第45話 避難民が増えた。鍋も増えた。俺の休憩だけ減った
王都へ向かう街道、二日目の夕方。
俺たちが野営地へ入った頃には、昨日まで百六十人ほどだった集団が、さらに膨らんでいた。
荷車を円状に寄せ、負傷者と子供を風上側へ移し、歩ける連中には薪と水を集めてもらう。
俺は別に指揮をしているつもりはなかったのだが、気がつけば人が勝手に俺のところへ確認に来るようになっていた。
これは、非常によろしくない傾向である。
「陸ぅ! とうとう二百人いったよ! やったね!!」
背後から、やたら明るい声が飛んできた。
振り返ると、リリアが両手を上げてぴょんぴょん飛んでいた。死んでるくせに元気な奴だ。
「祝うな」
「でも二百人だよ!? 昨日の朝は四十人くらいだったのに五倍! すごい増殖率ぅ!」
「人間を菌みたいに言うな。それと正確には何人だ」
「二百と七人!」
「はー。お前正確すぎるんだよ」
「やっぱり暇だったから数えたの!」
「不死魔導師の三百年をもっと有意義に使えよ」
「三百年ずっと暇だったわけじゃないよ! そのうち百年くらいは寝てたし!」
「......暇じゃねえか。死んでる奴が寝るな」
「それも気分だよ!」
俺はため息をついて、目の前に並べた食料を見た。
穀物。
根菜。
干し肉。
塩。
街道途中で買い足した豆類。
それから、大鍋が三つ。
問題は明白だった。
「飯が足りねえ」
横でティアナが腕を組む。
「昨日より人数が増えたんだから当たり前でしょう。王都まであと一日かからないなら、今夜だけ少し薄くして凌ぐ?」
「今夜全部食わせて、明日の朝に何もない方が面倒だな。穀物は三分の一残す。朝はお粥にしよう。肉は細かく切って脂身のほうを先に出せ。根菜と豆で嵩を増やす。あと、汁を濃くしすぎるな」
「それ、美味しいの?」
「豪華な晩飯作ってんじゃねえんだよ。腹に温かいもん入れて、明日の朝も食えるようにするのが先だ」
「……そういう時だけ、本当に元軍人っぽいのよねえ」
「料理じゃねえ。これは兵站だ」
「わーっ!もっと仕事っぽい言葉になったよ!」
リリアが嬉しそうに突っ込んできた。
「ち、しまった。今のなしで!!」
鍋を覗いていたモグが、顔を上げる。
「陸。肉が少ないぞ」
「デブ竜、言われんでも知ってるわ」
「もっと入れればよい」
「ない」
「では、わらわの干し肉でも食うか――」
「それ昨日お前が自分用に隠してた奴だろ。出せ」
「嫌じゃ!」
「今『もっと入れろ』って言ったばっかだろ!」
「わらわの肉と皆の肉は別の肉じゃ!」
「肉に階級制度作るな!」
モグが干し肉を胸元へ抱え込み、俺から二歩離れた。
その時だった。
遠くから、低い風切り音が聞こえた。
最初に顔を上げたのはティアナだった。
次いでドーガンが空を見る。
俺も釣られて視線を上げた。
夕焼けの向こうから、真紅の巨大な影が一直線にこちらへ飛んでくる。
避難民の何人かが悲鳴を上げた。
「竜だ!竜が襲ってきた!!」
「伏せろ!」
避難民の悲鳴が重なり、俺も反射的に鍋の前へ出た。子供と負傷者の位置、荷車の隙間、飛来してくる巨大な影。頭の中で危険な場所だけが勝手に並び替わる。
「ティアナ、避難民を鍋の反対側へ! ドーガンは火を落とせ! モグ、お前は――」
【即応 戦闘判定成立】
【即日レベルアップシステム 自動起動】
「はあああああっ?」
全身が一瞬だけ熱を持った。疲れていた脚から重さが消え、視界まで妙に冴える。俺は空を見上げたまま、嫌な予感とは別の意味で顔を引きつらせた。
「ゼニス。今、起動しただろ?」
「大型敵性個体の急接近を検知しましたので、危機介入判定が成立しました」
「まだ敵かどうか確認してねえだろ! 止めろ! 今すぐ止めろ! 俺の金がああああああっ!」
「接近速度と推定脅威度から自動判定されています!」
「財布より先に本人へ確認取れぇぇぇぇぇっ!」
もう一度、真紅の影へ目を凝らす。飛び方。角。妙に見覚えのある赤。しかも巨大な竜の頭部が、こちらを威嚇するどころか鍋の方を見ている。
「――いや待て。あれ知ってるやつだわ」
俺が言い終わる前に、深紅の古竜は野営地の外へ猛烈な風を巻き起こしながら降下した。
土埃が舞う。
荷車の布がばたばたと鳴る。
次の瞬間、赤い光が収束し、豪奢なドレス姿の女が現れた。
燃えるような深紅の髪。
金色の瞳。
縦巻きロール。
白、赤、金で固めた、野営地へ来る服装では絶対にないふりっふりのドレス。
紅玉古竜、ルヴィア・ヴァーミリオンだった。
【戦闘判定解除】
【即日レベルアップシステム 停止】
俺は空中表示を睨み、次にルヴィアを睨んだ。本人は何も知らず、縦巻きロールを揺らして扇子を開く。
「ゼニス。今の、金かかってないよな?」
「危機介入判定成立後に即レベが起動していますので、最低利用料が発生しています」
「おいこら、戦ってねえぞ!?」
「システムは起動しました」
「こいつが飯の匂い嗅いで飛んできただけだぞ!」
「結果論です」
「結果が飯なら返金しろぉぉぉぉぉぉっ!!」
「できません」
「おーっほっほっほっほっ!! ごきげんよう、庶民の皆様! わたくしが来て差し上げましたわよぉぉ!」
「おまえ、何しに来たんだよ!!」
「挨拶より先にそれですの!?」
「お前が普通に挨拶だけしに飛んでくるわけないだろ」
ルヴィアが眉を寄せた。
「到着早々、なぜわたくしが怒鳴られておりますの?」
「お前が飛んできただけで俺の借金が増えたんだが!?」
「そんなこと知りませんわよ!?」
ルヴィアが扇子で口元を隠す。
「黒田陸。まったく失礼ですわね。わたくしはたまたま近くを飛んでおりましたら、何やら非常に庶民的で、それでいて妙に食欲を刺激する香りが漂ってきましたので、仕方なく確認に来ただけですわ」
「やっぱり飯食いに来たんだろ」
「違いますわ!」
「じゃあ帰れ」
「帰る前に、いただきますわ!」
「やっぱそうじゃねえか!!」
モグが鍋の横から顔を出した。
「ルヴィア! これは陸がわらわのために作っておる飯じゃぞ!」
「二百人分あるでしょうが! 何を一人占めしてますの、この食い意地だけで生きているおデブ黒竜さん!!」
「わらわは皆と食っておるだけじゃ! この金ぴかドラゴンがぁぁぁ!!」
「お前ら二人とも炊き出しの対象外だ!」
今にもドラゴンに変化して喧嘩が始まりそうな雰囲気だったので、俺はおたまを握ったまま叫んだ。
ルヴィアは大鍋を覗き込み、露骨に眉をひそめた。
「まあ……根菜、豆、保存肉。香辛料も最低限。彩りもありませんし、器も木製。ずいぶん質素ですこと」
「避難民向けの炊き出しに銀食器出す奴がいるか。嫌なら食うな」
「いただきますわ」
「だから飯だけ切り替えが早えんだよ!」
ルヴィアの分だけは、避難民へ回す鍋から大量に取らせるわけにもいかない。
仕方なく俺は小鍋を一つ横へ置き、ルヴィアが持ってきていた高級そうな赤身肉を切った。
「それ、お前の肉なんだろ」
「ええ。山岳地帯に棲む魔獣の腿肉ですわ。わたくしの今日のおやつ用ですの」
「肉をおやつ扱いするな」
「だって、わたくし古竜ですもの」
「便利な言葉だな、古竜」
肉を焼いて脂を出し、避難民向けの汁を少しだけ別鍋へ移す。
そこへ肉と香草を足して煮る。
ルヴィアが俺の手元を覗き込んだ。
「もっと香草を入れなさいな」
「うるせえ料理人だな」
「料理人はあなたでしょう?」
「俺は無職だ!」
「その主張、鍋を振りながらすること?」
ティアナが呆れている。
十分ほどして小鍋をルヴィアの前へ置いた。
「ほら。これなら避難民の分を食わなくて済む」
「まあ。見た目は相変わらず庶民そのものですわね」
「じゃあ食うな」
「いただきますわ」
一口。
ルヴィアが止まった。
二口。
三口。
四口。
モグがにやにやしながら顔を近づける。
「のう、ル ヴ ィ ア」
「何ですの」
「おぬし、めちゃくちゃ食っておるぞ」
「黙りなさいモグ!」
「これは庶民料理ではなかったのか?」
「味の確認をしているだけですわ!」
「もう五杯目じゃぞ」
「研究には反復検証が必要なんですのよぉぉぉぉっ!!」
「一体何の研究だよ!」
ルヴィアは結局、小鍋をほぼ空にした。
俺は手を出す。
「おい代金」
「はい?」
「お前、避難民向けの飯の匂い嗅ぎつけて勝手に飛んできて、俺に別鍋まで作らせたんだぞ。タダだと思ってんじゃねえ」
ルヴィアの金色の瞳が細くなる。
「黒田陸。わたくしを誰だと思っていますの?」
「財布」
「わたくしは財布ではありませんわぁぁぁぁぁぁっ!!」
「じゃあスポンサーだな」
「もっと悪いですわ!」
ルヴィアは怒鳴りながら、腰の小袋を投げてよこした。
受け取る。ずっしりと重い。
開く。そこには金貨がぎっしり入っていた。
「……おい。いくら入れた」
「百枚ですわ!足りなかったかしら??」
周囲が静かになった。俺も一瞬黙った。
「飯一回で?」
「何を言っておりますの。たったの金貨百枚でしょう? 料理代、場所代、わたくしのために別鍋を用意した手間賃。それから、そこの避難民の方々へ何か買い足すのでしょう? 余りは取っておきなさい」
「五十万円……」
「まったく、庶民は細かいですわねえ」
俺はルヴィアの手を両手で握った。
「ルヴィア様」
「な、何ですの突然」
「明日も来てね、お待ちしております」
「やっぱり財布扱いしてますわね!?」
「違う。上客だ」
「言い換えただけでしょうがぁぁぁぁぁぁっ!!」
「じゃあふと客で」
「ほぼ一緒じゃありませんのおおおおっ!」
モグが俺の袖を引っ張った。
「陸。わらわも金を払えば特別鍋か?」
「お前さ、払えるの?」
モグが懐を探る。
出てきたのは、小さな石。
木の実。
干し肉の切れ端。
用途不明の金属片。
「……これでどうじゃ?」
「少しでも期待した俺が馬鹿だったわ。子供のお店屋さん以下だな」
「くっそおおおお、なぜじゃああああっ!」
ルヴィアは腹を抱えて笑った。
「おーっほっほっほっほっ! 財宝も持たぬ古竜など聞いたことがありませんわ!」
「うるさい! わらわの財宝は食料じゃというておろうが!」
「その食料を今払えと言われて出せないでしょうが!」
「これは食う分じゃ!!」
「てめえは結局払えないんじゃねえか!もういいから食ったら片付け手伝え!!」
騒ぎながらも、炊き出しは続いた。
リリアが人数を数え、器を並べる。
ティアナが水と湯の管理を手伝う。
ドーガンが薪と火を見ている。
俺は鍋の量を調整し、子供、老人、負傷者から先に回した。
モグも、途中から文句を言わず器を運び始めた。
ルヴィアはといえば、自分の食事を終えると、避難民の子供へ菓子まで配り始めた。
「そんなもん持ってたのか」
「高貴なる者が菓子を常備して何がおかしいんですの?」
「そのドレス、収納どうなってんだ」
「うふふ。それは、”淑女の秘密”ですわ!」
最後の配給が終わる頃、ルヴィアは再び竜の姿へ戻った。
「では、わたくしは帰りますわね!」
「本当に飯食って帰るだけかよ!」
「わたくしは黒田陸に会いに来たわけではありませんもの! 料理の確認ですわ!」
「はいはい」
「その態度何ですの!?」
「次来るなら食材持参なーできれば高い奴で」
「なぜ次も来る前提ですのぉぉぉぉぉっ!!」
そう叫びながら、深紅の古竜は夕焼けの向こうへ飛んでいった。
リリアが空を見上げる。
「本当に飯食べて、お金払って帰ったね」
「まさに最高の客だな」
ゼニスが横から冷たい目を向ける。
「人を金額で評価するのやめません?」
「銭ゲバ神が言うな」
◇ ◇ ◇
夜。
野営地が静かになってから、俺は現代へ帰った。
四畳半へ転がる。
机の上には外れた馬券が三枚。
「三連複、一個くらい引っ掛かれよ……」
煙草へ火を点け、外れ馬券を眺める。
異世界では百金貨を一食で払う古竜がいる。
現代の俺の財布には、ろくに金がない。
世の中、どう考えても配分がおかしい。
「今日も働いた。俺は偉い。よって明日は休もっと」
「勝手に休日を設定しないでください!!」
ゼニスの声がした。
俺は寝たまま右手を上げる。
「ゼニス」
「なんです?」
「ほら」
ゼニスが三歩下がった。
「嫌です」
「まだ何も言ってねえだろ」
「あなたが寝たまま右手を握って『ほら』と言った時点で信用できません」
「失礼な奴だな。神様なら人間の善意を少しくらい――」
「その手を開きなさい」
「普通に百金貨見せようと思っただけだぞ」
「じゃあ左手で見せてください」
「信用ねえなあ」
そう言った直後。
ぷっ。
俺は小さく屁をこいた。
ゼニスの目が見開かれる。
「......黒田さん」
「気のせいだ」
「今、明らかに――」
俺は右手を布団の中へ入れた。
ゼニスがさらに下がる。
「やめて」
「何もしてない」
「その手を出さないで」
「確認するか?」
「絶対嫌です!」
「神の嗅覚性能試験だ」
「誰が受験するかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「無料でできる娯楽なんだからいいだろ。お前の神術は何でも有料なんだし、公平――」
「公平の意味を辞書で調べてから喋れこのクソ無職ぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
俺は笑いながら布団を被った。
「じゃ、寝るわ、ばいなら」
「逃げるな! あと明日には王都ですよ!」
「未来の俺に伝えといて」
「今のあなたに言ってんだよぉぉぉぉぉぉ!!」
【神界・追加ご請求】
・現代側夜間帰還処理費 金貨20枚
・大規模炊事補助監督費 金貨15枚
・再召喚予約処理費 金貨15枚
・即レベ緊急起動最低利用料 金貨12枚
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今回加算 金貨62枚
今回加算・日本円換算 310,000円相当
前回繰越残高 金貨28,118枚
前回繰越残高・日本円換算 140,590,000円相当
合計残高 金貨28,180枚
合計残高・日本円換算 140,900,000円相当
【現地収入】
・ルヴィア食事代兼炊き出し支援 金貨100枚
日本円換算 500,000円相当
※現地手持ち資金。神界債務への自動充当なし。
※にぎりっぺに関する神界補償制度は存在しません。
※ミャオ管理債務は別口。
黒田
「なあゼニス。五十万円入って三十一万円請求なら、まだ十九万円勝ってるよな?」
ゼニス
「その発想で帳簿を見るから借金が減らないんですよ」
黒田
「うるせえ! 今日は黒字だ! 酒買うぞ!」
ゼニス
「炊き出しの補填に使えぇぇぇぇぇぇっ!!」




