第48話 国家案件は無職の業務範囲外です
王城の謁見室。俺は、生まれて初めて本物の王様を見た。
国王アルフレッド・アルヴェリア、五十四歳。派手な王冠を被って威張り散らすような男ではなく、むしろ普通に話が通じそうな顔をしている。
こういう相手の方が、雑に逃げづらいので困る。その隣には王妃エレオノーラが座り、さらに王太子ユリウス、第一王女セシリア、第二王子レオン、宰相オズワルド・ケインまで顔を揃えている。人数が多く、逃げ道まで塞がれた気分になる。登場人物の名前を覚えるのが面倒だし、もう帰りたい。
「黒田陸よ」
アルフレッドが口を開いた。
「まず、先日の防衛について礼を言う。そなたらの働きがなければ、被害はさらに大きかっただろう」
「いえ。じゃあこれで失礼します」
俺は頭を下げ、そのまま身体を横へ向けた。
「まあ待て」
「ですよねえ」
分かっていた。でも一回は試したかった。ゼニスが後ろから小声で言う。
「黒田さん。お願いですから、せめて五分くらい王様の前では社会性を維持してください」
「俺の社会性は自衛隊退職時に国へ返納している」
「社会性は官給品じゃない!」
アルフレッドの口元が少し緩んだ。
「貴殿は、聞いていた以上だな」
「何を聞いたか知りませんけど、半分くらい誇張ですよ?」
「怠け者だと聞いている」
「そこは事実です」
「借金があるとも」
俺は反射的に振り返った。
「おい、誰が喋ったぁ!?」
ゼニスがすっと目を逸らす。
「お前か!絶対お前だろ!!」
「必要な財務情報です。王国側があなたへ今後も報酬を支払う可能性がある以上、契約上の債務状況は――」
「王様に会って三十秒で俺の信用情報開示すんな! 国家機密より先に個人情報守れよ!」
「あなたが自分で『金くれ』と言い始める前に説明した方が被害が少ないと判断しました!」
「被害って何だ!」
「主に私の精神です!」
宰相オズワルドが低く咳払いする。
「黒田殿。今回、王国が確認したいのはあなたの私生活でも債務でもない。先の魔物大移動、使用された未知の火力、及び東方情勢についてだ。そこへ話を戻してよろしいか」
「その言い方、役所で窓口たらい回しにされる時の声に似てるな」
「役所が何かは知らんが、少なくとも今は私の話を聞け」
「最後の以外は報告書で済みます」
「報告書は?」
「ゼニスが――横の女が書きます!」
「あなたが書くんですよ!」
「お前口述筆記担当だろ」
「いつ決まった!?」
オズワルドの眉間へ皺が寄る。
「国家へ提出する正式文書を、神に代筆させるつもりか」
「神が書いた方が格が上じゃない?」
「そういう問題ではない」
「ゼニスより面倒くせえ事務屋がいるぞ……」
「「今なんて?」」
ゼニスとオズワルドが同時に言った。俺は前を向く。
「何も」
王妃エレオノーラは、さっきから静かに俺を観察していた。
「あなた、兵士だったのでしょう」
少しだけ空気が変わった。俺は視線を王妃へ戻す。
「……昔の話です」
「そうですか。ですが、王都まで同行した避難民から聞きました。あなたは隊列の速度、休憩位置、負傷者の配置、荷車の順番を自然に決めていたそうですわね。冒険者の振る舞いには見えません」
「癖みたいなもんです。今は無職です」
王太子ユリウスが初めて口を開く。
「その『無職』が、我が国の軍にも存在しない火力へ接続できる。こちらとしては、あなたが何者か確認しないわけにはいかない」
「元自衛官、現無職、神界債務者。望みは寝ること。望まないのは仕事。以上」
「最後の二つがひどいな」
「分かりやすいでしょう」
ゼニスが頭を抱える。
「国家中枢への自己紹介が『寝たい、働きたくない』で完結する人初めて見ました!」
俺はユリウスを見る。
「警戒するのは分かりますよ。俺だって、所属不明の奴が大砲持ち込んだら嫌ですから。でも俺はこの国を取ろうとか、軍を作ろうとか、英雄になろうとか、そういう面倒なことする気ないんです。国家運営の野心があるなら、まず自分の四畳半を統治できてます」
エレオノーラが口元を押さえる。
セシリアまで少し笑った。ユリウスは真顔のまま言う。
「その言葉を信用しろと?」
「しなくていいです。俺も王国を全面的に信用してるわけじゃない。お互い様でちょうどいいでしょう。必要な時だけ話して、終わったら帰る。健全な距離感です」
「ずいぶん都合のいい距離感だな」
「人付き合いなんてだいたいそんなもんですよ」
アルフレッドはしばらく俺を見たあと、唐突に言う。
「では報酬の話をしよう」
俺は姿勢を正した。
「詳しく聞きましょう」
ゼニスが額を押さえた。
「切り替え早っ! 今までの警戒と距離感の話どこ行ったんですか!」
「報酬は報酬だ。政治と会計を混ぜるな、これは俺のじっちゃんが言った言葉だ」
「都合のいい時だけ会計分離すんな!誰ですかじっちゃんって!」
アルフレッドが笑う。
「なるほど。扱い方が分かってきた」
「陛下、餌付けしないでください!」
「誰が動物だ!」
エレオノーラが穏やかに言う。
「でも、報酬と食事を提示すると反応がよいのでは?」
「王妃様まで学習しないでください!」
「俺を攻略対象みたいに解析すんな!」
その時、第二王子レオンが我慢できなくなったように身を乗り出した。
「黒田殿! あの巨大な砲は、どのように撃つのだ!? 私にも教えてくれ! あれほど遠方へ正確に火力を届かせる仕組み、王国の魔導砲とはまるで違うのだ!」
「嫌だね。学校行け」
レオンが固まった。
「即答か!?」
「殿下、十七だろ。ちゃんと勉強しろ。あと大砲は一人で撃つ物じゃない。『俺も撃ちたい!』でどうにかなるもんじゃない」
「なら部隊ごと学ぶ! 人員も用意する!」
「前向きすぎる! そこで引けよ!」
「必要なら王国軍から――」
「人員確保の話へ進むな! 俺は教官じゃねえ!」
「では見学だけでも!」
「子供が大型兵器の職場見学を要求すんな!」
「私は王子だ!」
「十七歳は十七歳だ!」
ユリウスが額を押さえる。
「レオン、少し黙れ」
「兄上は興味がないのですか!」
「興味の有無と、今聞くべきかは別だ」
俺はユリウスへ親指を立てた。
「いいな、兄ちゃんの方が話通じるな」
「貴様、馴れ馴れしいぞ」
「そりゃどうも。撤回します」
第一王女セシリアが口元を押さえて笑っている。
「フフフ。弟がこれほど連続して断られたの、初めて見ました」
「姉上まで笑わないでください!」
セシリアは俺へ視線を向けた。
「それと、避難民へ食事を作ったという話も聞きました。二百人近い人数だったとか。しかも翌朝の分まで残したと」
「何で大砲より飯の話の方が詳しく伝わってんだよ」
「人は自分が食べた物のことをよく覚えますから。温かい食事をもらった人たちが、とても助かったと話していました」
「大したもん作ってません。穀物と豆と根菜を煮て、保存肉を細かくして脂出して、量が減らないようにしただけです」
「その『だけ』を二百人分、翌朝の分まで計算して?」
「だから料理じゃなくて兵站です」
セシリアが首を傾げる。
「私には料理に聞こえますけれど」
「兵站!」
「食べられる兵站?」
「飯です!」
「やっぱり料理では?」
「だーかーらぁぁぁぁぁっ!」
セシリアが楽しそうに笑う。嫌な予感がした。この王女、たぶん今後こっち方面で面倒を増やす。オズワルドが書類を一枚抜いた。
「話を戻す。黒田殿へ王国から臨時協力契約を提示したい」
「嫌です」
「まだ内容を読んでいない」
「契約って単語がもう嫌だ」
「報酬は一日につき金貨――」
俺の目が輝く。
「すぐ見せてください」
「黒田さんんんんんんっ!!」
アルフレッドが肩を震わせる。ユリウスは呆れた顔。エレオノーラは、何か面白いものを見つけたように俺を見ていた。俺は悪くない。金額を聞いてから判断する。それが大人というものだ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
夜。全部終わって現代へ帰った。玄関前に、小さな紙袋が置かれていた。中にはレトルト飯や缶詰、インスタントの汁物、保存の利く菓子がまとめて入っていた。その上に、折ったメモが一枚。
『陸さんへ。
家にいなかったので置いておきます。
「現実で顔くらい出す」って言ったの、忘れないでくださいね。
あと、吸い殻を拾って吸う前にこっち食べてください。
ひなた』
俺はしばらく黙った。
「……何で吸い殻拾ってんの知ってんだよ」
後輩の観察力が妙に怖い。それでも紙袋は部屋の中へ持ち込み、スマホを取り出した。
『受領。生存』と打ったところで指を止め、以前のことを思い出す。少し考えてその文面を消し、『受領。ありがと。生存』と打ち直して送信すると、数秒で既読が付いた。
『ありがとうございます、は進歩ですね。でも生存報告は聞いてません』
俺が画面を見つめていると、続けてもう一件届いた。
『あと「顔くらい出す」も忘れてないですよね?』
「……追撃が早いなこいつ」
俺は親指を動かして『覚えてる。今日は無理』と返す。すると間を置かず、『今日は、は保存しました。じゃあまた聞きます』と返ってきた。
「もうマジ怖ぇぇ……」
ゼニスの声が後ろからする。
「でも以前より会話になっていますね」
俺は飛び上がる。
「うおっ! 見るな変態女神!」
「目の前で返信しているでしょうが! それに私は、あなたがまた『生存』だけ送って人間関係を終了させないか確認していただけです」
「保護者かよ」
「債権者です!」
「もっと嫌だわ!」
それでも紙袋は開けた。缶詰を一つ取り出し、机へ置く。
「今日は食うんですか?」
「食う。王様に会ったから疲れた」
「因果関係が分かりません」
「精神労働は腹減るんだよ」
礼装の上着だけ脱ぎ、布団へ倒れる。ズボンがずれて、半分尻が出た。
「……今日はもう無理。飯食ったら寝る」
ゼニスが額を押さえる。
「せめて尻をしまってから無理になってください」
「自宅だぞ」
「自宅なら何でも許されると思うな!」
「今日の俺、王様に会って、王子に砲を教えるの断って、王女に兵站と料理の違いを説明して、契約書まで読んだんだぞ。もう人間一人分の社会性は使い切った」
「わけのわからん単位を作るな!」
「明日補充される」
「社会性をスタミナゲージみたいに扱うなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺は布団へ顔を埋める。
「じゃあ半ケツのまま寝るから、お前とっとと帰れよ」
「まずきたねぇ尻をしまえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
【神界・追加ご請求】
・王宮神性露出抑制費 金貨20枚
・国家契約立会事務費 金貨25枚
・現代側帰還処理費 金貨20枚
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今回加算 金貨65枚
今回加算・日本円換算 325,000円相当
前回繰越残高 金貨28,304枚
前回繰越残高・日本円換算 141,520,000円相当
合計残高 金貨28,369枚
合計残高・日本円換算 141,845,000円相当
※黒田陸の社会性は神界補償対象外です。
※ひなた差し入れは神界課税対象外です。
黒田
「そこは当たり前だろ」
ゼニス
「一応書いておかないと、あなた『差し入れにも手数料取る気か!』って騒ぐでしょう」
黒田
「よく分かってんじゃねえか」




