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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#15 姫様にカレー食わせる仕事じゃねえ (正式名称:王都避難民給食及び生活支援任務)

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第51話 王女様、カレーは国家機密じゃありません

 翌朝、王城の厨房へ連れて来られた俺は、扉を開けた瞬間から帰る理由を探し始めた。広い厨房には俺の胴回りくらいある鍋が並び、棚には干し肉、豆、根菜、穀物、香辛料が山積みになっている。

 これを「少し余った保存食」と呼んだセシリア王女の金銭感覚を見て、俺は王族という生き物を改めて信用しないことにした。


(少し、の単位がおかしいだろ。俺の部屋なら床が抜ける量だぞ、これ)


「黒田さん。先日の避難民受け入れで、予定より保存食が残りました。同じ煮込みばかりでは子供たちも食が進まないようですし、傷む前に別の形で使えないでしょうか? 昨日のお話を聞く限り、黒田さんは大量の食事を回すことにも慣れているのでしょう?」


 セシリアは朝から目を輝かせていた。王女というより新しい玩具を見つけた研究者の顔である。俺は棚の食材と人員を見比べ、先に逃げ道だけは作っておくことにした。


「最初に言っとくけど、俺は料理人じゃないからな。高級料理も宮廷料理も知らん。俺が知ってんのは、限られた材料で人数分を食わせて、保存食を腹に入る形へ持っていく方法だけだ」

「今必要なのは、豪華さより多くの人へ安定して出せる料理です。十分ではありませんか」

「王族の『十分』は信用ならん。後から銀の皿に花飾れとか言われたら、その瞬間に腹痛になるわ」


 後ろから鍋へ顔を突っ込む勢いで覗いていたモグが、干し肉の束を指差した。


「陸。まだ料理になっておらぬなら、わらわが素材のまま食べて減らしてやってもよいぞ。保存食が余って困っておるのじゃろう? つまり、わらわが食べれば問題解決なのじゃ」

「おいデブ竜。お前は食料問題を胃袋で解決しようとするな。しかも一見合理的っぽく言うのやめろ。避難民へ配る食い物を古竜一匹の朝飯に変換したら、問題が『在庫過多』から『食料不足』へクラスチェンジするだけだ」

「でも減るのだぞ?」

「お前は自分が食いたいだけじゃねえかぁぁぁ!」


 さらに厨房の端では、いつの間にやら来ていたルヴィアが扇子を広げて保存食を品定めしていた。真紅の縦巻きロールを揺らしながら、いかにも気に入らないという顔で鼻を鳴らす。


「あらあら。干し肉に豆、根菜……せっかく王城の厨房を使うのでしたら、最高級の熟成肉と香草を追加して――」

「却下だわ。余り物を減らす日に在庫総額を増やすな。お前、財布がでかすぎて節約という言語機能が死んでるだろ」

「料理には格がありますわ!」

「大量給食に要るのは回転率と腹持ちだ! 腹減った避難民へ皿の格を語ってみろ、皿ごと飛んでくるぞ!」


 そのやり取りを聞いていたセシリアが口元を押さえて笑い、もう一人、黒いゴシックローブ姿の女が巨大な野菜籠をひょいと持ち上げて近づいてきた。青白い肌、白銀の長髪、濃い隈。見た目だけなら完全に徹夜明けの死体だが、実際に三百年以上前から死んでいるリリア・モルグである。


「陸ぅ! 私、もう三往復してきたよー! 重い物持っても腰痛めない、疲れない、倒れても死なない! どう? 大量調理に向いた女だと思わない?」

「思う。人件費ゼロだから、お前はなお良い」

「ねぇねぇ! そこから一歩進んで、お嫁さんにしてもいいんだよ? 愛人でも可! 夜中の仕込みも寝ずにできるし、死んだ後までずーっと一緒にいられる超長期保証付き!」

「後半だけ急に保証じゃなくて呪いになるな。はいはい、考えとくわー」


 俺が鼻をほじりながら答えると、リリアは両手を上げて本気で喜んだ。


「やった! 保留ってことは可能性あるよねー!」

「ないとは言ってないが、あるとも言ってない。俺は検討という名のゴミ箱へ入れただけだ」


「――黒田さん、それ本人の前で言うことじゃありませんよ」


 セシリアの真っ当な指摘を聞かなかったことにしていると、厨房の入口から聞き慣れた猫語尾が飛んできた。


「陸ぅ。朝から王女様の前で何を最低なこと言ってるにゃあ」


 帳面を抱えたミャオが入ってくる。俺は本気で二度見した。


「……おい、なんでお前が王都にいるんだよ。宿はどうした。まさか俺のツケ回収だけのために店閉めて来たとか言わねえよな」

「そこまで陸中心に世界は回ってないにゃ。避難民が増えて、塩も麦も油も石鹸も減りすぎたから、王都の卸商でまとめて仕入れる必要があったんだにゃ。それに受け入れ宿向け救援物資の精算書類もあるし、いつか二号店を出すなら商人との付き合いも見ておきたいにゃ」


「お前、ちゃんと経営者してんな」

「誰かさんのツケ帳簿を整理してたら嫌でも鍛えられるにゃ。その迷惑な客は......陸、おめぇだにゃぁぁぁぁ!!」


 厨房中から笑いが起きたので、俺は咳払いして作業へ逃げた。干し肉は一度水で戻し、塩気を根菜や豆へ散らす。香辛料と油を使い、鍋ごとの差が極端に出ないよう手順を揃え、混ぜる担当だけは固定した。


「大鍋は全員で触ると逆に失敗する。火を見る奴、混ぜる奴、切る奴を分けろ。俺は責任者じゃなくて臨時の口出しおじさんだからな」

「もう十分責任者に見えますけれど」

「見間違いだろ」


 数時間後、厨房いっぱいに香辛料の匂いが広がった。鍋の中で茶色い煮込みがゆっくり泡を立て、モグは鍋の横へ座り込んで動かず、ルヴィアは「品質確認ですわ」と言いながら小皿を三枚積み上げ、リリアはなぜか四枚目を運んでいる。


「ルヴィア、それ味見じゃなくて普通に昼飯だぞ。リリアも手伝って増やすな」

「わたくしは高貴なる舌で安全を確認しているのですわ!」

「私は毒味! ほら、もう死んでるから毒でも安心でしょ!」

「お前の毒味は生者の安全確認にならねえんだよ! 死体基準で食品衛生確認するな!」


 セシリアが小皿のカレーを口へ運び、少し考えてから頷いた。


「保存肉の塩気が柔らかくなっていますし、野菜も食べやすいですね。香辛料が強いのに、嫌な味が一つにまとまっている。この料理は、大人数へ出す時にも向いているのでしょうか」


「材料を選べばな。細かい味を揃える料理じゃないけど、多少具が違っても全体をまとめやすい。飯にかけりゃ腹にもたまる。ただ千人規模になったら、厨房と人力だけで何回も回すのは限界が来る。鍋を増やすより、まともな野外炊事装備が欲しくなるな」


(昔、陸士の頃に炊事へ回された時もそうだった。飯は作れば終わりじゃない。運んで、配って、洗って、また次を回す。千人を人力だけで食わせるのは、料理より流れの方がしんどい)


「兵站向けの料理なのですね」

「飯食いながら兵站って言葉を自然に出す王女、ちょっと嫌だな」

「あなたが最初から全部その視点で説明しているからでしょう?」


 反論できなかった。


 煮込み待ちの時間だけ現代へ戻ると、俺は四畳半の冷蔵庫から缶チューハイを一本取り出した。開ける前に、白衣と白帽子姿のゼニスが光とともに現れる。


「黒田さん。念のため申し上げますが、あなたは現在『王国避難民向け大量給食案件』の途中です。煮込み待ちを理由に現代世界まで帰って酒を飲む労働者を、私は過去にも未来にも見たくありません」

「待て。俺は労働者じゃない。無職だ。それに料理ってのは火を入れたら待つ時間が必要なんだよ。待つ時間を有効活用して何が悪い。酒一本で俺の精神衛生が改善されれば、結果的に現場の安全性も上がるだろ」

「飲酒を安全対策へ分類するな! しかもまだ朝ですよ!」

「そんなもん、時差だと思え」

「異世界との時差を都合よく捏造するなぁぁぁぁぁぁっ!!」


 缶は取り上げられた。異世界へ戻ると、ミャオが鼻をひくつかせて俺を見る。


「陸、酒の匂いするにゃ。飲んではないみたいだけど、触ったにゃ?」

「お前の鼻、税務署へ就職できるレベルだぞ。触っただけだ。未遂だ。だから俺は潔白だもんね!」

「普通の人は勤務中に酒を触りに世界を跨がないにゃ」

「俺は勤務してない。そこ重要だろ」

「王城厨房でエプロン着けて指示出してる無職が何言ってるにゃぁぁぁぁ!!」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 昼、最初のカレー配給が始まった。子供が一口食べて目を丸くし、母親が肩の力を抜く。その横でモグが大盛り三杯目を受け取ろうとしていたので、俺は頭を掴んで列から引き抜いた。


「お前は避難民枠じゃねえ。食うなら最後だ。あとルヴィア、お前も皿を隠すな。縦巻きロールの後ろから見えてるっつーの」

「わらわも空腹から避難してきた竜なのじゃ!!」

「わたくしは品質管理ですわ!」


「てめぇら食欲ドラゴンどもは概念から避難するな! あと品質管理でおかわり四杯もしてんじゃねえ! 古竜二匹だけで避難民十人分食う気かよぉぉぉぉっ!!!!」


【神界・追加ご請求】


 ・現代側短時間帰還処理費       金貨20枚

 ・王城厨房神性秘匿監督費       金貨15枚

 ・大規模給食契約補助事務費      金貨20枚

 ─────────────────

 今回加算               金貨55枚

 今回加算・日本円換算         275,000円相当

 前回繰越残高             金貨28,474枚

 前回繰越残高・日本円換算       142,370,000円相当

 合計残高               金貨28,529枚

 合計残高・日本円換算         142,645,000円相当


 ※王城食材費はアルヴェリア王国負担。

 ※ミャオの仕入れ代金及び黒田生活債務は別口。


「俺、余り物を飯にしただけで二十七万五千円増えてるんだけど。食材代は王国持ち、労働力のかなりは死人と古竜、俺は酒すら飲めてない。これで俺に請求来る理屈、どこにあるんだよ」


「世界を跨いで酒を触りに帰った人が、そこを一番大きな不満にするんですか。帰還費がなければもっと安かったんですよ」


「飲んでねえのに課金されるのが一番腹立つんだよぉぉぉぉぉ!! 未遂罪で二十万単位取るな、この羽根付き徴税機ぃぃぃぃ!!」


「誰が徴税機ですかぁぁぁぁ!!」


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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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