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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#14 王様まで俺を働かせるな (正式名称:王国中枢緊急報告及び東部国境情勢確認対応)

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第47話 王様に会う前くらい酒を飲ませろ

 王都グランセルの門をくぐった瞬間、俺の予定は崩壊した。本来なら、まず避難民を受け入れ所へ引き渡し、そのまま宿へ行って風呂に入り、飯を食い、酒を飲んで寝る。できれば翌日の昼まで寝るつもりだった。俺の中では完璧な計画だった。


 だが、最後の荷車が城門を通り切るより先に、背後から鐘と悲鳴が重なった。門外の街道で人が左右へ散り、荷車の間から土煙が跳ね上がる。三メートルを超える四足の大型魔獣が、血のついた角を振り回しながら王都へ向かって一直線に走ってきていた。


「魔獣だ! 門を閉じろ!」

「迎撃準備!」


 城兵が一斉に武器を構える。だが俺は魔獣の目を見て、咄嗟に声を張った。


「待て! そいつを門前で殺すな!」


 兵士の一人が振り向く。


「しかし、このままでは避難民へ――」

「分かってる。だから撃つなって言ってんだ! あの勢いで倒したら、死体ごと列へ突っ込むだろが!」


 魔獣は人間を見ていなかった。目は血走っているのに、視線は何度も背後――東の街道へ向く。脇腹には焼け焦げたような傷が走り、口から泡を吹いている。襲いに来たというより、何かから逃げ切ることしか考えていない走り方だった。


「ティアナ、あいつ自身じゃなく進路をずらせるか。真正面は塞ぐな、余計暴れる」

「できる。でもあんた、また勝手に前へ出る気でしょう?」

「出たくねえよ。出たくねえけど、そこに子供いるだろ!」


 受け入れ列の端で、小さな子供が転んでいた。母親が戻ろうとしているが、その間にも魔獣との距離が詰まる。俺は舌打ちして走った。


【即応 戦闘判定成立】

【即日レベルアップシステム 自動起動】


「くっそおおおおお、またかよぉぉぉぉっ!」

「実戦です! 今回は文句なしの実戦です!」

「文句は料金にあるんだっての!」


 石畳を蹴った瞬間、疲労が一段遠ざかった。脚が軽い。肺へ入る空気まで増えたような感覚があり、自分でも気味が悪い速度で子供のところへ滑り込む。俺はその身体を抱えて横へ転がり、直後に巨大な蹄がさっきまでいた場所を叩き割った。


 バギィンッ――!!


 石畳が砕け、細かな破片が頬を打つ。音だけで胸の奥へ響く重さだった。魔獣は止まれず、角を振りながら次の荷車へ突っ込もうとする。


「ティアナ!」

「分かってるってば!」


 ティアナが杖を振ると、魔獣の進行方向から少し外れた石畳が盛り上がり、斜めの土壁を作った。真正面へ壁を立てるのではなく、逃げ道を残した形だ。魔獣は反射的に開いた側へ身体を向け、そのまま門脇の空き地へ走り込む。


 だが一台、避難民の荷車が進路へ残っていた。車輪が石の溝へ噛み、男二人が押しても動かない。


「どけ!」


 俺は荷台の横へ肩を入れた。普段なら腰をやる重さだ。ところが今は、全身へ回った【即応】の底上げが嫌になるほど仕事をする。木枠が軋み、荷車が横へ半車身ずれた。直後、大型魔獣がその鼻先を掠めるように通過し、城壁外側の草地へ飛び出していく。


 ドゴォォンッ――!!


 外壁沿いの古い石柵が角で砕けた。粉塵が膨らみ、欠片が遅れてぱらぱらと落ちる。誰も追わなかった。魔獣は一度もこちらを振り返らず、そのまま西の林へ消えていった。


 数秒、門前だけが妙に静かになった。


 俺は抱えていた子供を母親へ返し、砕けた石畳と東の街道を交互に見る。兵士がまだ武器を構えたまま尋ねた。


「なぜ、討ち取らなかったのです」

「こっちを襲ってなかったからだ。止める必要はあった。でも殺す必要まではなかった」

「しかし魔獣です」

「魔獣でも逃げる時は逃げる。あいつ、最後まで人じゃなく後ろを見てた。……東に何かある」


 ティアナが杖を下ろし、俺の横へ来る。


「昨日から同じね。魔物も、避難民も、みんな東から西へ来てる」

「だから嫌なんだよ。こういう分かりやすい共通点は、大体仕事につながるからな」


 そこへゼニスが金縁の板を確認しながら近づいてきた。


「戦闘判定終了。即レベ停止しました」

「今のでいくら?」

「あとで正式計上します」

「今言え。心の準備させろ」

「言ったら王城へ行く前に帰るっていうでしょうあなた」

「賢くなりやがって、この徴収女神が!!」


 ようやく門前の騒ぎが収まり、避難民の引き渡しが再開された。俺としてはこれで今日の労働量を完全に使い切ったつもりだったのだが、今度は城門の内側で待っていた王国兵が俺たちを見るなり深く頭を下げた。


「黒田陸殿。王城よりお迎えに参りました。国王陛下が、先ほどの件も含め直接お話を――」

「嫌です。今日はもう営業終了しました」


 即答した。王国兵が固まる。ティアナが俺の背中を叩いた。


「早い! 最後まで聞きなさいよ! しかも自分を店みたいに営業時間制にするな!」

「王城よりお迎えに参りました、の後に俺が得する話ある? どうせ『国のために』『民のために』『少しだけ協力を』だろ。知ってるぞ、少しだけって仕事は大体少しじゃない」

「偏見が具体的すぎるのよ!」

「経験則だ」


 ゼニスが額を押さえた。


「黒田さん。相手は国王陛下の使者です。第一声で拒否、第二声で労働条件への疑念、第三声で報酬確認へ進むのは外交上あまり好ましくありません」

「じゃあ報酬を先に聞け」

「今まさに第三声へ進んだぁぁぁぁぁぁっ!」


 俺は王国兵を見る。


「国家予算あるだろ。俺の一日くらい買える?」


 王国兵が困り切った顔になる。


「私には、その判断権限は……」

「ほら見ろ。現場に権限ないじゃん。今日は解散」

「勝手に結論を出さないでください!」


 さっきの騒ぎで一度止まったものの、避難民たちは王都側が用意していた受け入れ区画へ順番に案内されていった。ここまでずっと人数を数えていたリリアが、少し寂しそうに手を振る。


「百九十一、百九十、百八十九……どんどん減る、減っちゃうよぉぉぉ」

「数えなくていい」

「せっかく覚えたのに!」

「人間を収集品みたいに言うな」


 城門の係官はリリアへ視線を向けた。黒いゴシックローブに青白い肌という姿は、どう見ても普通の旅人ではない。


「そちらの方は……失礼ですが、種族と職業を確認しても?」


 リリアが胸を張った。


「はーい!!私リリア。元気な死者でーす!」


 係官の筆が止まった。


「……まずご職業を伺ったつもりだったのですが」


不死魔導師(アークリッチ)!」

「では種族は?」

「死者ですよー!」


 係官はしばらく黙ったあと、ゆっくり俺を見る。


「黒田殿。この方は……?」

「俺に聞くな。墓場で拾ったら勝手についてきたんだわ」

「わたし、拾われたかわいそうな子だよ! 正確には陸が『維持費安そう』って言って連れてきた!」

「おい余計な情報を足すな!」


 係官の顔がさらに引きつる。


「維持費……?」

「食費ほぼゼロ、睡眠不要、医療費もたぶん安い。優良物件だろ?」

「私、人じゃなくて物件扱いなの!?」

「不死物件」

「もっと酷くなったぁぁぁぁぁぁっ!」


 ドーガンは肩を震わせて笑いを堪えていたが、モグはそんなやり取りに一切興味を示さず、城門の向こうに並ぶ屋台ばかりを見ていた。


「陸! すごいぞ! 串焼きがある! あっちには甘そうなパンもある! あれは何じゃ!? 肉を棒に刺して焼いておる! 文明とは素晴らしいのう!」

「こらこら、飯に釣られて行くな。まだ手続き終わってない」

「手続きなど食えぬじゃろう!」

「食える食えないで行政を評価するな」

「菓子もあるのじゃ!」

「行くな」

「いい匂いがする!」

「くっそ、待てデブ竜!」


 俺がモグの襟首を掴む。モグは両手を前へ伸ばしたまま、串焼き屋の方向へじたばたした。


「離せ陸! あの肉は今、わらわを呼んでおる!」

「呼んでねえ。煙に釣られてるだけだ!」

「肉の声が聞こえるのじゃ!」

「古竜の聴覚をそんな方向に進化させるな!」


 王国兵が困ったように咳払いした。


「陛下は、可能であれば本日中の謁見を望まれております」

「どう考えても不可能です」

「黒田!」


 ゴスッ。

 ティアナの肘が脇腹へ入る。


「痛え!」「でも本当に不可能だろ?この格好見てみろよ」


 俺は自分を指した。旅装は泥と埃にまみれ、汗も染みつき、髪はぼさぼさだ。数日歩いた結果、自分でも少し臭う。


「こんなの王城へ入れたら王様の方が迷惑する。国家の尊厳を守るためにも今日は中止。俺は風呂入って酒飲んで寝る。明日頑張る」


 ゼニスがじっと俺を見る。


「珍しく筋の通ったことを言いましたね」

「だろ?」

「ですが王城側で入浴と着替えの準備が可能だそうです」

「くっそお、余計なサービスすんなよ!」

「陸、王城なら飯も出るか?」


 モグが食いつく。王国兵が少し戸惑いながら答える。


「必要であれば軽食も――」

「よし、行く!」

「お前の決定権は胃袋にしかねえのか!」


 リリアも手を上げる。


「私は食べなくても平気だけど食べられるよ!」

「お前はどっちなんだよ!」

「趣味!」

「食事を趣味で食う死人が一番面倒だな!」


 ゼニスが俺の肩を押す。


「ともかく、一度身なりを整えましょう」

「分かった。着替えてくる」


 俺は踵を返した。


「どこへ?」

「家」

「王城に用意があります!」

「日本に服あるから」

「どうせジャージでしょう!」

「正装用ジャージがある」

「ジャージに、そんなカテゴリはありません!」


 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 視界が白く切り替わり、次の瞬間には四畳半へ戻っていた。


「よし」


 俺は冷蔵庫を開けた。缶ビールが一本。昨日は炊き出し、今日は王都まで歩き、このあとには王様との謁見まで待っている。ここまで来たら、もう飲んでもいい。いや、むしろ飲むべきだ。


「王様に会う前に緊張をほぐす。合理的だ。精神安定、血行促進、緊張緩和。言い方を変えれば、ほぼ医療行為だろ」


 プルタブへ指を掛けた。


「おいこらてめぇ!合理的なわけあるかぁぁぁぁぁぁっ!!」


 背後から腕を掴まれた。


「痛え!?」


 振り向くと、そこには淡い金色のロングドレス姿のゼニスが立っていた。髪も綺麗に結い上げ、耳元には小さな金の飾りまでついている。俺の視線は缶ビールより先に、その格好へ吸い寄せられた。


「何だその服! さっきまで記録官だったろ!」

「王宮へ入るんですから礼装です! 神界側担当者が旅装のまま国王陛下の前へ出るわけにいかないでしょう!」

「お前、着替えのために一回どこ寄ってんの? 衣装倉庫でも別次元にある?」

「神装は状況に応じて最適化できます」

「やっぱ楽しんでるだろ」

「業務です!」

「今日何回目だよ、その台詞。全然信頼できねえわ」

「あなたが何回も聞くからでしょうが!」


 ゼニスが缶を取り上げた。


「俺の命の水、返せ!」

「これから国王に会う人間が酒を飲むな!」

「一口なら匂い消せば分からん!」

「分かる分からないの問題じゃない!」

「緊張で失言したらどうすんだ!」


 ゼニスは一瞬黙った。そして、ものすごく冷静な声で言う。


「黒田さん。あなたは普段、完全な素面で『神だろ』『金寄越せ』『帰る』『寝る』『屁ぇこいて寝る』を公言しています。今さらアルコールが失言防止に寄与するという主張には、経験的にも統計的にも一切の根拠がありません」


 俺も黙った。


「……長く言えば勝てると思うなよ」

「事実を整理しただけです」

「じゃあ一口だけ」

「駄目です」

「半口」

「駄目です」

「口を濡らすだけ」

「駄目です!」

「ばーか。ケチ女神」


 ゼニスの目がすっと細くなる。


「誰がケチですって?」

「人のビール取り上げる奴」

「神界債務一億円以上、現代側所持金は数千円、外れ馬券複数、吸い殻再利用の契約者に飲酒制限を掛けるのは財務健全化です!」

「俺の金で買った酒だ!」

「神界債務を抱えた状態でその所有権だけ主張するな!」

「借金とビールは別会計だろ!」

「全部あなたの家計です!」


 俺はなおもビールを奪い返そうとしたが、ゼニスは缶を頭上へ掲げてひらりと避けた。


「お前、身長使うのずるいぞ!」

「成人男性が缶ビール取られて本気で飛び跳ねないでください!」


 五分後。俺は敗北した。ビールは冷蔵庫へ戻された。代わりに、ゼニスが俺へ黒い服を投げる。


「最低限これを着てください」

「なんだこれ」

「王都側の礼装に寄せた簡易服です。サイズ調整済みですよ」


 俺は投げ渡された服とゼニスの顔を交互に見た。


「有料?」


 ゼニスが黙った。


「おい、なんで黙る」

「……衣装調整費は」


 俺は服を置いた。


「もう裸で行く」

「こら待てぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「王様だって服代取る奴より裸の方が誠実だろ!」

「どんな価値観だぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 結局、異世界へ戻った俺はそのまま王城へ連行され、風呂へ突っ込まれたうえで髪まで整えられ、簡易礼装を着せられた。モグとリリアは別の待機室へ回され、俺だけでも十分面倒なのに、あいつらまで王城内へ放流されることになった。モグは開口一番、係の侍女へ聞いたらしい。


「王様の飯はどこじゃ?」


 俺は他人のふりをした。リリアは、


「私、死んでるから毒見できるよ! たぶん毒入っても死なないし!」


 と言い出して別方向に警戒されていた。俺はさらに他人のふりをした。


「陸! 何で遠くへ行くのよ!」

「俺はお前らを知らない、他人だ」

「墓場から連れてきたの陸じゃんか!」

「証拠ある?」

「私!」

「証拠が喋るな」


 ティアナが頭を抱える。


「何であんたの周り、まともな人間が一人もいないのよ。古竜は飯しか見てない、アーク・リッチは毒見に立候補、女神は毎時間服が変わる。そして中心にいる元自衛官は王様から逃げて酒飲もうとする。どういう集団よ」


「お前もその一人だぞ、魔法女」

「私はまともでしょうが!」

「年上に平気で『クズ』『怠け者』『魔法下手』って言う十九歳が?」

「あんたにだけよ!」

「余計悪いだろ」

「だって事実でしょうが!」


 ゼニスが冷たい目を向ける。


「一番まともじゃない中心人物が、他人の常識を査定しないでください」

「俺は常識人だ」

「常識人は謁見前に別世界へ逃げ、昼酒を試み、礼装代を嫌がって全裸謁見を提案しません」


 ティアナの顔が引きつる。


「最後の何!? 私知らないんだけど!」

「ゼニスが服代取るからだもんね」

「理由を聞いても全然納得できないわよ!」


 王城の巨大な扉が開く。俺はその向こうを眺め、深く息を吐いた。


「なあゼニス」

「今度は何です」

「謁見終わったら帰っていいよな?」

「内容次第です」

「その言葉、――嫌いだわ」


【神界・追加ご請求】


 ・現代側緊急帰還処理費        金貨20枚

 ・礼装サイズ自動調整費        金貨15枚

 ・王宮入城用神性隠蔽処理費      金貨20枚

 ・即レベ緊急戦闘利用料        金貨24枚

 ─────────────────

 今回加算               金貨79枚

 今回加算・日本円換算         395,000円相当

 前回繰越残高             金貨28,225枚

 前回繰越残高・日本円換算       141,125,000円相当

 合計残高               金貨28,304枚

 合計残高・日本円換算         141,520,000円相当


 ※缶ビールは黒田宅冷蔵庫へ返却済み。

 ※ミャオ管理債務は別口。


 黒田

「三十九万五千円払って酒も飲めず、王様に会うの?」


 ゼニス

「そうです」


 黒田

「割に合わねえぇぇぇぇぇぇっ!!」

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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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