で簡易観測。長距離は精度が落ちるため、基本的には観測魔術士が必要だ」
「通信切れたら?」
「伝令と予備術式。ただし速度は落ちる」
「へえ。ちゃんと面倒くさいな」
「褒めているのか?」
「砲兵に対する最大級の褒め言葉だ。面倒くさい部分を面倒くさいまま管理してる組織は信用できる」
気づけば、俺は完全に椅子へ座り込んでいた。ノエルが地図から顔を上げ、少し呆れたようにこちらを見る。
「呆れた。先ほどまで三十秒で帰ろうとしていた人物と同じとは思えませんね。専門の話になると、急に発言量が三倍くらいになります」
「働かなくて済む理由と大砲の話だけは口が回るんだよ。人間には得意分野が必要だろ?」
「前半を得意分野へ入れないでください」
会議室の隅にいたドーガンが笑った。
「だから言ったろ。こいつ、大砲の話になると冬眠から起きる。普段は酒と煙草の匂いする熊みたいなもんだ」
「誰が熊だよ。俺はもう少し繊細だぞ」
「部屋でゴキブリ飼ってる人間が繊細を名乗るな」
ゼニスが即座に刺してくる。
「飼ってねえ、共生と言え!」
「そこは訂正するところじゃないですわ!」
そこから話は本当に長くなった。砲そのものの細かな構造ではなく、誰が観測し、情報をどこでまとめ、どのくらいの時間で部隊を動かせるのか。王国軍側の考え方と俺が現役時代に身につけた感覚を比べていくと、エドガーとは驚くほど話が合う。
「火力を集中するなら、補給も同時に寄せなければ意味がない。撃てる砲だけ増やしても、魔石が来なければ鉄屑と同じだ」
「そう。逆に弾だけ山ほどあっても観測が死んだら危ない。大火力は、当てられるから偉いんじゃなくて、撃っちゃいけない時に撃たない判断まで含めて運用だ」
「撃てる者ほど、撃たない判断が必要になるか」
「そういうこと。だから俺は今も撃たずに帰ろうとしている」
「その話へ戻すな」
ノエルがため息をついた。
「二人とも、砲兵という人種は全員こうなのですか。話の本筋へ戻ったと思ったら、補給から観測、撤収、責任分界まで枝が増えていく」
「私は観測担当です。要点が欲しい」と本人が続けると、エドガーが少し笑った。
「明日、砲兵演習場へ来い。実物を見た方が早い」
「現物比較するなら、こっちのFH-70も王国名義で出せるか先にゼニスへ聞いとけよ。俺の借金で比較試験始めたら、その場で帰るからな」
「大砲の話より先に請求先を決めるのか」
「長く続く砲兵ほど補給と予算を先に見るんだよ。たぶん」
「最後に自信をなくすな」
「嫌だ」
「また即答か。今までの三時間は何だったんだ」
「専門知識と早起きは別問題だ。大砲は好きでも朝は嫌い。人間、そこを混ぜると不幸になる」
「明朝だ」
「もう朝という制度を廃止しちまえよ!」
「国王でも無理だ!」
リリアが横から嬉しそうに手を上げる。
「私は寝なくていいから朝強いよ! ほら陸、また嫁ポイント!」
「俺は寝たいから、お前と結婚すると朝起こされそうで減点」
「そんなぁぁぁぁ!」
「この会議、最後だけ婚活になるのおかしいでしょうがぁぁぁぁ!!」
ゼニスの絶叫で、ようやく長話?が解散になった。
【神界・追加ご請求】
・現代側短時間帰還処理費 金貨20枚
・王国軍共同調査契約立会費 金貨25枚
・軍施設内神性秘匿処理費 金貨15枚
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今回加算 金貨60枚
今回加算・日本円換算 300,000円相当
前回繰越残高 金貨30,099枚
前回繰越残高・日本円換算 150,495,000円相当
合計残高 金貨30,159枚
合計残高・日本円換算 150,795,000円相当
「三十万円払って、俺、知らない砲兵のおっさんと三時間喋ったの? しかも明日も会うの? これもう高級会員制サロンか、銀座の高級クラブじゃねえかよ!」
「途中から黒田さんが一番楽しそうでしたよ。エドガーさんが帰ろうとしても、あなたが補給の話を続けていました」
「楽しかったのと金払いたいのは別だぁぁぁぁぁぁ!! 趣味の会話に三十万も請求するな、クソ女神ぃぃぃぃ!!」




