第49話 会議が長いので、一服だけ日本へ帰ります
翌朝。王城の会議室へ入った瞬間、俺は帰りたくなった。机の中央には大きな地図が広げられ、その周囲にも横にも書類が積まれている。椅子へ座る前から嫌な予感しかしない。
「オズワルド」
「何だ」
「これ全部読むの?」
「必要な部分はな。昨日までの報告、国境方面からの速報、避難民証言の整理、帝国側の動向、王国軍の配置案だ」
「今の説明だけで十分だろ。詳細は偉い人が読んで、俺には三行でまとめてくれよ」
オズワルドが無表情で言う。
「一行目。座れ」
「命令形じゃねえか」
「二行目。黙って聞け」
「要約じゃなくて説教になってるぞ」
「三行目。逃げるな」
俺はゼニスを見る。
「こいつ俺の扱い覚えるの早くない?お前ら親戚かよ」
ゼニスが平然と頷く。
「非常に優秀な宰相ですね」
「褒めんな。敵が増えるだろが」
今日のゼニスは黒いパンツスーツに白い手袋。
胸にはなぜか『記録補佐』と書かれた小さな札まで付けている。
俺は札を指差す。
「それ自作なの?」
「王国側の会議参加者に、私の役割を分かりやすく示すためです。昨日、『この女神は王国側か、黒田側か、神界側か』という質問が複数回ありましたので」
「徴収担当って書いとけ。全員一発で理解するから」
ゼニスの営業スマイルが固まる。こめかみに青筋が浮いているようだ。
「国家会議で『債権回収担当』を自己紹介にしたくありません」
「でも事実じゃねえか」
「神界側契約管理及び連絡調整担当です!」
「長い。徴収クソ女神でいい」
「良くない!あとクソをつけるなダボがぁぁぁ!」
「借金取り」
「もっと悪い!」
オズワルドが小さくため息をつく。
「……本当に神と債務者の会話なのか?」
「俺も最近分からなくなってきた」
「こっちが聞きたいですよ!」
参加者は国王アルフレッド、王太子ユリウス、宰相オズワルド、それに俺とゼニスだけだった。昨日より人数は少ないはずなのに、そのぶん逃げ道まで減ったように感じる。アルフレッドが卓上の地図へ手を置いた。
「昨日の話を整理したい。そなたは、魔物が我が国を襲うために動いたのではないと考えているのだな」
「はい。少なくとも、俺が見た群れは襲撃じゃない。あいつら、こっちに興味なかったですから」
「なぜそう判断した」
ユリウスの問いに、俺は椅子へ深く座る。
「縄張り持ってる魔物まで同じ方向へ動いてた。弱いのと強いのが混ざってる。普通なら途中で食い合うか、別方向へ散る。でもほぼ西へ抜けた。人間が目の前にいても無視する個体が多かった」
「恐怖による逃走、と」
「たぶん。ただ、何から逃げたかまでは知らん。そこを俺に聞かれても困る」
オズワルドが記録する。
「東方から来た避難民も、複数地点で発光と轟音を確認している」
「それが原因かどうかもまだ分からん。魔法かもしれない。別の魔物かもしれない。事故かもしれない。勝手に決めつけて軍動かすと面倒になりますよ」
ユリウスが俺を見る。
「意外だな」
「何がですか」
「あなたなら『面倒だから撃て』と言うものかと思っていた」
「俺を何だと思ってんだ。撃つ方が面倒なんだよ!」
ユリウスが眉を動かす。俺は地図を指で軽く叩いた。
「弾も金も掛かる。撃ったら当たる。当たったら壊れる。壊れた場所に民間人がいたら終わり。外したって後処理は増える。撃たなくて済むなら撃たねえ方がいい」
会議室が少し静かになった。ユリウスは俺を見たまま何も言わない。アルフレッドが腕を組む。
「東のヴァルディス魔導帝国との関係もある。国境付近で異常が起きているなら、王国として無視はできん」
「それは国の仕事ですね」
「そなたにも協力してもらいたい」
「嫌です」
「報酬は――」
「金額によります」
「もう扱いを学習されてるじゃないですか!」
ゼニスが叫んだ。アルフレッドが笑う。
「確かに扱いやすい」
「俺を家畜みたいに言わないでもらえます?」
「金貨を見せると動くのだろう」
「条件次第です」
「否定しないんですね!」
ゼニスが頭を抱えた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
それから一時間が過ぎても会議は終わらず、俺の集中力はとっくに限界へ近づいていた。
「ねぇ、そろそろ休憩しません?」
オズワルドが時計を見る。
「始めてまだ一時間だ」
「十分長い」
「国家会議としては短い方だ」
「国って暇なの?」
オズワルドのこめかみに血管が浮いた。
「殺すぞ!」
「宰相が言う台詞じゃないだろ」
「誰のせいだと思っている」
「国家制度?」
「お前だァァァ!」
俺は立ち上がる。
「煙草」
「城内は禁煙区域だ」
「じゃあ外行くわ」
ゼニスが先回りする。
「どこの外です?」
「ちょっと遠い外」
「黒田さん」
「日本まで」
「こら待てえええ!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
四畳半へ帰る。昨日ひなたが置いていった紙袋が机の横にある。俺はその隣から灰皿を取った。比較的まともな煙草へ火を点ける。
「くぅぅぅ……」
一口、二口と煙を吸い込み、ようやく頭が生き返る。ゼニスが光の中から現れた。
「あなた、国家会議の休憩中に世界を跨いで喫煙しに帰る人間がどこにいるんですか!」
「ここにいる」
「聞いてません!」
「城内禁煙って言われたからルール守ったんだろ。俺の喫煙マナーの良さをもっと褒めろ、ほらほめろ」
「国境を越えるどころか世界を越えれば禁煙規則の対象外だと思うな!」
「実際、日本の俺んちは王城の規則対象外だろ?」
ゼニスが止まる。
「……理屈上は、くっ」
「勝った!」
「でも会議を抜けてる時点で駄目でしょうが!」
「そこは別件だ」
「分けるなああ!」
「一個ずつ処理しようぜ。仕事は整理が大事だ」
「お前が仕事を語るなああああああああっ!!」
俺は煙草を灰皿へ押しつける。
「あと三分くれ」
「戻ります」
「二分」
「戻ります」
「一分」
「戻ります!」
「交渉ってものを知らねえのか!つまんねー女だ」
ゼニスが腕を組む。
「知っています。ですがあなた相手に一分譲歩すると、『じゃああと一分』『ここまで来たら五分』『せっかくだからビール』まで連鎖することを学習しました」
俺は黙る。
「ふ……成長したな」
「あなたを制御するためだけに無駄な学習を積ませるなぁぁぁぁぁぁっ!!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
十分後、俺は何食わぬ顔で会議室へ戻ったが、席へ着く前からオズワルドの視線が刺さっていた。
「遅いぞ」
「喫煙所が遠くて」
「どこまで行った」
「言うと怒るから秘密!」
ユリウスが目を細める。
「まさか、別世界か?」
俺は王太子を見る。
「殿下」
「何だ」
「察し良すぎると女子に嫌われますよ」
「本当に帰ったのか!?」
アルフレッドは額を押さえた。
「……そなたを王国の正式職員にする案は、最初から検討しない方がよさそうだな」
俺は国王へ深く頭を下げた。
「陛下。今日一番の名君発言です!」
「褒めていない」
「俺にとっては最高の褒美です。王国の人事制度を未来永劫その方向でお願いします」
ユリウスが呆れる。
「普通は国王から職を与えられれば名誉だろう」
「普通の人にあげてください。俺は無職という地位に誇りを持ってるんで!」
オズワルドが低く言う。
「無職は地位ではない」
「自由職」
「言い換えても無職だ」
「こいつ厳しいな」
会議の終盤には東部国境へ調査隊を送る案がまとまり、オズワルドが報告先の欄へ何かを書き込もうとした。そのペン先が動くより早く、俺は口を開いた。
「消せ」
「まだ何も言っていない」
「お前がペン持ったまま俺を見る時、大体ろくなことがない」
ゼニスが横で笑う。
「学習しましたね」
「お前のせいでな」
オズワルドは淡々と続ける。
「では、黒田殿は王国軍の指揮系統には組み込まず、外部の『臨時助言者』として必要時のみ意見を聞く」
「名前変えれば仕事じゃなくなると思うな!」
「拘束は最小限とする」
俺は少し止まる。
「……最小限って何時間?」
ゼニスが両手で顔を覆った。
「もう交渉始めてるぅぅぅぅぅっ!!」
「条件聞くのは無料だろ」
オズワルドが僅かに笑った。
「扱いやすいという陛下の評価は正しいな」
「てめえまで学習すんなぁぁぁぁぁぁっ!!」
【神界・追加ご請求】
・会議中現代側一時帰還費 金貨20枚
・短時間再召喚費 金貨20枚
・王国機密区画神性秘匿費 金貨15枚
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今回加算 金貨55枚
今回加算・日本円換算 275,000円相当
前回繰越残高 金貨28,369枚
前回繰越残高・日本円換算 141,845,000円相当
合計残高 金貨28,424枚
合計残高・日本円換算 142,120,000円相当
※喫煙休憩は神界契約上の有給休憩には該当しません。
黒田
「二十七万五千円払って吸った煙草、一本数百円どころじゃねえぞ」
ゼニス
「世界を跨いで吸いに帰るからでしょう!」
黒田
「高級葉巻より高えぇぇぇぇぇぇっ!!」




