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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
第二部 国家案件まで俺に振るな編

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第43話 王都から呼び出しが来た。報告書だけ読め

 翌朝。目を覚まして最初に思ったことは、全身が重い、だった。


 臨時防衛拠点には、もう昨日までの切迫した空気はない。

 夜通し組まれていた防御柵の一部は解体が始まり、負傷者を運ぶ荷車がゆっくり街道へ出ていく。焼けた地面にはまだ戦闘の跡が残っていたが、怒号や砲声の代わりに聞こえてくるのは、片付けをする兵士や冒険者たちの声だった。


 夢境で昔の砲班と大砲を撃って。

 夜明け前まで戦勝宴会をやって。

 昼には二億円単位の報奨金と借金を計算して。


 最後は酒を飲んで寝た。

 これ以上、俺に何をしろというのか。


 俺は毛布を二枚重ねた即席寝床の上で仰向けになり、天井代わりの天幕を眺めた。


 働いた。

 十分働いた。

 少なくとも俺基準では、今年度の労働予定を全部前倒しで消化したくらいには働いた。


「というわけで、俺は寝る。来年度まで起こすな」

「年度制度がこの世界にあるかどうかはさておき、起きてください黒田さん」


 頭の上から、嫌なほどよく通る声が降ってきた。目を開ける。

 そこに、女神ゼニスが立っていた。


 今日はいつもの濃紺スーツではない。

 深緑色の上着に金色の飾緒、妙にきっちりした制帽まで被っている。


 俺は三秒ほど眺めてから、毛布を鼻まで引き上げた。


「うわ、誰だお前。軍服コスプレ変態女神などに知り合いはいない」

「王都から正式な使者が到着しておりますので、今回の業務に合わせて王国軍連絡官風の装いにしました。コスプレではありません。業務効率と相手方への心理的安心感を考慮した正装です」

「知らん。帰れ帰れ」

「起きてください」

「......その前に一個確認するぞ」

「何です?」


 俺は毛布から目だけ出した。


「お前、昨日なんて言った?」

「昨日?」

「『少なくとも私から新しい仕事を追加する予定はありません』。言ったよな? 俺は覚えてるぞ。都合のいい約束だけは死んでも忘れん」


 ゼニスが一瞬だけ固まった。そして、すっと視線を逸らした。


「……ええ。言いましたね、たしかに」

「じゃあ寝る」

「ですが、今回あなたを呼んでいるのは私ではなくアルヴェリア王国です」

「は?」

「私からは追加しておりません」

「オイコラてめえええええええっ!! 言葉尻だけ守って仕事増やしてんじゃねえぞクソ女神ぁぁぁぁぁぁっ!!」

「増やしたのは王国ですって言ってるでしょうがぁぁぁぁぁっ!!」

「やだ!お前が断れ!」

「なぜ私が国王陛下からの正式召集を勝手に断れるんですか!」

「おまえ、曲がりなりにも神だろ!」

「神なら何でもできると思わないでください!」


 朝っぱらから絶叫する羽目になった。

 昨日、あれだけ働いた人間に対する扱いではない。


 いつものやり取りをしていると、ミャオが天幕の外から顔を出した。

 猫耳が少し疲れている。


 片手には帳簿。女神とミャオ、嫌な組み合わせだ。


「陸、起きたならちょうどいいにゃ。王都から本当に人が来てるにゃよ。赤い封蝋の手紙まで持ってきてるにゃ」

「赤いのは危険表示だろ。見なかったことにしよう」

「王家の印章あるにゃ」

「もっと危険じゃねえか」


 ミャオが帳簿をぱらりと開いた。


「あと昨日の宴会分もちゃんと計算したから、そっちも逃げないでほしいにゃ」

「朝一番で債務者を追い込むな。人間には寝起きというものがある」

「昨日、自分で『明日の俺へ引き継ぐ』って言ったにゃ」

「昨日の俺が勝手に決めたことを今日の俺へ押しつけるな」

「どう考えても同一人物にゃあああああっ!」


 こいつら、俺の発言を律儀に覚えすぎである。

 俺が身体を反対側へ向けると、今度はモグが毛布の裾を掴んだ。


「のう陸。王都へ行くのか?」

「行かん、絶対にだ」

「王都には美味いものがあるか?」

「しらん。あるんじゃねえの」

「よし! 行こう!」

「お前の意思決定、全部胃袋じゃねえか」


 モグは胸を張った。


「腹が減っておる時に正しい判断などできん。ゆえに飯を基準に考えるのは合理的じゃ」

「ぐっ……ちょっとだけ正論っぽく聞こえるのが腹立つな」

「ところで朝飯はまだか?」

「今ので台無しだよ」


 そこへティアナまでやって来た。

 薄桃色の髪を後ろでまとめ、まだ少し煤の残った外套を羽織っている。


「あんた、まさか本当に王家からの召集を無視するつもり? 昨日の防衛戦だけじゃなくて、東から逃げてきた魔物の大移動まで王都は調べてるのよ。あれだけのことが起きたんだから、直接事情を聞かれるに決まってるでしょう」

「だったら報告書を書けばいい。俺の美しい文章力で全部説明して送る」

「で、書けるの?」

「……口述筆記なら」

「最初から人に書かせる気満々じゃないの!」

「ゼニスが昨日散々記録してただろ。あれ送れよ」

「正式な報告には当事者確認が必要です」


 ゼニスが金縁の書類を一枚抜いた。


「王都側からの文面にも、『黒田陸本人及び当該事案関係者の速やかな出頭を求む』と明記されています」

「本人って書かなきゃ駄目なのかよ。『関係者一同』くらいにぼかせよ。そういう気遣いが外交には必要だろ」

「あなたが外交を語らないでください」

「じゃあ俺の代わりにモグ行け。規格外古竜だぞ。無駄に俺より偉そうだし」


「わらわ、王都で飯を食ってくる!」

「こんな無駄飯食らい、本人の代わりにならないでしょうがぁぁぁっ!」

「誰が無駄飯食らいじゃああああっ!」

「昨日あれだけ食った直後に朝飯要求してる奴だよ!」


 ゼニスとモグの声が重なった。

 俺は毛布の中へ完全に潜り込んだ。


 王都。王城。王様。

 昨日まで大砲を撃っていたと思ったら、今度は国王に呼び出されるらしい。

 どう考えても仕事の匂いしかしない。


「よし、分かった。俺、一回帰るわ!」


 ゼニスの眉がぴくりと動いた。


「はぁ!? 今この流れで、どこへ?」


「お前あほか。家に決まってんだろ。こういう大きな決断は慣れた環境で考えるべきなんだよ。現場判断の基本だ」

「あなたの場合、慣れた環境というのはゴミと吸い殻に囲まれた四畳半ですよね?」

「人の後方拠点を悪く言うな」

「しかも昨日、『現実で顔くらい出す』って昔の部下の方々に約束してませんでした?」


 俺は止まった。


「……それとこれは別件だ」

「都合が悪い情報だけ別件扱いするな!」


 ゼニスが止めるより早く、俺は契約付帯の帰還処理を要求した。

 視界が白く染まる。


     ◇ ◇ ◇


 次に目を開けた時には、四畳半だった。


「はぁぁぁぁ……落ち着くぅ」


 畳。布団。灰皿。

 飲みかけのペットボトル。

 昨日まで異世界で大砲を撃ち、古竜と飯を食い、昔の部下と酒を飲んでいたことの方が嘘みたいだ。

 やっぱり文明社会はいいものだ。

 俺は布団へ倒れ込み、灰皿から比較的長い吸い殻を選んだ。爪楊枝へ刺して火を点ける。


「ふぅ……生き返るわあ」


 煙を吐いたところで、スマホが震えた。

 画面を見る。

 ひなたからのライソだった。


『陸さん、起きてます?』


 その下に、もう一件。


『昨日のこと、私はちゃんと覚えてますからね』


 さらにもう一件。


『「今度は夢じゃなくて、現実で顔くらい出す」って言いましたよね?』

「なんだこいつ……記憶力良すぎんだろ」


 しばらく画面を見つめる。

 昔なら、そのまま伏せていた。

 少し前なら「生存」の二文字だけ送って終わらせていた。

 俺は煙草を咥えたまま親指を動かした。


『生存。覚えてる』


 送信。

 三秒。

 返事が来た。


『生存報告は聞いてません。でも「覚えてる」は保存しました。逃げないでくださいね』

「まじ……怖ぇよ」


 とはいえ、既読を付けて画面を伏せる。

 返した。

 約束も否定していない。


「よし。任務完了」

「で、何の任務が完了したんですか?」

「うおっ!?」


 振り返る。そこには女神ゼニスがいた。

 さっきの軍装のまま、俺の部屋の中央に立っていた。


「お前、毎度毎度、人んちへ勝手に入るな!」

「あなたが王国からの正式召集を放置して勝手に帰還したから追ってきたんです! あと今の返信、随分進歩しましたね」

「見るな!」

「以前なら『生存』だけだったでしょう」

「個人通信盗み見すんな変態ストーカー女神!」

「誰が変態ですか!!目の前で操作しておいて何を言ってるんですか! それより何です、その煙草! ほとんどフィルターしか残ってないでしょう!」

「まだ二吸いはいける。物を大事にしろ」

「昨日まで一億円単位の神界債務を抱えて大砲を撃っていた人が、吸い殻一本で環境保護を語らないでください!」

「金がないから節約してるんだろ。因果関係を理解しろ」

「あなたの金がない理由の九割はあなた自身の問題です!」

「昨日一億三千万も借金減らした男に言う台詞か?」

「まだ一億三千九百九十万円残ってます!」

「具体的な数字を言うな! 気分が悪くなるわ!」


 ゼニスが肩で息をしてから、無理やり営業スマイルへ戻った。


「ともかく帰りますよ。現地では皆さんが待っていますし、王都側の使者も、あなたが目の前で突然消えた件について説明を求めています」

「はぁ、めんどくせ。体調不良とでも言っとけ」

「異世界間転移を目の前で見られているんですよ!」

「高度な体調不良だ」

「どんな病気だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


     ◇ ◇ ◇


 十分後。

 俺は再び臨時防衛拠点に立っていた。

 王都から来た使者は、俺を見て何とも言えない顔をしている。


「……黒田陸殿。先ほどは、どちらへ?」

「ちょっと自宅まで」

「自宅?」

「遠いんで気にしないでください」

「目の前で消えたように見えたのですが」

「気のせいです」

「気のせいでは――」

「細かいこと気にすると禿げますよ」


 ゼニスが俺の後頭部をパシンと叩いた。


「黒田!!国家使節に何を言ってるんですか!」

「ちくしょう、痛えな!」


 俺は頭を掻きながら、赤い封蝋の文書を見る。


「ちっ……じゃあ王都まで行けばいいんだろ。ただし言っとくぞ。俺は報告するだけだ。国の仕事とか、役職とか、英雄とか、そういう面倒なのは一切受け付けん」


 ゼニスが横でため息をついた。


「その台詞、王様の前でも同じ調子で言わないでくださいね」

「王様だろうが神様だろうが、仕事増やす奴は平等に俺の平和の敵だ」

「私を見ながら言うな!」


 その後ろで、モグが元気よく拳を上げた。


「わーい! 王都じゃ! 飯じゃ!」

「お前さっき朝飯食っただろ!」

「王都の飯は別腹じゃ!」

「その身体のどこに別腹が何個あんだよ!」


 ミャオは帳簿を抱えながら苦笑した。


「陸が王様に怒られても、わたし知らないからにゃあ」

「大丈夫だ。怒られそうになったら帰ってくるから」

「昨日、逃げないって少しは覚えたんじゃなかったのかにゃ!?」

「現実の知り合いから逃げない話と王様から逃げない話は別だ!」

「何でも別件にするなにゃああああっ!」


 こうして俺たちは、王都グランセルへ向かうことになった。

 昨日、命懸けの戦闘が終わった。

 昔の部下とも、少しだけ向き合った。


 借金も、奇跡的に減った。

 だから普通なら、ここでしばらく休ませてもらえるはずだった。


 普通なら。

 俺としては本当に、報告書一枚で済ませたかった。


【神界・追加ご請求】


・現代側任意帰還処理費        金貨25枚

・緊急再召喚処理費          金貨30枚

・王都召集契約照合事務費       金貨10枚

─────────────────

今回加算               金貨65枚

前回繰越残高             金貨27,980枚

合計残高               金貨28,045枚

日本円換算              140,225,000円相当

※ミャオ管理債務、前日の宴会追加注文分は別口。


黒田

「おい待て。昨日『神界側の処理は以上』って言ったよな?」


ゼニス

「日付が変わっています」


黒田

「日付変更と同時に請求復活させるなよクソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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