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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#15 姫様にカレー食わせる仕事じゃねえ (正式名称:王都避難民給食及び生活支援任務)

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第53話 カレー守ってレベル上がるとか聞いてねえ

 王都南側の受け入れ区画は、朝から人で埋まっていた。昨日まで数百人だった避難民はさらに増え、王国軍の報告では千人を超えたらしい。俺は大鍋の前で木べらを握りながら、人生のどこを間違えれば元野戦特科二曹が異世界で給食責任者みたいな顔をする羽目になるのか、本気で過去を振り返っていた。


(少なくとも入隊した十八の俺は、三十二で無職になって異世界のカレーを守る未来なんか想像してないわな。未来の俺を殴りたい。どっちにしても、俺だけど)


「陸、もう食べられるじゃろ。匂いが完成しておる、わらわに食われたいと告げておる」

「モグ、お前の完成判定は『口に入れて死なない温度』だ。あと蓋を何度も開けるな。温度が落ちるし、湯気嗅いで満足するだけなら鼻だけ置いて離れろ」

「鼻だけ置くのは無理じゃ!」

「じゃあ全部離れろ」


 少し向こうではティアナが給湯魔法で洗い場を補助し、セシリアが兵士と配給列を確認している。リリアは「疲れないから」という理由で一番重い水桶を二つ持たされ、本人はむしろ誇らしげだった。


「見て見て陸! 水桶二個だよ! 人間なら腰が死ぬけど私はもう死んでるからセーフなのよ!」

「便利だな。お前、災害派遣に欲しいタイプの死人だわ」

「その褒め方、嫁候補として受け取っていい?」

「死ね、いや受け取り拒否で」

「死んでるもん!そこは受け取ってよぉ!」


 ここまでなら平和だった。


 東側の仮柵が、腹へ響く轟音とともに外側から吹き飛んだ。バギャァンッ――!! 木片が配給所へ飛び込み、鍋の蓋を叩き、避難民の悲鳴が一斉に上がる。柵の向こうから飛び込んできたのは、背中を灰色の硬い殻で覆った四足獣だった。牛より大きく、片方の角は折れ、全身には焼け焦げた痕が残っている。その後ろから小型の魔獣が六、七体、半ば転げるように続いてきた。


「また東から来やがったのか!」


 王国兵が武器を構えた。俺は魔獣を見て、鍋を見て、もう一度魔獣を見た。


「……兵士に任せよう。俺はカレーを見る。焦げたら千人分が死ぬからな」

「今、人が死ぬかもしれない話でしょうが! 食べ物の被害を同列に並べてんじゃないわよ!」


 ティアナが怒鳴る。


「違う、適材適所だ。兵士は戦う、俺は鍋を見る。俺が全部やるから労働環境が悪化するんだよ」

「異世界の戦場で労働問題へ責任転嫁するな!」


 大型個体が頭を振った瞬間、リリアが水桶を放り出して前へ出た。


「じゃあ私が止める! こういう時こそ死なない女の出番でしょ。陸、見てて! 嫁候補の耐久力アピール――」


 最後まで言い終わる前に、灰色の巨体の角がリリアの腹へまともに入った。ドゴッ、と鈍い音がして、白銀の髪が宙を舞う。リリアは仮柵の残骸を越え、十数メートル先の土山へ尻丸出しで両足だけ残して突っ込んだ。色気もへったくれもない。


「たーまーやー。ずいぶん……飛んだな」

「黒田ぁ! あんた、自分でやらしといて、感想それだけ!?」


 ティアナが目を剥く。土山から片手だけが伸び、直後にリリアの悲鳴が飛んできた。


「死なないけど痛いんだからねぇぇぇぇぇぇぇ!! あと誰か埋まった私を起こしてぇぇぇぇ!!」

「生存確認。よし、後回しでいいや」

「後回しにするなぁぁぁぁ!!」


 その時、小型魔獣の一体が列から外れた子供へ突っ込んだ。笑っている余裕が消え、俺の足が勝手に動く。子供を抱えて横へ転がった瞬間、視界の端へ神界表示が浮かび上がった。


【特性即応(クイック・レスポンス) 戦闘判定成立】

【|即日レベルアップシステム《インスタント・レベリング》 緊急起動】


「うわ、最悪だ! やめてくれ待て、俺まだ一匹も倒してない! 助けただけだぞ!」


 ゼニスが防災本部職員みたいなベスト姿で現れ、端末を確認する。


「敵性個体との接触、救助行動を確認。現在レベル3……4……6。規約上、完全に戦闘参加です」

「俺の財布だけ被害判定が早いんだよ! 止めろ!」

「止められません。レベル8……11。子供を抱えて飛び込んだ時点で十分です!」


 東側の警備兵が、仮柵脇へ置かれていた布覆いを跳ね上げた。中から見えた黒い銃床に、俺の目が一瞬だけ止まる。昨日、避難民区画の防護装備として王国名義で一時再構築された89式5.56mm小銃だった。


「おいゼニス。あれ、俺の請求じゃねえよな?」

「王国の避難民警護予算です! 今それ確認するところですか!?」

「命より金って意味じゃねえ。命守ったあと俺の人生が死ぬか確認してんだよ!」


 警備兵から89式小銃を受け取り、パパパパパパン!と迫ってきた小型魔獣を避難列から外へ追いやる。乾いた発射音が配給所へ重なり、土煙の向こうで二体が進路を変えた。大型の殻持ちには頼れる決め手にならない。それでも、子供や避難民へ届く前の数秒を作るには十分だった。


「……やっぱこれが一番身体に馴染むな」

「急に現役みたいな顔しないでください!」

「うるせえ。仕事したくないのと、知ってる道具を雑に扱わないのは別だ」


 別方向から小型魔獣が左右へ割れた。一体は王国兵へ任せ、抜けてきたもう一体へ身体を入れて進路を弾く。自分でも気持ち悪いくらい身体が軽く、さっきまで大鍋を混ぜて腰が痛いと言っていた人間とは思えない。


【LEVEL 14】

【LEVEL 18】


「おい、上がり方早くなってねえか?」

「群れ全体の危険度加算です。20……23。料金も上昇中です」

「聞いてない料金情報まで混ぜるな、この銭ゲバ女神があああ!」


 ティアナの火球が小型二体をまとめて弾き飛ばし、モグが別の一体を尻尾で転がす。土山から這い出したリリアも首を鳴らしながら戻ってきた。


「陸! もう一回行けるよ! さっきより上手に飛ばされる自信ある!」

「そこ上達すんな! 小型だけ散らせ。大型へ正面から行くな!」

「心配してくれた?」

「後片づけが面倒なんだよ!」


 灰色の大型個体が低く吠えた。地面を前脚で掻き、さっきまで逃げ惑っていた目が、恐慌から敵意へ切り替わる。ゼニスの声も一段変わった。


「危険度更新。黒田さん、レベル27」

「は?」

「31……36」

「おい待て。数字の間隔がおかしいって」

「42――47」


「てめぇこれカウンター壊れてんだろぉぉぉぉぉ!! 人間の成長ってもう少し情緒とか努力とか挟むもんだろ!?」

「あなたが努力を挟まないからシステムが金で埋めてるんでしょうがぁぁぁぁ!!」


 大型個体が突っ込んだ。ドドドドドッ――!! 巨体が地面を叩くたびに土と小石が跳ね、避難民の悲鳴が少しずつ遠ざかる。普通なら正面から受けるなんて考えもしない。だが身体のどこかが「間に合う」と判断していた。


 角を掴む。腕へ衝撃が突き抜け、靴底が土を削る。止めきるのではなく、頭を横へ捻って進路だけを変えると、巨体は配給所の脇を抉るように通過した。


「……俺、今なにした?」

「知らないわよ! あんた五分前まで鍋混ぜて『腰いてえ』って言ってたでしょうが!」

「現在レベル52です!」

「人間って金払うとここまで強くなるの!?」

「言い方が最低だ! でも否定できないのがもっと嫌だ!」


 大型個体が向きを変える。ここまで上がったなら、もしかしたらと思い、俺は掌を前へ向けた。


「ここまで上がれば魔法も何か起きるだろ。ファイア!」


 ぽすっ。

 拳より小さな火が一瞬だけ灯り、情けなく消えた。沈黙したティアナが、ゆっくり俺を見る。


「……レベル52でも、それ?」

「風が強かったし」

「無風ですけど?」

「湿度が」

「ぴっかぴかの晴天」

「火の機嫌だろ」


「下手なのを自然現象と精霊の気分へ分散するなぁぁぁぁぁぁ!! だから訓練しろって言ってるでしょうが!」

「レベルは身体能力を底上げするだけで魔法技術は別枠なんだよ! 俺だって分かってる! 分かってるけど練習したくないんだよ!」

「開き直るんじゃねえ!」


 大型個体が再び踏み込んだ。俺は一度だけ深く息を吸い、笑いを切った。右前脚の傷、逃げる方向、避難民の位置、モグとリリアの場所、ティアナの射線。必要なものだけを見る。


「ティアナ。右前脚が傷んでる。次に踏み込んだ時、内側へ崩れる。地面だけ叩いて進路を外へ押せ」

「分かった」

「モグは後ろから煽るな。逃げ道を一つ空けろ。リリアは小型を人から離せ。兵士は倒すより避難を優先。こいつら、俺たちを食いに来たんじゃない。東から追われて、逃げ込んだ先でパニック起こしてるだけだ」


 大型個体が踏み込む。右前脚が沈んだ。


「今だ!」


 ティアナの魔法が地面を叩き、巨体の進路だけを外へ押す。モグが横から低く唸り、リリアが小型魔獣を死霊の腕で遠ざける。灰色の巨体は壊れた柵の向こうへ転がるように走り去り、残った小型もその後を追った。


 数秒遅れて、避難民のざわめきが戻ってくる。俺は鍋を振り返り、蓋が無事なのを確認してからようやく息を吐いた。


「死人なし。子供無事。鍋も無事。リリアも元から死人。つまり損失ゼロ。完璧だな」

「最後の分類だけ、なんかひどくない!?」

「戦闘判定終了。最高到達レベル58です」


 ゼニスが端末を閉じる。


「勝ったな。しかも誰も殺してない。これは善行。善行なら割引。むしろ神界から俺へ報奨金出てもいい。どうだ、完璧な理屈だろ?」


「即レベ利用料があります」

「あーあー! 聞こえなかった。耳鳴りだな」

「戦闘時急速成長利用料が――」


「カレー守っただけで金取るなこの強欲クソ女神がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「子供も避難民も守ったでしょうが! カレーを主目的みたいに履歴改ざんするなぁぁぁぁぁぁ!!」


【神界・追加ご請求】


 ・【即日レベルアップシステム】緊急起動料   金貨300枚

 ・戦闘時急速成長利用料            金貨1,000枚

 ・高危険度因果安定化補助費          金貨120枚

 ・戦闘契約リアルタイム監督費         金貨20枚

 ・現代側短時間帰還予約処理費         金貨20枚

 ─────────────────

 今回加算                   金貨1,460枚

 今回加算・日本円換算             7,300,000円相当

 前回繰越残高                 金貨28,594枚

 前回繰越残高・日本円換算           142,970,000円相当

 合計残高                   金貨30,054枚

 合計残高・日本円換算             150,270,000円相当


 ※最高到達レベル58。鍛錬を継続しない場合、維持されません。

 ※避難民救護は善行割引の対象外です。

 ※避難民警護用89式5.56mm小銃の再構築・公的使用関連費はアルヴェリア王国防衛予算で別途精算。黒田陸個人の神界債務へ加算していません。


「七百三十万円!? 子供助けて、死人を一回飛ばして、カレー守って、敵は逃がしただけだぞ! 俺どこで七百三十万円分の贅沢したんだよ!」

「強い敵ほど経験値効率も因果負荷も高いんです。あとリリアさんが飛ばされた件は請求額へ影響していません」

「そこ無料なんだ……」


 土だらけのリリアが胸を張る。


「ねえ陸。七百三十万円の戦場で身体張って、死なずに戻って、しかも嫁候補! 私かなりコスパ良くない?」

「お前だけ無料で丈夫なの腹立ってきた。ゼニス、俺も一回死者プランへ変更できない?」

「契約逃れ目的で死亡プランを検討するなぁぁぁぁぁぁ!!」



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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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