第42話 勝った気がする。請求書を見るまでは
戦いが終わり、朝が来る少し前。
夢境接続の残り時間を使って、なぜか戦勝宴会が始まった。
「ええ?何で?」
俺は長机の前で真顔になった。
「生還祝いにゃ」
ミャオが料理を運ぶ。
「いや、こいつら全員寝てるんだろ」
「夢でも腹は減りますから!」
栗原が一番元気だった。
「お前だけ順応早すぎんだよなぁ」
旧砲班・相馬、大庭、橋本、田所、西尾、森谷、ひなた。
異世界側にはティアナ、ジークフリード、ドーガン、リリア。
アレクシスたち勇者パーティ。
上位冒険者たち。
モグとルヴィアも既に人の姿へ戻っている。
全員が同じ宴会場にいる光景は、戦闘より夢っぽかった。
「あなたたち、全員あの大砲を普通に扱えるの?」
ティアナが相馬へ聞く。
「仕事でしたから。こっちからすると、杖振ったら雷落ちる方が普通じゃないですよ」
「ちゃんと詠唱と術式があるのよ!魔力だってね」
「詠唱したら雷が落ちる時点で十分おかしいですよ」
「おかしくないわ!」
大庭が肉を食べながら俺へ顔を向けた。
「班長、異世界の常識怖いっすね」
「お前らも向こうから見たら十分怖いらしいぞ」
モグが横から口を挟む。
「おぬしたちは火も吐けぬのに強いのじゃ!」
「普通の人間は火吐かねえ」
相馬が呆れた。
「黒田陸曹、普通の基準まだ覚えてたんですね」
「久々に会って喧嘩売ってんのか?」
アレクシスが旧砲班へ頭を下げる。
「改めまして、アレクシスです。僕も元日本人で――」
全員の視線が俺へ集まった。
「俺を見るな。俺も知らんのだ」
「異世界に日本人多くないですか?」
「俺に聞くなって」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
宴会の端。
「うーん、鉄板足りねえな」
俺が呟いた。
アレクシスも料理台を見る。
「肉まだありますね」
「網は?」
「全部使ってます」
二人で同時に視線を動かした。
聖剣ルクシオン。
『おい......勇者よ。嫌な予感がするのだが、なぜお前たちは同時にこちらを見たのだ』
「何だよ、その嫌そうな声。まだ何もしてないだろ」
『黒田、お前まで混ざるな。貴様の視線は勇者よりさらに信用できん』
俺は剣身を見る。
「平たくて熱に強そうだなと思っただけだ。戦場であれだけ光ってたんだから、肉くらい焼けるだろ」
『黒田。貴様まで何を考えている。聖剣を調理器具として評価するな、おい、や、やめろ――!』
数分後。
ジュウウウウウウウッ――。
『あついあついあついあつい!! 我は聖剣ぞ!? 魔を斬り、邪を祓い、勇者を導く神聖なる刃だぞ!? なぜ肉を焼いているぅぅぅぅぅ!!』
「焦げ付きにくいですね、火炎耐性もありますから」
アレクシスが感心する。
『性能を評価するでない!!』
俺は空いている場所へ鼻をほじりながら肉を一枚追加した。
ジュッ。
『黒田ァァァァァァ!!』
「こっち空いてんじゃんか、もっと焼こうぜ」
『我を鉄板として最適化するな!』
そこへゼニスが帳簿を持って戻ってきた。
「黒田さん、宴会接続延長費について――」
止まる。二度見る。
「......ルクシオン?」
『女神ゼニス! 助けてくれ!』
ゼニスの顔が引きつった。
「あなたたち、なっ......なんてことに使ってるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 神聖なる聖剣でしょうがぁぁぁぁぁぁ!!」
「BBQだよ。鉄板が足りなかったから、そこに熱へ強そうな聖剣があった。それだけの話だろ」
「見れば分かるわぁぁぁぁ!! 神聖なる聖剣を調理器具の不足分として数えるなぁぁぁぁ!!」
アレクシスが慌てる。
「違うんです違うんです! 野営における限られた器材の有効活用で――」
『ちなみに、我、昨日は魚を焼かれた』
「おいルクシオン!」
『一昨日はベーコンだったぞ!』
「お前、常習犯じゃねえか」
「黒田さんまで乗らないでください!」
匂いに釣られてフェンナが来た。鼻をひくひくさせた瞬間、尻尾が勢いよく振れる。
「ワンだふる! すっごくいい匂いのする剣だワン! これ、肉を焼くための神器だったの!?」
『我をその呼び方で認識するな!! 断じて違う!!』
モグが焼けた肉を一枚取る。
「うむ。聖剣焼き、美味いのじゃ」
『くっそおおお、食うなぁぁぁぁぁ!!』
戦場ではあんなに格好よかったのに。
「落差すげえな」
『誰のせいだと思っている!!』
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
酒が入ると、さらに酷くなった。
モグは杯を一息で空にし、瓶へ移り、最終的に樽を抱えた。
「うむ。これなら飲みやすい」
「それ容器じゃなくて在庫なんだけどニャ!」ミャオが言った。
ルヴィアは一杯目で頬が赤くなった。
「高貴なる古竜たるわたくしが、この程度で酔うはずありませんわ」
「顔赤いぞ」
「照明ですわ!」
「朝だぞ」
「やっぱり太陽が悪いんですわ!!」
二杯目。
「モグ、それあたしの肉でしょ!」
全員が止まった。
モグが嬉しそうに指差す。
「今『あたし』と言ったぞこやつ!」
「言ってない!」
「お嬢様死んだな」
「死んでませんわぁぁぁぁ!!うええええええん!!」
リリアが手を挙げる。
「はいはーい!わたし、死人として証言します! 言いました!」
「死人は忘れなさい!!」
リリア自身は椅子へ沈み込んでいた。
「てか今日はもう絶対働かない......二回飛んだし、死霊いっぱい出したし、私にも休業日を......」
「リリア。悪いけど、その皿の山だけ向こうへ運んでくれ。戦闘であれだけ動けたなら十枚くらい余裕だろ」
「嫌! 今日はもう敵陣偵察と砲撃式強制移動で、私の労働時間は終わってる!」
「皿運びは戦闘じゃねえから別枠だ。ほら、割る前に持ってけ」
「戦勝会でまで働かせるなぁぁぁぁ!! 死人にも労働基準を作れぇぇぇぇ!!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
やがて空が白くなった。
宴会場の端から、光の粒が舞い始める。
時間切れだ。
旧砲班の身体が少しずつ薄くなる。
「じゃあ、次は現実で」
相馬が言った。
「......気が向いたらな」
ひなたがすぐ返す。
「向かせます」
「怖ぇよ」
大庭が笑う。
「グループ抜けないでくださいよ。今度抜けたら家行きますからね」
「通知うるせえんだよ」
橋本が冷静に言った。
「ミュートできますよ」
「そういう問題じゃねえ」
西尾が小さく言う。
「また、って言えばいいんですよ」
「お前、ほんと余計なこと覚えてんな」
俺は一人ずつ見た。
昔は、見送ることすら嫌だった。
今回は最後まで見た。
「......またな。今度は夢じゃなくて、現実で顔くらい出す」
相馬が笑う。
「その言葉、ちゃんと覚えておきます。今度は既読だけ付けて逃げないでくださいよ」
八人が光の中へ消えた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
昼。
王国から届いた報奨金の明細を見て、俺は震えていた。
「ゼニス、確認するぞ。これを全部借金へ突っ込んだら、さすがに今回はかなり減るんだよな?」
「はい。既存債務はかなり圧縮できます。今回の国家特別報奨金、ギルド報酬、村落防衛加算を合わせれば、数字で見てもはっきり分かる程度には減ります」
「『はっきり分かる程度』って、俺が一瞬だけ人生に希望を持ってもいいくらい?」
「そこまで大げさに言うなら、今だけは持っていいです。今回は本当に大きく減ります」
「マジで? あとから『ただし』を三枚くらい出す前振りじゃないよな」
「今回の既存債務圧縮についてはマジです。そこだけは安心してください」
俺は椅子から立ち上がった。
「勝ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 俺は人生に勝ったぞぁぁぁぁぁ!!」
モグが両手を上げる。
「陸が金持ちになったのじゃ!めでたい!!」
ミャオが帳簿をめくる。
「わたしへのツケは別口にゃ」
「今それ言うな!!......多分それも払えるだろ!」
ゼニスがもう一枚の紙を出した。
「では、まず今回新規発生分をご説明します」
「え......新規?」
「これまでの計上分とは別に、最終精算差額です。集団夢境接続延長、四個小隊相当砲列追加維持、夢境射撃指揮所・通信網追加接続、戦場接続、安全保証、緊急延長――」
「おいおいおい待て待て待て待て!」
「さらに宴会接続延長料」
「宴会まで有料だったのお!?」
「夢境を延長しましたので」
「先に切れぇぇぇぇぇぇ!!」
そこへモグ。
「陸! わらわもいっぱい飛んでブレス吐いた。もっと肉!よこせ!」
「燃料費請求すんな!」
ルヴィアも復活している。
「わたくしにも最高級の晩餐を要求いたしますわ! 古竜二頭をあれだけ酷使したのです。当然の報酬ですこと!」
「お前金持ちだろ!」
「自費と報酬は別問題ですわ!」
「くそが!!経費精算覚えやがった!」
ゼニスが計算を終える。
「はい。最終的には金貨27,980枚でしたが」
「......ええ?」
「さらに、報奨金を入れた瞬間はいったん金貨9,580枚まで落ちました。そのあと最終追加債務が金貨18,400枚乗っています。一部は長期分割扱いです」
「減ったのに結局ローン増えてんじゃねえかぁぁぁぁ!!」
【神界・最終精算速報】
・王国国家特別報奨金充当 -金貨45,000枚
・夢境戦闘関連最終追加債務 +金貨18,400枚
─────────────────
差引債務圧縮 -金貨26,600枚
日本円換算圧縮額 133,000,000円相当
精算前残高 金貨54,580枚
報奨金充当後暫定残高 金貨9,580枚
最終合計残高 金貨27,980枚
日本円換算 139,900,000円相当
※第34話終了時残高は金貨41,860枚(209,300,000円相当)。
※第35~41話加算後、最終戦直後残高は金貨54,580枚。
※ミャオ管理債務、食費、宴会追加注文は別口。
「......まあ、減ったならいいか。借金が一気に消える人生なんて俺らしくねえし、今日くらいは勝ったことにしとく」
俺は酒瓶を持ち上げた。
「これで本当に全部終わったな? 追加作業も説明会も教育もなし。俺は今から酒飲んで寝るからな」
「神界側の本日の処理は以上です。少なくとも私から新しい仕事を追加する予定はありません」
ミャオが帳簿を抱えたまま口を挟む。
「黒田、宿代の話は残ってるにゃ。今日の宴会分も帳簿には入れるから、明日逃げないでほしいにゃ」
「それは明日の俺へ正式に引き継ぐ。今日の俺はもう担当外だ」
ティアナが腕を組む。
「黒田。魔法訓練の約束も忘れてないでしょうね。戦いが終わったら少しは練習するって話だったじゃない」
「来年の俺へ引き継ぐ。未来の俺なら今より勤勉かもしれん」
ドーガンが笑いながら顎をしゃくる。
「陸、FH-70の話も残ってるぞ。こっちの連中へ教えるって件だ」
「それは死後の俺へ引き継ぐ。死んだら暇になるだろ」
リリアが椅子から跳ね起きた。
「私もう死んでるけど、全然暇じゃないからね!? 今日だけで何回使われたと思ってるの!」
「じゃあ先輩死人としてお前が教えろ。俺は寝るから」
「知らないよ!! なんで最終的に私へ教育係まで回ってくるのぉぉぉぉ!!」
俺は酒瓶を抱えた。
「よし。今日は酒飲んで〇〇して屁ぇこいて寝る。もう誰が何と言おうと絶対働かん」
コン、コン。
宿の扉が鳴った。
全員がそちらを見る。
王国紋章を胸につけた、正装の使者が立っていた。
「黒田陸殿」
「留守ですよー」
「目の前におられますが」
「魂が留守なの」
「国王陛下から直々の召喚でございます」
酒瓶を持ったまま止まる。
「......何で」
「今回の件について、直接お話を伺いたいとの仰せです」
使者は丁寧に一礼した。
「王城へ来られたし、黒田陸殿」
「すっごい嫌だ」
「国王陛下がお待ちです」
「俺は今から酒飲んで屁ぇこいて寝てぇんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「黒田ぁぁぁぁ、国王相手に何言ってんのよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ゼニスの絶叫が、やどり木の外まで響いた。
シーズン1 完
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【幕間】
遥か遠く。
黒い城の最上部で、小柄な影が大きな椅子に埋もれていた。
「もーやだぁ......今日ずっと報告ばっかり。お菓子食べたい」
その前で、長身の部下が片膝をつく。
「最後に一件だけ」
「さっきも最後って言った」
「西方で、神性契約個体が破壊されました」
小柄な影の足が止まった。
「勇者なの?」
「勇者も参加していました。古竜二頭、上位冒険者複数も確認されています」
「じゃあ、それで壊したの?」
「いいえ。決定的な損傷を与えたのは、長距離から飛来した物理攻撃です」
「物理攻撃ですって? 魔法でも魔導砲でもないの?」
「魔力反応なし。詠唱なし。魔石反応なし。少なくとも我々の既存分類には当てはまりません」
「......それなのに、あの距離を飛んで防壁を割ったの?」
「はい。そのように観測されています」
しばらく沈黙。
「ずるくない?」
「評価はいたしかねます」
「こっちは魔石とか術式とか色々いるのにさぁ」
部下がさらに続けた。
「また、攻撃群には一人の男が深く関与していた可能性があります。勇者とは別人です」
少女のような声から、幼さが消えた。
「......勇者だけを見るな」
部屋の空気が少し冷える。
「その男も調べろ、わかったな?」
「御意」
数秒後。
「終わり?」
「以上です」
「じゃあお菓子! 今すぐ! もう今日は働かないから!」
「まだ朝議が――」
「知らない! 甘いやつ!」
黒い城へ、少女の駄々をこねる声が響いた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【幕間】
日本。
望月ひなたは、自分の部屋で目を覚ました。
天井。
布団。
いつもの朝。
「......夢?」
スマートフォンが震える。
旧砲班のグループ。
相馬:『全員変な夢見た?』
大庭:『FH-70撃ってた』
橋本:『全員同じ内容なら怖いですね』
栗原:『夢の飯うまかった』
森谷:『ドラゴンいましたよね?』
ひなたは少し笑った。
夢。
そう思えば全部説明できる。
着替えようとして、ポケットに何か硬いものが入っていることに気づいた。
「......え?」
指でつまみ出す。
黒い欠片。
金色の細い線が走る、小さな鱗のような破片。
夢の戦場で、砕けた巨大怪物の近くを通った時に拾ったもの。
冷たい。
硬い。
感触まで覚えている。
スマートフォンがもう一度震えた。
黒田からだった。
『また今度な』
ひなたは画面を見て、それから黒い欠片を見る。
「......陸さん」
指先へ力が入った。
「あれ、夢じゃない......」
【登場キャラクター紹介】
ここまで黒田の周囲には、人間、竜、女神、死人、勇者、聖剣、そして債権者まで、ずいぶん多くの存在が集まりました。
【◆黒田 陸】
32歳。元陸上自衛隊二等陸曹。無職、喫煙者、酒好き、ギャンブル好き、借金持ち。魔法は下手で、働くのはもっと嫌い。それでも最後には、一夜だけ昔の砲班長へ戻りました。
【◆ゼニス】
黒田担当の取り立て女神。リボルヴの契約奪取を阻止した一方、夢境接続という新しい高額請求まで生み出しました。
【◆望月ひなた】
黒田の元部下で、現在も現役自衛官。旧砲班の中でただ一人、夢では説明できない物を現実へ持ち帰りました。
【★本格登場 アレクシス・レイフォード】
異世界へ転生した元日本人の勇者。帰れない勇者と、帰れるのに働かない黒田。今後も妙な縁が続きそうです。
【★本格登場 聖剣ルクシオン】
勇者を支える本物の神器。戦闘では頼れる聖剣ですが、宴会では肉を焼かれます。
【◆そして借金】
大幅に減りました。
しかし、新しい債務も増えました。
今日もまだ、生きています。




