第44話 ただ帰るだけだった。なぜか後ろには百人いる
王都グランセルまでは、普通に歩けば数日。
俺はそう聞いていた。だから最初は、単なる移動だと思っていた。
移動だけならいい。
歩く。
休む。
飯を食う。
煙草を吸う。
また歩く。
仕事と言うほどでもない。そう思っていた俺が馬鹿だった。
ミャオは宿と帳簿、それから俺の逃げられない債務管理があるため拠点へ残った。
代わりに同行しているのは、食費ほぼゼロ、睡眠不要、本人いわく「死んでるから長旅に強いよ!」という、妙に元気な不死魔導士のリリアだった。
「おい黒田、後ろ。増えてるぞ」
ドーガンが顎で後方を示した。
俺は振り返った。
荷馬車。
荷車。
徒歩の老人。
子供を連れた家族。
冒険者。
負傷者。
さらに、その後ろにも荷馬車。
「……これ、何人いる?」
「百十四人だよ――――っ!」
妙に元気な声が即答した。
黒いゴシックローブを揺らしながら、リリアが俺の横へ並ぶ。
「朝は四十三人だったから、一日も経たずに七十一人増えたよ! すごいね陸! 生きてる人間って歩いてるだけで増殖するんだねえ!」
「増殖してんじゃねえよ。合流してんだよ。あと何でそんな正確に数えてんだよお前」
「暇だったから!」
「お前、暇だからって百人以上数えてたのかよ」
「うん! 死んでると疲れないから数え放題だよ―っ!」
「その便利さをそんなところで発揮するな」
リリアが後ろを指差した。
「でも本当に増えたよ。最初の荷馬車が一台、その次が二台。そこに家族が合流して、怪我した人が来て、それから避難してきた人たちがぞろぞろーって!」
「分かった分かった。もういい。聞くほど俺の責任が増えていく感じがする」
思い起こせば、最初に拾ったのは、車輪を壊した荷馬車だった。
ドーガンが応急修理を始めたので、俺は待っていただけだ。
その途中で別の荷馬車が止まり、子供が熱を出していたから場所を空けただけ。
さらに東から来た避難民が合流し、王都へ行くなら一緒に、と言われた。
断る理由もない。
その結果――。
「なんで俺が百人規模の行軍管理してんだよ!!」
「お主、さっきから歩く速度や休憩場所を勝手に決めておるではないか」
モグが干し肉を噛みながら言った。
「見てて危ねえからだ。荷車と子供と足の悪い奴を同じ速度で歩かせたら崩れるだろ。先頭だけ速くても後ろが千切れる。荷車が詰まれば全体が止まる。だから順番を少し変えただけだ」
「なら陸が隊長じゃな」
「違う。絶対違う。今のは善意の通行整理だ」
ドーガンが鼻で笑った。
「ハ――。善意の通行整理で、休止位置と水場と荷車の順番まで決める奴は初めて見たぞ」
「うるせえな。元いたところで似たような移動を嫌ってほど見ただけだ」
「お前、軍人だったんだろ?」
「元だ。『元』を大事にしろよ? 退職したって意味だからな」
リリアが横から顔を覗き込む。
「でも陸、さっき『子供のいる荷車は前寄り』『歩ける冒険者は外側』『水持ってる人は固めるな』って全部決めてたよ?」
「お前も余計なこと覚えてんな」
「だって死んでると暇だから!」
「死者の暇つぶしで俺の逃げ道を塞ぐな!」
そこへゼニスが横から歩いてきた。
今日は白いブラウスに黒いベスト、膝丈のタイトスカート。
首から妙な笛を下げ、手には白い手袋をし、小旗まで持っている。
俺は足を止めた。
「おい、その格好なんだ」
「長距離集団移動ですので、旅行添乗員を参考にしました」
「なんで神が旗持って先導するんだよ」
「視認性が高いでしょう?」
「そこじゃねえ。昨日まで大砲の横で神様やってた奴が、今日は団体旅行の引率みたいになってる落差の話をしてんだ」
「業務に適した服装を選択して何が悪いんです?」
「本人だけ大真面目なのが一番腹立つんだよな、お前」
「何か文句あります?」
「いや。百人の避難民より、お前の服装の方が気になって集中できん」
「それはあなたの問題です!」
リリアがゼニスの小旗を見て目を輝かせた。
「ねえねえ女神様、それ振っていい?」
「駄目です」
「お願い!一回だけ!」
「駄目です!」
「うーわ、神様が死者差別だ!いーけないんだいけないんだ、銭神様に言ってやろ!」
「何でも死者差別にするな!」
「うるせえ、二人とも。隊列が伸びる」
俺が言った瞬間。三人が同時にこっちを見た。
「……何だよ」
ゼニスがにやりと笑う。
「自然に指揮してますね、隊長さん、ぷぷぷ」
「誰が隊長だコラぁぁぁぁぁぁっ!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
昼。
街道脇の広い空き地で集団を止めた。
水場が近く、荷馬車を寄せても街道を塞がない。
木陰もある。
我ながら休憩場所としては悪くない。
だからこそ。
「よし。ここから一時間は俺いらんな」
リリアが首を傾げた。
「陸、どこ行くの?」
「休憩」
「ここで寝る?」
「違う。俺の休憩とは、自宅の布団に接地した状態を指す」
「わあ! 異世界を跨いだ本格的な休憩だあ!」
「そういうことだ」
「感心するところじゃありません!」
ゼニスが振り向いた時には遅かった。
俺は帰還処理を要求した。
◇ ◇ ◇
視界が白く切り替わった。いつもの四畳半。
畳。布団。灰皿。冷蔵庫。
「かぁぁぁぁぁっ……やっぱここだわああ」
俺は冷蔵庫を開ける。
一本だけ残っていた安い缶酒が見えた。
「おお、神はまだ俺を見捨てていなかった」
プシュッ。
缶を開ける。
「昼から飲む酒は背徳感が調味料になる。つまり今の俺には最高級の酒だ」
畳へ座り、缶を口へ近づける。
あと五センチ。
「あなた――何をしてるんです?」
止まった。
目だけ動かす。
俺の隣に、旅行添乗員姿のゼニスが正座していた。
「……これは水だ」
「缶に『ストロング』って書いてありますけど」
「そうだ、強い水だ」
「アルコール九%表記です」
「数字に騙されるな。大事なのは気持ちだ!」キラッ。
「百人以上の避難民が、あなたの決めた休憩時間で待ってるんですよ!?」
「だから一時間休憩だって言っただろ。俺も休憩対象に含まれる。労働者の権利だ」
「あなた、自分が労働者だと認める時だけ権利を主張しますよね!?」
「権利とは必要な時に使うものだ」
「なら義務も果たせぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
ゼニスが缶を奪った。
「あっ! おい! まだ一口も飲んでない!」
「戻ります」
「せめて一口!」
「駄目です!」
「王都着いたら絶対飲むからな!」
「勝手にしてください!」
「ふん、言質取ったぞ」
ゼニスが固まった。
「……今のは『王都へ到着したら自由時間中に自己責任で飲酒してよい』という意味であって、王城謁見直前に飲んでいいという意味ではありませんからね」
「まだ何も言ってねえだろ」
「あなたの場合、先回りして潰しておかないと絶対やるでしょう!」
「信用ねえなあ」
「信用を失う行動を積み上げてるのは誰だぁぁぁぁぁぁっ!!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
十分ほどして戻ると、ドーガンが荷車の横で腕を組んでいた。
リリアはその隣で、なぜか地面に棒で正の字を書いている。
「休憩はできたか?」
「邪魔が入った」
ドーガンが鼻を鳴らす。
「顔に跡がつくほど寝る時間はなかったようだな」
「寝てねえよ」
リリアが俺の周りを一周した。
「陸、ちょっと酒臭い」
「飲んでねえ。ゼニスに奪われた」
「飲もうとはしたんだ?」
「そこは重要じゃない」
「重要だよ! 百十四人も引率してる人が昼から飲もうとしたんだよ!」
「死んでるくせにこまけぇな! 大体、俺が連れてるんじゃねえ!」
「でもさっき百二十一人になったよ」
「増えてんじゃねえか!」
「そう、七人合流した!」
「楽しそうに報告するな!」
その時、休憩していた老人が俺へ頭を下げた。
「すまんのう。王都まで一緒に行ってもらえるだけで助かる。孫も長くは歩けんのでな」
俺は頭を掻いた。
「別に俺が連れてってるわけじゃない。同じ方向だから一緒に歩いてるだけだ。王都へ着いたら好きにしてくれ」
「それでも、ありがたい」
こういうのが一番困る。
礼を言われると、途中で置いて帰りづらくなる。
老人の横では、小さな子供が荷車の縁にもたれて眠っていた。
疲れ切った顔をしている。 俺は見ないふりをするため、視線を逸らした。
「……次の休憩は、二時間後」
ドーガンがこちらを見る。
「子供と老人がいる荷車は前寄り。歩ける奴を少し後ろへ回す。壊れかけの車輪は最後尾にするな。そこで止まると後続が全部詰まる。あと水を持ってる荷車を一箇所に固めるな。何かあった時にまとめて使えなくなる」
ドーガンがにやりと笑う。
「了解だ、隊長」
「誰が隊長だあ。もう一回言ったら置いてくぞ」
「了解、善意の通行整理係」
「余計腹立つ言い方しやがって!」
リリアが手を上げた。
「私は何係?」
「てめえは死人だ」
「役職じゃないよ!」
「じゃあ人数数える係」
「任せて! 死んでも数える!」
「もう死んでるだろ!」
「そうだった!」
「自分の状態忘れんなぁぁぁぁぁぁっ!」
休憩を切り上げて街道へ戻り、三十分ほど進んだ頃だった。前方の林が急にざわめき、鳥がまとめて飛び立つ。俺が嫌な予感に顔を上げた直後、灰色の獣影が六つ、枝をへし折りながら街道へ飛び出してきた。
狼に似ているが、でかい。肩まで人間の腰ほどあり、牙は短剣みたいに突き出している。しかも妙だった。こっちを狩りに来たというより、後ろから何かに追われているような走り方で、脇腹や背中には新しい傷まで残っている。
「全員、荷車の内側へ寄れ! 走れる奴だけ動け、子供を先に乗せろ! ティアナ、前を焼くな。驚かせると列へ突っ込む!」
自分で言ってから気づいた。
また俺が指示している。最悪だ。
一頭が荷車の軋む音に驚き、進路を急に変えた。眠そうに母親の手を握っていた子供の方へ、巨体が地面を抉りながら突っ込んでくる。考えるより先に身体が出た。
【即応 戦闘判定成立】
【即日レベルアップシステム 自動起動】
「おい待てぇぇぇっ! 俺まだ何もしてねえぞ!」
「今まさに敵性個体へ接近しています!」
「子供どかすだけだ! 戦闘じゃねえ!」
「契約上は十分に戦闘介入です!」
「規約の間口だけ無駄に広いな、このクソシステム!」
文句を言っている間にも、脚が妙に軽くなる。さっきまで数日分の疲労が残っていたはずなのに、地面を蹴った瞬間、身体が自分の感覚より一歩先へ出た。俺は子供を抱き上げて荷車の内側へ滑り込ませ、そのまま巨獣の正面から半歩だけ外れる。
牙が目の前を通り過ぎ、風圧が頬を叩いた。土と獣臭が一気に鼻へ入る。俺は腰をひねって脇腹へ蹴りを叩き込んだが、手応えは岩でも蹴ったみたいに重い。それでも【即応】で底上げされた力が巨体の向きをわずかにずらし、獣は荷車ではなく街道脇へ爪を滑らせた。
「ティアナ! 今だ!」
「分かってる!」
ティアナの風魔法が横から叩きつけられた。ズバァンッ、と乾いた衝撃が街道を走り、砂埃と落ち葉が一斉に舞い上がる。獣は横転こそしなかったものの大きく進路を変え、そのまま残りの群れを追って西側の草地へ駆け抜けていった。
俺は息を吐き、念のため指先へ初級の火を集める。ここまで身体が軽くなったなら、少しくらい魔法も――と思ったのが間違いだった。
ぽすっ。
出た火は拳より小さく、しかも獣がいた場所から三歩ほど右の地面へ、ヘロヘロとしなりながら落ちた。
ティアナがゆっくり俺をさげすんだ目で見る。
「……ねえ。その身体能力で、なんで初級魔法だけ昨日と同じなのよ?」
「レベルと技術は別会計だからな!」
「分かってるわよ! だから練習しろって言ってんでしょうが!」
「今の見ただろ。練習しても金にならん。敵はもう逃げた。俺は子供を助けた。つまり全項目達成で業務終了だ」
「最後に盛大に外した人が勝ち誇らないでくれない!」
モグが街道の先を見ながら首を傾げた。
「のう陸。あやつら、わらわたちを襲いに来たようには見えなかったぞ。ずいぶん必死に逃げておった」
「……俺もそう見えた。傷も新しかったしな」
東側の林へ目を向けても、もう何も見えない。ただ、群れが飛び出してきた方向だけが妙に静かだった。俺は数秒だけそこを眺め、それから嫌な考えを頭の隅へ押しやった。王都へ着く前から面倒事の理由まで探す気はない。
「で、終わったんだから止めろ。即レベ」
「すでに停止しました。なお最低利用料を含む戦闘利用分が発生しています」
「最低利用料って何だよ。俺、一匹も倒してねえぞ!」
「倒した数ではなく、利用した成長補助に対する料金です」
「善行したら金減る仕組みやめろぉぉぉぉぉぉっ!!」
荷車の陰から、さっきの子供が小さく頭を下げた。
「おじちゃん、ありがとう」
俺は怒鳴りかけた口を閉じた。こういう時に金の話を続けると、さすがの俺でも少しだけ格好が悪い。
「……怪我ないならいい。次から獣が出たら、先に荷車の内側へ入れ」
背後でティアナが小さく笑った気がしたので、振り返らずに歩き出した。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
午後。
歩けば歩くほど、列は長くなった。
小さな村から出てきた家族が加わる。
街道で立ち往生していた荷車が加わる。
負傷した冒険者を乗せた一団まで合流する。
俺は何度目か分からないため息をついた。
「おいリリア」
「はーい!」
「今何人だ」
リリアは待ってましたとばかりに指を一本立てた。
「百六十三人!」
俺は空を見上げた。
「王都へ行くだけだったよな、これ」
「うん!」
「何で四十人ちょっとが百六十人超えてんだよ」
「陸、人気者だね!」
「違うわああっ!」
ゼニスが小旗を持ったまま微笑んだ。
「大変立派な避難民随伴移動になっていますね」
「てめぇ、他人事みたいに言うなよ!」
「ですが黒田さん、移動速度、休憩地点、荷車配置、負傷者優先順位まであなたが決定していますので、既に事実上の――」
「頼む、それ以上言うな」
「輸送責任――」
「言うなっつってんだろ!」
「隊長!」
「その単語を使うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
リリアが腹を抱えて笑った。
「きゃはははははは、陸、顔真っ赤!」
「お前は笑ってないで人数をひたすら数えとけ!」
「百六十四!」
「おい、一人増えたの誰だよ!?」
リリアが後ろを指差した。
「今走ってきたおじさん!」
「しらねぇ!!もう勝手にしろぉぉぉぉぉぉっ!!」
【神界・追加ご請求】
・現代側短時間帰還処理費 金貨20枚
・緊急再接続費 金貨25枚
・集団移動契約監督加算 金貨10枚
・即レベ戦闘利用料 金貨18枚
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今回加算 金貨73枚
今回加算・日本円換算 365,000円相当
前回繰越残高 金貨28,045枚
前回繰越残高・日本円換算 140,225,000円相当
合計残高 金貨28,118枚
合計残高・日本円換算 140,590,000円相当
※ミャオ管理債務は別口。
※リリアは食費・宿泊費ともに原則ゼロ。
黒田
「待て。俺、勝手についてきた奴らの監督料まで払うの?」
ゼニス
「集団移動を実質的に管理していましたので」
黒田
「じゃあ逆だろ! 俺が監督料もらう側だろうが!」
ゼニス
「契約上、黒田さんは被管理対象です」
黒田
「百六十人まとめてる被管理対象がどこにいるんだよぉぉぉぉぉぉぉっ!!」




