第52話 その差し入れ、異世界へ持ってくと高いぞ
第52話 その差し入れ、異世界へ持ってくと高いぞ
翌朝、王都南側の避難民受け入れ区画へ行くと、昨日のカレーが予想以上に評判になっていた。良い評判というのは普通なら嬉しいものらしいが、俺の場合は違う。成功した仕事は「じゃあ次も」と横展開されるので、実質的には罠である。
(失敗すると怒られる。成功すると仕事が増える。労働という制度、どっちへ転んでも俺に不利じゃねえか)
「黒田さん。昨日の方式を、南側の受け入れ所でも使えないでしょうか。今朝だけで新たな避難民が百人以上増えていますし、厨房側からも手順を統一したいという要望が来ています」
セシリアは悪気なく言う。俺は配給待ちの列と水場、仮設竈の位置を順番に見て、ため息をついた。
「一回うまくいったからって、そのまま倍にすんなよな。飯ってのは鍋を二個にしたら仕事も二倍で済むような綺麗な計算じゃできないんだ。水、薪、切る奴、運ぶ奴、洗う奴、食器、残飯、便所、列整理まで全部増える。腹減った千人を一か所へ並ばせたら、それだけで暴動が起きるぞ」
「昨日から思ってたけど、あんたって、料理してる時も味より先に人の流れを見てるのね」
ティアナが腕を組んだまま、少し呆れたように言う。
「味が良くても配膳に三時間かかったら昼飯が夕飯になる。しかも洗い場と給水所を近づけすぎれば地面が泥になるし、子供と怪我人を一般列へ混ぜれば待ってるだけで潰れる。俺は働きたくないから、あとで問題が増える配置だけは先に潰すんだよ」
「動機が最低なのに、結果だけまともなのが腹立つのよね」
「結果がまともなら褒めろ。人間、善意より怠惰の方が長続きするぞ」
「教育に悪いから子供の前で言わないでくれる?」
セシリアはすぐ書記へ指示し、給水所と配膳口を離し、負傷者と子供連れの列を分け始めた。その横ではリリアが、二つの大鍋を吊った棒を肩へ担いで歩いてくる。普通の人間なら腰が死ぬ重量だが、本人は鼻歌まで歌っていた。
「陸ぅ、見て見てこれー! 私ってば鍋二個同時に運べるし、疲れないし、夜番もできるよ。私って兵站向きじゃない? つまり家庭運営にも向いてる。嫁として採用すると二十四時間稼働可能!」
「その売り文句、ほぼ家電なんだよ。あと二十四時間稼働する嫁は俺が先に疲れる。夜は静かに寝かせてくれ」
「私は寝なくていいから、陸が寝てる間ずっと、ずーっと寝顔を見ながら見守ってあげるよ?」
「単純に怖えよ。死体に一晩中枕元で見られる生活を新婚生活と呼ぶな。葬儀の続きだろそれ」
「死んだ後も安心だよ?」
「安心の方向が墓場に全方面向かってるじゃねえか!!」
ティアナが額を押さえた。
「なんでこの二人、求婚と死亡予告を同じ会話で処理できるのよ……」
そこへ、王都での仕入れを終えたミャオが荷車を引いてきた。塩、油、石鹸、乾燥豆、布類が積まれており、昨日よりずっと宿屋の主人らしい顔をしている。
「陸、こっちの仕入れと精算は終わったにゃ。午後にはやどり木へ戻るにゃ。店を二日も空けたら、今度は宿の方で仕事が山になるにゃあ」
「賢明だ。俺も一緒に帰る。宿の危機を救うためだ。客として責任がある」
「陸は王都でまだ仕事あるってセシリア様から聞いてるにゃ」
「なんで王族と宿屋が俺の予定を共有してんだよ。個人情報保護って概念ないのか、この国」
「ツケを何か月も抱えてる客に言われたくないにゃ。あと陸が逃げるから情報共有されるんだにゃ」
「逃げる権利まで奪うな! 無職には自由しか資産がねえんだぞ!」
ミャオは笑いながらひらひらこちらに手を振りつつ、荷車を押して去っていった。昼前、王国兵、ギルド職員、厨房係がそれぞれ勝手に動き始め、同じ仕事を二重にやる者まで出てきたため、結局俺が一度全員を集める羽目になった。
「飯を作る班、運ぶ班、配る班、片づける班を混ぜるな。忙しくなると全員が『手伝おう』として同じ場所へ集まるけど、それが一番邪魔だ。あと偉い奴は鍋の前に立つな。現場が遠慮して報告待ちになる。必要なら端で状況見て、人が足りないところだけ回せ」
王国兵の小隊長が感心したように眉を上げた。
「黒田殿は軍でもこうした炊事を?」
「専門は特科――こっちでいうと砲兵だな。炊事畑の人間じゃない。ただ陸士っていう下っ端階級の頃、人手が足りなくて炊事班へ回されたことはある。米炊いて、汁作って、野菜を切って洗って、食わせて片づけて、また次。あれで分かったのは、飯も弾も勝手に前線へ生えてこないってことだけだ」
「ねぇねぇ陸ぅ、米って何なの?」
リリアがひょこんと顔を出す。
「白い穀物だ。炊いて、俺の国じゃ普通に食う。味噌汁と合わせると、たまに無性に食いたくなる」
「わぁ、じゃあ今度作って! 味噌汁も興味ある! 私ほぼ食べなくていいけど、陸の故郷の味なら食べてみたいからー!」
「千人超えでやるなら、今みたいな鍋と人海戦術は勘弁だ。ちゃんとした野外炊具を誰かの金で持ってこられるなら考える」
「誰かの金、ってところだけやたら明瞭ねえ」
ティアナの声は完全に無視してやった。ざまあみろ。
午後、作業が回り始めたところで俺は現代へ戻った。煙草一本だけ吸うつもりだったが、玄関脇に見覚えのある紙袋が置いてある。中にはレトルト粥、缶詰、栄養補助食品、それから短いメモが入っていた。
『陸さんへ。どうせまともに食べてないと思うので。持っていける物だけです。ひなた』
「……余計なお世話だっつーの」
口ではそう言いながら、俺は柔らかい粥と缶詰を手に取った。(どうせ自分じゃ食わずにカップ麺で済ませると思われてるんだろうな。まあ、当たってるから腹立つ)
光とともに現れたゼニスは、物流会社の受付みたいな制服に小型端末までぶら下げていた。
「先に言っておきます。その袋を異世界へ持っていく場合、【物資転送】扱いになります。『後輩がくれた物だから無料』という理屈は通りませんし、今あなたが考えている『病人へ少し回せば善行割引』もありません」
「まだ一言も喋ってねえのに俺の悪巧みを全部潰すな。人の顔を請求書みたいに読みやがって」
「黒田さんの場合、だいたい最初に無料化、次に経費化、最後に他人払いを考えるでしょう。長い付き合いですから分かります」
「また成長したな。嫌な方向にだが」
「あなた対応だけ異常に経験値が入るんですよ!」
量は大したことがない。それでも熱を出した子供や老人へ回すには役立つ。俺は少し迷ってから、ゼニスへ値段だけ聞いた。
「質量は小さいですが、加工食品は世界間持ち込み査定が細かいので、基本転送費と因果検査が入ります。必要量だけなら金貨三十枚前後です」
「くそたけぇ!!おま、十五万円だぞ。缶詰と粥を数個送るだけで十五万円。クロネコヤ〇トでもそこまで取らねえぞ、むしろ安くて速くて安心で良心的だ」
「世界を跨ぐ宅配便と国内配送を同じ感覚で比べないでください! そもそも宅配便ではありません!」
「じゃあボッタクリ異世界便って名前にしろ。ポイントカード作れ。十回送ったら一回無料とか」
「神界サービスを町のスタンプカードみたいに運用しようとするなぁぁぁぁ!!」
結局、全部ではなく必要分だけ転送した。異世界へ戻ると、ティアナが袋の中身を見て眉を上げる。
「また現代の物? あんた、自分の食事には金を使わないくせに、こういう時は十五万円も払うのね」
「俺が食えば一食で終わる。病人に使えば数人分になる。費用対効果だ。勘違いすんな、優しさじゃない」
「はいはい。そういうことにしておいてあげる。でも、それを送ってくれた後輩の気持ちは無料でしょ。そこまで経費に換算しないでよね」
俺は少し黙ってから、煙草を一本取り出した。
「ねえ、十九歳が三十二歳へ正論吐くの、法律で禁止しない?」
「あんたが三十二歳としてちゃんとしなさいよ!」
夕方、熱を出した子供が粥を食べ、母親が何度も頭を下げた。セシリアとティアナは、その横で現代の保存技術と魔術保存の違いについて話し始める。リリアは夜番の人員表を覗き込み、勝手に自分の名前を深夜から朝まで全部の枠へ書いていた。
「おいリリア、何してんだ」
「私寝ないから夜番全部できるよ! ほら、また嫁ポイント加算でしょ!」
「労基法が泣く配置を嫁ポイントにするな。俺が雇用主みたいに見えるから半分消しとけよ」
「じゃあ新婚なら労働じゃなくて愛のお手伝い――」
「その言い換えが一番ブラック企業っぽいんだよ!」
【神界・追加ご請求】
・現代側短時間帰還処理費 金貨20枚
・小規模物資転送費 金貨30枚
・加工食品因果安全検査費 金貨15枚
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今回加算 金貨65枚
今回加算・日本円換算 325,000円相当
前回繰越残高 金貨28,529枚
前回繰越残高・日本円換算 142,645,000円相当
合計残高 金貨28,594枚
合計残高・日本円換算 142,970,000円相当
※ひなた差し入れ本体は無償提供物。
※神界請求は世界間搬送・因果検査部分のみ。
「十五万円の宅配便使って、最終的に三十二万五千円増えるのどういう計算だよ。俺、算数苦手だけど倍以上になってることくらい分かるぞ」
「帰還費と検査費があります。あなたが一度日本へ戻らなければ、かなり違いました」
「だったらもう異世界にコンビニ建てろぉぉぉぉぉ!! セブンでもファミマでもいい、俺の借金より安い方を誘致しろぉぉぉぉ!!」
「神界にフランチャイズ交渉させるなぁぁぁぁ!!」




